発売日: 1995年8月8日
ジャンル: ドリームポップ、インディー・ロック、スロウコア
概要
『Penthouse』は、Lunaが1995年に発表した3作目のスタジオ・アルバムであり、バンドの芸術性と洗練が最高潮に達した“静かなる傑作”として広く評価される作品である。
前作『Bewitched』で獲得した都会的で詩的な世界観をさらに昇華し、本作ではより構築的なアレンジ、美しいギターレイヤー、
そして洗練されたローファイ美学が絶妙なバランスで融合されている。
新加入のベーシスト、ブリタ・フィリップスの柔らかく存在感のあるコーラスが加わったことにより、Lunaの音楽はますます“親密でエレガントな揺らぎ”を獲得している。
また、本作にはSonic Youthのリー・ラナルドがギターでゲスト参加しており、アルバム全体に知的でアートロック的な深みを添えている。
“ペントハウス”というタイトルが象徴するように、Lunaはこのアルバムでインディー・ロックという都市の高層階から、夜景のように美しく醒めた視線で世界を見つめている。
全曲レビュー
1. Chinatown
ディーン・ウェアハムの特徴的なウィスパーボイスと、美しくクリーンなギターが絡み合う。
“チャイナタウン”の異国感とノスタルジアが溶け合う、アルバムの代表曲にして開幕の名曲。
2. Sideshow by the Seashore
どこかアンニュイで映画的な展開を見せる中速ナンバー。
海辺の見世物小屋という舞台設定が、夢と現実のあいだを象徴する。
3. Moon Palace
ミニマルな構成の中で繰り返されるギターフレーズが、夜の静けさと親密な空気を描く。
タイトルの“月の宮殿”は、Lunaというバンドそのものを指すようでもある。
4. Double Feature
ダブル・フィーチャー（二本立て映画）をテーマにした、ポップと幻覚が交差するアートロック的楽曲。
リー・ラナルドが参加し、ノイズとメロディの境界を曖昧にする。
5. 23 Minutes in Brussels
アルバム中最もスリリングかつダークなナンバー。
ブリュッセルのライブ暴動事件をテーマにした曲で、ディーンの語りが緊張感を生む。
音の構成美も秀逸で、Lunaのアート的野心が光る名曲。
6. Lost in Space
浮遊感のあるリズムとぼやけたサウンドが、文字通り“宇宙に迷う”ような感覚を与える。
甘さと虚無が共存するLunaらしい名演。
7. Rhythm King
都会的で軽やかなミッドテンポナンバー。
ダンスミュージックへの憧憬とLunaらしい“踊れなさ”の皮肉が交差するユーモラスな楽曲。
8. Kalamazoo
アメリカの田舎町カラマズーを題材にしたロードソング。
だがその風景はどこか曇っていて、自由と孤独の両方が漂う。
9. Hedgehog
ややテンポを落としたミニマルなナンバー。
“ハリネズミ”という比喩が、自己防衛や繊細さを象徴する。
10. Freakin’ and Peakin’
ドラッギーでサイケデリックなテンションのピークソング。
ギターがうねり、感覚が揺さぶられるような構成が続く。
夜の都市の“奇跡的瞬間”をとらえた楽曲。
11. Bonnie and Clyde
セルジュ・ゲンスブールの楽曲をモチーフにしたカバー的楽曲。
退廃と恋愛の美学が絡み合い、Lunaらしい距離感で描かれている。
12. Rooftop
ラストを飾るにふさわしい、夜景と余韻を感じさせるスロー・チューン。
“ペントハウスの屋上”から見た都市の風景がそのまま音になっているような、静謐な締めくくり。
総評
『Penthouse』は、Lunaというバンドが自らの音楽美学を完成させた、インディー・ロックの頂点のひとつである。
本作では、ギターの響きひとつ、ブレスの間合いひとつに至るまで、すべてが過剰ではなく、しかし完璧に配置されている。
感情を爆発させるのではなく、“静けさの中にある感情の輪郭”を浮かび上がらせる音作り。
ディーン・ウェアハムの詩的でナイーブなリリックと、バンド全体の端正で控えめなアンサンブルが溶け合うことで、Lunaはこのアルバムで“誰の真似でもない自分たち”にたどり着いた。
夜の都市、すれ違う恋人、降りそそぐネオン。
『Penthouse』はそうしたモチーフのすべてを、音としてしか描けない物語にしている。
おすすめアルバム
- Yo La Tengo / I Can Hear the Heart Beating as One
静と動、美しさとユーモアを行き来する90年代インディーの金字塔。 - Stereolab / Emperor Tomato Ketchup
構築的かつ浮遊感のある音世界。Lunaのアート志向と共鳴。 - The Sea and Cake / The Fawn
ジャジーなインディー・ロックとして、都会的美学を共有する。 - Galaxie 500 / On Fire
Lunaの原点。より素朴でドリーミーなサウンド。 - The Velvet Underground / Loaded
Lunaが受け継いだ“知性あるロック”の最古の源泉。
ファンや評論家の反応
『Penthouse』はリリース当時、Spin誌やRolling Stoneなどで“Lunaの代表作”“1990年代のインディー・ロックを代表する一枚”として絶賛され、
現在もバンドの最高到達点として評価が定まっている。
Pitchforkは本作を「90年代インディー・ロックにおける最も過小評価された宝石の一つ」として再評価しており、
多くのアーティストや映画制作者がその美学に影響を受けたと語っている。
『Penthouse』はただの名盤ではない。
それは“どこにも向かっていないようで、確かにそこにある美しさ”を音にした記録なのだ。
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