イントロダクション
ブリリアントなグラム・ロックの肌触りと、ベッドルーム・ポップのざらつき。
King Princess(本名ミカエラ・ストラウス)は、その相反する質感を同一平面に貼り合わせ、ジェンダーとアイデンティティを軽やかに超えていく存在だ。
2018年のデビュー曲「1950」はレズビアン・ラヴソングの新定番となり、2022年の2ndアルバム『Hold On Baby』では内省とカタルシスが洪水のように溢れ出た。
本稿では、ブルックリン生まれの彼女がいかにして“クィア・ロック・ヒロイン”へと成長したのか、その歩みを振り返りつつ音楽的魅力を紐解く。
アーティストの背景と歴史
1998年、NYブルックリンのレコード工房に生まれたミカエラは、幼少期から父親のスタジオで70年代ロックとゴスペルを浴びて育った。
12歳でレコード会社のスカウトを受けるが、アーティスト主導の制作を望み契約を辞退。
高校卒業後はLAへ渡り、Mark Ronson主宰レーベルZeligと合流。「1950」を含むEP『Make My Bed』(2018)が全米のクィア・コミュニティに火をつけ、デビュー早々に主要フェスへ招かれる。
2019年の1st『Cheap Queen』は自宅録音の親密さとグラム的華やぎを同居させ、ローリングストーン誌から“ポップのアウトサイダーが王道へ進撃した瞬間”と評された。
2022年、制作陣にEthan GruskaやAaron Dessnerを迎えた『Hold On Baby』を発表。パンデミック下の焦燥と愛の再定義を高密度なサウンドで描き、翌年のツアーではフロアをレインボーフラッグで染め上げた。
2025年現在、サードアルバム『Sacred Machines』を制作中とされ、プロデューサーにSt. Vincentを迎えた“ハードグラム×インダストリアル”路線が噂されている。
音楽スタイルと影響
King Princessのトラックは、ゴスペル譲りのコード進行とグラム・ロックの強烈なスネアを軸に、ローファイなサンプリングやシンセパッドをレイヤーする手法が特徴だ。
曲構成はポップの王道を踏襲しつつ、Bメロで拍子をずらしたり、突然ギターを全止めした“無音1小節”を挿入して聴覚を揺さぶる。
影響源として彼女自身が挙げるのはDavid Bowie、Prince、Fiona Apple、そして椎名林檎。
そこへブルックリン育ちのインディーR&B感覚が染み込み、性愛とユーモアが同じ分量で共存する。
代表曲の解説
1950
デビュー曲にして代表作。
ドゥーワップ調のコーラスと現代R&B的808キックが同居し、1950年代の秘めた恋へのオマージュを現代のヴァイブで再構築した。
Pussy Is God
ドリーミーなリバーブの奥でベースがうねり、女性主体の性愛を祝福するリリックが話題に。
ライブでは曲名が表示されたネオンサインとともに観客が大合唱するハイライトだ。
Prophet
スプラッシュシンバルの連打とアリーナ級ギターリフが高揚を誘う。
ファンとアーティストの距離をテーマにしつつ、恋愛の消費構造を痛烈に皮肉る。
Little Bother (with Fousheé)
『Hold On Baby』期のメロウサイド。
ハーフタイムビートと囁きヴォーカルが夜更けの独白を演出し、Fousheéのハイトーンが切なさを増幅させる。
アルバムごとの進化
年 | タイトル | 特徴 |
---|---|---|
2019 | Cheap Queen | DIYビートとグラム美学の融合。自身のクィアアイデンティティを祝祭的に提示 |
2022 | Hold On Baby | ロックギターとエレクトロの交錯。内省的テーマが増し、ボーカルのレンジも拡張 |
2025 (予定) | Sacred Machines | インダストリアルノイズと70sグラムの邂逅。精神性と身体性を同時に揺さぶる作品と噂 |
影響を受けたアーティストと音楽
・David Bowie/T. Rex――変身願望とグラムの演劇性
・Fiona Apple――赤裸々なセルフリフレクション
・Prince――ジェンダーフルイドなパフォーマティヴィティ
・椎名林檎――和洋折衷コードと文学的比喩
これらを等身大の言語感覚でミックスし、「クィアの視点から再発明されたグラム・ポップ」を打ち立てた。
影響を与えたシーン
King Princess以降、米インディー~ポップ界では“クィア・グラム”を掲げるアクトが急増。
とりわけGirl in RedやClaudといった同世代が、ギターリフとR&Bビートを跨ぐ手法やセルフラブを讃えるリリックで追随している。
また、ハイファッションブランドは彼女のユニセックス・スタイリングを参照し、ランウェイにグラム期Bowie色のメイクを再燃させた。
オリジナル要素
- ステージ上での“ギター・スワップ”
アンコール前に観客席へ降り、ファンとギターを交換して即興セッションを行う演出が名物。 - “Handwritten Lyric Tattoo”企画
シングル発売ごとに手書き歌詞をNFT化。購入者の肌に同デザインを無償タトゥーするイベントを開催。 - クィア・ユース支援基金
グッズ売上の15%を若年LGBTQ+向けシェルターへ寄付し、寄付状況をリアルタイム公開。
まとめ
King Princessの音楽は、70年代グラムの派手な羽根飾りと、ベッドルームで独り抱える寂しさを同じカンヴァスに描く。
その響きは、聴く者のジェンダーやセクシュアリティをやわらかく解きほぐし、“自分のまま踊れる場所”を指し示す。
次章『Sacred Machines』で彼女が鳴らす新たな衝撃に備え、今宵もまたヘッドホンの中で小さなグラムショーを開こう。
コメント