発売日: 2017年9月8日
ジャンル: ポップ・ロック、エレクトロ・フォーク、ブルー・アイド・ソウル、スピリチュアル・ポップ
『Out of All This Blue』は、The Waterboysが2017年に発表した通算12作目のスタジオ・アルバムであり、
彼らのキャリアの中でもっとも大胆かつ多様な音楽的冒険を繰り広げた“ポップの実験室”的二枚組大作である。
マイク・スコットは本作で「自分の中のすべてのソングライターを解き放った」と語っており、
その結果として、ファンク、ヒップホップ、ソウル、エレクトロニカ、カントリー、ケルト──
あらゆるジャンルが統合された万華鏡的音世界が広がっている。
前作『Modern Blues』でアメリカーナへの傾倒を見せたスコットは、
本作でそれを一気に解体・再構築し、“普遍的な愛と変容”をポップソングの形で追求した。
テーマの核にあるのはラヴソング、都市的リアリズム、そして魂の再生であり、
それはまさに「この青のすべてを超えて(Out of All This Blue)」見えてくる世界への旅路なのだ。
全曲レビュー(Disc 1)
1. Do We Choose Who We Love
恋愛の宿命性と自由意志の間を揺れる、哲学的ポップ・チューン。
“僕たちは愛する相手を選べるのか?”という問いが、軽快なリズムに乗って語られる。
2. If I Was Your Boyfriend
ストリングスとヒップホップ風ビートが融合した異色のラヴソング。
キャッチーながら、愛の本質をスリリングに問い直す。
3. Santa Fe
ニュー・メキシコを舞台にしたロード・ソング風ラブバラード。
メロディと語り口が絶妙に絡み合い、スコットらしい映像的な語りが光る。
4. Love Walks In
幸福感あふれるスウィート・ソウル調ポップ。
愛が訪れる瞬間の奇跡を、華やかなホーンセクションとともに祝福する。
5. New York I Love You
マンハッタンへの私的なラヴレター。
エレピとビートの乗ったシティ・ソウル的楽曲で、
“都市と恋”が一体化したようなサウンド。
6. The Connemara Fox
アイルランド的メタファーとヒップホップビートが融合したユニークな楽曲。
“コネマラの狐”とは、逃げ続ける美と野性の象徴か。
7. The Girl in the Window Chair
窓辺の少女を描いた静かな抒情詩。
弦楽器とサンプルが溶け合う、アートポップの佳品。
8. Morning Came Too Soon
失われた一夜の愛を描く切ないポップ・ソウル。
明け方の静けさが音像に映し出される。
9. Hiphopstrumental 4 (Scatman)
本作の中でもっとも実験的な短編。
ジャズ・スキャットとビートメイキングの融合がシュールかつ刺激的。
10. The Hammerhead Bar
エレクトロニックな質感の中に、ダブリンの酒場の情景が浮かぶ。
ダンスビートと語りのリズムが交錯するシネマティック・トラック。
11. Mister Charisma
“魅力の男”を風刺的に描いたアップビートなソウル・ナンバー。
アイロニーとユーモアが交錯する一曲。
12. Nashville, Tennessee
都市の名前をそのまま歌にした、ジャジーで叙情的な楽曲。
ナッシュビルを夢の象徴として描く。
13. Man, What a Woman
グラム・ソウル風のキラーチューン。
女性賛歌とロックンロールが一体となった、アルバム随一のエネルギッシュな曲。
14. Girl in a Kayak
川を漕ぐ少女という、幻想的なイメージを歌うトラック。
自然と恋の情景が融合したフォーク・ポップ。
15. Monument
ディスク1のラストにふさわしいスケール感あるバラード。
愛を「記念碑」として歌い、過去と未来をつなぐ。
全曲レビュー(Disc 2/抜粋)
1. Kinky’s History Lesson
歴史、宗教、セクシャリティをミックスした挑発的かつ知的なラップ・ポエム。
Kinky Friedmanの精神的継承者としてのスコットの側面が見える。
2. Skyclad Lady
魔術的でミスティックなラブソング。
ストリングスと打ち込みが絡む幻想的世界。
3. Yamaben
ジャパニーズ風モチーフとスピリチュアルなナレーションが融合した異色作。
本作でもっともアヴァンギャルドな試みのひとつ。
4. Rokudenashiko
日本の女性アーティスト名を冠した曲。
フェミニズム、表現の自由、身体性への敬意がユーモアと共に語られる。
総評
『Out of All This Blue』は、The Waterboysのディスコグラフィの中でももっともポップで、もっとも変幻自在で、もっとも“今”に開かれた作品である。
マイク・スコットはこの二枚組で、自身の詩人としての直観と、ポップ・ミュージシャンとしての遊び心を最大限に解放し、
感情・物語・社会・都市・神秘性をすべて“愛”というテーマのもとに溶かし込んだ。
その結果は、散漫で過剰と映るかもしれない。
だがその“とっ散らかり具合”こそが、
愛というものの多面性と変化性を正直に映し出したものでもある。
おすすめアルバム
-
Beck / The Information
多様なスタイルと実験性が同居したポップのカオス。 -
Prince / Emancipation
三枚組で構成された“愛と自由”のカタログ。 -
Paul Simon / Surprise
電子音と詩的探求が融合する現代ポップの名作。 -
Damon Albarn / Everyday Robots
都市生活と孤独を描いたビート&ソングライティングの秀作。 -
The Magnetic Fields / 69 Love Songs
愛をめぐるすべてを描いたポップ音楽の百科全書。
特筆すべき事項
-
全曲の作詞・作曲・プロデュースをマイク・スコットが担当。
サンプリング、シンセ、打ち込みなど、これまでにない電子的アプローチが多数導入された。 - 本作には**“日本”や“アジア文化”を参照した曲も複数収録**されており、Waterboysの視野の広がりと現代性が際立っている。
-
イギリスのアルバムチャートで初登場8位を記録し、彼らにとって最高位のひとつとなった。
同時に賛否を呼び、“愛すべき迷作”として評価されることが多い異色作である。
コメント