Mother Sky by Can(1970)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

『Mother Sky』は、Canが1970年に発表したアルバム『Soundtracks』に収録された16分を超える長尺の楽曲である。もともとは映画『Deep End』のために書き下ろされた楽曲だが、その映画的役割を超えて、Canというバンドの即興性と哲学性を凝縮したような作品となっている。

タイトルにある「Mother Sky(母なる空)」は、地球の生命を包み込む存在、あるいは人間の意識を超越する大いなる存在として登場する。歌詞全体は断片的ながらも、「Mother Sky」に語りかけ、問いかけ、時に反抗し、再び包み込まれるような構造を持っており、母性と宇宙性のメタファーが強く宿る。語り手は「狂気」や「悟り」、「正しさとは何か」といった根源的な問いを投げかけながら、自我の境界を揺るがしていく。

2. 歌詞のバックグラウンド

『Soundtracks』はその名のとおり、Canが関わった映画作品のサウンドトラックを集めたアルバムである。しかし、ここでの「サウンドトラック」とは、単なるBGMではなく、映画の情感やテーマを音楽的に昇華した独立した作品群であるという点において、従来のサントラとは一線を画している。

『Mother Sky』は、Damo Suzukiが初めて正式に参加した作品でもあり、Canの音楽性に新たな展開をもたらした。この曲ではJaki Liebezeitの無尽蔵なドラム・グルーヴ、Michael Karoliの焦燥感に満ちたギター、Irmin Schmidtの不穏なキーボード、Holger Czukayの重低音ベースが渾然一体となって、ある種の“精神のジャム・セッション”を繰り広げている。

この曲のリズムと構成は、Canがジャズ、ロック、ミニマルミュージック、現代音楽の狭間に存在していたことを如実に示しており、また当時のヨーロッパのアンダーグラウンド・カルチャーとも深く結びついている。ドイツにおける学生運動、ヒッピー文化、そして第二次大戦の記憶といった複雑な文脈が、このサイケデリックな音の連なりの中に潜んでいるようにも感じられる。

3. 歌詞の抜粋と和訳

引用元: Genius

Mother sky, have you heard the news?
母なる空よ、君はニュースを聞いただろうか

I’m leaving you today
今日は君のもとを離れるよ

I’m going to find another way
別の道を探しに行くんだ

Your sun it hurts my brain
君の太陽は僕の頭を焼き尽くす

Your wind it drives me insane
君の風は、僕を狂わせる

語り手は「母なる空」に愛情を持ちながらも、そこからの離反を決意している。それは一見すると反抗にも見えるが、むしろ自立や覚醒、あるいは一時的な解離を経た先の再統合の予兆とも読める。

4. 歌詞の考察

『Mother Sky』の歌詞は、「母なる存在」への問いかけと同時に、自我の境界を溶かしていくような自己対話である。「母」という存在は、一般的には包容力や安心を象徴するが、ここでの「Mother Sky」は優しさだけでなく、圧倒的な力や狂気の要因にもなりうる。

太陽が頭を焼き、風が理性を壊す——これらの表現は、自然や宇宙の摂理が持つ美しさと残酷さ、そして人間の精神に対する試練として描かれているようだ。語り手はその中で、自己を見失い、悟りに近づき、そしてまたその矛盾の中に留まろうとする。

この反復的でミニマルなビートの上で繰り返される問いと葛藤は、単なるロックの枠を超え、哲学的な禅問答のような響きを持っている。まるで音楽そのものが、一つの問いであり、瞑想であり、解答なのだと言わんばかりに。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Maggot Brain by Funkadelic
    長尺のギター・ソロによって精神の深淵を描く、サイケデリックの極致。『Mother Sky』の精神性と通じるものがある。

  • Echoes by Pink Floyd
    宇宙と内面を同時に見つめるような音楽的旅。Canの精神的探求に通じるスケール感。

  • The Creator Has a Master Plan by Pharoah Sanders
    ジャズの文脈における“悟り”の音楽。『Mother Sky』同様に反復とスピリチュアルな力が漲っている。

  • Hallogallo by Neu!
    クラウトロックの兄弟分による、無限の反復とグルーヴによる意識拡張の旅。

6. 音による悟り——Canが開く意識の扉

『Mother Sky』は、Canという存在がいかに音楽を精神的な行為と捉えていたかを如実に物語る一曲である。16分以上に及ぶこの楽曲は、ただ長いだけではない。そこには、ミニマルなドラムとギターが織りなす波動、声にならない叫び、そして答えのない問いかけが凝縮されており、聴く者を音の中へと没入させていく。

この曲が示すのは、破壊ではなく拡張である。自我を解体することで、より広い“空”とつながる感覚——それは悟りにも似た経験であり、宗教でも哲学でもない、音による“開眼”とでも言えるだろう。

Canの『Mother Sky』は、ポピュラーミュージックが到達しうる最も純粋な精神性を示した一つの到達点である。そしてその問いかけは、今なお色褪せず、現代に生きる我々の耳と心を試し続けている。空を見上げながら、耳を澄ませて聴いてほしい。そこには、無数の問いと、いくつもの「もうひとつの道」が響いているのだから。

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