発売日: 1988年8月9日
ジャンル: パンクロック、グランジ、ハードコア・パンク
概要
『L7』は、ロサンゼルス出身のバンドL7が1988年に発表したデビュー・アルバムであり、のちに“グランジの女王たち”と称される彼女たちの原点を刻んだ、荒削りで痛快なパンク・アルバムである。
この作品は、バンドの中心人物であるドニータ・スパークスとスージー・ガードナーが、初期ハードコアやガレージパンクからの強い影響を露骨に打ち出した一枚であり、のちの『Bricks Are Heavy』(1992)の重厚かつ洗練されたサウンドとは異なる、DIY精神と反骨のエネルギーに満ちたラフな質感が特徴である。
当時、フェミニズムやライオット・ガール運動とはまだ明確に結びついていなかったが、このデビュー作に込められた怒り、挑発、ユーモアは、90年代以降の女性パンクに明らかな影響を与えた。
全曲レビュー
1. Bite the Wax Tadpole
奇妙でアヴァンギャルドなタイトルに象徴されるように、開始から混沌と暴力的なリズムが炸裂。
原始的なガレージサウンドに、鋭く皮肉な歌詞が乗る。
2. Cat-O’-Nine-Tails
“鞭打ち”を意味するタイトル通り、暴力性と性的メタファーが交差するハードコア・チューン。
疾走感とシャウトの激しさがL7の原型を感じさせる。
3. Unsure
テンポをやや落としたミディアム・ナンバー。
不安定な自己意識と怒りが混ざったリリックが印象的。
4. Let’s Rock Tonight
クラシックなパンク・スローガンを引用したようなタイトルだが、サウンドはむしろスラッジに近い重量感。
“ロックする”という行為の痛みと快感を描くようなトラック。
5. Snake Handler
蛇使いという不穏なモチーフと、サイケがかったギターサウンドが融合。
ライブでも映える、グルーヴィーかつスリリングな構成。
6. Runnin’ from My Baby
ブルージーなリフとともに展開する逃避の歌。
歌詞はシリアスだが、どこかユーモラスな語り口がL7らしい。
7. Walkin’ the Dog
Rufus ThomasのR&BクラシックをL7流にカバー。
荒くれたパンク・ファンクへの再構築が、バンドの“何でもあり”の精神を表す。
8. T. And A.
性とジェンダーを巡る言葉遊びが散りばめられた曲。
性的表象を反転し、バンド自身の姿勢をアイロニカルに表明している。
9. Busted
シンプルでストレートなパンク・ソング。
破壊的なギターと怒鳴るようなボーカルで突き進む、最も原始的なL7。
10. Right on Thru
アルバムのラストにふさわしい、ノイズとスピードの応酬。
“通り抜けていけ”というメッセージが、シンプルなサウンドに焼き付けられている。
総評
『L7』は、グランジ・ムーブメント以前に生まれた女性主導のパンクバンドの貴重な初期衝動をそのまま刻みつけた作品である。
音の構造はシンプル、演奏は粗削り。
だがそのすべてが、“整ったロック”への拒否であり、“女性らしさ”という既成概念への挑発なのだ。
ここには、技術や完成度よりも、怒りとジョークと汗に塗れたリアリティがある。
のちにメジャー契約を勝ち取り、ニルヴァーナやホールと並び語られるようになる彼女たちの、その出発点は、あまりに雑で、だからこそ自由だった。
おすすめアルバム
- Babes in Toyland / Spanking Machine
ラフで攻撃的な女性パンクの系譜としてL7と共振する名作。 - The Slits / Cut
女性によるパンクの原型。DIYと反抗の美学を共有。 - Hole / Pretty on the Inside
L7と同時代・同じ空気を共有する、荒削りで凶暴なデビュー作。 - Bratmobile / Pottymouth
のちのライオット・ガールに接続するフェミニスト・パンクの決定盤。 - Sonic Youth / Confusion Is Sex
実験的ノイズとポストパンクの交差点で、L7の無秩序と重なる部分がある。
ファンや評論家の反応
本作は当時ほとんど話題に上らず、批評家からも大きな注目を浴びることはなかった。
しかし後年、「これがなければ『Bricks Are Heavy』の爆発もなかった」と再評価され、
特に女性パンクやグランジの系譜を語るうえでの“原点回帰”的な価値を持つようになる。
L7というバンドが、単なる“女性版グランジ”ではなく、ロサンゼルスの地下から這い上がったDIY精神の体現者であることを、このアルバムは静かに物語っている。
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