1. 歌詞の概要
「Never Let Go(ネヴァー・レット・ゴー)」は、Camelが1973年に発表したデビュー・アルバム『Camel』に収録された楽曲であり、彼らの初期の代表曲にして、ライブでも長く愛され続けた名曲である。タイトルの通り、「決して手放さない」という強い執着と愛情をテーマにしており、歌詞には恋愛とも、自己との対話とも取れる曖昧な語り口が展開される。
この曲は、その詩的な表現と、内面の感情の揺れを反映するような音楽構成によって、聴く者の心を静かに揺さぶる。誰かや何かを「決して失いたくない」と願う気持ちは普遍的であり、時間や状況が変わっても色褪せない情緒がある。Camel特有の叙情性と抑制されたエモーションが、この曲ではとりわけ強く発揮されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
Camelは、1970年代の英国プログレッシブ・ロック・シーンの中では、派手な演出やコンセプトで売るタイプのバンドではなかった。彼らの持ち味は、むしろ感情の奥行きと旋律の豊かさ、そしてバンドの一体感にあった。デビュー作『Camel』は、その端緒を示す控えめながらも繊細な作品であり、その中で「Never Let Go」は最も力強く、最もパーソナルな声を放っていた。
作詞作曲を手がけたのは、キーボード奏者ピーター・バーデンス。彼はロマンティックでありながらも現実に根差した詩を得意とし、この楽曲でも「喪失への恐れ」と「希望へのしがみつき」が交錯する複雑な感情を、短い詩行の中に濃縮している。
また、「Never Let Go」はCamelにとって初期のライブ定番曲となり、後年のライブアルバム『Pressure Points』や『A Live Record』でも重要な位置を占めている。ライブではとくにアンディ・ラティマーのギターソロが情感たっぷりに延長され、原曲以上にダイナミックな情景描写が加えられることが多い。
3. 歌詞の抜粋と和訳
この楽曲では、愛やつながり、消えゆくものへの執着が詩的なイメージで語られる。以下に一部の歌詞と和訳を紹介する。
She walks across the sea
彼女は海の上を歩いていくNight will never end
夜は決して終わらないFor her this life is over
彼女にとって、この人生はもう終わったのだNever let go
決して手放さないでShe said
そう、彼女は言ったNever let go
絶対に手を離さないでNever let go
けっして、けっして
引用元:Genius Lyrics
4. 歌詞の考察
この歌の語り手は、喪失に向き合っている。あるいは、それをどうしても受け入れられないでいる。
“海の上を歩いていく彼女”は幻想的なイメージだが、その背後には「死」あるいは「離別」の暗喩がはっきりとある。語り手は、彼女の旅立ちを止めることができず、ただその背中を見送ることしかできない。
「Never let go(決して手放さない)」というリフレインには、執着と祈り、願望と現実逃避のすべてが同時に詰め込まれている。それは過去を忘れたくないという記憶への執着でもあり、誰かを愛し続けたいという心の叫びでもある。
この曲が胸を打つのは、語り手がけっして感情を爆発させないからだ。怒りも嘆きも表には出さず、ただ「手放したくない」という思いを淡々と繰り返す。その静けさの中にこそ、真実の哀しみがある。
また、「夜は終わらない」「彼女にとってはすでに終わった人生」という対比は、残された者と去った者の間の“時間のズレ”を表しているようにも感じられる。
去った者はもう新しい世界に旅立っている。しかし、残された語り手はまだその“夜”の中にいて、出口を探しあぐねている。だからこそ彼は、執拗に“Never let go”とつぶやくのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Afterglow by Genesis
去った愛と、心に残る余韻を繊細に描いたバラード。叙情的なメロディと感情の残像が共通する。 - Goodbye Blue Sky by Pink Floyd
美しい旋律と詩的なイメージで喪失感を描いた楽曲。内面の静けさと痛みが響き合う。 - Lady Fantasy by Camel
現実と幻想のあいだで揺れる恋と憧れを描いた大作。情感の高まりとギターの叙情性が共通している。 - Entangled by Genesis
夢と現実、感情と無意識が交錯するような、繊細なプログレ・バラード。
6. 握った手の温もりと、離れゆく背中――記憶の中の対話としての音楽
「Never Let Go」は、Camelの音楽が持つ“語らないことで語る”という美学の原点とも言える楽曲である。
それは愛の歌であり、別れの歌であり、喪失と記憶の歌でもある。しかし何よりも――“願い”の歌である。
人は時に、もう手が届かないものを、それでも抱きしめていたいと願う。すでに終わってしまったものを、まだ終わっていないかのように心に残そうとする。
その切実な願いが、この曲には刻まれている。ギターのアルペジオ、静かなリズム、穏やかなヴォーカル。それらすべてが、ひとつのささやかな祈りのように響く。
「Never Let Go」は、手放すことができないすべての思いを、音楽にしてそっと抱きしめたような一曲である。
それは、心の中にいつまでも残る声――「決して、手を離さないで」という、静かで強い声なのだ。
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