
1. 歌詞の概要
「Pacific Trash(パシフィック・トラッシュ)」は、インドネシア・バンドン出身のガレージ/サーフロックバンド The Panturas(ザ・パンチュラス) が2019年にリリースしたデビューアルバム『Mabuk Laut(海酔い)』に収録された楽曲であり、陽気なサーフビートとともに、現代社会の消費文化と環境問題を風刺的に描いたアグレッシヴかつ皮肉に満ちたロックンロール・アンセムである。
タイトルの「Pacific Trash」は、文字通り“太平洋のゴミ”を意味するが、それはただの海洋汚染の描写ではなく、**“溢れ出す欲望と無自覚な消費が作り出した、都市の残骸の象徴”としての“ゴミ”**でもある。
その言葉選びとビートの勢いには、サーフカルチャーの明るさと、ローカルからグローバルへとつながる風刺性の両面性があり、The Panturasというバンドの社会的な視点とポップセンスが絶妙に融合している。
2. 歌詞のバックグラウンド
アルバム『Mabuk Laut』のコンセプトは“海に酔う”という状態、すなわち現実と幻想の境界が曖昧になるような、逃避と陶酔の美学を中心に構築されている。
その中で「Pacific Trash」は、唯一とも言えるほど直接的かつ現代的なテーマ=環境と文明の腐敗を描き出す楽曲であり、サーフというジャンルの持つ“自由さ”を、逆に“責任の放棄”として批判的に捉えた視点が興味深い。
また、タイトルはおそらく “Great Pacific Garbage Patch(太平洋ゴミベルト)” という実在の環境問題にも着想を得ており、インドネシアという海洋国家に生きる若者たちが、ローカルな日常の視点から世界的問題にアプローチしている点でも特異な一曲である。
3. 歌詞の抜粋と和訳(意訳)
“Plastic in the ocean / Floating like devotion”
「海に漂うプラスチック/まるで信仰のように浮かんでる」“They dance under neon lights / Leaving traces every night”
「ネオンの下で踊る彼ら/毎晩ゴミの痕跡を残していく」“Surfin’ on the filth / Pacific trash, my guilty thrill”
「汚物の上をサーフィンする/パシフィック・トラッシュ、それが俺の罪な快楽」
これらのリリックは、汚染された都市と海の風景を、あえてサーフィンの快楽と結びつけて描くという倒錯的な描写によって、聴き手に強烈な違和感とメッセージを残す。
「信仰のように浮かんでいる」プラスチックという表現は、消費社会における物質至上主義を痛烈に皮肉った一節とも言える。
4. 歌詞の考察
「Pacific Trash」は、The Panturasの楽曲の中でも最もアイロニカルで、社会的メッセージが明確に打ち出された曲である。
しかしその伝え方は、怒りや説教ではない。
むしろ、美しい波に乗りながら、知らず知らずのうちにその波がゴミでできていることに気づいていないような、シニカルな美学がこの曲を特徴づけている。
“Pacific Trash”というフレーズは、ただの物理的なゴミだけではなく、現代都市における感情の廃棄物、人間関係の使い捨て、あるいは文化の空洞化すら象徴しているようにも思える。
「Surfin’ on the filth」というラインに至っては、享楽の上に成り立つ罪悪感すらも受け入れて、それを“スリル”と名付ける開き直りが感じられる。
この開き直りは、“どうせ止められないなら、踊ってやるさ”という、現代の若者文化に共通するニヒリズムでもある。
The Panturasはこの楽曲を通して、美しい南国の海とその裏にあるグローバルな汚染という二項対立を、ガレージサウンドのノリとパンク的姿勢で昇華している。
そこには、インドネシア発のロックバンドとしてのポストコロニアルな風刺精神すら感じられる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Holiday in Cambodia” by Dead Kennedys
皮肉と痛烈な社会批判を混ぜたパンクの名曲。反骨精神が共通。 - “Plastic Beach” by Gorillaz
人工的で破壊された楽園のイメージをポップに描く、現代の環境風刺作品。 - “Garbage Dump” by Charles Manson
過激かつ原始的なエコ・プロテストソング。反道徳的な姿勢が重なる。 - “Modern Man” by Arcade Fire
現代性の空虚さを哀愁とともに描いたポストロック・アンセム。 - “Planet Telex” by Radiohead
無機質な世界観と混沌を、美しく音像化した90年代の傑作。
6. サーフロックは逃避だけじゃない——快楽と罪の狭間を滑る音楽
「Pacific Trash」は、快楽と破壊が共存する現代の海と都市を、あえて“ポップ”に描いた不穏な名曲である。
この曲は踊れる。笑える。叫べる。
けれど、そのすべての裏には、「でも本当はそれって、誰かの未来を削ってるんじゃないか?」という問いが静かに置かれている。
The Panturasはこの曲で、サーフロックというジャンルの「逃避的で楽しい」イメージを逆手に取り、“楽園の裏側で私たちが捨てているもの”を炙り出した。
“太平洋のゴミ”とは、他人ごとではない。
それは、あなたのことでもあり、私たち自身の姿でもある。
そして、もしそのゴミの上でもまだ踊れるなら、
音楽はその罪と矛盾さえも、祝祭へと変えてしまう力を持っている。
それが「Pacific Trash」という、笑っても泣いても、どこか痛い傑作なのだ。
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