アルバムレビュー:Mall by Gang of Four

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発売日: 1991年5月
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ポストパンク、エレクトロニック・ロック、ダンスロック


ショッピングモールという名の“現代の戦場”——消費とアイデンティティをめぐる音の闘争

『Mall』は、イギリスのポストパンク・バンドGang of Fourが1991年に発表した6作目のスタジオ・アルバムであり、
バンドの中心人物アンディ・ギル(Andy Gill)とジョン・キング(Jon King)の再合流によって生まれた“90年代的再出発”の記録である。

70年代後半〜80年代初頭の鋭利な政治性とギター・ファンク的アプローチは、
ここではより洗練されたプロダクションとデジタル・ビート、サンプル、シンセサイザーを積極的に導入した形でアップデートされている。
“モール=消費社会の象徴”というアルバムタイトルが示す通り、
本作は資本主義的均質化と個人の欲望の境界線を問う、鋭い社会批評の音楽的実践なのだ。


全曲レビュー

1. Cadillac

鋭角なギターと機械的なビートの融合。
アメリカン・ドリームの象徴“キャデラック”を皮肉に満ちた視点で描く、まさにGang of Four節の幕開け。

2. Fargo, ND

タイトルはアメリカ中西部の地名から。
地方都市の空虚さと画一化を描写しつつ、その中で生まれる疎外感を冷ややかに見つめている。

3. Don’t Fix What Ain’t Broke

「壊れてないなら直すな」という保守的スローガンを反語的に使い、
変革を拒む社会の惰性と自己欺瞞を、ダンサブルなグルーヴで批判する。

4. Impossible

重厚なベースラインとサンプリングが交錯する中、
「それは不可能だ」と繰り返されるフレーズが、現代社会の諦念と不安を反映する。

5. Money Talks

資本主義批評の定番テーマ。
“金がすべてを決める”という諦念と怒りが、ひねくれたビートの上で冷笑的に展開される。

6. Colour From the Tube

“テレビから出てくる色”=メディアによる現実の改変と支配。
シンセの洪水と断片的なリリックが、まるでコラージュのように情報過多社会を描写。

7. You’ll Never Pay for the Farm

農業や地方生活の象徴である“農場”がテーマ。
もはや買えない、手が届かない理想郷としての“農場”が、近代化の残酷さと重なり合う。

8. Hiromi & Stan Talk

インストゥルメンタルに近いトラック。
電話越しの会話やノイズを断片的に繋げた、情報と無意味のコラージュ
アルバム中でも最も実験色が強い。

9. Soul Rebel (Bob Marleyカバー)

ボブ・マーリーの曲を意外にも冷たく、マシン・ビートで再構築。
オリジナルの“魂の反逆者”というメッセージを、
脱政治的な消費アイコンとして再解釈する皮肉的カバーとなっている。

10. Satellite

閉じられた空間と見えない監視を想起させるトラック。
“衛星”という存在を通じて、可視化されない支配構造と孤独を描き出す。

11. Empty

アルバムを締めくくるにふさわしい、乾いた音像と繰り返しの中に沈む「空虚」そのもの。
虚無のなかでなおビートを刻む姿は、ポストモダンの出口なき出口のようでもある。


総評

『Mall』は、Gang of Fourが90年代のデジタル社会と真正面から向き合った、政治的コンセプチュアル・アルバムである。
ギター・ファンクから始まった彼らの音楽はここで、サンプリング、打ち込み、シンセといった当時の“最新型メディア”と融合し、
“ポストパンクとは何か”という問いに、再び新たな回答を与えた。

あえて冷たく、あえて均質に作られた音像。
その中で語られるのは、「欲望がどこまでも個人的に見えて、実は完全に社会によって設計されている」という不気味な真実である。
このアルバムは踊れる。しかし、そのビートは監視カメラの下で刻まれている


おすすめアルバム

  • Gang of FourEntertainment! (1979)
    すべての始まり。政治性とダンスビートが完璧に融合したポストパンクの金字塔。
  • Public Image Ltd – 9 (1989)
    デジタル感覚を取り入れたポストパンクの成熟形。『Mall』との音的・思想的共通点が多い。
  • Wire – The Ideal Copy (1987)
    シンセとポストパンクの融合。無機質なビートの中に宿る知性と感情。
  • The The – Mind Bomb (1989)
    社会批評とパーソナルな視点が交錯する、80s末期のポリティカル・ポップ名盤。
  • David Byrne – Uh-Oh (1992)
    消費社会とポップカルチャーの関係をユーモラスかつ批評的に描いたソロ作品。

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