1. 歌詞の概要
「Ladybird(レディバード)」は、アイルランド・ゴールウェイ出身のドリームポップ/オルタナティヴロックバンド NewDad(ニューダッド) による2022年のシングルであり、恋愛における“痛み”と“執着”、そしてその裏にある“自己喪失”の感覚を淡くも鋭く描いた一曲である。
“Ladybird(てんとう虫)”という可愛らしいタイトルからは想像がつかないほど、この楽曲は切実で、情緒的に引き裂かれるような心の断片を、幻想的なサウンドのなかに封じ込めている。
それは、誰かに強く惹かれながらも、同時に自分を見失っていくような感覚――愛の中で壊れていく自己の描写に近い。
繊細に重なるギターリフ、重く沈むベースライン、そしてフロントウーマンである Julie Dawson の夢の中のようなボーカル。
これらすべてが、ひとつの関係に囚われていく心の輪郭をにじませながら、まるで崩れていく砂の城のような儚さを演出している。
2. 歌詞のバックグラウンド
NewDadは2018年に結成され、2020年代におけるインディー/ドリームポップの最注目株として急速に人気を拡大。
そのサウンドには The Cure や Wolf Alice、beabadoobee などの影響が色濃く見られるが、彼らが描く感情はより“内側へ”、つまり言葉にならない心の深部へと向かっている。
「Ladybird」は、Julieがかつて経験した恋愛と自己との葛藤にインスパイアされて書かれた曲であり、インタビューでは「愛することと、支配されることの境界線が曖昧になる瞬間があった」と語っている。
この曲は、相手の感情に合わせて自分を捻じ曲げていくことで、いつの間にか自分を見失ってしまうような愛のあり方に警鐘を鳴らすものでありながら、それでも離れがたい心の未練も同時に描かれているのが印象的だ。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“You hold me like I’m yours / But treat me like I’m nothing”
「あなたは私を自分のものみたいに抱きしめる/でも、何でもないもののように扱う」“You say you’re gonna change / I know that you won’t”
「君は変わるって言うけど/私は、そうじゃないってわかってる」“I’m losing myself again / And I kinda like it”
「また自分を見失ってる/でも、それがちょっと心地いいんだ」“Ladybird, won’t you fly away?”
「レディバード、飛び去ってくれないかな?」
歌詞のなかに繰り返し現れるのは、自分を粗末に扱う誰かへの依存と、その関係から抜け出せない葛藤。
そしてラストに現れる「Ladybird, won’t you fly away?」というフレーズには、もう一人の自分――自由になりたい“わたし”自身への願いが込められているように感じられる。
4. 歌詞の考察
「Ladybird」は、恋愛依存と自己喪失をテーマにした現代的ラブソングの傑作である。
特に印象的なのは、「I’m losing myself again / And I kinda like it」という一節。
本来であれば危険な兆候であるはずの“自己喪失”が、ここでは心地よささえ帯びているという逆説になっている。
この感覚は、強い愛や執着が時に“心の麻痺”として作用し、傷つけられている自分すら気持ちよく感じてしまうという危うさを的確に描き出している。
また、“Ladybird”という存在は、誰かを指しているようでいて、実は「私自身」のことではないかとも解釈できる。
「飛び去ってほしい」というのは、この関係から抜け出す勇気を持つ自分の心を呼び起こす祈りなのだろう。
音楽的にも、歪んだギターとドラムのミックスが感情のもつれを物理的に体現しており、その中に浮かぶボーカルはまるで“水中で話す声”のような距離感を持って響いてくる。
それは、誰にも届かない願いのようでもあり、自分自身にも届かない叫びのようにも聴こえる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- “Don’t Delete the Kisses” by Wolf Alice
恋愛の理想と現実が交錯する、ドリームポップ的感傷の名曲。 - “I Know the End” by Phoebe Bridgers
崩壊する関係性と自我を描いた壮大なエモーショナル・トラック。 - “Televised Mind” by Fontaines D.C.
支配と同調圧力をテーマにしたポストパンク。メッセージ性の強さがリンク。 - “Alaska” by Maggie Rogers
過去を脱ぎ捨てていく過程の音楽的旅路。内面の変化をサウンドで描く。 -
“She Plays Bass” by beabadoobee
憧れと自己形成が交錯するラブソング。無意識の執着と近い空気を持つ。
6. 自分を取り戻すための、もうひとつの名前
「Ladybird」は、愛に囚われた“わたし”が、自分自身に戻るための声を探す歌である。
その声は、時にかすれて、時に沈黙する。
でも、曲のラストに差しかかると、聴き手にはこう響いてくる——
**「私が誰かにとってのてんとう虫であるよりも、自分のために飛び立ちたい」**という決意の種のようなものが。
NewDadはこの曲で、崩壊の中にある美しさと、依存から目覚める直前の震えを見事に描いた。
「Ladybird」はその名の通り、羽ばたく直前の音楽なのかもしれない。
それはまだ飛べないけれど、
いつか飛び立つことを、
そっと予感させるような祈りと光を含んでいる。
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