My Spot by Current Joys(2021)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

「My Spot」は、**Current Joys(カレント・ジョイズ)**が2021年にリリースしたアルバム『Voyager』に収録された楽曲であり、孤独・執着・記憶に浸された個人的な「場所」への想いを繊細かつ情緒的に描いたナンバーである。

タイトルの「My Spot(僕の場所)」とは、単なる地理的な空間ではない。それはある人との記憶が刻まれた特別な場所であり、時間が止まってしまったように感じる心の風景を象徴している。

この楽曲は、Current Joysらしいローファイな親密さを残しつつ、アルバム全体のより洗練されたサウンド・プロダクションとも調和しており、感情の細部を音として“映像的”に描き出す手法が際立つ作品となっている。

語り手はその「場所」に戻ってきたものの、かつての相手はそこにはいない。“失われた何かを追い求めながら、その不在を抱えたまま歩き続ける”というメランコリックな精神の旅が、静かなトーンの中に沁み込んでいる。

2. 歌詞のバックグラウンド

『Voyager』は、Current Joys=Nick Rattiganの新たな音楽的フェーズを象徴する作品であり、彼がこれまでのローファイ・ベッドルームサウンドから一歩踏み出し、映画的で重厚なプロダクションと物語性に満ちた表現へと到達した重要なアルバムである。

「My Spot」もまた、Nickが持つ“映像作家としての目線”が強く現れた曲であり、ひとつの場所を巡って浮かび上がる過去の感情や映像的記憶の断片を、音楽という形でコラージュしたような構造をしている。

この曲のビデオには、夢と現実が交錯するようなカットや、ひとりの人物の記憶の残像が繰り返されるような描写が使われており、「My Spot」という言葉が象徴する場所が、誰にとっても一度は存在する“かつての親密”の象徴であることが示唆されている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

“Now I go back to my spot / And I sit and think a lot”
今 僕はまた“あの場所”に戻ってきた
そして ただ座って たくさんのことを考える

“About the time you were mine / And everything felt right”
君が僕のものだった頃のこと
すべてが正しかった あの時のことを

“But the bench is cold now / And you’re not here”
でも ベンチは冷たくなってしまった
君は もうここにはいない

“I try to move on / But it’s not so clear”
前に進もうとするけど
その道筋は はっきりとは見えないんだ

※ 歌詞引用元:Genius

4. 歌詞の考察

「My Spot」における“場所”は、単なる公園のベンチや日常の一角ではない。それは語り手にとって、**かつての愛や安らぎが存在していた時間と空間が封じ込められた“記憶の保存庫”**なのである。

歌詞全体を通して強く感じられるのは、過去にしがみついてしまう感情と、それでも前に進まざるをえないという現実との乖離である。「ベンチが冷たい」という描写は、時間の経過とともにその場所がもはや“生きた記憶”ではなくなりつつあることを示しつつ、なおもそこに留まってしまう語り手の心の不在感を際立たせている。

また、「I try to move on / But it’s not so clear」というラインに象徴されるように、この曲の核心は“別れ”や“喪失”ではない。むしろ、失われたものをどう抱えて生きるかという問いかけなのだ。

これは恋愛に限らず、人生におけるあらゆる大切な瞬間や関係の終わりに立ち会ったことのあるすべての人が共感しうるテーマであり、Nick Rattiganはそれを最小限の言葉で最大限の情感をもって描き出している。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • “Re: Stacks” by Bon Iver
     静けさのなかで失ったものと向き合い、癒しを探す心の旅。

  • “I Know It’s Over” by The Smiths
     愛の終わりを受け入れられずに苦悶する、哀愁のバラッド。
  • “Lua” by Bright Eyes
     孤独と不眠の夜、誰にも届かない想いを繊細に紡いだ曲。

  • “Chicago” by Sufjan Stevens
     旅と記憶を重ねながら、人生の軌道を探すエモーショナルな名曲。
  • “The Night Josh Tillman Came To Our Apt.” by Father John Misty
     愛と皮肉、喪失の美学が交差する、文学的シンガーソングライティング。

6. 帰ってきたのに、君はいない——「My Spot」が語る、記憶と場所の残像

「My Spot」は、Current Joysが到達した**“記憶のサウンドトラック”というべき境地**を体現した楽曲であり、それは聴く者の中にも必ず存在する“忘れられない場所”を静かに呼び起こしてくれる。

ここでNick Rattiganが描いているのは、「君」がいないことそのものではない。君がいた場所に自分がまだ取り残されていることへの痛みと混乱であり、それは記憶にしがみつくことの切なさと、それでも“その場所に行ってしまう”人間のどうしようもなさを映している。

「My Spot」は、失われた時間と場所に囚われながら、それでも人はそこに帰ってしまうのだという、人間の感情の儚さと強さを静かに歌い上げた、Current Joys流のエレジーである。

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