発売日: 2014年9月19日
ジャンル: フォーク、ブルース、アダルト・コンテンポラリー、スピリチュアル・ポップ
世界の“よくある問題”を、低く、深く、祈るように——Leonard Cohen、80歳で放った人間讃歌
『Popular Problems』は、Leonard Cohenが80歳の誕生日目前に発表した13作目のスタジオ・アルバムであり、政治、信仰、愛、欲望といった“人間の抱える普遍的問題＝Popular Problems”を、ユーモアと祈りを込めて描いた晩年の傑作である。
プロデュースにはPatrick Leonard（マドンナ作品などで知られる）が参加し、前作『Old Ideas』の霊性を継承しながらも、よりビートの効いたリズミカルな構成や、ブルージーで乾いた質感が強調されている。
Cohenの声はすでに“低く語る”という域を超え、まるで地中深くから響いてくるような重みを持ち、言葉一つ一つに“間”と“奥行き”が宿っている。
全曲レビュー
1. Slow
アルバムの幕開けにして、自嘲的でユーモラスなナンバー。
「俺はスローなんだ、ずっとスローだった」と語るCohenは、老いすらもスタイルに昇華する。
2. Almost Like the Blues
この世界に満ちる暴力、拷問、絶望を並べながら、それでも「まるでブルースのようだ」と受け止める姿勢が示される。 哀しみの先にある希望の種のような一曲。
3. Samson in New Orleans
ハリケーン・カトリーナ後のニューオーリンズを神話的に描くバラッド。
サムソンの喪失と都市の沈黙が重なる、美しい悼詞。
4. A Street
都市の片隅で起こる小さな出来事から、世界の本質を浮き彫りにする哲学的作品。
メロディは抑制され、言葉がリズムを導く。
5. Did I Ever Love You
イントロの語りから突然アップテンポなゴスペル調に転調する、Cohen作品としては異色の構成。
「私は本当に君を愛したことがあったのか？」という問いが、時に優しく、時に厳しく響く。
6. My Oh My
渇いたギターとミニマルなリズムが続く中、過去の愛の記憶と向き合う。
“我ながら困ったものだ”という呟きが、人間味に溢れる。
7. Nevermind
アラビア語の詩が挿入されるミステリアスな曲。戦争、裏切り、移ろう真実——現代の混沌をスモーキーに映し出す。
後にドラマ『TRUE DETECTIVE』シーズン2の主題歌にも起用。
8. Born in Chains
ユダヤ教的モチーフを下敷きに、自らの信仰と血の歴史を歌う、厳かでありながらも普遍的な信念の歌。
9. You Got Me Singing
アルバムを締めくくるのは、シンプルで温かい小さな讃歌。
戦争も老いも悲しみもあるけれど、「それでも私はまだ歌っている」——その事実がすべて。
総評
『Popular Problems』は、Leonard Cohenという詩人が、人間の矛盾や愚かしさ、愛しさまでもすべて抱え込みながら、それでも“語り続けること”の意味を示した晩年の名作である。
語りのような歌、ブルースのような詩、そしてシンプルな構成の中に宿る深遠さ。
この作品においてCohenは、宗教者でも政治家でもなく、“ただの人間”として世界を見つめ、言葉を紡いでいる。
だからこそ、その歌は誰の人生にも静かに寄り添う。
“歌うこと”が、抗いでも救済でもなく、ただ“生きること”と同義になったとき、そこにLeonard Cohenの“声”がある。
おすすめアルバム
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Old Ideas / Leonard Cohen
晩年の霊性と穏やかな洞察を描いた前作。 -
You Want It Darker / Leonard Cohen
死と神への対話が主題の遺作。この三部作の最終章。 -
Push the Sky Away / Nick Cave & The Bad Seeds
静謐で神秘的な語りが魅力の現代的詩的ロック。 -
Time Out of Mind / Bob Dylan
老いと喪失、ブルースと沈黙を刻んだ、時の名作。 -
You Are Free / Cat Power
傷つきながらも歌う者の声を描いた、静かな強さに満ちた作品。
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