Nothing Even Matters by Lauryn Hill(1998)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「Nothing Even Matters」は、Lauryn Hillのソロアルバム『The Miseducation of Lauryn Hill』に収録された一曲で、D’Angeloとのデュエットという形で届けられる、官能的かつ深淵なラブソングである。

この曲が描いているのは、世界のすべてが霞んでしまうほどに深い愛の状態。社会的地位や外の騒がしさ、物質的な欲望さえも無意味に感じられてしまうほど、ふたりの間に流れる愛がすべてを満たしているという感覚だ。

静かでしっとりとしたトーンで語られるその感情は、激しさよりもむしろ静けさの中に燃える熱を思わせる。

タイトルの「Nothing Even Matters(もう他のことなんて、どうでもいい)」は、恋愛の絶対的な没入感を見事に言い表している。これは単なる恋愛の歌ではなく、現実を超越した“魂の一致”とも言うべき境地を歌った作品なのだ。

2. 歌詞のバックグラウンド

この曲は、90年代ネオソウルの黄金時代を象徴するふたり、Lauryn HillとD’Angeloの共演によって生まれた。

Hillは当時、Fugeesの解散後に自身の音楽的・精神的アイデンティティを再構築している時期であり、一方のD’Angeloもアルバム『Brown Sugar』で注目され、ソウルミュージックの再興を牽引する存在だった。

そんなふたりが共に作り上げたこの曲は、プロダクションにおいても極めてミニマル。ドラムのないアレンジ、空間を大切にした音作り、穏やかなピアノの響き――すべてが「語り合い」や「共鳴」というテーマに収束している。

この曲の魅力は、その音楽的静謐さと、ふたりの歌声の“交差”にある。Laurynの伸びやかながら抑制されたボーカル、D’Angeloの柔らかく深みのある声。それぞれが溶け合いながらも、決して同化せず、個としての存在感を保っている。

それはまるで、ふたりの魂が隣り合いながら寄り添うような感覚なのだ。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下は「Nothing Even Matters」の印象的な一節である。出典はgenius.comより。

Now the skies could fall
たとえ空が崩れ落ちようとも

Not even if my boss should call
上司から呼び出されたとしても

The world it seems so very small
世界はあまりにちっぽけに見える

‘Cause nothing even matters at all
だって、もう他のことなんてどうでもいいから

See I don’t need no alcohol
お酒なんて必要ない

Your love makes me feel ten feet tall
あなたの愛だけで、私は空高く舞い上がれる

And nothing even matters at all
もう、本当に他のことなんて意味をなさない

このように、歌詞全体を貫いているのは、「あなた」という存在だけがすべてを満たしてしまうという、深い没入と完全な信頼である。

4. 歌詞の考察

「Nothing Even Matters」の核心にあるのは、“愛による世界からの切断”である。

Lauryn Hillはここで、現実世界での喧騒や責任、プレッシャーといったものすべてが、あるひとつの関係性によって意味を失う感覚を描き出している。

これは自己喪失ではなく、むしろ自己の完全な開示と充足である。すべてが「どうでもよくなる」というのは、無関心や諦めではなく、最も大切なものを見つけたという感情の裏返しだ。

「上司からの呼び出し」や「アルコール」といった俗世的なアイテムを排除しながら、Hillはその代わりに“愛の中にすべてがある”という逆説的な豊かさを歌っている。

また、D’Angeloとの掛け合いは、ふたりの視点が一致していることを表しており、この楽曲が独白ではなく“対話”として成立していることを印象づける。

それぞれのパートにおいて「Nothing even matters」というリフレインが繰り返されるたびに、その言葉はただのフレーズではなく、ふたりの世界にしか存在しない“真理”として響くのだ。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Send It On by D’Angelo
     同じくミニマルでスピリチュアルな愛の表現を追求した一曲。沈黙の中に熱を感じさせるサウンドが共通している。

  • Brown Skin by India.Arie
     身体的魅力と精神的結びつきを自然に織り交ぜたラブソングで、優しくも力強い情熱が漂っている。
  • Sweetest Thing by Lauryn Hill
     Hillが映画『Love Jones』のサウンドトラックに提供した曲で、愛に対する微細な感情を美しく描写している。

  • Untitled (How Does It Feel) by D’Angelo
     愛の肉体性と精神性を大胆に、そして繊細に描いた名曲。濃密な空気感が「Nothing Even Matters」と地続きに感じられる。

  • I’m Yours by Sade
     存在のすべてを委ねる愛の静謐な表現。成熟したソウルの感触と包容力が魅力。

6. 無音の中の豊かさ ― ネオソウルの静けさが語るもの

「Nothing Even Matters」は、1990年代後半に勃興した“ネオソウル”というジャンルの美学を象徴する作品のひとつである。

商業主義とは一線を画した、アーティスト個人の誠実な表現。その中心には、音を詰め込むのではなく、“余白”を活かすという美学がある。

この楽曲では、リズムトラックすら省かれている。沈黙の中に流れる緊張感。そしてその静けさに身を委ねることで初めて聴こえてくる、ふたりの息遣いや感情の振動。

それは、現代のラブソングがしばしば持つ“説明的”な表現を排し、愛という感情の核心に静かに触れることに成功している。

結果として、「Nothing Even Matters」は、単なる美しいラブソングにとどまらず、親密さとは何か、つながりとは何かを静かに問いかける作品となっているのだ。

まさに「静寂の中にすべてがある」ことを証明するような名曲である。

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