発売日: 2018年10月19日
ジャンル: ノイズ・ロック、ポストハードコア、エモ、インディー・ロック
概要
『Last Building Burning』は、Cloud Nothingsが2018年に発表した5作目のスタジオ・アルバムであり、“静と動”の対比を極限まで突き詰めた過去作『Life Without Sound』から一転して、怒りと混沌を全面に押し出した激烈な作品である。
本作のプロデューサーを務めたのは、ラン・ザ・ジュエルズやSleigh Bellsなどを手がけたRandall Dunn。彼はドローン/メタル系のエンジニアでもあり、その暗く圧迫感のある音像はCloud Nothingsにとって新たな挑戦となった。
アルバム全体は**“爆発するような緊張感”と“息の詰まるような即時性”**に満ちており、一発録りに近い状態で録音されたラフさとスピード感が強調されている。
バンドのフロントマン、**ディラン・バルディは本作を「再び自分たちをぶち壊すためのアルバム」**と語っており、その意図はタイトル『Last Building Burning(最後の建物が燃える)』にも明確に表れている。
Cloud Nothingsはここで、あらゆる秩序と調和を拒絶し、再び原初的な衝動に立ち返るのである。
全曲レビュー
1. On An Edge
冒頭からノイジーなギターと切迫したドラムが全開。
「I’m on the edge of everything」と繰り返すフレーズが、臨界点に立つバンドの姿勢を象徴している。
鋭利で不安定、聴く者を突き落とすようなオープニング。
2. Leave Him Now
本作中もっともメロディアスな側面を見せるトラック。
「彼とは別れろ」と語りかける歌詞は、シンプルながらも切実で、バンドのエモーショナルな側面が前面に出ている。
叫びとメロディの均衡が絶妙。
3. In Shame
キャッチーなリフとストレートな構成で人気の高い一曲。
「I wish I could believe in your dream」という一節には、信頼の崩壊と失望が刻まれており、エモ的なリリックとポストハードコアの爆発性が融合している。
4. Offer an End
リフの反復と攻撃的なヴォーカルで突き進むハードな一曲。
「I offer an end」と繰り返されるラインが不気味に響き、破壊の快感をそのまま音にしたような曲調。
バンドの“戦闘モード”が全開。
5. The Echo of the World
アルバムのハイライトのひとつであり、最も重厚で暴力的な音像が展開される。
スラッジ/インダストリアルの影響すら感じさせるサウンドは、Cloud Nothings史上最もドゥームな瞬間。
世界が反響するのではなく、自分の絶叫が反響するだけの虚無が描かれている。
6. Dissolution
10分近くに及ぶインプロヴィゼーション中心の長編トラック。
ノイズとドローン、ビートのうねりが混ざり合い、まるで感情の自壊プロセスを記録しているかのよう。
後半で再びヴォーカルが戻ってくる構成が、カタルシスと疲弊を同時に生む。
7. So Right So Clean
前曲からの流れを断ち切るような、比較的穏やかでミニマルな楽曲。
タイトルとは裏腹に、不安と曖昧さが支配する歌詞が印象的で、“正しさ”や“清潔さ”への不信がテーマ。
8. Another Way of Life
アルバムのクロージング。
破壊し尽くしたあとに残された、もうひとつの人生の可能性を見つめるような楽曲。
痛みを経た後の静けさ、あるいは新たな覚悟が垣間見える。
タイトル通り、これまでとは違う“在り方”を探す音楽になっている。
総評
『Last Building Burning』は、Cloud Nothingsが再び自らの構造を破壊し、ノイズ、怒り、即興性、そして混乱へと意図的に回帰したアルバムである。
『Life Without Sound』で見せた整った音像や構築性はここにはない。
代わりにあるのは、緊張と混沌、怒りと熱量の塊であり、Cloud Nothingsというバンドが再び“今この瞬間”に賭けた証拠である。
とりわけ本作は、“自分たちの限界”に向き合うプロセスそのものが刻まれたアルバムであり、完璧さではなく、剥き出しの音の存在感が何よりも重視されている。
聴きやすさはないかもしれないが、激情のままにしか表現できない音楽の力が、ここには確かにある。
Cloud Nothingsは、破壊のあとに新たな地平を見つけられるのか。
その問いを抱えながら、本作は**“焼け落ちた最後の建物”の残響**として、重く美しい音を鳴らしている。
おすすめアルバム(5枚)
- Cloud Nothings – Attack on Memory (2012)
ノイズと激情の原点。『Last Building Burning』の先祖ともいえる存在。 - METZ – Strange Peace (2017)
ノイズ・ロックの猛攻と洗練が共存する名作。攻撃性と音像が近似。 - Drive Like Jehu – Yank Crime (1994)
構造の中で爆発する激情。長尺曲の感覚が『Dissolution』と重なる。 - Protomartyr – Relatives in Descent (2017)
インダストリアルな空気とポストパンク的冷たさ。『The Echo of the World』に通じる美学。 -
Sonic Youth – Sister (1987)
ノイズと旋律、カオスとポップの均衡。Cloud Nothingsの音作りのルーツにある。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Last Building Burning』は、わずか8日間で録音されたという異例のスピードで制作されたアルバムである。
録音スタジオはテキサス州のSonic Ranch。オープンスペースと乾いた空気が、バンドに極限の集中力を与えた。
プロデューサーのRandall Dunnは、Cloud Nothingsを意図的に“追い込む”ような手法で録音を進め、演奏の荒さやミスすらそのまま生かすような録音哲学を貫いた。
バルディは本作を「自分たちが生きているという実感を取り戻すための記録」だと表現している。
つまり、『Last Building Burning』とは**“クラウド・ナッシングスという生命体の咆哮”**であり、音楽というよりも、“生きているという証明”そのものなのだ。
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