
発売日:1998年4月20日
ジャンル:IDM/アンビエント・テクノ/ダウンテンポ/エレクトロニカ/サイケデリック・エレクトロニック
概要
Boards of Canadaの『Music Has the Right to Children』は、1990年代後半の電子音楽を代表する作品であり、IDMと呼ばれた実験的なエレクトロニック・ミュージックの流れを、冷たい未来志向ではなく、記憶、幼少期、自然、教育映像、古いテレビ放送といった「過去」の感覚へ向けた決定的なアルバムである。
Boards of Canadaは、スコットランド出身のMichael SandisonとMarcus Eoinによるユニットである。彼らの音楽はシンセサイザー、サンプラー、ドラム・マシン、テープ処理などによって作られているが、その響きは一般的な電子音楽に想像されるデジタルな精密さから意図的に遠ざけられている。
音程が少し揺れる。
テープが劣化したように聞こえる。
高音が丸い。
声が遠い。
リズムが完全には機械的でない。
こうした「不完全な音」がBoards of Canadaの最大の特徴である。
ユニット名の由来として知られるのが、カナダ国立映画制作庁National Film Board of Canadaである。特に20世紀後半に制作された教育映画や自然ドキュメンタリーの映像・音響美学は、彼らの作品に大きな影響を与えた。
古い学校教材。
自然科学の映像。
子供向け番組。
フィルムの退色。
説明的なナレーション。
人間の声。
そこには安心感と同時に、不思議な不安もある。
子供の頃には何気なく見ていた映像が、大人になって思い返すと奇妙に見える。
『Music Has the Right to Children』は、その感覚を音楽にしたような作品である。
アルバム・タイトルも重要だ。
通常、「children have the right to music=子供には音楽を享受する権利がある」といった構文が考えられる。しかしBoards of Canadaはそれを逆転させ、「Music Has the Right to Children=音楽には子供を持つ権利がある」とする。
人間が音楽を所有するのではない。
むしろ音楽そのものが生命を持ち、次の世代を作る。
非常に奇妙なタイトルだが、作品全体の思想をよく表している。
本作では、子供時代そのものが美化されているわけではない。
むしろ「子供の頃を思い出そうとしたときに生まれる曖昧な感覚」が中心にある。
懐かしい。
しかし少し怖い。
明るい。
しかし影がある。
楽しい。
しかし何かを忘れている気がする。
この矛盾した感情は、後に「hauntology」と呼ばれる文化的な感覚とも強く結びついていく。つまり、過去のメディアや文化が幽霊のように現在へ戻ってくる感覚である。
1998年当時、Warp Recordsを中心としたIDMにはAphex Twin、Autechre、Squarepusherなどが存在した。彼らは電子音楽のリズム、音響、プログラミングを急速に複雑化させていた。
Boards of Canadaも同じ文脈に属するが、アプローチは大きく異なる。
高速ブレイクビーツで圧倒するわけではない。
アルゴリズム的な複雑さを前面に出すわけでもない。
むしろ遅いビート。
柔らかいシンセ。
反復。
短いインタールード。
断片的な声。
それによって、電子音楽を「未来の音」から「記憶の音」へ変えた。
『Music Has the Right to Children』の革新性は、まさにそこにある。
全曲レビュー
1. Wildlife Analysis
アルバム冒頭の「Wildlife Analysis」は、短い導入曲である。
タイトルは「野生生物の分析」。
教育映画や自然科学番組の題名のようにも聞こえる。
音楽は非常に短く、柔らかなシンセサイザーが漂う。
まだ本格的なビートは始まらない。
そのため、これは曲というより、一本の古い教育フィルムが映写機にセットされ、映像が始まる直前のような役割を持つ。
重要なのは、「分析」という科学的な言葉と、実際に聞こえる温かな音の対比である。
科学的に分類する。
しかし音楽は感情を呼び起こす。
Boards of Canadaはこの作品全体で、教育、数字、科学、自然と、個人的な記憶を何度も重ねる。
その入口として極めて象徴的なトラックである。
2. An Eagle in Your Mind
「An Eagle in Your Mind」は、本作の世界が本格的に始まる楽曲である。
低く太いビート。
揺らぐシンセサイザー。
遠くから聞こえる声。
それらがゆっくり積み重なる。
タイトルの「あなたの心の中の鷲」は、現実の動物ではなく、意識の中に浮かぶ象徴のようだ。
鷲は自由。
高い視点。
自然。
飛翔。
そうしたイメージを持つ。
しかしBoards of Canadaは、それを明快な物語にはしない。
音楽はぼんやりしている。
夢の中で見た動物を翌朝思い出しているような感覚だ。
ビートはヒップホップ的でもあり、彼らのリズムがクラブ・テクノだけから生まれていないことも分かる。
この「遅いブレイクビート+古びたシンセ」という組み合わせが、本作全体の基本語法となる。
3. The Color of the Fire
「The Color of the Fire」は、非常に短いヴォイス/サウンド・スケッチである。
タイトルは「火の色」。
子供が色や自然現象について学ぶ教育番組を思わせる。
人間の声は加工され、言葉として完全に理解するより、音そのものとして残る。
Boards of Canadaにおける子供の声は重要だ。
それは無垢を象徴するだけではない。
録音された子供の声には、時間の経過が含まれる。
その声の持ち主はもう同じ年齢ではない。
録音された瞬間だけが永久に残る。
つまり、子供の声は「過去そのもの」のように機能する。
短い曲ながら、本作の記憶と時間という主題を濃縮したトラックである。
4. Telephasic Workshop
「Telephasic Workshop」は、本作の中でも特にリズムの存在感が強い楽曲である。
タイトルは「Telephasic」という架空の科学用語のような言葉と、「Workshop=作業場/講習会」を組み合わせている。
まるで未来的な教育実験の名称のようだ。
細かく刻まれたヴォイス・サンプル。
ヒップホップ的なビート。
曇ったシンセ。
それらが反復する。
声は言葉として理解できそうで、完全には理解できない。
この「意味がありそうだが掴めない」感覚は、記憶の構造によく似ている。
昔聞いた会話。
昔見たテレビ。
誰かの声。
内容は忘れている。
しかし音色だけ覚えている。
Boards of Canadaは人間の声を情報ではなく、記憶の残骸として扱う。
本作におけるサンプリング美学を代表する曲である。
5. Triangles & Rhombuses
「Triangles & Rhombuses」は短いインタールードで、タイトルは「三角形とひし形」。
学校教育における図形学習をそのまま連想させる。
本作では数字、図形、色、自然など、子供が学校で最初に世界を分類するときに使う概念が頻繁に現れる。
三角形。
ひし形。
色。
数字。
動物。
こうした言葉は非常に単純だ。
しかし大人になって聞くと、不思議な懐かしさを持つ。
音楽も短く、旋律は完全な曲として発展しない。
教科書の一ページだけが突然映し出され、すぐ次へ移るような構成だ。
この短いトラック群が、アルバム全体を夢の断片のようにつないでいる。
6. Sixtyten
「Sixtyten」は、数字を組み合わせた奇妙なタイトルを持つ。
「sixty」と「ten」。
60と10。
しかし通常の英語表現としては不自然であり、数字そのものが暗号のように扱われている。
Boards of Canadaは後の作品でも数字、数列、暗号的な表現を頻繁に使う。
数字は客観的で正確なものの象徴である。
しかし、彼らの音楽の中では数字まで神秘的になる。
サウンドは重く、ビートは低い。
ベースとリズムにはヒップホップ的な粘りがあり、その上を曇ったシンセが覆う。
本作の中でも比較的ダークな曲である。
子供時代の記憶が必ずしも幸福ではないことを示すように、音楽には不安がある。
懐かしいだけではない。
何か危険なものが近くにある。
その感覚がBoards of Canadaの音楽を単純なノスタルジーから遠ざけている。
7. Turquoise Hexagon Sun
「Turquoise Hexagon Sun」は、本作を代表する楽曲のひとつであり、Boards of Canadaの音楽美学が最も美しく凝縮されたトラックである。
タイトルは「ターコイズ色の六角形の太陽」。
実際の自然には存在しない。
色。
図形。
天体。
学校教材的な要素を組み合わせて、架空の風景を作っている。
音楽も同じだ。
聞いたことがあるようで、実際には存在しない過去。
懐かしい。
しかし何に対して懐かしいのか分からない。
これがBoards of Canadaの最大の特徴である。
シンセサイザーは微妙に音程が揺れ、長い時間使われたテープのように聞こえる。
ビートは重すぎず、一定の歩行感を持つ。
夕方。
古い8mmフィルム。
郊外の空。
そうした映像を想起させる。
「偽の記憶」とでも呼べる感覚を音楽によって作り出した、本作の中心曲である。
8. Kaini Industries
「Kaini Industries」は短いインタールードである。
タイトルは企業名のように聞こえる。
「Industries」という言葉は工業、企業、製造を連想させる。
しかし音楽は巨大な工場のようには聞こえない。
むしろ小さく、遠い。
Boards of Canadaの音楽では、企業、教育、科学など近代社会の制度を思わせる言葉と、自然や幼少期の記憶が奇妙に混ざる。
この組み合わせによって、1970年代の教育映像や企業PR映画のような空気が生まれる。
短い旋律が現れ、完全に展開する前に消える。
「思い出そうとしたが、思い出せなかった記憶」のような一曲である。
9. Bocuma
「Bocuma」も非常に短い曲である。
明確な意味を持たないタイトルは、人名、地名、企業名、造語のいずれにも聞こえる。
Boards of Canadaの短いトラックは、アルバムの「句読点」として機能する。
長いビート曲の後に短い旋律を置く。
すると聴き手の時間感覚が一度リセットされる。
「Bocuma」では柔らかなシンセが漂い、ほとんど夢の場面転換のような役割を果たす。
この曲単体の構造より、アルバムの中でどこに置かれているかが重要である。
Boards of Canadaはアルバムを曲の集合ではなく、記憶が連続して現れては消える一つの精神空間として設計している。
10. Roygbiv
「Roygbiv」は、Boards of Canadaを代表する楽曲のひとつである。
タイトルは、可視光線の色を並べた英語の頭文字である。
Red。
Orange。
Yellow。
Green。
Blue。
Indigo。
Violet。
つまり「虹」の色順だ。
これは本作の教育的モチーフと直接つながる。
子供が色を覚えるための暗記法。
しかしBoards of Canadaは、その教育記号を極めて温かな音楽へ変換する。
ベースラインは柔らかく、少しファンク的。
シンセのメロディは非常に簡潔で、一度聞けば記憶に残る。
本作の中でも最もポップな瞬間のひとつである。
重要なのは、その旋律が「新しい音楽」を聞いているというより、「昔から知っていた曲を思い出した」ように感じられることだ。
Boards of Canadaのノスタルジアは、特定の過去を再現するのではない。
聴き手の中に存在しなかった記憶まで作り出す。
「Roygbiv」はその能力を最も端的に示す曲である。
11. Rue the Whirl
「Rue the Whirl」は、タイトルの語感自体が回転を連想させる。
“whirl”は渦巻く、回転する。
“rue”には後悔するという意味もある。
つまり、回転するものを悔やむという奇妙な表現になる。
音楽ではリズムが反復し、円を描くように同じパターンへ戻る。
Boards of Canadaの楽曲では、ドラマティックなコード展開より反復が重要だ。
同じフレーズを繰り返す。
しかし、フィルターや音色が少しずつ変わる。
この微細な変化によって、聴き手の意識そのものが変わる。
ミニマル・ミュージックやテクノの反復構造を持ちながら、音色は極めて人間的で温かい。
そのため機械的なループが、記憶の反芻のように聞こえる。
12. Aquarius
「Aquarius」は、本作でも特に象徴的な楽曲である。
タイトルは星座の「水瓶座」。
占星術。
数字。
色。
子供の声。
これらが組み合わされる。
特に印象的なのは数を数える声である。
数字が順番に現れる。
通常、数えることは世界を整理する行為だ。
一、二、三。
物事を正確に分類する。
しかしBoards of Canadaの音楽では、数字は次第に呪文のように聞こえてくる。
数学と神秘。
教育と儀式。
その境界が曖昧になる。
「Aquarius」というタイトル自体も、1960〜70年代のニューエイジ、占星術、カウンターカルチャーを連想させる。
Boards of Canadaが単に子供時代を扱っているのではなく、20世紀後半の文化的記憶全体をサンプリングしていることが分かる重要曲である。
13. Olson
「Olson」は、短いながらBoards of Canadaの最も美しい小品のひとつとして知られる。
ビートはほとんど重要ではない。
中心にあるのはシンセサイザーの和音と旋律だ。
ほんの短い時間。
しかし、その短さが重要である。
長く続けば、普通のアンビエント曲になる。
短いからこそ、何かを思い出しかけた瞬間のように感じられる。
昔の場所。
誰かの顔。
夏の午後。
具体的な内容はない。
しかし感情だけがある。
Boards of Canadaの音楽はしばしば「記憶の内容」ではなく、「記憶するときの感覚」を表現する。
「Olson」はその最も純粋な例のひとつである。
14. Pete Standing Alone
「Pete Standing Alone」は、人名と孤独をそのまま組み合わせたタイトルを持つ。
“Pete”という具体的な人物。
“Standing Alone=一人で立っている”。
非常に映像的だ。
広い風景。
その中に一人だけ立つ人物。
Boards of Canadaの音楽には自然と孤独が頻繁に結びつく。
都市の孤独ではない。
もっと広い空間。
野原。
山。
空。
その中に人間が小さく存在する。
音楽はビートを持つが、閉塞感より広がりがある。
タイトルに実在の人物を思わせる具体性があることで、それまでの抽象的な図形や数字とは違う感情が生まれる。
人間が突然、アルバムの風景の中に現れる。
その孤独な存在感が印象的な一曲である。
15. Smokes Quantity
「Smokes Quantity」は、タイトルから生活の断片を感じさせる。
「煙草の量」。
あるいは煙の量。
非常に日常的で、同時に少し意味不明だ。
Boards of Canadaのタイトルには、このように行政文書や表計算の項目のような無機質さを持つ言葉がある。
それが音楽の感情的な温かさと対照になる。
曲はダウンテンポで、低いビートと曇ったシンセが重なる。
この時点でアルバムはかなり深い夢の内部へ入っている。
前半の「Roygbiv」のような明るさより、色彩が暗くなっている。
煙によって視界が曇るように、音そのものも輪郭を失う。
アルバム終盤へ向けて、記憶がさらに曖昧になっていくような役割を持つ。
16. Open the Light
「Open the Light」は、本編終盤に置かれた重要な楽曲である。
通常なら“turn on the light=明かりをつける”と言うところを、“open the light=光を開く”と表現している。
この不自然な英語が、逆に非常に詩的だ。
ドアを開けるように光を開く。
暗い場所から外へ出る。
あるいは、記憶の中に閉じ込められていた光景を再び開く。
サウンドは比較的穏やかで、アルバム終盤に一種の解放感を与える。
しかし完全な幸福にはならない。
Boards of Canadaの音楽では、明るさにも常に退色がある。
光はある。
しかし夕方の光。
古い写真の光。
そのため、「Open the Light」は救済というより、夢から少しずつ目覚める瞬間のように機能する。
17. One Very Important Thought
アルバムを締めくくる「One Very Important Thought」は、通常の楽曲ではなく、語りを中心とするエピローグである。
タイトルは「一つのとても重要な考え」。
教育番組や公共放送が番組の最後に提示するメッセージのような形式を取る。
このナレーションは、表現や創造物が不当に制限されることへの警告として機能し、アルバムの最後に「文化を誰が所有するのか」という問題を突然持ち込む。
ここで『Music Has the Right to Children』というタイトルの意味が再び浮かび上がる。
音楽は誰のものか。
子供たちのものか。
企業のものか。
制度のものか。
作者のものか。
聴き手のものか。
作品を最後まで聞いてきた後では、その問いは単なる著作権論ではなく、記憶や文化の継承という問題にまで広がる。
音楽は次の世代へ渡る。
映像も言葉も、誰かの子供時代の一部になる。
その意味で、音楽そのものが「子供を持つ」。
アルバム・タイトルへ静かに戻る、非常に印象的な終幕である。
総評
『Music Has the Right to Children』の最大の革新は、電子音楽における「未来」という概念を反転させたことである。
電子音楽は長い間、未来と結びついてきた。
Detroit Techno。
Acid House。
初期Warp。
新しい機械。
新しい都市。
新しい人間。
シンセサイザーは、まだ存在しない世界の音を作る装置として使われることが多かった。
Boards of Canadaは、同じ機械を逆方向へ使った。
未来ではなく過去。
新品ではなく劣化。
高解像度ではなくぼやけ。
完全なピッチではなく揺れ。
デジタルの明瞭さではなくアナログ・テープの不確かさ。
この発想によって、彼らは電子音楽に「記憶」という巨大な領域を開いた。
『Music Has the Right to Children』を聞いていると、不思議なことが起きる。
自分が実際に経験していない時代まで懐かしく感じられる。
古い教育映画。
1970年代のテレビ。
自然科学番組。
校舎。
夕方。
8mmフィルム。
色褪せた写真。
それらを実際に見た経験がなくても、音が記憶のように作用する。
これは通常のノスタルジアとは違う。
ノスタルジアとは、自分が経験した過去を懐かしむことだ。
Boards of Canadaは、存在しなかった個人的記憶を作る。
これが彼らの最も大きな特徴である。
そのため本作は、単なる「懐かしい電子音楽」ではない。
もっと不気味だ。
記憶は信頼できるのか。
子供時代の記憶は、本当に自分のものなのか。
写真やテレビ番組から後で作られた記憶ではないのか。
この不確実さが音楽の奥にある。
彼らが使う音程の揺れも重要である。
通常、シンセサイザーは安定したピッチを持つ。
しかしBoards of Canadaは、それを意図的にずらす。
音が微妙に高くなる。
低くなる。
テープ速度が不安定なように聞こえる。
人間の記憶も同じだ。
完全には再生されない。
少し変形する。
抜け落ちる。
別の記憶と混ざる。
つまりサウンド・デザインそのものが、記憶の性質を模倣している。
ビートの扱いも独特である。
本作はアンビエント作品ではない。
多くの曲に明確なビートがある。
しかしクラブ・ミュージックとして前へ進むビートとは違う。
「Telephasic Workshop」「Sixtyten」「Rue the Whirl」などでは、ヒップホップやブレイクビーツの影響が強い。
ビートは身体を動かす。
しかし、その上に乗るシンセは夢のように曖昧だ。
この「身体は現在にいるが、意識は過去へ向かう」という二重性が非常に面白い。
また、短いインタールードの配置はアルバム構成上重要である。
「Wildlife Analysis」。
「The Color of the Fire」。
「Triangles & Rhombuses」。
「Kaini Industries」。
「Bocuma」。
「Olson」。
これらは一般的なポップ・アルバムなら未完成曲と見なされるほど短い。
しかし『Music Has the Right to Children』では不可欠だ。
長い夢の中に、突然短い映像が入る。
一瞬だけ思い出す。
そして消える。
この断片性によって、アルバム全体が一つの記憶の流れになる。
すべてを完成させない。
それが重要なのである。
「Roygbiv」のような曲が高く評価される理由も、メロディそのものの美しさだけではない。
あの曲には「知っている気がする」という感覚がある。
初めて聞くのに、初めてではない。
この既視感はBoards of Canadaの核心である。
音楽心理学的に考えれば、彼らは非常に単純な旋律、親しみやすい音程関係、古いメディアを連想させる音色を組み合わせることで、聴き手の記憶回路へ接近している。
その結果、曲が「新曲」としてではなく「発見された古い曲」のように感じられる。
自然というテーマも重要だ。
Boards of Canadaの音楽には電子機器が大量に使われている。
しかしタイトルには自然が多い。
Eagle。
Fire。
Sun。
Aquarius。
Wildlife。
光。
電子音と自然。
これは一見矛盾する。
しかし彼らにとって、テクノロジーは自然の反対ではない。
古い映像機器を通して自然を見る。
教育番組を通して動物を知る。
テレビ画面を通して太陽を見る。
つまり現代人にとって自然の記憶は、すでにメディアを通した記憶でもある。
この発想は1990年代末には非常に先駆的だった。
現在では、子供時代の記憶そのものがデジタル写真、動画、SNS、オンライン映像と不可分になっている。
その意味でBoards of Canadaの問題意識はさらに現代的になっている。
1990年代後半のWarp Records周辺と比較すると、本作の独自性はより明確になる。
Aphex Twinは、人間と機械の境界を不気味なまでに変形した。
Autechreは、リズムを抽象構造へ変えた。
Squarepusherは、ジャングルと超絶技巧的ベースを融合した。
Boards of Canadaは、感情と記憶を中心に置いた。
技術を誇示しない。
複雑であることを前面に出さない。
むしろ単純なメロディを使う。
この選択によって、IDMの中でも非常に広いリスナーへ届く作品となった。
後世への影響は極めて大きい。
Bibio。
Four Tet。
Caribou。
Clark。
Casino Versus Japan。
さらにVaporwave、Chillwave、Hypnagogic Pop、Hauntology周辺の音楽まで、古いメディア、退色した音色、偽のノスタルジアを使う方法にはBoards of Canadaの影響を見出すことができる。
特に2000年代後半以降、「昔のVHS」「古いテレビ番組」「存在しなかった80年代」などを作品化する文化が広がった。
Boards of Canadaは、その感覚を1998年の時点ですでに非常に洗練された形で提示していた。
そしてタイトルの『Music Has the Right to Children』は、現在から振り返るとさらに興味深い。
音楽には子供を持つ権利がある。
つまり音楽は次の音楽を生む。
作品を聞いた子供が成長し、別の音楽を作る。
その音楽をまた別の世代が聞く。
文化はこうして複製される。
しかし複製されるたびに少し変形する。
テープのように劣化する。
記憶のように書き換えられる。
それでも残る。
このアルバムそのものが、まさにその考えを証明した。
1998年に生まれた作品が、その後何世代もの電子音楽家へ影響を与え続けている。
『Music Has the Right to Children』は、電子音楽の名盤であるだけではない。
「記憶はどのように音になるのか」を追究した作品である。
冷たい機械から温かな過去を作る。
正確な電子機器から曖昧な感情を作る。
存在しなかった記憶から本物の懐かしさを作る。
この逆説こそがBoards of Canadaの芸術の核心であり、本作が1990年代電子音楽の最重要作品のひとつとして残り続けている理由である。
おすすめアルバム
1. Boards of Canada – Geogaddi(2002)
『Music Has the Right to Children』で確立した方法論を、より暗く、神秘的で、不安定な方向へ発展させた作品。数字、宗教、逆再生、サブリミナル的な声、歪んだシンセが増え、Boards of Canadaの不穏な側面を最も深く味わえる。
2. Aphex Twin – Selected Ambient Works 85–92(1992)
初期IDM/アンビエント・テクノの最重要作品のひとつ。機械的なビートと温かいシンセ、メランコリックな旋律を融合しており、Boards of Canadaへ至る90年代電子音楽の感情的な側面を理解するうえで欠かせない。
3. Autechre – Amber(1994)
Warp Recordsを代表するAutechreの初期作品。後年の抽象的なリズム実験よりもアンビエント色が強く、人工的な電子音の中に広大な風景を作る。Boards of Canadaより冷たく未来的だが、90年代IDMの別方向を確認できる重要作である。
4. Broadcast – The Noise Made by People(2000)
1960年代の放送音楽、サイケデリア、電子音、古いメディアの記憶を現代的なポップへ再構築した作品。Boards of Canadaと同様、過去を忠実に再現するのではなく、「記憶の中で変形した過去」を音楽にするという点で強い共通性を持つ。
5. Four Tet – Rounds(2003)
フォーク、ヒップホップ、サンプリング、電子音を融合した2000年代エレクトロニカの代表作。Boards of Canadaほど退色したノスタルジアを前面には出さないが、有機的な音と機械的なビートを自然に共存させ、電子音楽を親密な感情表現へ変えた点で深く関連する作品である。

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