
発売日:2013年2月2日
ジャンル:シューゲイズ、ドリーム・ポップ、オルタナティヴ・ロック、ノイズ・ポップ、エクスペリメンタル・ロック
概要
My Bloody Valentineの『m b v』は、2013年に発表されたスタジオ・アルバムであり、1991年の歴史的名盤『Loveless』以来、実に22年ぶりとなる作品である。ロック史において、これほど長い空白を経て、しかも前作がひとつのジャンルの決定的な基準点となっていたケースは稀である。『Loveless』は、シューゲイズというジャンルを象徴するだけでなく、ギター・ロックそのものの音響的可能性を大きく更新したアルバムだった。Kevin Shieldsの揺らぐギター、Bilinda Butcherの霞のようなヴォーカル、音程が溶けるようなコード、ノイズとメロディの境界をなくすミックスは、後のドリーム・ポップ、ノイズ・ポップ、ポストロック、エレクトロニック、インディー・ロックに計り知れない影響を与えた。
その『Loveless』の後、My Bloody Valentineは長く沈黙する。制作費、レーベルとの関係、Kevin Shieldsの音への異常なまでのこだわり、バンドの不安定な活動状況など、さまざまな要因が重なり、次作は長らく幻のような存在となった。1990年代後半から2000年代にかけて、My Bloody Valentineの影響はむしろ不在の中で巨大化していった。多くのバンドが『Loveless』を参照し、シューゲイズ・リヴァイヴァルが起こり、彼らの音は伝説として語られるようになった。『m b v』は、その神話化された空白の後に突然届けられたアルバムである。
この作品の重要性は、単に「長い沈黙の後の新作」という話題性だけにあるわけではない。『m b v』は、『Loveless』の直接的な続編のように聴こえる部分を持ちながら、同時に別の方向へも進んでいる。前半では、My Bloody Valentineらしい甘く歪んだギター・ポップが鳴り、中盤ではより浮遊感と抽象性が強まり、終盤ではドラムンベースやジャングルを思わせるリズムの崩壊と加速が現れる。つまり本作は、過去の再現だけではなく、Kevin Shieldsが長い時間をかけて抱えていた音響的な関心を段階的に展開するアルバムである。
『m b v』というタイトルの表記も象徴的である。大文字のバンド名ではなく、小文字でスペースを置いた「m b v」。そこには、巨大な伝説としてのMy Bloody Valentineではなく、音の粒子として分解された存在、輪郭をぼかしたまま再び現れるバンドの姿がある。アルバム自体も、はっきりした宣言ではなく、霧の中から音が戻ってくるように始まる。彼らは「復活」を大げさに演出しない。ただ、自分たちの音がまだ存在していることを、極めて自然に提示する。
My Bloody Valentineの音楽において、歌詞は常に中心的な物語を担うものではない。むしろ、声そのものが楽器の一部であり、言葉は意味を伝える以前に音色として機能する。Bilinda ButcherとKevin Shieldsのヴォーカルは、前面に立って感情を説明するのではなく、ギターの雲の中に溶け込む。『m b v』でもその姿勢は変わらない。歌詞は断片的で、愛、記憶、距離、夢、身体感覚のようなものをほのめかすが、明確な物語にはならない。重要なのは、歌が何を語っているかより、声がどのように音の中で揺れているかである。
音楽的には、本作は非常に精密でありながら、聴感上は曖昧で柔らかい。Kevin Shieldsのギターは、通常のロック・ギターのようにリフやソロとして前に出るのではなく、空間全体を曲げるように鳴る。トレモロ・アームによって音程が微妙に揺れ、コードは輪郭を失い、音の壁は固定された壁ではなく、呼吸する膜のように動く。ノイズは攻撃ではなく、感触であり、メロディは線ではなく、光のにじみとして現れる。
『m b v』は、1990年代のシューゲイズを懐古的に再現したアルバムではない。もちろん、My Bloody Valentineの音がそこにあるため、ジャンルの原点へ戻ったような感覚はある。しかし、本作はより成熟しており、音の動きにも余白がある。『Loveless』が音響の密度によって世界を塗りつぶす作品だったとすれば、『m b v』はその密度を保ちながら、より時間の流れや空間の変化を意識した作品である。曲ごとの展開は控えめだが、アルバム全体としては静かな変化を持つ。
本作は、My Bloody Valentineが自分たちの過去に押しつぶされず、その過去を別の角度から再び鳴らしたアルバムである。『Loveless』のような革命性をもう一度求めると、肩透かしを感じるリスナーもいるかもしれない。しかし、『m b v』の価値は、革命の再演ではなく、時間を経てもなおMy Bloody Valentineの音が固有の生命を持っていたことを証明した点にある。20年以上の沈黙を経て、彼らはまるでずっと鳴り続けていた音を少しだけこちら側へ戻したかのような作品を作った。
全曲レビュー
1. She Found Now
オープニング曲「She Found Now」は、『m b v』の再出発を非常に静かに告げる楽曲である。長い沈黙の後に届けられた最初の音として、この曲は意外なほど大げさではない。巨大な復活のファンファーレではなく、ぼやけたギターの層と、Kevin Shieldsの柔らかな声が、霧の中からゆっくり現れる。まるでMy Bloody Valentineが一度も消えていなかったかのような始まりである。
サウンドは『Loveless』の延長線上にあるが、より内向的で、沈んだ質感を持つ。ギターは分厚いが、攻撃的ではない。音は空間に広がるというより、内側で揺れている。ドラムも控えめで、曲全体は浮遊したまま進む。メロディははっきりしているようで、すぐにギターの霞へ溶け込む。
歌詞は断片的で、何かを見つけた、あるいは気づいた人物の感覚がほのめかされる。だが、内容を物語として追うより、声の溶け方が重要である。言葉はギターと同じく、輪郭を失いながら感情を伝える。「She Found Now」は、復活の曲でありながら、決して劇的ではない。その控えめな美しさこそが、『m b v』全体の性格を示している。
2. Only Tomorrow
「Only Tomorrow」は、前曲よりもギターの存在感が増し、My Bloody Valentineらしいノイズ・ポップの快感が強く表れる楽曲である。タイトルは「ただ明日だけ」というような意味を持ち、未来への期待とも、不確かな時間感覚とも読める。My Bloody Valentineの曲において、時間は直線的ではなく、夢の中のように伸び縮みする。この曲のタイトルも、その曖昧な時間感覚とよく合っている。
サウンドは厚く、歪んだギターの層が曲全体を包む。だが、その厚みは重苦しさではなく、柔らかな圧力として響く。Bilinda Butcherのヴォーカルは、ギターの中に完全に溶け込み、歌詞の意味よりも音色として機能している。彼女の声は、曲に人間的な温度を与えながら、同時に非現実的な浮遊感を作る。
ギターのフレーズは、通常のソロというより、音の面が揺れながら形を変えるように現れる。終盤に向かってギターがより前面に出るが、それはロック的な爆発というより、色彩が濃くなるような変化である。「Only Tomorrow」は、『m b v』の中でも最も美しく、My Bloody Valentineの王道的な魅力が分かりやすく表れた楽曲である。
3. Who Sees You
「Who Sees You」は、本作前半の中でも特に濃密な音像を持つ楽曲である。タイトルは「誰があなたを見ているのか」という意味を持ち、視線、認識、存在の不確かさを連想させる。My Bloody Valentineの音楽では、相手を見ること、見られることは、明確な関係ではなく、霞の中の感覚として現れる。この曲もそのような曖昧な視線を音にしている。
サウンドは非常に厚く、ギターの歪みが波のように押し寄せる。しかし、その波は直線的に迫るのではなく、細かく揺れながら身体を包み込む。リズムは曲の土台を支えているが、ギターの層があまりに濃いため、ドラムも音の中に沈み込んでいるように聞こえる。
ヴォーカルは遠く、歌詞は聞き取りにくい。だが、それが曲の本質である。誰が見ているのか、誰が見られているのかが曖昧なまま、声は音の雲の中を漂う。「Who Sees You」は、My Bloody Valentineの音楽が持つ、視覚と聴覚の境界を溶かす力を示す楽曲である。聴くというより、音に包まれている状態を体験する曲である。
4. Is This and Yes
「Is This and Yes」は、本作の中でも特に異色の楽曲である。ギターの壁が前面に出る前半の流れから一転し、ここではオルガンやシンセサイザーのような柔らかい音が中心となり、非常にミニマルで浮遊した空間が作られる。タイトルも文法的に少し奇妙で、「これは、そして、はい」といった断片的な言葉の連なりになっている。この不完全な文法が、曲の夢のような性格と結びついている。
サウンドは、My Bloody Valentineの楽曲の中でも特に静的である。ビートはほとんど感じられず、音は雲のようにゆっくり広がる。Bilinda Butcherの声は、楽器とほとんど区別がつかないほど柔らかく、言葉というより息のように響く。ここではロック・バンドとしてのMy Bloody Valentineよりも、アンビエント的な音響作家としての側面が前に出ている。
歌詞は極めて断片的で、意味を確定することは難しい。しかし、この曲において意味の不明瞭さは欠点ではない。むしろ、言葉が意味から解放され、音の一部になることで、曲全体が夢の中の感覚に近づいている。「Is This and Yes」は、『m b v』の流れの中で、音の密度を一度ほどき、静かな中間地点を作る楽曲である。
5. If I Am
「If I Am」は、タイトルからして自己認識の不確かさを示す楽曲である。「もし私が存在するなら」「もし私がそうであるなら」という仮定の形は、はっきりした自己宣言ではなく、揺れる存在感を表している。My Bloody Valentineの音楽において、主体は常に曖昧で、声もギターも輪郭を失う。この曲のタイトルは、その美学をそのまま言葉にしたように響く。
サウンドは柔らかく、前曲のアンビエント的な質感を受け継ぎながら、よりリズムとギター・ポップの形を取り戻している。ギターは揺れ、音程がわずかに溶けるように変化する。Bilinda Butcherのヴォーカルは非常に親密でありながら、近すぎず、夢の中から聞こえるように配置されている。
歌詞では、自己の存在や関係の不確かさがほのめかされる。だが、明確な感情の物語ではなく、存在の輪郭そのものが音の中で揺れている。「If I Am」は、『m b v』の中でも特に繊細な楽曲であり、My Bloody Valentineの音楽が持つ、自己を溶かすような感覚を美しく表している。
6. New You
「New You」は、『m b v』の中で最もポップで親しみやすい楽曲のひとつである。タイトルは「新しいあなた」を意味し、変化、再生、関係の更新を連想させる。長い沈黙を経て発表されたアルバムの中で、このタイトルが置かれていることには象徴的な響きもある。My Bloody Valentine自身が、過去のバンドでありながら、新しい形で再び現れているからである。
サウンドは比較的明るく、メロディもはっきりしている。ギターはもちろん揺らいでいるが、曲全体は軽やかで、ドリーム・ポップ的な魅力が強い。Bilinda Butcherの声は、柔らかく、少し遠く、しかしメロディの輪郭をしっかり保っている。『m b v』の中では、最もシングル的な性格を持つ曲とも言える。
歌詞では、相手の変化や新しい姿がほのめかされる。だが、それははっきりした物語ではなく、感情の印象として現れる。新しいあなたを見ることは、相手を再発見することでもあり、自分自身の変化を知ることでもある。「New You」は、アルバム中盤に明るい光を差し込む楽曲であり、My Bloody Valentineのポップ・センスがまだ健在であることを示している。
7. In Another Way
「In Another Way」は、アルバム後半への転換点となる楽曲である。タイトルは「別の方法で」「別のあり方で」という意味を持ち、『m b v』が前半のギター・ポップ的な世界から、よりリズムと音響の実験へ移っていくことを示しているようにも聞こえる。ここからアルバムは、より不穏で、加速する方向へ進み始める。
サウンドは、これまでの柔らかい浮遊感に比べて、リズムの存在感が強い。ギターは相変わらず揺れているが、曲全体には前へ進む力がある。音は厚いが、静かに漂うというより、内部で何かが回転しているような感覚を持つ。Kevin Shieldsの音響処理は、ギター・ロックと電子音楽的なリズム感覚の間を行き来している。
歌詞は抽象的で、別の方法、別の見え方、別の関係性をほのめかす。My Bloody Valentineの楽曲では、歌詞が直接的に展開を説明することは少ないが、この曲の場合、タイトルそのものがアルバムの変化を象徴している。「In Another Way」は、『m b v』が単なる『Loveless』の続編に留まらないことを示す重要曲である。
8. Nothing Is
「Nothing Is」は、本作の中で最も過激で、反復的で、抽象的な楽曲である。タイトルは「何もない」「無がある」とも読める、非常に不穏な言葉である。ここではメロディや歌よりも、リズムとノイズの反復が中心となり、My Bloody Valentineの音楽がロックからミニマルな音響実験へ接近する。
サウンドは執拗な反復で成り立っている。ドラムはほとんど機械的に繰り返され、ギターやノイズはその上で渦のように回る。通常の曲の展開や歌の構造はほとんどなく、聴き手は同じパターンの中で感覚を変化させられる。これはポップ・ソングというより、音響的なトランス状態を作るトラックである。
歌詞らしい歌詞はほとんど前に出ない。重要なのは、何かが起こることではなく、何もない状態が反復によって圧力を持ち始めることである。「Nothing Is」は、『m b v』の中で最も聴き手を選ぶ曲かもしれないが、アルバム終盤のリズム実験を理解するうえで不可欠な楽曲である。My Bloody Valentineがノイズ・ポップだけでなく、反復音響のバンドでもあることを示している。
9. Wonder 2
終曲「Wonder 2」は、『m b v』の終盤における最も強烈な到達点である。タイトルは「驚き」「不思議」を示すが、曲の内容は美しい驚異であると同時に、音響的な嵐でもある。ここではギター、リズム、声、ノイズが激しく渦巻き、まるで飛行機のプロペラや高速で回転する機械の中にいるような感覚が生まれる。
サウンドは、シューゲイズとドラムンベース/ジャングル的なリズム感覚が衝突したようなものになっている。高速で細かく刻まれるリズム、揺れ続けるギター、遠くに溶ける声が一体となり、アルバムを圧倒的な運動感の中で終わらせる。これは『Loveless』的な音の壁とは異なる。より流動的で、より高速で、より不安定な音の渦である。
ヴォーカルはほとんど楽器の一部であり、言葉としての意味は後景に退く。ここで重要なのは、音が身体をどう揺さぶるかである。『m b v』は静かに始まり、終盤でこのような激しい音響の回転へ至る。その構成によって、アルバム全体がひとつの長い浮遊から加速へ向かう旅のように感じられる。「Wonder 2」は、My Bloody Valentineが過去の再現ではなく、なお未知の音へ向かっていたことを示す終曲である。
総評
『m b v』は、My Bloody Valentineが22年の沈黙を経て発表した作品でありながら、過剰な復活劇としてではなく、非常に自然に自分たちの音を再提示したアルバムである。『Loveless』という巨大な前作の影は避けようがないが、本作はその影に単に従属しているわけではない。前半では『Loveless』的な甘く歪んだギター・ポップを引き継ぎ、中盤ではよりアンビエントで柔らかい空間を作り、後半ではリズムの反復と加速によって新しい領域へ進む。非常に静かに始まり、最後には音の嵐へ到達する構成は、緻密でありながら自然である。
本作の最大の魅力は、音の質感にある。Kevin Shieldsのギターは、相変わらず他の誰にも真似しきれない独自の揺らぎを持つ。音程は固定されず、コードは空間ごと歪み、ノイズは攻撃ではなく光や湿度のように広がる。『m b v』を聴く体験は、通常のロック・アルバムを聴く体験とは異なる。曲を追うというより、音の中へ入っていく感覚に近い。
Bilinda Butcherのヴォーカルも、本作の美しさを決定づけている。彼女の声は、はっきりと前に出るのではなく、ギターの層の中に溶ける。歌詞の意味を明瞭に届けるのではなく、声そのものの柔らかさ、息の質感、距離感によって感情を伝える。これはMy Bloody Valentineの音楽における重要な特徴であり、『m b v』でも極めて効果的である。
歌詞の面では、本作は明確な物語や強いメッセージを持つアルバムではない。むしろ、言葉は夢の断片のように機能する。「She Found Now」「Only Tomorrow」「If I Am」「New You」「In Another Way」といったタイトルには、発見、時間、存在、変化、別の方法といった抽象的なテーマが見える。しかし、それらは説明されるのではなく、音の中に散らされる。My Bloody Valentineの歌詞は、解釈の対象であると同時に、音色の一部でもある。
『m b v』の後半は、特に重要である。「In Another Way」「Nothing Is」「Wonder 2」では、バンドはシューゲイズの美しいギター・ノイズを維持しながら、よりリズム中心の方向へ進む。特に「Wonder 2」は、ドラムンベースやジャングルの影を感じさせる高速のリズムと、My Bloody Valentine特有の揺らぐギターが結びついた異様な楽曲である。この終盤があることで、本作は単なる過去の回復ではなく、新しい可能性を含むアルバムになっている。
『Loveless』と比較すると、『m b v』は革命的な衝撃という点では異なる。『Loveless』は、その時代においてギター・ロックの音そのものを変えてしまった作品だった。一方『m b v』は、すでにMy Bloody Valentineの影響が世界中に広まった後に現れた作品である。そのため、最初に聴いた時の衝撃は前作とは違うかもしれない。しかし、本作は時間をかけて聴くほど、非常に深い構造と音響の美しさを持っていることが分かる。革命ではなく、持続の証明である。
また、本作はシューゲイズというジャンルの再定義でもある。2000年代以降、多くのバンドがシューゲイズ的な音を再現してきたが、『m b v』を聴くと、My Bloody Valentineの本質は単なる轟音ギターや霞んだヴォーカルではないことが分かる。重要なのは、音の揺れ、空間の歪み、リズムとの関係、声の溶け方、時間感覚の変容である。彼らの音は、スタイルではなく、物理的な感覚に近い。
日本のリスナーにとって本作は、シューゲイズやドリーム・ポップに関心があるなら必聴である。『Loveless』を聴いた後に本作へ進むと、My Bloody Valentineが過去の名声だけに留まらず、音響の探求を続けていたことが見えてくる。Slowdive、Ride、Lush、Chapterhouse、Cocteau Twins、Seefeel、Mogwai、M83、Deerhunter、DIIV、No Joy、A Place to Bury Strangers、きのこ帝国の一部作品などに関心がある場合にも、本作の音響美学は重要な参照点になる。
『m b v』は、長い空白の後に発表されたにもかかわらず、懐古に閉じないアルバムである。霧のようなギター、溶ける声、曖昧な歌詞、反復するリズム、終盤の加速。それらは、My Bloody Valentineが今なお唯一無二の音響世界を持っていることを証明している。『Loveless』の後に何を作るべきかという不可能に近い問いに対し、彼らは大きな宣言ではなく、音そのもので答えた。『m b v』は、伝説の続編でありながら、ひとつの独立した音の宇宙として成立している。
おすすめアルバム
1. Loveless by My Bloody Valentine
1991年発表の歴史的名盤。シューゲイズを代表するだけでなく、ギター・ロックの音響的可能性を根本から変えた作品である。『m b v』の前提であり、Kevin Shieldsの揺らぐギター、Bilinda Butcherの霞む声、ノイズとメロディの融合を理解するために欠かせない。
2. Isn’t Anything by My Bloody Valentine
1988年発表のアルバム。『Loveless』以前のMy Bloody Valentineが、ノイズ・ポップ、ポストパンク、ギターの揺らぎを急速に発展させた重要作である。『m b v』の柔らかい音響とは異なり、より荒く、衝動的な魅力がある。
3. Souvlaki by Slowdive
1993年発表のシューゲイズ/ドリーム・ポップ名盤。My Bloody Valentineよりも穏やかでメランコリックだが、ギターの浮遊感と声の溶け方において深く関連する作品である。『m b v』の静かな美しさが響くリスナーには特に相性が良い。
4. Nowhere by Ride
1990年発表のアルバム。シューゲイズ初期の重要作であり、轟音ギターとメロディアスなロック・ソングのバランスが魅力である。My Bloody Valentineよりもバンド・サウンドの輪郭がはっきりしており、シューゲイズの別の側面を理解できる。
5. Spooky by Lush
1992年発表のアルバム。Robin Guthrieのプロデュースによる幻想的なギター・ポップで、女性ヴォーカル、ドリーム・ポップ的な浮遊感、シューゲイズ的な音響が美しく結びついている。『m b v』の柔らかな中盤曲に惹かれるリスナーにおすすめしやすい作品である。

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