1. 歌詞の概要
「Modern Love」は、タイトルのとおり“現代の愛”をテーマにした楽曲であるが、その内容は単なる恋愛ソングにはとどまらない。
David Bowieはこの曲で、恋愛、宗教、伝統、社会的期待といった「人間を取り巻く諸制度」との距離感を、軽快なポップビートに乗せて語っている。
冒頭から彼は、「I know when to go out / I know when to stay in(外に出るタイミングも、家にいるタイミングも分かってる)」と、まるでルールに従うようにして日常を過ごす様子を語るが、それは本心ではない。
彼は「現代の愛」に取り憑かれながらも、「But I never wave bye-bye(でも、手を振って別れを告げることはない)」と繰り返す。
この“wave bye-bye”の反復は、社会的価値観から離れられない葛藤と、その中で生きる自分への苛立ちを表しているとも解釈できる。
つまりこの曲は、“モダン”な価値観に生きる人々――愛に不安を感じ、宗教にも頼れず、信じるものを持てない者たち――の、**心の揺らぎと疲れを歌った“否定形のアンセム”**とも言えるのである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Modern Love」は、1983年のアルバム『Let’s Dance』に収録され、シングルとしてもリリースされた楽曲。
ナイル・ロジャースのプロデュースにより、ファンキーかつ洗練されたポップサウンドが構築され、スティーヴィー・レイ・ヴォーンのギターも楽曲に鋭さと躍動感を与えている。
『Let’s Dance』は、David Bowieがより商業的な成功を意識し、ポップアイコンとしての立ち位置を明確にしたアルバムであるが、「Modern Love」ではその裏側にある**“本音の揺らぎ”や“表層の軽さと内面の重さのギャップ”**が巧妙に表現されている。
この曲の演奏スタイルや構成には、リトル・リチャードやチャック・ベリーといった初期ロックンロールへのオマージュも見られ、Bowieのルーツ回帰的要素も感じられる。
3. 歌詞の抜粋と和訳
引用元:Lyrics © BMG Rights Management
I know when to go out
I know when to stay in
Get things done
― 外に出るタイミングも、家にいるタイミングも分かってる
やるべきことは、ちゃんとこなす
God and man
No confessions
God and man
No religion
― 神と人間
告白もなし
神と人間
宗教もなし
Modern love walks beside me
Modern love walks on by
― モダン・ラブは、僕の隣を歩く
そしてそのまま通り過ぎていく
Modern love gets me to the church on time
Church on time, terrifies me
― モダン・ラブは、ちゃんと時間通りに僕を教会へ連れていく
でも、教会は怖い
4. 歌詞の考察
「Modern Love」は、そのポップな装いとは裏腹に、現代人が抱える価値観の空洞化、精神的な不在感を描いたメタ・ポップソングである。
Bowieは「宗教」を拒絶し、「告白」もしない。
それは一見クールで理性的な態度に見えるが、実際には**“信じるものを持たないがゆえの不安”**が根底にあるようにも思える。
「Modern love terrifies me(モダン・ラブは僕を怖がらせる)」というラインは、愛という感情ですら、現代では“制度”や“常識”に取り込まれてしまい、もはや純粋に体験することができないことへの恐れを示している。
また、「Church on time(時間通りの教会)」という比喩は、宗教や社会の規律すらも、時計仕掛けのルーティンとして機能していることへの皮肉とも取れる。
それはつまり、信仰や愛情のような本来“感情的で自由なもの”が、現代では効率性やシステムの中に吸収されてしまっているという不安を象徴しているのだ。
興味深いのは、この不安や迷いを“爆発”させるのではなく、ダンサブルなサウンドに乗せて軽やかに放出しているところである。
これはBowieの美学でもあり、「深いことを軽く見せる」手法として機能している。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Once in a Lifetime by Talking Heads
現代社会での自己喪失と反復性を描いた哲学的ポップ。リズムと反復が「Modern Love」と共鳴する。 - Don’t You Want Me by The Human League
愛の構造と関係性のすれ違いを冷静かつポップに描いた80年代の代表曲。 - Everyday Is Like Sunday by Morrissey
日常の無意味さを、メランコリックなメロディに乗せて歌う孤独の讃歌。現代的な倦怠感がリンクする。 - Dancing with Myself by Billy Idol
孤独なダンスというモチーフを通して、都市と個人の関係を風刺するアップビートなアンセム。
6. “モダン・ラブ”とは何だったのか?
「Modern Love」は、David Bowieにとっての“80年代的自画像”とも言える楽曲である。
それはポップスターとして最高潮に達しながら、内面的には愛・宗教・規範といったものに対する違和感や喪失感を抱えていた彼の、静かな告白なのかもしれない。
この曲は、踊れる。口ずさめる。明るい。だが、その明るさはきっと“本当の光”ではなく、“電気の光”だ。
それは暖かくも冷たく、便利で無機質で、いつでも消せる。
そうした感覚こそが、“モダン”という言葉に潜む哀しさであり、Bowieがこの曲に託した皮肉と真実なのだ。
「Modern Love」は、表面を撫でるようでいて、聴く者の内面をじわじわと侵食する不思議な歌である。
それは問いかけ続ける――
「あなたが信じている“愛”は、本当にあなたのものですか?」と。
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