アルバムレビュー:Tomorrow’s Harvest by Boards of Canada

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2013年6月10日

ジャンル:IDM、アンビエント、エレクトロニカ、ダウンテンポ、シンセウェイヴ、ポスト・アポカリプティック・エレクトロニック

概要

ボーズ・オブ・カナダの『Tomorrow’s Harvest』は、2013年に発表された通算4作目のスタジオ・アルバムである。スコットランド出身のマイケル・サンディソンとマーカス・エオインによる兄弟デュオ、ボーズ・オブ・カナダは、1990年代後半以降のエレクトロニカ/IDMを代表する存在であり、アナログ・シンセサイザー、テープの劣化感、教育番組や公共放送を思わせる音響、幼少期の記憶、自然、数学的な構造、潜在的な不穏さを組み合わせた独自の世界を築いてきた。

1998年の『Music Has the Right to Children』は、彼らの名を決定づけた作品である。温かいシンセのコード、くぐもったビート、子どもの声、サンプリング、記憶の断片を通じて、過去の風景を夢のように再構成したこのアルバムは、エレクトロニカが単なる未来的な音楽ではなく、記憶やノスタルジアを扱えることを示した。2002年の『Geogaddi』では、その牧歌的な記憶の裏側にある不気味さ、カルト的な暗示、サイケデリックな不安が前面に出た。2005年の『The Campfire Headphase』では、ギターやより穏やかな質感が加わり、自然や旅のイメージが強まった。

『Tomorrow’s Harvest』は、それから長い沈黙を経て発表された作品であり、ボーズ・オブ・カナダのキャリアの中でも最も暗く、終末的なアルバムである。タイトルは「明日の収穫」を意味するが、その響きは豊穣や希望というより、未来に刈り取られるもの、あるいは現在の行動が将来にもたらす結果を示しているように聞こえる。過去の記憶を扱ってきた彼らが、ここでは未来の廃墟、文明の衰退、環境破壊、疫病、社会崩壊を暗示するような音響へ向かった。

本作の大きな特徴は、1970年代から1980年代のSF映画、環境ドキュメンタリー、教育用フィルム、ポスト・アポカリプス映画のサウンドトラックを思わせる音作りである。ジョン・カーペンター、ヴィンテージ・シンセによる映画音楽、冷戦期の不安、核戦争後の世界、砂漠化した地球、人口減少後の都市といったイメージが、アルバム全体に漂っている。ボーズ・オブ・カナダの音楽はもともと映像的だったが、本作ではその映像性がよりはっきりと、映画の終末的な風景へ向かっている。

音楽的には、過去作にあった柔らかなノスタルジアや幼少期の夢のような感触は後退し、代わりに低く沈むシンセ、乾いたビート、緊張感のあるドローン、冷たいメロディが中心となる。ビートは派手に踊らせるためのものではなく、荒廃した風景の中で機械がまだ動いているような感覚を生む。シンセサイザーの音色は温かいが、その温かさは安心ではなく、古い記録媒体や劣化したフィルムが持つ不気味な親密さに近い。

キャリア上の位置づけとして、『Tomorrow’s Harvest』は、ボーズ・オブ・カナダが自らのノスタルジックな美学を、より批評的で暗い方向へ反転させた作品である。彼らの音楽はしばしば「懐かしい」と語られるが、本作では懐かしさが安全な過去ではなく、取り返しのつかない未来を照らす不吉な光になっている。過去の映像教育、科学啓蒙、自然観察、政府広報のような音の質感が、未来の破局を予告する素材として使われている。

『Tomorrow’s Harvest』は、2010年代のエレクトロニック・ミュージックにおいても重要な作品である。EDMが大規模フェスやポップ・チャートへ進出していた時期に、ボーズ・オブ・カナダはまったく逆の方向へ向かった。高揚や祝祭ではなく、沈黙、荒廃、冷たい観察、終末後の空気を描く。これはダンス・ミュージックではなく、環境音楽、映画音楽、記憶のアーカイブ、未来への警告が混ざったアルバムである。

日本のリスナーにとって本作は、いわゆるエレクトロニカの「心地よさ」を期待すると重く感じられるかもしれない。しかし、音の細部、曲順、タイトル、全体のムードを追っていくと、非常に緻密な世界が立ち上がる。『Tomorrow’s Harvest』は、過去を懐かしむアルバムではなく、過去のメディアが描いた未来の不安を、現在の耳で再生する作品である。

全曲レビュー

1. Gemini

冒頭の「Gemini」は、アルバム全体への導入として機能する短いトラックである。タイトルは双子座、あるいは双子を意味し、二重性、鏡像、対になるものを連想させる。ボーズ・オブ・カナダが兄弟デュオであることを考えると、このタイトルには自己言及的な響きもある。

音楽的には、低く広がるシンセと不穏な音響が、アルバムの空気を一気に決定する。過去作の冒頭にあった柔らかなノスタルジアとは異なり、ここでは最初から終末後の空を見上げるような冷たさがある。メロディは明確な安心感を与えず、むしろ何かが始まる前の警告音のように響く。

「Gemini」は、対になるもの、分裂するもの、二つの未来を示しているようにも読める。過去と未来、自然と人工、記憶と予言、希望と破局。アルバム全体を貫く二重性が、この短い導入曲に凝縮されている。

2. Reach for the Dead

「Reach for the Dead」は、本作の中でも特に重要な楽曲であり、アルバムの終末的なトーンを明確に示す。タイトルは「死者に手を伸ばす」と訳せる。これは過去へ手を伸ばす行為であると同時に、すでに失われた未来へ向かうような感覚も持っている。

音楽的には、重く沈むビート、広大なシンセの響き、ゆっくりと進むメロディが特徴である。曲はダンス・トラックとしての推進力よりも、荒野を進むような遅い移動感を持つ。音の一つひとつが乾いていて、砂漠化した風景や廃墟の都市を思わせる。

この曲では、ボーズ・オブ・カナダ特有のノスタルジアが、明らかに死のイメージと結びついている。過去は暖かい思い出ではなく、もはや触れることのできない死者の世界である。メロディは美しいが、その美しさは喪失の中から立ち上がるものであり、安心よりも深い寂しさを残す。

3. White Cyclosa

「White Cyclosa」は、タイトルから白い蜘蛛、あるいは自然界の生物的イメージを連想させる。Cyclosaは蜘蛛の属名でもあり、ここには生態、擬態、捕食、網、自然の不気味な秩序が暗示されている。本作における自然は、牧歌的な場所ではなく、人間の文明とは別の冷たいシステムとして感じられる。

音楽的には、比較的短く、シンセの不穏な反復が中心である。音は冷たく、どこか実験施設や自然観察フィルムの音楽のようでもある。ボーズ・オブ・カナダは、自然と科学の境界にあるような音を作ることに長けているが、この曲ではその感覚が特に強い。

「White Cyclosa」は、アルバム全体の中で大きな展開を持つ曲ではないが、終末的な風景に生物的な不気味さを加える役割を果たしている。人間が消えた後も、虫や植物や微生物は淡々と生き続ける。そのような非人間的な時間感覚が漂う楽曲である。

4. Jacquard Causeway

「Jacquard Causeway」は、本作の中でも特に奇妙で、機械的な反復が強い楽曲である。タイトルにある「Jacquard」はジャカード織機を連想させる。ジャカード織機は、パンチカードによって複雑な織物模様を作る技術であり、コンピューター史の前段階とも関係する。つまりこの曲には、織物、パターン、機械制御、情報処理といったイメージが含まれている。

音楽的には、ぎこちないリズムと反復するシンセ・フレーズが中心で、どこか壊れかけた機械が複雑な運動を続けているように聞こえる。拍の感覚は安定しているようでいて、聴き手の身体感覚を少しずらす。ボーズ・オブ・カナダの中でも、特に不安定で実験的なトラックである。

タイトルの「Causeway」は土手道や陸橋を意味する。機械的なパターンと、どこかへ渡る道が結びつくことで、この曲は文明が作った構造物の上を、壊れたリズムで進むような感覚を生む。未来的でありながら古く、知的でありながら不気味な、ボーズ・オブ・カナダらしい楽曲である。

5. Telepath

「Telepath」は、短いインタールード的なトラックであり、タイトルは「テレパシー能力者」を意味する。ボーズ・オブ・カナダの音楽には、しばしば超心理学、古い科学番組、実験的な教育映像、潜在意識への関心が現れるが、この曲もその文脈にある。

音楽的には、声の断片や電子音が、古いテープから再生されるように配置される。明確な楽曲というより、アルバム内の信号や通信のような役割を持つ。聴き手は、どこか遠い場所から届くメッセージを受信しているような感覚になる。

「Telepath」は、本作の終末的な世界に、通信や精神感応のモチーフを加える。文明が崩壊した後、人間はまだ何かを送受信しようとしているのかもしれない。あるいは、すでに人間のいない場所で、古い録音だけが意味のない信号として残っているのかもしれない。この曖昧さが曲の不気味さを生んでいる。

6. Cold Earth

「Cold Earth」は、タイトル通り「冷たい地球」を思わせる楽曲である。本作全体のテーマである環境的な不安、終末後の世界、生命の消えた大地が、この曲では非常に直接的に示される。地球はここで母なる温かい存在ではなく、冷え切った惑星として描かれている。

音楽的には、抑制されたビートと不穏なシンセが中心で、曲全体に乾いた緊張感がある。リズムは比較的明確だが、踊るためのビートではない。むしろ、地表の下でまだ動いている機械や、生存者の足取りのように聞こえる。

メロディにはボーズ・オブ・カナダらしい美しさがあるが、それは温かな郷愁ではなく、冷えた空気の中に残る微かな光のようである。「Cold Earth」は、アルバムのタイトル『Tomorrow’s Harvest』が示す未来の収穫が、豊穣ではなく荒廃かもしれないことを強く感じさせる楽曲である。

7. Transmisiones Ferox

「Transmisiones Ferox」は、スペイン語風のタイトルを持ち、「凶暴な送信」「野生の通信」といった意味合いを連想させる。通信、放送、電波、野生性というモチーフが結びついており、文明的な技術と制御不能な自然が交差する。

音楽的には、短いながらも不気味な雰囲気を持つインタールードである。声や信号のような音が入り、アルバム全体の中で、どこかの周波数を切り替えるような役割を果たす。ボーズ・オブ・カナダは、こうした短い曲によってアルバム全体にドキュメンタリー的、あるいは放送記録的な質感を与える。

この曲は、終末後の世界に残った通信断片のようにも聞こえる。誰が発信しているのか、誰が受信しているのかは分からない。だが、何かの信号だけが残っている。その不確かさが、『Tomorrow’s Harvest』の不安を深めている。

8. Sick Times

「Sick Times」は、タイトルからして病んだ時代、疫病の時代、社会的な不調を思わせる。2013年時点で発表された作品でありながら、この曲の持つ疫病的な不安や社会の衰弱感は、後年の世界的な不安とも響き合うように聴こえる。

音楽的には、暗く沈んだシンセと、やや不規則なビートが中心である。曲全体に、体調不良や精神的な疲労のような重さがある。明確に破滅が訪れるというより、すでに世界が弱っているという感覚が強い。

タイトルの「Sick」は、身体の病だけでなく、社会や文明の病にも読める。消費、環境破壊、情報過多、精神的な疲弊。ボーズ・オブ・カナダは歌詞で直接説明しないが、音の質感によって、時代そのものが病んでいる感覚を作り出す。「Sick Times」は、本作の社会的な暗さを象徴する楽曲である。

9. Collapse

「Collapse」は、アルバムの中でも最も直接的に終末を示すタイトルである。「崩壊」という言葉は、文明、社会、環境、身体、精神のいずれにも当てはまる。本作全体に漂う不安が、この曲名によって明確に言語化される。

音楽的には、短く、崩れ落ちるような印象を与える。構造は大きく展開するというより、アルバムの流れの中で一つの裂け目のように機能する。音は不安定で、完全に形を保つ前に消えていくようでもある。

「Collapse」は、単なる間奏ではなく、アルバム全体のテーマを凝縮したトラックである。ボーズ・オブ・カナダの過去作にあった記憶の劣化は、ここでは文明全体の劣化へ拡大している。テープが歪むように、社会もまた歪み、崩れていく。その感覚が短い音響の中に刻まれている。

10. Palace Posy

「Palace Posy」は、本作の中では比較的リズムが明確で、奇妙な明るさを持つ楽曲である。タイトルは「宮殿の花束」や「宮殿の小花」といったイメージを持ち、華やかさと人工的な装飾を連想させる。しかし、本作の文脈では、その華やかさはどこか古びていて、廃墟の宮殿に残された装飾のように響く。

音楽的には、反復するシンセとビートが、どこか機械的なポップ感を作る。暗いアルバムの中ではやや動きのある曲だが、完全に明るいわけではない。むしろ、かつての繁栄の残骸が奇妙に踊っているような印象を与える。

この曲は、アルバム中盤において重要なアクセントになっている。終末的な重さが続く中で、少し色彩が加わるが、その色彩は鮮やかな生命力ではなく、古いフィルムに残った退色した色である。ボーズ・オブ・カナダの音楽が持つ「美しいが不気味」という性質がよく表れている。

11. Split Your Infinities

「Split Your Infinities」は、非常に抽象的で哲学的なタイトルを持つ楽曲である。「無限を分割せよ」という言葉は、数学、宇宙、時間、意識の分裂を連想させる。ボーズ・オブ・カナダはしばしば数列、構造、隠されたパターンへの関心を示してきたが、この曲名にもその知的な不穏さがある。

音楽的には、暗く広がるシンセと、控えめなビートが中心で、時間感覚がゆっくりと引き延ばされる。曲は明確な到達点へ向かうというより、無限の空間を少しずつ切り分けて進むような印象を持つ。冷たいが美しい、非常にボーズ・オブ・カナダらしいトラックである。

タイトルは、未来の可能性が無限にあるように見えても、それが分割され、選択され、最終的には一つの結果へ収束していくことを示しているようにも読める。『Tomorrow’s Harvest』というアルバムが未来の結果をテーマにしていることを考えると、この曲は可能性の消失、未来の枝分かれ、避けられない結末を暗示している。

12. Uritual

「Uritual」は、タイトル自体が造語的であり、「ritual」、つまり儀式を含んでいるように見える。冒頭の「U」は、個人、地下、未知の記号など、さまざまに解釈できる。曲自体も短く、儀式的なドローンとして機能する。

音楽的には、重く低い音が持続し、アルバムの中で一時的に時間が止まるような感覚を作る。メロディやビートよりも、音の質感と空間が中心である。古代の儀式というより、未来の廃墟で行われる無人の儀式のような不気味さがある。

ボーズ・オブ・カナダの音楽には、科学的なイメージと宗教的・儀式的なイメージがしばしば同居する。この曲では、その二つが非常に抽象的な形で結びついている。文明の終わりに残るものが、技術なのか、儀式なのか、記憶なのか分からなくなるようなトラックである。

13. Nothing Is Real

「Nothing Is Real」は、本作の中でも特に印象的なタイトルを持つ楽曲である。「何も本物ではない」という言葉は、現実感の喪失、メディアによる世界認識の歪み、記憶の不確かさ、シミュレーション的な不安を示している。ボーズ・オブ・カナダの音楽が常に扱ってきた「記憶は本物なのか」という問いが、ここではより直接的に表れている。

音楽的には、柔らかく美しいメロディがあり、本作の中でも比較的聴きやすい曲である。しかし、その美しさは決して無邪気ではない。シンセの音色は古い教育番組や家庭用ビデオのような温かさを持つが、タイトルによってその温かさは不安へ変わる。懐かしいものが本物ではないかもしれない、という感覚が曲全体を覆う。

この曲は、『Tomorrow’s Harvest』におけるノスタルジアの問題をよく示している。過去を懐かしむことは、現実を見ているのではなく、自分の中で再構成された幻を見ているだけかもしれない。さらに、未来の破局さえもメディア映像や映画音楽を通じて想像されたものかもしれない。「Nothing Is Real」は、その現実とイメージの境界を静かに揺さぶる楽曲である。

14. Sundown

「Sundown」は、日没を意味するタイトルを持つ短いトラックである。本作の中で日没は、単なる一日の終わりではなく、文明や時代の終わりを象徴しているように響く。夕陽は美しいが、同時に暗闇の到来を告げる。

音楽的には、短く静かな音響で、アルバム後半の暗い流れを補強する。シンセの響きは温かいが、そこには終わりの感覚がある。ボーズ・オブ・カナダは、短い曲でも明確な情景を作ることができる。この曲では、荒廃した地平線に太陽が沈んでいくような映像が浮かぶ。

「Sundown」は、アルバムの物語が夜へ、あるいは終末後の闇へ向かっていることを示す重要な間奏である。ここから作品はさらに深く、静かな暗さへ入っていく。

15. New Seeds

「New Seeds」は、「新しい種」を意味するタイトルを持ち、本作の中で数少ない再生や未来の可能性を感じさせる楽曲である。ただし、その希望は明るく直接的なものではない。破局後の土地に残された種、あるいは人間のいなくなった未来に芽吹く何かを思わせる。

音楽的には、比較的明瞭なビートとシンセの広がりがあり、アルバム後半に少し前進感をもたらす。だが、その前進は祝祭的ではなく、慎重で、低い温度を保っている。新しい始まりがあるとしても、それは過去の世界を取り戻すことではなく、まったく別の形の生命が始まることのように感じられる。

「New Seeds」は、『Tomorrow’s Harvest』のタイトルと強く結びつく。収穫の後に種が残るのか、破壊の後に新しい生命が生まれるのか。この曲は、その問いを投げかける。完全な絶望ではないが、希望というより、生命の非人間的な持続を示す楽曲である。

16. Come to Dust

「Come to Dust」は、タイトル通り「塵へ帰る」ことを意味する楽曲である。人間も文明も、最終的には塵になる。この非常に終末的なタイトルは、本作の後半において避けがたい結末を示している。

音楽的には、暗く、ゆっくりとしたシンセが中心で、ビートは強く前に出ない。曲全体に諦念と静けさがある。激しい崩壊ではなく、長い時間をかけてすべてが粉々になり、砂や塵へ還っていくような感覚である。

この曲では、ボーズ・オブ・カナダの音楽にある「劣化」の美学が、宇宙的なスケールへ広がっている。テープが劣化するように、記憶が薄れるように、文明もまた塵になる。『Tomorrow’s Harvest』の終末観は、爆発的な破滅よりも、ゆっくりとした消滅に近い。「Come to Dust」はその感覚を深く表現している。

17. Semena Mertvykh

アルバム最後の「Semena Mertvykh」は、ロシア語で「死者の種」を意味すると解釈されるタイトルを持つ終曲である。前曲「Come to Dust」、そして「New Seeds」と結びつけて考えると、ここでは種と死が一つになる。未来の収穫とは、死者から生まれるものなのかもしれない。

音楽的には、非常に暗く、終末的な余韻を持つ。アルバムは明るい解決へ向かわず、重く冷たい空間の中で閉じる。メロディは断片的で、音の広がりは廃墟の中に残る風のようである。終曲として、聴き手に明確な希望よりも深い沈黙を残す。

タイトルがロシア語的であることも、冷戦、核戦争、ソ連時代の科学映像、東側の不穏な記録資料のようなイメージを呼び起こす。本作全体に漂うポスト・アポカリプティックな世界観は、この曲で最も冷たく、最も遠い場所へ到達する。死者の種は、未来を示すのか、それとも未来さえも死に支配されていることを示すのか。その答えは示されないまま、アルバムは終わる。

総評

『Tomorrow’s Harvest』は、ボーズ・オブ・カナダの作品の中でも最も暗く、最も終末的なアルバムである。『Music Has the Right to Children』が幼少期の記憶や教育映像の温かさを夢のように再構成した作品だとすれば、本作は同じメディア感覚を使いながら、未来の破局を描いている。ノスタルジアはここで慰めではなく、不吉な予告へ変わっている。

本作の中心にあるのは、文明の衰退と記憶の劣化である。「Reach for the Dead」「Cold Earth」「Sick Times」「Collapse」「Come to Dust」「Semena Mertvykh」といった曲名からも分かるように、アルバム全体は死、病、崩壊、塵、冷えた地球をめぐって構成されている。しかし、その表現は直接的な物語や歌詞によるものではない。ボーズ・オブ・カナダは、シンセの音色、テープ的な揺らぎ、反復するビート、短いインタールード、曲名の暗示によって、終末の風景を作り出す。

音楽的には、過去作に比べてリズムの派手さや子どもの声の印象は抑えられている。代わりに、映画音楽的なシンセ、冷たいアンビエント、重く乾いたビートが前面に出る。この変化によって、本作はより統一感の強いアルバムになっている。個々の曲がポップに際立つというより、全体が一つの長い映像作品のように機能する。

『Tomorrow’s Harvest』の映像性は非常に重要である。聴いていると、砂漠化した土地、無人の研究施設、古い政府広報フィルム、冷戦期の核シェルター、荒廃した農地、日没後の都市、壊れた通信設備のようなイメージが浮かぶ。これは単に音楽が映画的であるというだけではない。ボーズ・オブ・カナダは、20世紀後半の映像メディアが未来をどのように想像していたか、その記憶を音楽として再構成している。

また、本作は環境的な不安を強く感じさせる。明確に環境破壊を説明する歌詞があるわけではないが、「Cold Earth」「New Seeds」「Come to Dust」といったタイトルや音の質感は、人類の活動の後に残る地球を想像させる。未来の収穫とは、豊かな作物ではなく、人間が蒔いた破壊の結果かもしれない。この静かな批評性が、本作を単なる暗いアンビエント作品以上のものにしている。

ボーズ・オブ・カナダの特徴であるアナログ的な温かさも、本作では独特の役割を果たしている。通常、アナログ・シンセやテープの揺らぎは、懐かしさや安心感を生む。しかし『Tomorrow’s Harvest』では、その温かさが逆に不気味である。古い映像資料や科学教育番組の音が、未来の終末を予告していたかのように聞こえる。懐かしい音が、未来の不安を運んでくる。この反転が本作の核心である。

アルバム構成も緻密である。冒頭の「Gemini」から「Reach for the Dead」へ進み、文明の死者に手を伸ばすような感覚が生まれる。中盤では「Jacquard Causeway」「Telepath」「Transmisiones Ferox」などによって、機械、通信、信号の不安が強まる。「Sick Times」「Collapse」で社会的・身体的な崩壊が示され、「Nothing Is Real」で現実そのものが揺らぎ、「New Seeds」から「Come to Dust」「Semena Mertvykh」へ向かう終盤では、死と再生が不気味に結びつく。全体は非常に映画的で、曲順そのものが物語を作っている。

日本のリスナーにとって本作は、ボーズ・オブ・カナダの中でも特に「静かに重い」アルバムとして受け取られるだろう。メロディの分かりやすさやノスタルジックな心地よさだけを求めると、距離を感じる部分もある。しかし、アルバムを通して聴くと、音の細部が作る世界観の強さに引き込まれる。夜、移動中、あるいは映像を思い浮かべながら聴くことで、その終末的な美しさがより強く伝わる。

総じて『Tomorrow’s Harvest』は、ボーズ・オブ・カナダが自らの過去の美学を反転させ、未来の不安を描いた傑作である。懐かしい音で未来の廃墟を描くという逆説的な方法によって、本作はエレクトロニカの中でも非常に独自の位置を占めている。温かく、冷たく、美しく、不吉である。『Tomorrow’s Harvest』は、過去の記録媒体の中に未来の終末を見つけるアルバムであり、静かに長く聴き手の記憶へ残る作品である。

おすすめアルバム

1. Boards of Canada『Music Has the Right to Children』(1998年)

ボーズ・オブ・カナダの代表作であり、エレクトロニカ/IDMの歴史的名盤である。温かいシンセ、子どもの声、教育番組的なサンプル、記憶の断片が組み合わされ、ノスタルジックで不思議な世界を作っている。『Tomorrow’s Harvest』の暗い反転を理解するためにも、まず聴くべき作品である。

2. Boards of Canada『Geogaddi』(2002年)

ボーズ・オブ・カナダの中でも特に不穏でサイケデリックな作品である。『Music Has the Right to Children』の郷愁に、カルト的な暗示、歪んだ子ども時代、隠された恐怖が加わっている。『Tomorrow’s Harvest』の暗さに近い要素を、より幻覚的な形で味わえるアルバムである。

3. Boards of Canada『The Campfire Headphase』(2005年)

ギターや自然のイメージが強まり、比較的穏やかで開放的な質感を持つ作品である。『Tomorrow’s Harvest』とは対照的に、旅や風景の温かさが前面に出ている。ボーズ・オブ・カナダの自然志向とメロディの美しさを理解するうえで重要な一枚である。

4. Aphex Twin『Selected Ambient Works Volume II』(1994年)

アンビエント/電子音楽の重要作であり、不定形で夢のような音響空間を作り上げたアルバムである。ボーズ・オブ・カナダとは作風は異なるが、電子音楽によって記憶、夢、不安を表現する点で関連性が高い。『Tomorrow’s Harvest』の静かな没入感を好むリスナーに適している。

5. Oneohtrix Point Never『Replica』(2011年)

古いテレビ音声やサンプリング、電子音を用いて、記憶とメディアの断片を再構成した作品である。ボーズ・オブ・カナダのメディア記憶への関心と通じる部分が多く、2010年代的な不安とノスタルジアの関係を理解するうえで重要である。『Tomorrow’s Harvest』の映像的・記録媒体的な質感に惹かれるリスナーに向いている。

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