1. 歌詞の概要
「Pain」は、アメリカのインディーロック・バンド、The War on Drugsが2017年にリリースしたアルバム『A Deeper Understanding』の中心的な楽曲であり、そのタイトルが示す通り、「痛み」と共に生きること、そしてその中に意味を見出そうとする姿勢を美しい音像とともに描いている。
アダム・グランデュシエル(Adam Granduciel)の書く歌詞は一貫して詩的で抽象的だが、この曲では特に「喪失」「希望」「再生」といった主題が静かに、しかし強い意志を持って描かれている。冒頭の“I’m in love with a ghost”という一文は、過去の記憶や存在しない理想にすがりながら生きる姿を象徴しており、それは同時に、痛みそのものへの愛着にもつながっている。
サウンドは非常にレイヤードで、アコースティックギター、シンセサイザー、ドラム、エレキギターが徐々に重なっていく構成。ゆったりとしたテンポの中で感情が膨らんでいき、クライマックスでは切なさと開放感が混じり合う、音によるエモーションの旅路が展開されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『A Deeper Understanding』は、グランデュシエルがThe War on Drugsの音楽性をさらなる深みに導いた作品として評価されており、「Pain」はその中心的なテーマ——**「理解されることの難しさ」「内面の揺らぎ」「時間と記憶」**を象徴する一曲である。
アダム本人はこの曲について、「痛みとは人生の中で付き合っていくべきものであり、それを否定するのではなく、“伴侶”のように認めることが再生につながる」と語っている。つまり、“Pain(痛み)”とは敵ではなく、むしろ人を形作る一部であり、それを抱えて生きることで人間は成長し、再び愛や希望に向かうことができる、というポジティブな視点がこの楽曲の背景にある。
音楽的には、ブルース・スプリングスティーンやディラン、トム・ペティといったアメリカーナのレジェンドたちへのオマージュが強く感じられ、過去の音楽的遺産を現代的な感性でアップデートした作品としても高く評価されている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Pain」の印象的なフレーズとその和訳を紹介する。
“I’m in love with a ghost / I’m in love and I know that it shows”
俺は幽霊に恋をしている その気持ちは、たぶん周りにもバレてるだろう
“In time I will find you / In time I will find you”
いつかきっと君を見つけるよ 時間がかかっても、きっと
“I resist what I cannot change / And I want to find what can’t be found”
変えられないものに逆らって 見つけられないものを見つけようとしてる
“I hold the flame for the heart I’m chasing”
追い求める心のために、炎を灯し続けてる
“I don’t mind you disappearing / When I know you can be found”
君がいなくなっても構わない いつかまた出会えるって信じてるから
歌詞引用元:Genius – The War on Drugs “Pain”
4. 歌詞の考察
この曲における「痛み(Pain)」は、単なる苦しみや悲しみを意味しているのではない。むしろそれは、“自分が自分であるために必要な感情”として存在している。過去の喪失や叶わなかった理想、失われた誰かへの未練、人生の曖昧な不安——それらをすべて「痛み」という言葉に収束させながら、グランデュシエルはその感情と共に生きることの尊さを讃えている。
とくに印象的なのは、「I don’t mind you disappearing / When I know you can be found」というフレーズ。ここには、人間関係の終わりや死別のような“失うこと”への受容と、“それでも繋がっている”という希望が込められている。この**“喪失と信頼の共存”**が、楽曲全体のトーンを非常に豊かなものにしている。
また、「I hold the flame for the heart I’m chasing」というラインに見られるように、彼の歌詞は常に“誰か”や“何か”を追い求める姿勢を描いている。それは恋人でも、自分自身でも、人生の意味でもよいが、追い続ける行為そのものに美しさを見出しているのがThe War on Drugsの詩の特徴だ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Strangest Thing by The War on Drugs
時の流れと記憶の断片が交錯する、深い孤独と美しさを描いた楽曲。 - Holocene by Bon Iver
自己の小ささと宇宙的視点の対比を詩的に描いた、静かなる自己受容の歌。 - I Need My Girl by The National
失った存在を思い続ける男性の繊細な独白。痛みと愛が交錯する名曲。 - Timshel by Mumford & Sons
自由意思と運命、救済の可能性を静かに謳う、フォークバラードの傑作。
6. “痛み”を手放さずに生きるということ
「Pain」は、The War on Drugsが描き続けてきたテーマ——「不安定さのなかにある肯定」を最も美しく、かつストレートに表現した一曲である。ここには劇的な悲しみも絶望もない。ただ、日々のなかでふと胸を締め付けるような瞬間、失った誰かを思い出す夜、思い通りにならない現実への戸惑い——そうした“日常に埋もれた痛み”を受け入れる心の準備がある。
それは、痛みを癒すのではなく、痛みを抱えたまま歩いていく勇気の歌だ。そして、その先にあるのは、“理解”ではなく“共鳴”であり、音楽を通じて誰かと繋がれることの静かな奇跡である。
「Pain」は、人生の意味を問い続ける者のためのバラードだ。痛みは終わらない。でも、それと一緒に歩くことは、きっとできる。音楽は、そこに寄り添い続けてくれる。
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