イントロダクション
1980年代中盤、シンセポップやゴス、ニューウェーブが席巻する英国音楽シーンにおいて、Lloyd Cole and the Commotionsはまるで文学青年がギターを持って現れたかのような存在だった。
ギラついた時代に背を向けるように、彼らの音楽は静かに、鋭く、しかしロマンティックに心の機微をすくい上げていった。
知的で皮肉っぽく、それでいてどこか甘い。
ロイド・コールの言葉とバンドの繊細な演奏は、ポップスにおける“会話のような誠実さ”を教えてくれる。
バンドの背景と歴史
Lloyd Cole and the Commotionsは、1982年にスコットランド・グラスゴーで結成された。
オックスフォード出身のロイド・コールが、大学在学中に出会った学生仲間と共に立ち上げたバンドである。
1984年にリリースしたデビュー・アルバム『Rattlesnakes』は、英国メディアの絶賛を浴び、即座にUKチャートで成功を収める。
文学や映画からの引用に満ちた歌詞と、リリカルなギターポップのアンサンブルは、当時のインディーロックにおいて異彩を放った。
その後、『Easy Pieces』(1985)、『Mainstream』(1987)と順調にキャリアを重ねたが、1989年にバンドは解散。
ロイド・コールはソロ活動へ移行し、より深い表現世界へと歩みを進めていく。
音楽スタイルと影響
Lloyd Cole and the Commotionsの音楽は、インディーポップ、フォークロック、ブルー・アイド・ソウルの要素を繊細にブレンドしたもの。
アコースティックとエレクトリックのバランス感覚、ハモンドオルガンやストリングスのさりげない装飾が、上品で洗練された響きを与えている。
しかし何よりも特徴的なのは、ロイド・コールのヴォーカルとリリックである。
彼の歌は、まるで村上春樹の初期短編のように、恋愛と読書と憂鬱が同居している。
トルーマン・カポーティやノーマン・メイラー、レンブラントやシモーヌ・ド・ボーヴォワールの名前が自然に出てくる歌詞は、知的で少し気取っていて、それがかえってリスナーの心に沁みる。
代表曲の解説
Perfect Skin
デビュー作『Rattlesnakes』の冒頭を飾る代表曲。
ハイテンポのギターポップに乗せて、自己卑下と憧憬が交錯する恋愛模様を描く。
「She’s got cheekbones like geometry and eyes like sin」という有名な一節は、コールの比喩感覚の鋭さと文学的センスを象徴している。
Rattlesnakes
バンドの世界観を凝縮したような珠玉のタイトル曲。
ジョーン・ディディオンを読みながら、感情をコントロールしようとする若者の内面を切り取る。
リフは爽やかだが、歌詞は複雑で繊細――この対比がバンドの持つ大きな魅力のひとつである。
Are You Ready to Be Heartbroken?
愛と皮肉が交差する、切ないけれど痛快なナンバー。
“心を砕かれる準備はできてる?”と問いかけるそのフレーズは、ロマンチックであると同時にどこか醒めてもいる。
のちにカメラ・オブスキュラがアンサ―ソング「Lloyd, I’m Ready to Be Heartbroken」を発表したことでも知られる。
アルバムごとの進化
『Rattlesnakes』(1984)
初期の傑作にして、UKギターポップ史に残る名盤。
10曲31分というコンパクトな構成に、ユーモア、失恋、知性、若さがぎゅっと詰まっている。
The Smithsと並び称される“知的インディーロック”の源流として、今なお多くのアーティストに影響を与えている。
『Easy Pieces』(1985)
よりソウルフルで洗練されたサウンドに進化。
チャート上ではさらに成功したものの、ロイド本人はやや商業寄りになったことに苦悩を抱えていたという。
「Brand New Friend」「Lost Weekend」など、キャッチーさと憂鬱さが入り混じった楽曲が多い。
『Mainstream』(1987)
解散前のラストアルバム。
音楽的にはより大人びて落ち着いた印象を持つ作品で、パワーポップというよりシンガーソングライター然とした方向へ接近。
バンドとしてのまとまりよりも、ロイドの内省的なモノローグが前面に出ている。
影響を受けたアーティストと音楽
ボブ・ディラン、ルー・リード、レナード・コーエンといった“言葉を重視する”シンガーソングライターたちの影響が顕著。
音楽的にはトム・ヴァーレインやペイル・ファウンテンズ、ラプソディックなローリング・ストーンズの70年代サウンドにも共鳴するものがある。
影響を与えたアーティストと音楽
Belle and Sebastian、Camera Obscura、Jens Lekman、The Divine Comedyなど、“内省するインディーポップ”の系譜において、ロイド・コールの影響は極めて大きい。
また、ギターポップの中で“知性”を描くというアプローチは、英国ロックのひとつの美学として今も生き続けている。
オリジナル要素
Lloyd Cole and the Commotionsは、恋と読書と皮肉の狭間にある“静かな激情”を鳴らすことができたバンドである。
文学的なリリックに、洗練されたギター、控えめな鍵盤、地に足のついたリズム。
それらが合わさって生まれるのは、決して大きな音ではない。だが、長く響き続ける“余韻”だった。
まとめ
Lloyd Cole and the Commotionsは、煌びやかな80年代の中で、静かに自分たちの物語を語り続けた。
愛されることに不器用で、世界に斜めから視線を送るような、その姿勢こそが彼らの魅力だった。
それは、喧騒の中でこっそり本を読みながら恋に落ちるような――そんな音楽である。
だから今でも、誰かの“心の本棚”には、きっと『Rattlesnakes』がそっと並んでいるのだ。
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