発売日: 2018年12月7日(EP)
ジャンル: ベッドルームポップ、インディーフォーク、ローファイ
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概要
『Patched Up』は、Beabadoobeeが2018年にリリースしたデビューEPであり、彼女の音楽キャリアの原点に位置する作品である。
Beabadoobee(本名:Beatrice Laus)は、このEP発表時わずか18歳。フィリピン生まれ・ロンドン育ちという背景を持つ彼女は、自室でアコースティックギターとMacBookだけで制作した楽曲「Coffee」がSNSで話題を呼び、一躍注目を集めた。
『Patched Up』はその“バイラル前夜”とも言える時期の記録であり、Beaが抱える不安や寂しさ、恋心といった感情が、言葉と音になり始めた瞬間を閉じ込めている。録音の粗さや音質の不均一さすら、彼女の等身大の魅力となっており、後の作品群とは異なる「飾らないBeabadoobee」の姿がここにはある。
当時のベッドルームポップ・ムーブメントにおいても、本作はきわめて重要な一作とされ、DIY精神とZ世代の感受性が交差する典型例として支持されている。
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全曲レビュー
1. Everest
淡々としたコード進行と、息を呑むような静けさが心に残るオープニング。恋心と距離感、届かない想いが雪山にたとえられている。
2. Soren
後の『Loveworm』にも再録されるBeaの初期代表曲。穏やかなギターと心のざらつきを綴ったリリックが、痛みと癒しを同時に感じさせる。
3. Tired
タイトル通りの疲労感をそのまま音にしたような楽曲。単調なリズムとぼんやりとしたメロディが、心の中の“静かな絶望”を描いている。
4. Art Class
学生生活の断片と人間関係の空白を切り取る小品。アートクラスの風景を借りて、周囲との違和感や疎外感を優しく吐き出す。
5. If You Want To
恋人に向けた「もしあなたが望むなら…」という受動的な感情がテーマ。柔らかい歌声と簡素なギターだけで構成された音の余白が、美しくも寂しい。
6. Dance With Me
Beaの音楽には珍しい、ささやかな希望と甘さを感じさせるラブソング。内気な告白のような言葉が、等身大の恋愛を鮮やかに映す。
7. The Way I Spoke
言葉にできない思い、伝わらない気持ちに対する葛藤を、静かに語るように歌うトラック。まるで誰かに残したボイスメモのような親密さがある。
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総評
『Patched Up』は、Beabadoobeeというアーティストの出発点であり、彼女の“音楽にすがるような感情”が最も生々しく表現された作品である。
このEPにおいては、歌詞もメロディもすべてが“言葉にならない感情”のために存在しているように感じられる。愛や不安、自己否定といった未整理な気持ちが、荒削りなサウンドと共に封じ込められていることで、まるでBeaの心の奥にそっと触れているような錯覚に陥る。
音楽的にはミニマルで、ほぼ全編がギターとボーカルのみで構成されているが、その制限がかえって彼女の表現を濃密にしており、「音の足りなさ」がむしろリスナーの想像力を刺激する。
この作品が支持されたのは、完成度ではなく“真実味”によってであり、それは音楽が誰かの心を救う最初の一歩として、いかに有効であるかを証明している。
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おすすめアルバム(5枚)
- Clairo『diary 001』
同時期のベッドルームポップシーンを代表する1枚。DIYと若さの不安定さが共通する。 - Keaton Henson『Dear…』
感情をそのまま記録したようなアコースティック作品。『The Way I Spoke』と響き合う。 - Florist『If Blue Could Be Happiness』
詩的で静かなインディーフォーク。Beaの繊細な語りに通じる。 - Alex G『DSU』
ローファイな宅録の中に内面世界を込めるスタイルは、Patched Upの先駆といえる。 - Jade Bird『Something American』
若き女性シンガーのアコースティック表現。Beaの初期衝動と近い感覚がある。
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制作の裏側(Behind the Scenes)
『Patched Up』は、Beabadoobeeが高校在学中に自室で制作した完全自主作品である。録音はすべてMacBookとGarageBandで行われ、マイクはiPhoneの内蔵マイク、あるいは安価なUSBマイクが用いられていた。
Bea自身はこの頃、「歌を作ることは誰にも聞かれない心の叫びだった」と語っており、その孤独な創作プロセスこそが本作の本質を形づくっている。
「パッチを当てるように、自分を繋ぎ止めていた」とタイトルについても言及しており、このEPは文字通り、崩れそうな少女が音楽で自分を繋いだ記録なのだ。
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