
1. 歌詞の概要
「Monster(モンスター)」は、L7が1994年にリリースしたアルバム『Hungry for Stink』に収録されたトラックであり、バンドの持つ攻撃性と社会批評の鋭さが鮮やかに炸裂する、重く暗い楽曲である。タイトルが示す通り、この曲の中心にあるのは「怪物」という存在――だがそれは単なるホラー的な存在ではなく、人間社会の裏側に棲みつく、見て見ぬふりをされてきた不都合な“存在”を象徴している。
語り手はその“怪物”を否定しきれない。むしろ、「そのモンスターこそが自分なのかもしれない」という恐ろしい自己認識がにじんでくる。L7はここで、「善悪二元論を超えた場所で、あなたは自分の中の“化け物”とどう向き合うのか?」という問いを突きつけてくるのである。
この曲では、L7のトレードマークである鋭くうねるギター、重厚なリズム、Donita Sparksの歪んだ声が、楽曲全体にわたって“ねじれた内面の混沌”を描き出している。怒り、嫌悪、自己嫌悪、暴力的な欲望――それらすべてが凝縮された1曲だ。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Hungry for Stink』は、L7が社会的立場を確立したあとにリリースした、最もパーソナルかつダークな作品である。前作『Bricks Are Heavy』がフェミニズムと怒りの共鳴を社会に対して放ったとすれば、『Hungry for Stink』はむしろ“自分自身の中にある怒りと狂気”に向き合った作品であり、「Monster」はその中でも象徴的な1曲といえる。
1994年のアメリカは、グランジがメインストリームとなりながらも、その周縁で“オルタナティブ”の意義が見失われつつある時代だった。女性たちが声を上げても、すぐに商品化され、消費され、また無視される。そうした社会的な苛立ちの中で、L7は“モンスター”というモチーフを使い、「あなたが見ているのは怪物なのか、女なのか、それとも人間なのか?」という鋭い問いを投げかけている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I’m a monster
Can you see?
私はモンスター
見える? わかる?And I live
In your head
そして私はあなたの頭の中に棲んでるWhen you’re sleeping
In your bed
あなたがベッドで眠っているときもI am crawling
Through your fear
私はあなたの恐怖を這いずっている
※ 歌詞引用元:Genius – L7 “Monster”
この詩の中では、“モンスター”は外部にいる脅威ではなく、むしろ“内面に巣食うもの”として描かれる。語り手は誰かの脳内に潜み、寝ている隙に恐怖の影となって忍び寄る。それは、罪悪感かもしれないし、抑圧された欲望かもしれない。
そして、語り手自身がそれを“自覚”しているというのが重要である。自分がモンスターであることを恐れもせず、むしろその姿で語り手は生きている。つまり、「モンスターとは誰かにとって不都合な真実」そのものなのだ。
4. 歌詞の考察
「Monster」は、L7の音楽の中でもとりわけ暗く、暴力的で、不快な感情をそのまま引き受けている。これはヒロイックなフェミニズムでも、スローガン的な政治でもなく、「自分の中にある闇を直視する」ための歌なのだ。
この曲に登場する“モンスター”は、男性社会が女性に押しつけてきた「ヒステリック」「怖い女」「怒れる女」というラベルの象徴でもある。それらのステレオタイプを拒絶するのではなく、むしろ“引き受ける”ことで、それらを無効化し、逆に力に変えていくというラディカルなスタンスが貫かれている。
また、「あなたの夢の中にも私はいる」と囁くような語り口には、性的・精神的な支配に対する復讐の匂いすらある。これは単なるフィクションではなく、L7が経験してきた無数の“見られる側”としての違和感を音にしてぶつけているのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Rid of Me by PJ Harvey
愛されたい執着と、消えたい衝動を交錯させる鬼気迫るパフォーマンス。 - Freak Like Me by Adina Howard
女性の“見られる身体”と“望む身体”の間のねじれを楽しみながら描くセクシュアル・アンセム。 - Asking for It by Hole
“その格好をしていたから悪い”という暴力的視線を逆手にとる、怒りのフェミニズム。 - Hooker with a Penis by Tool
自己イメージと消費社会の欺瞞に対する怒りが渦巻く攻撃的ナンバー。 - She’s Lost Control by Joy Division
理性の崩壊と身体の不確かさを描いたポストパンクの古典。
6. モンスターと呼ばれることを恐れない者たちへ
「Monster」は、L7の中でもとりわけ“静かな怒り”と“自己の闇”を扱った異色作である。そこには派手な主張も、声高なアジテーションもない。ただ、自分の中にある“理解されない部分”を認め、そこから逃げずに立ち向かう覚悟がある。
L7はこの曲で、「怪物扱いされるなら、それでいい。でも私は黙らない」と叫んでいるように聴こえる。そしてその叫びは、静かであるからこそ、より深く胸に突き刺さる。
“見えない場所で息をひそめるモンスター”は、あなたの中にもいる。
この曲は、その存在に名を与え、照明を当てるための、極めてパーソナルで暴力的な詩なのである。
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