『Loveless』の衝撃:My Bloody Valentineが開いた轟音と陶酔の扉

――Shoegazeという言葉を定義づけた歴史的名盤、その影響を現代まで語る


本日は、1991年にリリースされ、いまなお多くのアーティストとリスナーに多大なる影響を与え続けているMy Bloody Valentineの名盤『Loveless』をテーマに対談をお届けします。シューゲイザー(Shoegaze)の代名詞的存在ともなったこのアルバムは、轟音とメロディ、そして官能的な浮遊感を融合させ、新たな音楽の地平線を切り開きました。そんな歴史的アルバムの魅力や、イギリス音楽シーンへの影響を中心に語っていただくのは、イギリスでブリットポップ・ポップロック・アートロックを得意分野とし、マンチェスターでブリットポップの興隆をリアルタイムに体験してきた**Sophie Bennettソフィー・ベネットさん。そして、ロサンゼルスを拠点にインディーロックやオルタナティブ、ポストパンクを専門としており、DIY精神を重んじるレーベルの立ち上げも行うAlex Greenfieldアレックス・グリーンフィールド)**さんです。どうぞお楽しみください。


アルバムの衝撃とシューゲイザーという新風

インタビュアー:
今日はお二人に、My Bloody Valentineの『Loveless』が音楽史に与えた衝撃と、そこから生まれたシューゲイザーというムーブメントについてお伺いしたいと思います。まずは、一言で言うと、このアルバムの印象を教えていただけますか?

Sophie(ソフィー):
私にとって『Loveless』は、まさに音の「絵画」ですね。初めて聴いたとき、あのノイズとメロディがとにかく美しく融合していて、「これはロックなの? それともアンビエントなの?」という戸惑いと同時に、徹底的に惹き込まれてしまった記憶があります。イギリスでは当時マンチェスターのMadchesterシーンやブリットポップの胎動など、さまざまなムーブメントが交錯していましたが、その中でもMy Bloody Valentineは「唯一無二」の音を作り上げていて、とにかく新鮮でしたね。

Alex(アレックス):
僕の場合、カルフォルニア育ちのせいか、最初はヘヴィーなギターに「ロック!」という印象を強く受けたんですが、聴き進めるとその轟音の奥に非常に繊細なメロディやボーカルが埋め込まれていることに気づきました。まるで分厚い霧の中に包まれているような感覚。それでいて、ダイナミクスが緩急をつけて攻撃的でもあり、でも不思議と“柔らかい”。そのギャップにやられましたね。こんな表現をするバンドがいるんだと驚かされました。


イギリス音楽シーンへの影響

インタビュアー:
シューゲイザーのルーツを考えると、やはりイギリスという土地柄を無視できない部分があります。ソフィーさんにお伺いしますが、当時イギリスでこのアルバムがどのように受け止められていたか、覚えていることはありますか?

Sophie(ソフィー):
はい、もちろんよく覚えています。イギリスのインディー・シーンに大きな激震をもたらした作品でした。ブリットポップの文脈から語ると、後のBlurOasisのようなキャッチーなメロディとはある意味対極にあるんだけど、同じ「イギリスのギターロック」という括りの中では無視できない存在感を放っていたんです。音楽誌はこぞって大絶賛したり、あるいは「理解できない」と困惑したり。バンド自身の寡黙なイメージやライヴ時の爆音の評判が相まって、まるで“神秘のベール”に包まれた存在だったように思います。

それに、シューゲイザーという言葉自体がMy Bloody Valentineを含めた幾つかのギター・バンドをまとめる形で広まったんですよね。SlowdiveRide、Chapterhouseといった同時代のバンドと共に「靴を見つめるように演奏する」――要するに、足元のエフェクター類を操作しながら轟音に包まれるスタイルが命名の由来と言われています。『Loveless』がそうした“シーンの象徴”になったことは間違いありません。


ライブ・サウンドとアルバム制作秘話

インタビュアー:
確かに“轟音”と聞くと、ライヴでの体感的な迫力も気になります。My Bloody Valentineはライヴがとにかく大音量で有名ですよね。アレックスさん、そのあたりはいかがでしょう?

Alex(アレックス):
彼らのライヴは「聴く」というより「浴びる」体験に近いんですよね。僕は初めてMy Bloody Valentineを観たとき、耳をつんざくような轟音なのに、なぜか不快感より心地よさや恍惚感が強くて「これはどうなってるんだ?」と驚きました。ギターの壁が何層にも重なりながら、ボーカルはまるで遠くからそっと囁いているよう。アルバムも同じで、その轟音の作り方にとんでもなく手間と時間をかけたようなんですよね。

確か制作には数年かかって、その間にスタジオを転々としたり、メンバーチェンジがあったり、レーベルとの関係もギクシャクしたり。ケヴィン・シールズ(Kevin Shields)の音に対するこだわりが並々ならぬもので、どうやってあの浮遊感を出しているのか、ミュージシャンたちもかなり研究したはずです。実際、リバーブやディレイだけではなく「リバースリバーブ」みたいな特殊なエフェクトの組み合わせを多用したとか、通常とは逆回転の音色を使ったりとか。録音の手法からして常識破りだったらしいですよ。

Sophie(ソフィー):
そうそう! あのとろけるようなギターノイズの奥にあるリバースリバーブの感触は、当時としてはとても画期的だったんです。まるで波打ち際で耳を澄ませているときのような感覚というか。実際にレコーディングにも計り知れない予算がかかったとも聞いています。その結果、レーベルのCreationは経営的に大打撃を受けたなんて話もあって(笑)。でも、それだけ徹底的にこだわったからこそ、生まれたアルバムなんでしょうね。


シューゲイザーの現代への影響

インタビュアー:
『Loveless』が定義づけたと言われるシューゲイザー、その影響は現代でも色濃く残っていると思います。アレックスさん、インディー・ロックシーンにおいてはどう感じていますか?

Alex(アレックス):
アメリカのインディー・ロック界隈でも、シューゲイザーの要素を取り入れているバンドは今でも多いですよ。例えば、ギターを多重に重ねて作るウォール・オブ・サウンドや、透明感のあるヴォーカル・エフェクト、ドリーミーな音響作りは、シューゲイザーの美学を直系で引き継いでいると思います。ドリーム・ポップと呼ばれるようなスタイルも含めて、My Bloody Valentineの遺伝子が受け継がれているバンドは世界中に存在している。

特にDIYや宅録が簡単になった今の時代、あの浮遊感に近いサウンドを自宅で実験しようというアーティストも増えていて、ネット上で「DIYシューゲイズ・シーン」みたいな動きが活発だったりします。ある意味、ケヴィン・シールズが“プロ仕様”でやった探求を、普通の若いミュージシャンたちが自宅でも試せるようになったわけで、それがまた新しいシューゲイザー像を作っている感じですね。

Sophie(ソフィー):
イギリスでも同じように、シューゲイザー要素を持つ若いバンドは根強くいると思います。ただ純粋に90年代のシューゲイザーをなぞるというより、エレクトロニカやR&Bとの融合を試みて、新しい形の“ノイズとメロディ”を追求しているんです。それこそ「ポスト・シューゲイザー」なんて言葉も使われるくらいで、進化と拡散を続けている印象ですね。

アーティストの名前を挙げると、近年はロンドンから出てきたバンドたちのなかにも、ギターのフィードバックを巧みに使ったり、あるいはシンセと組み合わせて“濃霧”のようなサウンドを作ったりするグループがチラホラ見られます。この「ノイズ×メロディ」の美学が現代にも強く響いているのは、本当に『Loveless』の功績が大きいと思います。


シューゲイザーの聴き方と楽しみ方

インタビュアー:
では、シューゲイザー、特に『Loveless』を初めて聴く人に向けて「ここに注目して聴くといい」というポイントや楽しみ方はありますか?

Alex(アレックス):
僕から言えるのは、とにかく「音の壁に身を委ねる」ことですね。考えすぎると「なんかボーカルが聞き取りにくいな」「ギターのノイズがすごいな」って気になっちゃうけど、むしろ耳全体でサウンドの塊を浴びる感じで楽しむのが一番かもしれない。

曲によってはメロディがすごく甘美なんだけど、ノイズに埋もれているから最初は気づきにくい。それが何度も聴いているうちにだんだんと見えてくるんですよね。「あ、こんなところにこんな旋律が隠れていたんだ!」とか、聴くたびに新しい発見があるアルバムなんです。

Sophie(ソフィー):
私も同感です。あのノイズの向こうに浮かび上がるメロディを「探す」楽しみがあります。あと、ヘッドホンで聴くのとスピーカーで大音量で流すのとでは、かなり印象が変わるかもしれません。ヘッドホンでは細かいエフェクトの揺れや残響がより鮮明に聴こえますし、スピーカーだと空間に充満するような広がりを味わえる。どっちも試してみると面白いですよ。

もうひとつ付け加えるなら、シューゲイザーというとどうしても「轟音」がフィーチャーされがちですが、意外にリズムの組み立ても凝っている曲が多いので、ドラムやベースのグルーヴにも注目してほしいですね。特に「Only Shallow」のイントロなんかは、ドラムの一発目から「あ、このバンド、只者じゃない」って分かるはずです。


作品の時代的意義と今後のシーン

インタビュアー:
最後に、『Loveless』がこれほどまでに語り継がれ、シーンに影響を与え続けている理由は何だと思いますか? また、今後シューゲイザーやその派生ジャンルはどう進化していくと思われますか?

Sophie(ソフィー):
まずは、あのアルバムが「既存のロックの文法」を越えようとした作品だったからだと思います。80年代後半から90年代にかけて、ギター音楽がいろいろな形で進化してきた中で、My Bloody Valentineは大胆に“ノイズとポップの融合”を極限まで追求した。ロックを聴き慣れていた人にとっては衝撃的だったし、新しい世界が開けたんです。

シューゲイザー自体は一時期「終わった」とも言われましたが、結局は何度も再評価されて、そのたびに新しい世代を巻き込んで進化してきました。だから今後も、テクノロジーや他ジャンルとの融合によって、さらに多様な形でシューゲイザー的な要素が広がっていくんじゃないかな。私としては、ときどき原点回帰で『Loveless』を聴いて、その先にある実験精神を追いかけ続けたいですね。

Alex(アレックス):
そうですね。『Loveless』は「ギターのサウンドデザイン」における到達点の一つだと僕は思っていて、それが30年以上経った今でも古びないどころか、むしろ新鮮に聴こえる。そして、多くのバンドがシューゲイザー的なアプローチを取り入れることで、“浮遊感を伴う轟音”という新しい音楽言語を世界中に浸透させました。

今後はAIやプラグイン技術の進化で、さらに自由度が増したシューゲイザーが登場すると思います。もしかしたら、ボーカルすらも音の“テクスチャ”として扱う作品が増えるかもしれない。『Loveless』で示された「ノイズを美に昇華する」という発想が、これからの音楽でもキーになると確信しています。


インタビュアーのラップアップ

インタビュアー:
今日はありがとうございました。『Loveless』というアルバムがもたらした衝撃や、その後の音楽シーンへの波及効果、現代にいたるまでの影響力について深く知ることができたと思います。“シューゲイザー”という言葉が象徴するように、轟音と美しさの境界を曖昧にしながら、新たな陶酔体験を音楽にもたらしたMy Bloody Valentine。彼らのサウンドは、時を超えてもなお多くのクリエイターの創作意欲をかき立てていますね。

読者の皆さんは、もしまだ『Loveless』を通しで聴いたことがないという方がいらしたら、ぜひこの機会に挑戦してみてください。ヘッドホンで聴くのもよし、大音量で空間全体に轟かせるのもよし。きっと、シューゲイザーという音楽ジャンルの奥深さと、そこに秘められた新鮮な驚きを味わっていただけるはずです。

さて、皆さんはどうでしょうか? 「あなたが初めて『Loveless』を聴いたとき、どんな衝撃を受けましたか?」 もしまだの方は、これを機にぜひ体験してみてください。次回のテーマもお楽しみに。

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