1. 歌詞の概要
「Nearly Daffodils（ニアリー・ダフォディルズ）」は、UK・リーズを拠点にするインディロックバンド English Teacher による2024年リリースのデビュー・アルバム『This Could Be Texas』収録曲であり、**季節の移り変わりとともに、個人の関係性や感情の変化を詩的に綴った一篇の“感情の風景詩”**とも言える楽曲である。
タイトルにある「Daffodils（ラッパスイセン）」は、イギリスにおいて春の到来を象徴する花であり、「Nearly（ほとんど）」という語が付されることで、**まだ完全に訪れていない、けれどそこまで来ている“変化の予感”と“感情の端境”**を暗示している。
English Teacherの特徴である語り口調のヴォーカルと、淡く繊細なサウンドスケープはこの曲でも健在で、静けさと不安、期待とあきらめのグラデーションを、“もう少しで咲きそうな花”に託して語る。
それは、何かが始まりそうで始まらないまま終わってしまった関係の揺らぎを描いた、極めて繊細で情緒的な作品である。
2. 歌詞のバックグラウンド
English Teacherのソングライターであり、リードヴォーカルの Lydia Peckham は、日常の些細な風景やモチーフを使って、複雑で微妙な感情を詩的に、かつ哲学的に描き出す才能で知られている。
「Nearly Daffodils」では、花の開花を“関係の進展”や“変化の始まり”に見立てるという極めてイギリス的な比喩を用いながら、季節という“変わるもの”と、心という“変えられないもの”の間にある揺らぎを巧みにすくい上げている。
実際に、Lydiaはこの曲について「もう咲きそうなスイセンが咲かないまま枯れてしまうような感覚——期待と現実のあいだの空白が、この曲の核になっている」と語っており、それは失恋や期待外れの感情だけでなく、“自分に何かが起きるはずだったのに、起きなかった”というすべての経験者に共鳴する普遍的な物語である。
3. 歌詞の抜粋と和訳（意訳）
“Nearly daffodils, still green”
「もう少しで咲くスイセン、まだ緑のまま」“We watched them from the kitchen / sipping something warm”
「私たちはキッチンからその花を見ていた／何か温かい飲み物を飲みながら」“You said they’ll bloom next week / I said I’d believe it when I see it”
「あなたは“来週には咲く”と言った／私は“実際に見たら信じるわ”と返した」“Now they’re gone, and so are you”
「今は花も消えて、あなたももういない」
これらの歌詞には、植物の開花という極めて静的なモチーフの中に、関係性の崩壊、時間の不可逆性、信頼の喪失といった重層的なテーマが織り込まれている。
「信じる」と「咲く」という行為が重ねられ、どちらも“待つしかできないもの”として描かれている点が非常に象徴的である。
4. 歌詞の考察
「Nearly Daffodils」は、何も起こらなかったことの美学、あるいは“未完のまま終わった感情”の余韻を描いた傑作である。
多くのラブソングが始まりや終わりの劇的な瞬間にフォーカスするのに対し、この曲はそのあいだにある**“間延びした時間”や“宙ぶらりんの感情”にスポットを当てる。
そして、それを咲かない花、吹き込めない言葉、取りこぼされた沈黙**といった微細な象徴で語る手法が、English Teacherというバンドの美学そのものである。
Lydiaの語りには怒りも涙もない。
ただ、期待が裏切られたときの、あまりに静かな“ああ、そうなんだ”という瞬間の空気だけが漂っている。
そしてその空気を、サウンドの隙間——リバーブの残響、ギターの余白、ドラムの間合い——で見事に描いている。
音そのものが言葉を補完し、無言の感情をリスナーの胸に響かせる構造になっているのだ。
これは、失恋の歌ではなく、**“起きなかったことに対する弔いの歌”**であり、
それは、実は私たちの人生の多くの場面に通じる普遍的な感情なのかもしれない。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Funeral” by Phoebe Bridgers
誰にも語れない感情の重さを、静かな日常の中で描くバラッド。 - “Everything You Know Is Wrong” by Black Country, New Road
混乱と空白の美学。関係性の不確かさを音像の奥行きで描く。 - “Hope” by Arlo Parks
花や風景を感情に見立てる抒情的なリリックが共通。 - “No Home Record” by Kim Gordon
日常と不安を対比させる現代的女性視点のロックアート。 - “Sweet” by Cigarettes After Sex
静けさと官能のはざまを漂う、時間を止めるようなサウンド。
6. 咲かない花が語るもの——“期待”と“空白”のポエジー
「Nearly Daffodils」は、始まりそうで始まらない、でも確かにそこにあった感情の影を描いた楽曲である。
スイセンは咲かなかった。
誰も悪くなかった。
でも、それでも少しだけ期待していた。
そんな記憶が、キッチンの窓辺に残る。
咲かなかったという事実は、花にとっての敗北ではない。
それは、私たちの中に残った“願いの形”なのだ。
そしてEnglish Teacherは、その“願いの形”を、
誰にも気づかれずに散った感情のために、そっと音楽にしてくれた。
それは、決して派手ではないけれど、
とても、静かで、優しく、胸にしみる。
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