
発売日:2015年9月18日
ジャンル:Math Rock / Experimental Rock / Post-Rock
概要
La Di Da Diは、Battlesが2015年に発表した3作目のスタジオ・アルバムである。Battlesは、元Don CaballeroのIan Williams、元HelmetのJohn Stanier、Dave Konopkaを中心に、ロック・バンドの形を保ちながら、反復、変拍子、ループ、電子音、複雑なアンサンブルを組み合わせてきたバンドである。デビュー作MirroredではTyondai Braxtonの加工されたボーカルも含めて、異様にカラフルな実験ロックを作り、続くGloss Dropではゲスト・ボーカルを招きながら、より開けたポップ感も見せた。本作ではそうした声の要素をほぼ取り払い、完全にインストゥルメンタルのアルバムとして構成されている。
本作の特徴は、楽器が人間的な感情を大きく語るというより、精密な機械の部品のように噛み合いながら、それでも妙に身体を動かすところにある。John Stanierのドラムは、正確で硬いが、単なるクリックに合わせた機械的な演奏ではない。スネアやシンバルの打点が曲の中に強い柱を立て、その周囲をギター、ベース、キーボード、サンプルの短いフレーズが回転する。Ian WilliamsとDave Konopkaの音は、普通のギター・リフというより、細かく切られた図形や信号のように配置されることが多い。
タイトルのLa Di Da Diには、意味のない鼻歌のような軽さがあるが、音楽そのものはかなり緻密である。ただし、難解さだけを聴かせる作品ではない。曲ごとに奇妙な弾み、ユーモラスな音色、踊れる反復があり、知的なパズルでありながら、体で反応できる余地も大きい。Battlesはここで、ロック、電子音楽、ミニマル・ミュージック、ファンク的なグルーヴを、歌なしで成立する独自のポップ・ミュージックとして組み立てている。
全曲レビュー
1. 「The Yabba」
「The Yabba」は、約7分をかけてゆっくり組み上がるオープニング曲であり、本作の設計思想を最初に示している。冒頭では音がまだ断片のように現れ、ドラムもすぐに全力で入るのではなく、曲の骨格を探るように進む。やがてギターやシンセの短いフレーズが重なり、同じ形が反復される中で、少しずつ巨大な構造物のようなグルーヴが立ち上がる。歌がないため感情を直接説明する声はないが、音の層が増えるたびに視界が広がり、最後には機械的でありながら祝祭的な高揚が生まれる。アルバムの入口として、Battlesの複雑さと楽しさを一気に提示する曲である。
2. 「Dot Net」
「Dot Net」は、前曲よりもコンパクトで、硬いリズムと細かい電子的なフレーズが前に出る。タイトルがインターネットやデジタルな接続を思わせるように、音も小さな信号が点滅しながらつながっていくように聞こえる。ドラムは直線的に曲を支えつつ、細かなアクセントで緊張を作り、ギターやキーボードはメロディを長く歌うより、短いパターンを何度も差し替えていく。曲全体には軽さがあるが、演奏の精度は高く、少しでもずれると崩れそうなバランスの上で成り立っている。アルバム序盤で、Battlesのデジタル感覚を分かりやすく見せる一曲である。
3. 「FF Bada」
「FF Bada」は、跳ねるリズムと奇妙な音色によって、どこかコミカルな表情を持つ曲である。ギターやシンセのフレーズは、普通のロックのリフというより、短い鳴き声や合図のように配置され、ドラムはその周囲をきっちり固定する。曲名の意味ははっきりしないが、その曖昧さも音の遊びに合っている。Battlesの音楽は複雑でありながら、決して真面目一辺倒ではなく、音の形そのものを面白がる感覚がある。この曲では、正確な演奏と少しふざけた音色が同時に動き、硬いのに軽妙なグルーヴが生まれている。
4. 「Summer Simmer」
「Summer Simmer」は、タイトルにある夏の熱が、じりじりと煮えるような反復として表れている。テンポは極端に速いわけではないが、ドラムの一定した動きとギターの細かい反復によって、熱が逃げずに曲の中に溜まっていく。明るいサマー・ソングのような開放感ではなく、暑い空気が部屋にこもり、音が少しずつ揺れて見えるような感覚がある。メロディは断片的だが、音色には妙な親しみやすさもあり、Battlesらしい抽象的なポップ感がにじむ。前半の中では、派手な展開よりも温度の持続で聴かせる曲である。
5. 「Cacio e Pepe」
「Cacio e Pepe」は、イタリア料理の名前をタイトルにした曲で、Battlesらしいユーモアが見える。曲そのものも、いくつかのシンプルな素材を組み合わせ、それを反復と配置の工夫で複雑に感じさせる作りになっている。ギターや鍵盤は短い粒のように跳ね、ドラムはその上で正確に拍を刻む。派手なメロディはないが、音が小刻みに出入りするため、聴いているとリズムの隙間に意識が向く。料理名の軽さとは裏腹に、演奏はかなり細かく制御されており、少ない素材で味を出すという意味では、タイトルと音楽がうまくつながっている。
6. 「Non-Violence」
「Non-Violence」は、タイトルの穏やかな言葉とは対照的に、曲の中には硬い緊張がある。ドラムの打撃は鋭く、ギターやシンセの音も柔らかく包むというより、角のある形で置かれる。とはいえ、攻撃的なロックとして爆発するのではなく、力を制御したまま反復を続けるところがこの曲の特徴である。非暴力という言葉を音に置き換えるなら、暴発しそうなエネルギーを構造の中に閉じ込める感覚に近い。アルバム中盤で、Battlesの演奏が持つ張りつめた身体性をはっきり感じさせる曲である。
7. 「Dot Com」
「Dot Com」は、「Dot Net」と対になるようなタイトルを持ち、アルバムのデジタルな側面を再び前に出す。音は細かく分割され、ギターやキーボードのフレーズが短い単位で繰り返されるため、曲全体がデータの流れのように動く。ドラムは人間が叩いていることが分かる強さを持ちながら、反復の精度によって電子音楽に近い感覚も生んでいる。曲の展開は大きな物語ではなく、同じパターンの中で少しずつ角度を変えるものだ。そのため、聴き手はメロディの起伏よりも、音の配置が変わる瞬間に楽しさを見つけることになる。
8. 「Tyne Wear」
「Tyne Wear」は、地名を思わせるタイトルを持ち、本作の中では少し景色の見える曲である。音の運びはやはり幾何学的だが、フレーズの重なり方にはどこか移動する感覚があり、無機質な実験だけではない広がりがある。ドラムは一定の足場を作り、ギターやシンセはその上に短い模様を描く。Battlesの曲では感情が歌詞で説明されないため、こうした音の方向感が曲の表情になる。ここでは、都市の構造や地図の上を移動しているような、少し冷たいが開けた印象が残る。アルバム後半へ向かう中で、空間の広がりを加える曲である。
9. 「Tricentennial」
「Tricentennial」は、300年という長い時間を思わせるタイトルに対し、音は未来的で、歴史というより時間のスケールを抽象的に扱っているように聞こえる。リズムは慎重に組まれ、ギターや電子音の反復が少しずつ積み上がる。曲には大きなサビがなく、代わりにパターンの重なりが時間の流れを作る。Battlesはここで、ロックの即効性よりも、ミニマル・ミュージックに近い持続の面白さを強めている。細部は乾いていて硬いが、長い反復の中で音がじわじわ変化していくため、聴き進めるほど奥行きが出てくる一曲である。
10. 「Megatouch」
「Megatouch」は、タイトル通り大きく触れるような、やや派手な手触りを持つ曲である。リズムは前へ押し出し、ギターやシンセのフレーズも比較的太く、アルバム後半に分かりやすい勢いを戻している。音の反復は相変わらず細かく組まれているが、ここでは構造の精密さより、身体に当たる感触が強い。ドラムの打撃が曲の中心にあり、周囲の音はそれに合わせて跳ねたり、引っかかったりする。インストゥルメンタルでありながら、ライブで演奏されたときの身体的な迫力が想像しやすい曲で、本作の中でもロック・バンドとしてのBattlesが強く出ている。
11. 「Flora > Fauna」
「Flora > Fauna」は、植物が動物に勝る、という記号的なタイトルがまず面白い。曲にも、有機的な成長と機械的な配置が同時にある。フレーズは短く規則的に反復されるが、その重なり方は少しずつ枝分かれする植物のようにも聞こえる。ドラムは硬い骨格を作り、ギターやシンセはその上で小さな葉のような音を増やしていく。タイトルの意味をそのまま説明する曲ではないが、生き物の分類を記号で並べるような冷たさと、音が増殖していく不思議な生命感が同居している。終盤に、Battlesの知的な遊びと有機的なグルーヴを結びつける曲である。
12. 「Luu Le」
ラストの「Luu Le」は、アルバムを大げさなクライマックスで閉じるのではなく、Battlesらしい奇妙な余韻の中で終わらせる。音は細かく、反復は保たれているが、どこか軽くほどけていくような感覚もある。ドラムは最後まで曲を支えるが、ギターや電子音の響きには、ここまで積み上げてきた構造物が少しずつ分解されていくような印象がある。歌詞がないため明確な結論は示されないが、音の配置が変わることで、アルバム全体の遊び心と緻密さが最後にもう一度浮かび上がる。終曲として、解決よりも次の実験へ向かう余白を残している。
総評
La Di Da Diは、Battlesがインストゥルメンタル・バンドとしての強みを徹底したアルバムである。Mirroredのような声の異物感や、Gloss Dropのゲスト・ボーカルによるカラフルな開放感はここにはない。その代わりに、ドラム、ギター、ベース、キーボード、サンプルが、ほとんど建築物のように配置されている。歌がないぶん、メロディの分かりやすい入口は少なくなるが、音の反復や打点の変化に集中すると、曲ごとの表情はかなり豊かである。
本作の中心にあるのは、正確さと遊びの共存である。Battlesの演奏は非常に緻密で、リズムやループの組み合わせは簡単には真似できない。しかし、その精密さは冷たい技巧自慢だけにはならない。音色にはしばしばユーモアがあり、曲名にも軽い冗談や記号的な面白さがある。数学的に組まれた音楽でありながら、どこか変な踊りを誘うような親しみやすさが残っている。ここがBattlesの独自性であり、単なるマスロックや実験音楽に収まらない理由である。
ドラムの役割も非常に大きい。John Stanierの演奏は、複雑な音の中で聴き手が迷わないための柱になっている。彼のドラムは、細かく叩きすぎて全体を埋めるのではなく、大きな打点を明確に置くことで、奇妙なフレーズの反復に身体的な重さを与える。そのため、ギターやシンセがどれだけ抽象的に動いても、曲は完全には宙に浮かない。ロック・バンドとしての肉体性と、電子音楽的な構造感がそこでつながっている。
一方で、La Di Da DiはBattlesの作品の中でも、聴き手を選ぶアルバムでもある。ボーカルや明確な歌詞がないため、曲の感情やテーマを言葉でつかみたい人には距離があるかもしれない。また、反復が多く、音色の質感も一貫しているため、アルバム全体を通して聴くと均質に感じる場面もある。それでも、本作はインストゥルメンタルであることを弱点ではなく、音そのものの動きに集中させる強みに変えている。La Di Da Diは、Battlesが声に頼らず、ロック・バンドの演奏を幾何学的で踊れる機械へ変えた、精密で奇妙に楽しいアルバムである。
おすすめアルバム
Mirrored by Battles
Battlesのデビュー作で、加工されたボーカルと複雑な演奏が強烈に結びついた代表作である。La Di Da Diのインスト志向と比べると、初期の異様なポップ感がよく分かる。
Gloss Drop by Battles
Tyondai Braxton脱退後の作品で、ゲスト・ボーカルを迎えながらカラフルな実験ロックを展開している。La Di Da Diへ向かう前の、開かれたBattlesを聴ける一枚である。
American Don by Don Caballero
マスロックの重要作で、複雑なギターとドラムの絡みが緊張感を生んでいる。Battlesより硬派で乾いているが、精密なロック・アンサンブルの源流として関連が深い。
TNT by Tortoise
ポストロック、ジャズ、電子音楽を穏やかに混ぜた作品である。Battlesほど派手な打撃はないが、インストゥルメンタルで音の配置と反復を楽しませる点に共通する魅力がある。
Drums and Guns by Low
ミニマルな反復、電子的な質感、限られた音数で緊張を作る作品である。Battlesとは感情の温度がまったく違うが、少ない要素を反復させて独自の空間を作る点で響き合う。

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