
発売日:1987年4月20日
ジャンル:ポップ・ロック、アート・ロック、ダンス・ロック、ニューウェイヴ、スタジアム・ロック
概要
David BowieのNever Let Me Downは、1987年に発表されたスタジオ・アルバムであり、彼の長いキャリアの中でも評価が大きく分かれてきた作品である。1970年代のBowieは、The Rise and Fall of Ziggy Stardust and the Spiders from Mars、Young Americans、Station to Station、Low、“Heroes”、Lodgerといった作品を通じて、グラム・ロック、ソウル、アート・ロック、電子音楽、アンビエント、ニューウェイヴを横断し、ロック・ミュージックにおける変身の象徴となった。1980年のScary Monsters (and Super Creeps)では、70年代の実験性をポップな鋭さへ統合し、Bowieは新しい時代へ見事に移行した。
しかし1980年代半ば以降のBowieは、巨大な商業的成功と創作上の葛藤の間に立たされることになる。1983年のLet’s Danceは、Nile Rodgersのプロデュースによって、Bowieを世界的なポップ・スターとしてさらに大きな存在に押し上げた。タイトル曲「Let’s Dance」や「Modern Love」「China Girl」は、MTV時代の映像文化とも結びつき、Bowieのキャリア最大級の商業的成功をもたらした。一方で、その成功はBowieに新しい問題を突きつけた。彼はもともと、時代の流行を自分の美学へ取り込みながら変化してきたアーティストだったが、Let’s Dance以降は大衆的な期待、巨大なツアー、レコード会社の商業的要請、スタジアム規模のスター像と向き合わなければならなくなった。
Never Let Me Downは、その緊張の中で生まれた作品である。前作Tonightでは、カバー曲や軽いポップ・レゲエ的な要素が多く、Bowie自身の創作力の低下を指摘されることもあった。それに対してNever Let Me Downは、Bowieが再び自作曲中心のアルバムを作り、よりロック・バンド的なエネルギーを取り戻そうとした作品である。実際、本作には政治的な主題、メディア批評、都市的な不安、自己への反省、関係性の不安定さなど、Bowieらしいテーマがいくつも存在する。しかし、その一方で、1980年代後半特有の過剰なプロダクション、硬いドラム・サウンド、大きく処理されたギター、スタジアム向けのスケール感が、楽曲の細部や歌詞の鋭さを覆ってしまっている場面も多い。
このアルバムを理解するうえで重要なのは、Never Let Me Downが単なる失敗作ではなく、1980年代後半のBowieが抱えた矛盾を非常に分かりやすく示す作品だという点である。Bowieはここで、再びアーティストとしての主体性を取り戻そうとしている。しかし、サウンドの方向性は当時のメインストリーム・ロックの巨大な質感に強く引っ張られている。つまり、本作は「実験に戻りたいBowie」と「大衆的スターとして機能しなければならないBowie」が同時に存在するアルバムである。そのため、作品全体には、野心と過剰さ、鋭さと鈍さ、個人的な切実さと商業的な装飾が混在している。
アルバム・タイトルのNever Let Me Downは、「決して失望させないで」という意味を持つ。これはラヴ・ソング的な表現であると同時に、Bowie自身のキャリアに対する不安としても響く。Bowieは常に変化を期待され、同時に過去の栄光にも縛られていた。彼はファンを失望させたくなかったのかもしれないし、自分自身に失望したくなかったのかもしれない。結果として本作には、自己弁護、自己再生への願い、そして時代の音に飲み込まれる危うさが刻まれている。
Bowie自身も後年、この時期の作品に対して批判的な発言をしている。とりわけNever Let Me Downについては、楽曲の素材には可能性があったが、サウンドや制作面に問題があったと見なされることが多い。2018年には、ボックス・セットLoving the Alien (1983–1988)の一部として、Never Let Me Down 2018という再制作版が発表され、オリジナルの過剰な80年代的音作りを大きく見直す試みが行われた。このこと自体が、本作に対する再評価の鍵を示している。つまり、曲そのものと1987年当時のプロダクションを分けて考える必要がある。
Never Let Me Downは、Bowieの傑作群と同じ水準にあるアルバムではない。しかし、Bowieのキャリアにおける「迷いの記録」としては非常に重要である。アーティストが巨大な商業的成功の後に、どのように自分の声を見失い、また取り戻そうとするのか。その過程が、本作には過剰なほどに表れている。
全曲レビュー
1. Day-In Day-Out
アルバム冒頭を飾る「Day-In Day-Out」は、社会的なテーマを持つダンス・ロック・ナンバーであり、本作の中でもBowieがメインストリームのロック・サウンドと社会批評を結びつけようとした楽曲である。タイトルは「来る日も来る日も」という意味を持ち、日常の反復、都市生活の厳しさ、社会から見捨てられた人々の生活を示している。
音楽的には、大きなドラム、厚いシンセ、ファンク的なリズム、スタジアム・ロック的なスケール感が組み合わされている。Let’s Dance以降のBowieが獲得した大衆的なダンス・ロック路線を引き継ぎながら、より硬く、やや過剰な方向へ進んでいる。楽曲の骨格には強いフックがあるが、プロダクションはかなり密度が高く、Bowieの声や歌詞の細部を覆ってしまう場面もある。
歌詞では、都市に生きる若い女性の困難な生活が描かれる。貧困、社会的孤立、犯罪、制度からの疎外といったテーマが背景にある。Bowieは1970年代にも「Sweet Thing」や「Future Legend」などで都市の暗部を描いてきたが、この曲ではそれを1980年代的な社会派ポップの形で提示している。問題は、そのテーマの重さに対して、サウンドがあまりにも大きく、やや広告的に響く点である。
それでも「Day-In Day-Out」は、本作の中でBowieが時代の社会問題に向き合おうとしていたことを示す重要曲である。彼は単に軽いポップ・スターであろうとしたのではなく、都市の現実や社会的な不平等を扱おうとしていた。ただし、その批評性は70年代のような鋭い断片性ではなく、80年代的な大きなポップ表現の中に置かれている。
2. Time Will Crawl
「Time Will Crawl」は、Never Let Me Downの中でも最も評価の高い楽曲の一つであり、Bowie自身も後年この曲を肯定的に見ていた。タイトルは「時間は這うように進む」という意味で、時間の停滞、破滅への予感、環境的・政治的危機を感じさせる。チェルノブイリ原発事故への反応として語られることもあり、1980年代後半の核不安や環境不安が反映された楽曲として聴くことができる。
音楽的には、メロディの強さが際立っている。大きな80年代的サウンドはあるものの、楽曲自体の輪郭が明確で、Bowieのヴォーカルにも切実さがある。シングル曲としてのポップ性と、終末的な不安がうまく結びついており、本作の中でも比較的バランスの取れた曲である。
歌詞では、世界が少しずつ壊れていく感覚が描かれる。時間は止まらないが、進む速度は重く、這うようである。これは急激な破滅というより、日常の中で少しずつ進行する危機のイメージである。Bowieはここで、科学技術、政治、環境、そして人間の無力感を結びつけている。直接的なプロテスト・ソングではないが、終末への予感は非常に強い。
「Time Will Crawl」は、Never Let Me Downの再評価において中心となる曲である。楽曲の素材の強さは明らかであり、過剰なプロダクションを差し引いても、Bowieの作曲家としての力が残っていることを示している。後の再制作版でも、この曲の本質的な強さが再確認された。
3. Beat of Your Drum
「Beat of Your Drum」は、欲望、若さ、視線、メディア的なイメージを扱う楽曲である。タイトルは「君のドラムのビート」という意味だが、ここでのビートは単なる音楽的リズムではなく、誰かに引き寄せられる身体的な衝動や、若さに対する魅了を示している。
音楽的には、強いドラムとギターが前面に出たダンス・ロックである。リズムは大きく、Bowieの声もかなり演劇的に響く。曲全体には、1980年代後半のポップ・ロック特有の派手さがあるが、同時にどこか奇妙な不安も漂う。Bowieの得意とする、欲望と不気味さの境界がここにはある。
歌詞のテーマは、若い存在への魅了と、その視線の危うさである。Bowieはキャリアを通じて、若さ、身体、イメージ、消費される美しさを繰り返し扱ってきた。この曲でも、相手のビートに引き込まれる語り手の姿が描かれるが、その欲望は純粋なラヴ・ソングというより、やや観察的で、場合によっては不穏にも響く。
この曲の問題点は、テーマの不気味さとサウンドの大きさが完全には噛み合っていないことにある。もっと抑制されたアレンジであれば、歌詞の危うさがより鋭く出た可能性がある。しかし、Never Let Me Down全体の特徴である大きなプロダクションが、曲の曖昧さをやや平板にしている。
4. Never Let Me Down
タイトル曲「Never Let Me Down」は、本作の中でも比較的個人的で、温かい感情を持つ楽曲である。Bowieはこの曲を、長年のアシスタントであり友人であったCoco Schwabへの感謝を込めた曲として語っている。アルバム全体には政治的・社会的な曲や派手なダンス・ロックが多いが、この曲では信頼、友情、支えといったテーマが中心に置かれている。
音楽的には、ミッドテンポのポップ・ロックで、メロディには素直な親しみやすさがある。過剰な80年代的装飾はあるものの、曲の中心にはシンプルな情感がある。Bowieのヴォーカルも比較的柔らかく、他の曲よりも演劇的な距離が少ない。タイトルに含まれる「失望させないで」という言葉には、他者への信頼と同時に、自分自身が誰かに支えられているという認識がある。
歌詞のテーマは、困難な時期に自分を見捨てなかった存在への感謝である。Bowieのキャリアは華やかな変身の連続として語られるが、その背後には、精神的な不安定さ、商業的な重圧、創作上の迷いがあった。この曲は、そのBowieが誰かに支えられる側であったことを示す珍しい楽曲である。
タイトル曲として見ると、「Never Let Me Down」はアルバム全体の自己不安にもつながる。Bowieは誰かに失望させないでほしいと願うと同時に、自分が聴き手を失望させたくないという圧力も抱えていたように響く。個人的な感謝の歌でありながら、アルバム全体の精神的な脆さを象徴する曲でもある。
5. Zeroes
「Zeroes」は、1960年代サイケデリック・ロックへの皮肉と自己批評を含む楽曲である。タイトルの「Zeroes」は「ゼロたち」「無価値な者たち」といった意味を持ち、かつてのヒーローや理想が空洞化した状態を示しているように響く。Bowieはこの曲で、60年代的な夢やロック神話を、1980年代後半の視点から見つめ直している。
音楽的には、サイケデリックな要素を意識したギターやコーラスが含まれているが、それは純粋な懐古ではなく、ややパロディ的である。Bowieは過去のロック様式をそのまま再現するのではなく、距離を置いて演じている。だが、ここでもプロダクションは大きく、曲のアイロニーがやや分かりにくくなっている。
歌詞では、かつての理想や英雄的な自己像が空洞化していく様子が描かれる。Bowie自身も、60年代末から70年代にかけてロックの神話を作り上げた人物の一人である。その彼が「Zeroes」というタイトルで過去を振り返ることは、自己批評として重要である。Ziggy Stardustのようなロック・ヒーローも、時代が変われば商品や記号になってしまう。
この曲は、Never Let Me Downの中でもコンセプトとしては非常に興味深い。Bowieが自分の過去やロック史そのものを批評しようとしているからである。しかし、曲としてはやや散漫で、意図の鋭さが完全に音に結晶しているとは言いにくい。それでも、本作の中でBowieの知的な自己反省が見える重要な曲である。
6. Glass Spider
「Glass Spider」は、本作の中でも最も演劇的で、後の巨大ツアーのタイトルにもなった楽曲である。ガラスの蜘蛛というイメージは、透明で脆く、同時に不気味で支配的な存在を連想させる。Bowieはここで、寓話、母性、支配、恐怖、見世物性を組み合わせたような独特の世界を作ろうとしている。
音楽的には、語りから始まり、劇場的なロックへ展開していく構成を持つ。これは1970年代のBowieが得意とした物語的・キャラクター的な表現を思わせる。しかし、1987年の巨大なプロダクションと結びつくことで、曲はかなり大仰に響く。意図としてはアート・ロック的だが、サウンドはスタジアム向けの大きな演出になっている。
歌詞では、ガラスの蜘蛛とその子どもたちのような寓話的なイメージが展開される。ここには、保護と支配、脆さと恐怖、幻想と舞台装置が混ざっている。Bowieは再び物語の語り手になろうとしているが、その物語は過去のZiggy的な神話ほど明確ではなく、やや象徴が過剰に広がっている。
「Glass Spider」は、Never Let Me Downの過剰さを最も象徴する曲である。Bowieの演劇的な想像力は確かに存在する。しかし、それが80年代後半の巨大なロック・ショーの美学と結びついた結果、曲は魅力的であると同時に、かなり重く、扱いにくいものになっている。失敗と野心が同時に見える重要曲である。
7. Shining Star (Makin’ My Love)
「Shining Star (Makin’ My Love)」は、本作の中でも特に時代のポップ・サウンドに接近した楽曲であり、ラップ的なパートやダンス・ポップ的な要素を含んでいる。Bowieは常に新しい音楽の動向に敏感だったが、この曲では1980年代後半のポップ市場への接近が強く表れている。
音楽的には、ファンク、ダンス・ロック、ポップ・ラップ的な要素が混ざっている。しかし、Bowieの本来の鋭い実験性と比べると、この曲のジャンル混合はやや表面的に響く。リズムは派手で、アレンジも多層的だが、曲の中心がぼやけている印象もある。
歌詞のテーマは、愛、欲望、輝く存在への呼びかけとして読める。ただし、言葉の深みよりも、ポップなフレーズとリズムの軽快さが優先されている。Bowieがダンス・ミュージックやブラック・ミュージックの要素を取り入れること自体は、Young AmericansやLet’s Danceで成功していた。しかしこの曲では、その取り入れ方がやや時代の流行に引っ張られている。
「Shining Star」は、本作の弱点を示す曲でもある。Bowieが新しいポップの形を探していることは分かるが、結果としてBowieらしい鋭い視点よりも、1980年代後半の大衆的な音作りが前に出ている。それでも、Bowieが停滞せず、当時の音楽環境に反応しようとしていた証拠としては重要である。
8. New York’s in Love
「New York’s in Love」は、都市ニューヨークを擬人化したようなタイトルを持つ楽曲である。Bowieにとってニューヨークは、長いキャリアの中で重要な都市の一つであり、アート、ファッション、クラブ文化、商業、暴力、孤独が交差する場所だった。この曲では、その都市的な興奮と表層性が描かれる。
音楽的には、テンポの速いロック・ナンバーで、ギターとドラムが前面に出る。曲には都会的なスピード感があり、Bowieの声も比較的勢いを持っている。だが、サウンドはやはり大きく、細部のニュアンスよりも勢いと派手さが優先されている。
歌詞のテーマは、都市が恋に落ちているというイメージを通じた、ニューヨークの過剰なエネルギーである。都市そのものが欲望し、消費し、動き続ける。Bowieは1970年代にも都市をしばしば舞台にしていたが、ここでのニューヨークは、より80年代的な消費とメディアの都市として響く。
この曲は、Bowieの都市観察の一例として興味深いが、かつての「Panic in Detroit」や「Sweet Thing」のような鋭い都市的緊張と比べると、やや表面的である。それでも、1980年代後半のニューヨーク的な過剰さをBowieがどう捉えたかを示す曲として、本作の時代性をよく表している。
9. ’87 and Cry
「’87 and Cry」は、1987年という時代そのものへの不満や怒りを含む楽曲である。タイトルは、Bowieがその年の政治的・社会的状況をどのように感じていたかを示している。1980年代後半は、冷戦末期であると同時に、新自由主義的な社会変化、貧富の差、メディア政治、ポップ文化の巨大化が進んだ時期でもある。
音楽的には、攻撃的なロック色が強く、Bowieのヴォーカルにも怒りがある。ギターは大きく鳴り、ドラムは強く打たれ、曲全体にスタジアム・ロック的なスケールがある。政治的な怒りを大きなロック・サウンドで表現しようとする試みである。
歌詞では、権力、社会的不正、時代への嫌悪が込められている。Bowieは直接的な政治歌手ではないが、キャリアを通じてファシズム、メディア、都市、戦争、不安を扱ってきた。この曲では、それがより直接的な形で現れている。ただし、メッセージの怒りに対して、音の処理がやや大きく、かえって批評の鋭さを弱めている部分もある。
「’87 and Cry」は、Never Let Me Downの中でBowieが政治的な声を取り戻そうとしていたことを示す曲である。完成度には議論の余地があるが、Bowieが1980年代後半の社会に対して無関心ではなかったことは明らかである。
10. Too Dizzy
「Too Dizzy」は、オリジナルのアルバムに収録されたが、後の再発ではBowie自身の意向で外されることもあった楽曲である。この事実だけでも、Bowieが後年この曲に満足していなかったことがうかがえる。タイトルは「目が回りすぎる」「混乱しすぎる」という意味を持ち、関係性の混乱や嫉妬を扱う曲として聴くことができる。
音楽的には、リズムが強く、やや派手なポップ・ロックとして構成されている。しかし、楽曲の印象は本作の中でも比較的軽く、Bowieの代表的な作曲の鋭さはあまり感じられない。サウンドも時代の特徴を強く帯びており、後年聴くと特に古びて響きやすい。
歌詞のテーマは、恋愛関係における嫉妬や不安として読める。だが、Bowieの優れた曲にあるような多義性や不気味さは少なく、比較的単純な関係のドラマに留まっている。そのため、アルバム全体の中でも存在感は弱い。
「Too Dizzy」は、Never Let Me Downの弱点を象徴する曲である。Bowieがポップ・ロックの形式で軽い楽曲を作ろうとしたものの、結果として彼独自の緊張感が薄れている。アルバムの歴史を考えるうえでは興味深いが、楽曲としての重要度は高くない。
11. Bang Bang
アルバムの最後を飾る「Bang Bang」は、Iggy Popの楽曲のカバーであり、BowieとIggy Popの長い創作上の関係を思い起こさせる。Bowieは1970年代後半にIggyのThe IdiotやLust for Lifeに深く関わっており、その関係はBowie自身のベルリン期の音楽にも大きな影響を与えた。本作の最後にIggyの曲を置くことは、Bowieが自分の過去の一部へ接続しようとしているようにも見える。
音楽的には、オリジナルよりも大きく、スタジアム・ロック的な処理が施されている。ギターは派手に鳴り、ドラムも強く、曲全体はかなり劇的である。Bowieのヴォーカルは力強いが、Iggy Popの持つ危険な生々しさとは異なり、より演劇的で制御されている。
歌詞のテーマは、暴力、欲望、破壊衝動を含む。タイトルの「Bang Bang」は銃声や衝撃を連想させ、ロックンロール的な危険性を持つ言葉である。Iggy Popの曲をBowieが歌うことで、野性と演技、危険と様式の関係が浮かび上がる。
終曲としての「Bang Bang」は、アルバムを明確な解決へ導くというより、Bowieの過去の影を呼び戻す役割を持つ。Never Let Me Downが商業的な80年代Bowieの迷いを示す作品であるなら、この曲はその奥に、かつてIggy Popと共に作った危険で実験的なロックの記憶がまだ残っていることを示している。
総評
Never Let Me Downは、David Bowieのキャリアの中で最も扱いが難しいアルバムの一つである。一般的な評価では、彼の代表作群からは大きく離れた作品と見なされることが多い。確かに、Hunky Dory、Ziggy Stardust、Station to Station、Low、“Heroes”、Scary Monstersなどと比べると、本作の完成度は明らかに劣る。特にプロダクションは1980年代後半の過剰さを強く帯びており、硬いドラム、厚いシンセ、派手なギター、密度の高い音作りが、楽曲の本来の魅力を覆ってしまっている場面が多い。
しかし、このアルバムを単純な失敗作として片づけるのは不十分である。Never Let Me Downには、Bowieが再び自分自身の創作へ戻ろうとする意志がある。前作Tonightに比べ、自作曲の比重は高く、社会的・政治的テーマも多い。「Day-In Day-Out」では都市の貧困と疎外が描かれ、「Time Will Crawl」では環境的・核時代的な不安が歌われ、「’87 and Cry」では当時の政治状況への怒りが表れる。「Zeroes」では60年代ロック神話への自己批評があり、「Glass Spider」では再び演劇的な寓話を作ろうとする野心が見える。
問題は、その野心が音楽として十分に整理されていない点である。Bowieの70年代の名作では、実験性と形式、キャラクターとサウンド、歌詞と音響が非常に緊密に結びついていた。Never Let Me Downでは、テーマの面ではBowieらしいものが存在するが、それを包むサウンドがしばしば時代の流行に依存しすぎている。その結果、楽曲の内側にある不安や皮肉が、巨大なポップ・ロックの表面に押し流されてしまう。
それでも、「Time Will Crawl」や「Never Let Me Down」には、Bowieの作曲家としての力がはっきり残っている。特に「Time Will Crawl」は、80年代後半のBowieが完全に創作力を失っていたわけではないことを証明する曲である。また、タイトル曲の個人的な温かさは、Bowieのディスコグラフィの中でも比較的珍しい素直な感謝の表現として価値がある。
本作は、Bowieが自分の成功に捕らわれたアルバムでもある。Let’s Danceの大成功によって、彼は以前よりはるかに大きな観客を抱える存在になった。その結果、音楽はスタジアム規模の大きさを求められ、Bowie自身もその期待に応えようとした。しかし、Bowieの本質は、大衆的なスターであると同時に、常に変化し、時代から少しずれた場所で新しい形を作るアーティストである。Never Let Me Downでは、その本質と商業的な役割が衝突している。
この衝突は、後のTin Machine結成へつながる。Bowieは1980年代後半の巨大なポップ・スター像から逃れ、よりバンド的で荒々しいロックへ向かうことで、自分を再起動しようとする。そう考えると、Never Let Me Downは終点ではなく、次の変化を引き起こすための行き詰まりとして重要である。Bowieのキャリアにおいて、失敗や迷いはしばしば次の変身の前兆でもあった。
日本のリスナーにとって本作は、Bowieの入門編として最適なアルバムではない。しかし、Bowieというアーティストを深く理解するうえでは避けられない作品である。偉大なアーティストであっても、常に時代を支配できるわけではない。時には時代の音に飲み込まれ、自分の声を見失い、過剰な装飾の中でもがくことがある。Never Let Me Downは、その人間的な迷いを記録したアルバムである。
総合的に見て、Never Let Me DownはBowieの傑作ではない。しかし、彼の1980年代を理解するための重要な問題作である。曲の素材には魅力があり、テーマにもBowieらしい鋭さが残っている。一方で、プロダクションや全体の方向性には大きな問題がある。だからこそ、本作は単純に忘れられるべき作品ではなく、Bowieが巨大な成功の後にどのように迷い、その迷いからどう抜け出そうとしたのかを示す、非常に興味深いアルバムである。
おすすめアルバム
1. David Bowie – Let’s Dance(1983年)
Bowieの1980年代最大の商業的成功作であり、Never Let Me Downの背景を理解するために欠かせないアルバムである。Nile Rodgersのプロデュースにより、ファンク、ダンス・ロック、ポップが洗練された形で結びついている。本作の成功が、その後のBowieに大きな期待と重圧をもたらした。
2. David Bowie – Tonight(1984年)
Never Let Me Down直前のアルバムであり、Bowieが商業的なポップ路線の中で創作上の迷いを見せた作品である。カバー曲の比重が高く、軽いサウンドが特徴で、Never Let Me Downがなぜ自作曲中心の方向へ戻ろうとしたのかを理解する手がかりになる。
3. David Bowie – Scary Monsters (and Super Creeps)(1980年)
Bowieが70年代の実験性をニューウェイヴ的な鋭いポップへ統合した名盤である。Never Let Me Downで失われがちな、実験性、批評性、ポップ性の理想的なバランスがここにはある。1980年代Bowieの出発点として重要な作品である。
4. Tin Machine – Tin Machine(1989年)
Never Let Me Down後のBowieが、自身の巨大なポップ・スター像から脱却するために結成したバンドのデビュー作である。荒々しいギター・ロックとバンド形式によって、Bowieは自分を再起動しようとした。Never Let Me Downの行き詰まりを受けた反動として非常に重要である。
5. David Bowie – Never Let Me Down 2018(2018年)
オリジナル版の楽曲を大きく再構築した再制作版であり、本作を再評価するうえで重要な作品である。1987年版の過剰なプロダクションを見直し、楽曲そのものの可能性を引き出す試みが行われている。オリジナル版と比較することで、Never Let Me Downの問題点と潜在的な魅力がより明確になる。

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