
1. 歌詞の概要
Kid は、スウェーデンのオルタナティブロック/インディーポップ・バンド、The Wannadiesが1994年に発表した楽曲である。
収録アルバムは、バンドの3作目にあたる Be a Girl。Apple Musicでは、Be a Girl は1994年11月25日リリース、全11曲のアルバムとして掲載されており、Kid は11曲目、つまりアルバムの最後に置かれている。(Apple Music)
この曲の中心にあるのは、子どものように無数の夢を抱くことと、その夢が現実の中で少しずつ形を変えていく感覚である。
タイトルは Kid。
直訳すれば「子ども」「少年/少女」「若者」。
歌詞の語り手は、冒頭から「すべてになりたい」と歌う。
夢は少なくとも百万個ある。
フットボールスターになりたい。
左利き用のギターを弾きたい。
自分と相手のための場所がほしい。
この最初の数行だけで、曲の空気は一気に広がる。
子どもの頃の夢は、整合性がない。
スポーツ選手になりたい。
ミュージシャンになりたい。
誰かと一緒に暮らしたい。
どれも本気で、どれも少し無茶で、どれも同時に存在している。
Kid は、その無茶なまぶしさを歌っている。
ただし、この曲は単なる無邪気な夢の歌ではない。
歌詞を進めると、語り手は「But I’m a kid」と繰り返す。
自分は子どもだ。
だから、まだ何者にもなれていない。
だからこそ、何にでもなれる気がする。
でも同時に、子どもであることは無力さでもある。
この二面性が、曲の核にある。
子どもであることは自由だ。
夢を見る権利がある。
未来を全部自分のもののように感じられる。
しかし、子どもであることは、まだ世界に対して小さく、未完成で、誰かに認めてもらわなければならない状態でもある。
Kid は、その明るさと不安の境目を、The Wannadiesらしいギターポップの音で鳴らしている。
サウンドは、90年代北欧インディーポップらしい透明感と、オルタナティブロックの歪みを持っている。
甘いメロディ。
少しざらついたギター。
真っ直ぐで、少し鼻にかかったようなボーカル。
そこに、青春の高揚と頼りなさが同時にある。
The Wannadiesは、後に You & Me Song のヒットによって国際的にも知られることになる。
Be a Girl は、その代表曲を含むアルバムであり、Might Be Stars や How Does It Feel? などのシングルも収録している。Wikipediaのアルバム情報では、Be a Girl は1994年10月リリースのサードアルバムで、スウェーデンのアルバムチャートで34位に達したこと、You and Me Song や Might Be Stars などのシングルを含む作品であることが記載されている。(Wikipedia)
Kid は、そのアルバムの最後に置かれている。
つまり、アルバム全体の甘酸っぱいギターポップの流れを締めくくる曲として、非常に象徴的である。
恋愛、憧れ、スターになりたい夢、若さの焦り。
それらを最後に「僕/私はまだキッドなんだ」とまとめるような曲だ。
Kid は、子どもであることを、ただ未熟さとしてではなく、まだ世界が広すぎる状態として描いている。
それは、少し恥ずかしく、少し切なく、そしてかなり美しい。
2. 歌詞のバックグラウンド
The Wannadiesは、スウェーデン北部のシェレフテオ出身のバンドである。
中心メンバーには、Pär Wiksten、Christina Bergmark、Stefan Schönfeldt、Fredrik Schönfeldt、Gunnar Karlsson、Björn Segnestamらがいる。
彼らの音楽は、90年代スウェーデンのインディーポップ/オルタナティブロックの中でも、非常にキャッチーで、メロディの甘さが際立っていた。
アメリカやイギリスのグランジ/ブリットポップの影響圏にありながら、The Wannadiesの曲には北欧らしい明るさ、少し冷えた空気、そして突き抜けたポップ感がある。
Be a Girl は、彼らにとって大きな転機となったアルバムである。
このアルバムはスウェーデンで1994年にリリースされ、その後1995年にイギリスでも広く展開された。ポルトガル語版Wikipediaのバンド解説では、Be a Girl は1994年にスウェーデンでSnapからリリースされ、1995年にイギリスのIndolent Recordsから初めてリリースされた作品として紹介されている。また Might Be Stars と You and Me Song がすぐにヒットし、後者は1996年の映画 Romeo + Juliet のサウンドトラックにも参加したことが説明されている。(Wikipedia)
この流れの中で、The Wannadiesはスウェーデン国内のバンドから、英国インディー/オルタナティブリスナーにも届く存在へと広がっていく。
Be a Girl は、ギターポップとして非常に完成度が高い。
You & Me Song のような一瞬で耳に残るアンセム。
Might Be Stars のようなキラキラした憧れ。
How Does It Feel? のような軽快さ。
そして、最後に置かれた Kid のような、夢と未完成さの歌。
このアルバムは、若さを理屈で説明するのではなく、音そのもので鳴らす作品だと思う。
Kid は、その中でも「若さそのもの」をタイトルにした曲である。
Apple Musicの楽曲ページでは、Kid の作曲者としてPär Wikstenが記載されている。(Apple Music)
Pär WikstenはThe Wannadiesの中心的なソングライター/ボーカリストであり、彼の書くメロディには、無邪気さとメランコリーが同時にある。
Kid の歌詞にも、その特徴がよく出ている。
夢を歌っているのに、完全に楽観的ではない。
「すべてになりたい」と言うのに、その言葉は少し無理をしているようにも聞こえる。
百万個の夢があると言うことは、ひとつに決められないということでもある。
何者にもなれる気がする一方で、まだ何者でもない。
この感覚は、若さの本質に近い。
10代や20代前半の頃、人は未来に対して過剰に開かれている。
それは希望でもある。
でも、同時に不安でもある。
何にでもなれると言われる。
でも、実際には何を選べばいいか分からない。
何者かになりたい。
でも、今の自分はまだ小さい。
夢はたくさんある。
でも、現実はまだ手元にない。
Kid は、その状態を非常にシンプルな言葉で歌っている。
The Wannadiesの音楽が魅力的なのは、こうした不安を重くしすぎないところだ。
ギターは明るい。
メロディは飛び跳ねる。
声は少し笑っているようにも聞こえる。
だから、歌詞にある未完成さが、悲劇ではなく、青春の勢いとして鳴る。
3. 歌詞の抜粋と和訳
歌詞の全文は著作権で保護されているため、ここでは短い範囲で抜粋する。
歌詞の確認にはSpotifyの楽曲ページなどを参照できる。Spotifyでは冒頭歌詞として、「I want to be everything」「I have at least a million dreams」から始まる歌詞が掲載されている。(Spotify)
I want to be everything
和訳:
僕はすべてになりたい
この一節は、子どもの夢の大きさをそのまま表している。
何かひとつになりたい、ではない。
すべてになりたい。
これは現実的には不可能だ。
でも、子どもや若い心にとっては、とても自然な願いでもある。
まだ世界の広さを全部知らないからこそ、全部を欲しがれる。
まだ限界を知らないからこそ、すべてになりたいと言える。
この無謀さが、曲の始まりに光を与えている。
I have at least a million dreams
和訳:
少なくとも百万個の夢がある
このフレーズも、非常にThe Wannadiesらしい。
「たくさん」ではなく、「少なくとも百万個」。
大げさで、子どもっぽく、少し笑える。
でも、その大げささが本気なのだ。
若い頃の夢は、数えきれない。
昨日はミュージシャンになりたかった。
今日はスポーツ選手になりたい。
明日はどこか遠い国へ行きたい。
その全部が同時に存在する。
この「百万個の夢」は、可能性の多さであると同時に、まだ選べない心の混乱でもある。
I want to be a football star
和訳:
フットボールスターになりたい
ここで、夢は急に具体的になる。
スターになりたい。
しかもフットボールスター。
誰もが見てくれる存在。
拍手される存在。
身体を使って世界に認められる存在。
子どもの夢として非常に分かりやすい。
The Wannadiesのスウェーデン的な文脈を考えると、サッカーは非常に身近なスポーツであり、このフレーズは日常の夢として自然に響く。
And play a left-handed guitar
和訳:
それから左利き用のギターを弾きたい
この一節がとてもいい。
フットボールスターになりたい。
そして左利きのギターを弾きたい。
夢がつながっていない。
でも、それが子どもらしい。
スポーツと音楽。
スター性と個性。
身体の才能と表現の才能。
その両方を欲しがっている。
しかも「left-handed guitar」という具体性がある。
普通のギターではなく、左利き用のギター。
少し違う。
少し特別。
自分だけの形で音を出したいという願いにも聞こえる。
I want a place for me and you
和訳:
僕と君のための場所がほしい
ここで、曲は夢のリストから、急に親密な方向へ移る。
スターになりたい。
ギターを弾きたい。
そして、君と僕の場所がほしい。
これはとても重要だ。
語り手が本当に求めているのは、名声や才能だけではない。
誰かと一緒にいられる場所でもある。
夢の中心には、他者がいる。
「me and you」という小さな世界がある。
引用元:Spotify, Kid by The Wannadies
収録作:Be a Girl
リリース:1994年
作詞作曲:Pär Wiksten
歌詞著作権:各権利者に帰属
4. 歌詞の考察
Kid の歌詞で最も重要なのは、夢を見ることの明るさと、まだ子どもであることの頼りなさが同時に描かれているところである。
この曲の語り手は、非常に欲張りだ。
すべてになりたい。
百万個の夢がある。
フットボールスターになりたい。
左利きのギターを弾きたい。
自分と相手の場所がほしい。
これは、あまりにも多い。
でも、若さとはそういうものでもある。
未来にまだ線が引かれていない。
だから、あらゆる可能性を抱え込める。
自分が何者かまだ分からない。
だから、何者にもなれる気がする。
Kid は、その状態を肯定している。
ただし、曲は完全な能天気さだけではない。
「But I’m a kid」という反復には、少しの諦めもある。
自分はまだ子どもだ。
夢はあるけれど、実現する力はまだ足りない。
何でも欲しいけれど、世界はまだ大きすぎる。
大人になりたいけれど、大人にはなりきれない。
この「まだ」の感覚が、曲を切なくしている。
子どもであることは、自由でもある。
同時に、制限でもある。
何にでもなれると信じられる。
でも、まだ何にもなれていない。
世界を変えたい。
でも、今はまだ小さい。
愛する人のための場所がほしい。
でも、その場所をどう作ればいいか分からない。
この矛盾が、Kid の心臓部にある。
また、歌詞の中で夢がバラバラに並ぶことも重要だ。
フットボールスターと左利きのギター。
名声と音楽。
スポーツとロック。
そして恋人との場所。
これは、普通の大人の思考なら整理したくなる。
何になりたいのか、ひとつに決めなさい。
将来の計画を立てなさい。
現実的に考えなさい。
しかし、Kid は整理しない。
それがいい。
子どもの夢は、矛盾していていい。
一貫性がなくていい。
むしろ、その一貫性のなさが、未来の広がりを示している。
この曲は、夢を大人の計画に変える前の状態を保存している。
The Wannadiesのメロディも、その感覚にぴったり合っている。
彼らの曲には、いつも少し過剰な明るさがある。
しかし、その明るさは底抜けではない。
ギターの歪みやボーカルの切実さによって、少し影が入る。
Kid でも、メロディはポップで開放的だ。
でも、歌詞の中には自分がまだ子どもであることへの不安がある。
そのバランスが、90年代インディーポップの美しさだと思う。
90年代のオルタナティブロックには、若さの怒りや疎外感を重く鳴らす音楽も多かった。
一方で、The Wannadiesのようなバンドは、若さの未完成さを明るいメロディで鳴らした。
Kid は、そうした北欧インディーポップの魅力がよく出ている。
爽やかで、少し青く、でも胸の奥に残る。
晴れた日に聴ける。
でも、よく聴くと少し泣きそうになる。
この曲の「kid」は、単なる年齢ではない。
誰の中にも残っている、何にでもなりたい部分のことだ。
大人になっても、完全には消えない部分。
百万個の夢を抱えたまま、現実にはひとつの人生しか選べないことに気づいていく部分。
だから、この曲は若い人の歌でありながら、大人にも響く。
大人になったあとで聴くと、かつて自分にもあった「全部になれる気がしていた感覚」を思い出させる。
そして、その多くが実現しなかったことも思い出す。
でも、それは悲しいだけではない。
夢を見ていたことそのものが、美しかったのだと感じられる。
Kid は、その記憶を鳴らす曲である。
5. この曲が好きな人におすすめの曲 5曲
- You & Me Song by The Wannadies
The Wannadies最大級の代表曲であり、Be a Girl に収録された楽曲である。のちにBaz Luhrmann監督の Romeo + Juliet のサウンドトラックにも使用され、バンドを国際的に知らしめるきっかけになった。Bagsy Me の解説でも、同曲が Romeo + Juliet への使用によって名声を高めたことが説明されている。(Wikipedia)
Kid の「僕と君のための場所がほしい」という感覚が好きなら、You & Me Song の一直線な恋愛の高揚は必ず響く。
- Might Be Stars by The Wannadies
Be a Girl 収録曲で、アルバムを代表するシングルのひとつである。Wikipediaの Be a Girl ページでも、Might Be Stars は同作のシングルとして記載されている。(Wikipedia)
Kid の「スターになりたい」という憧れに対して、こちらはタイトルからして星やスター性を感じさせる曲だ。甘いメロディとギターの勢いが、The Wannadiesらしい。
- How Does It Feel?
Be a Girl からのシングルのひとつで、同アルバムのポップな勢いを示す曲である。(Wikipedia)
Kid よりも軽快で、問いかけるようなタイトルが印象的。The Wannadiesの明るく少し切ないギターポップをさらに楽しめる。
- Alright by Supergrass
90年代の若さをそのままアンセムにしたような曲である。Kid の「まだ子どもで、でも未来が全部ある」感覚が好きな人には、Supergrassの Alright の無邪気で少し馬鹿げた青春感もよく合う。イギリス的な勢いが強いが、精神は近い。
- Girls & Boys by Blur
The Wannadiesとは少し違うブリットポップの文脈だが、90年代の若さ、欲望、ポップな皮肉を味わうには相性が良い。Kid の純粋な夢見心地に対して、Girls & Boys はもっと都会的で皮肉っぽいが、同じ時代のギターポップの空気を共有している。
6. 百万個の夢を抱えたまま、まだ何者でもないことの美しさ
Kid の特筆すべき点は、「子どもであること」を、ただの未熟さではなく、可能性が多すぎる状態として描いているところにある。
この曲の語り手は、何者でもない。
でも、何にでもなりたい。
それは、若さの特権である。
大人になると、人生はだんだん具体的になる。
仕事がある。
住む場所がある。
人間関係がある。
責任がある。
できることとできないことが見えてくる。
それは悪いことではない。
でも、そのぶん、百万個の夢を同時に抱えることは難しくなる。
Kid は、その前の時間を歌っている。
まだすべてになりたいと言える時間。
フットボールスターにも、ギタリストにも、誰かの恋人にもなりたい時間。
夢の種類がバラバラでも気にしない時間。
この曲を聴くと、若さとは計画ではなく、散らかりなのだと思う。
夢が散らかっている。
感情が散らかっている。
自分が何者かも定まっていない。
でも、その散らかりの中に、ものすごいエネルギーがある。
The Wannadiesは、そのエネルギーをとても軽やかに鳴らす。
Kid は、説教しない。
「夢を追え」とも、「現実を見ろ」とも言わない。
ただ、「僕はすべてになりたい」「百万個の夢がある」「でも僕はキッドなんだ」と歌う。
それだけで十分なのだ。
この曲の美しさは、結論を急がないところにある。
夢は叶うのか。
フットボールスターになれるのか。
左利きのギターを弾けるのか。
君と僕の場所は見つかるのか。
曲は答えない。
なぜなら、Kid は答えの曲ではなく、始まりの曲だからである。
まだ決まっていないこと。
まだ選んでいないこと。
まだ何者でもないこと。
その状態そのものを歌っている。
現代では、若い人にも早く答えが求められる。
将来の目標。
キャリアの計画。
自分らしさ。
人生の方向性。
でも、本当は、何者でもない時間にも価値がある。
自分が何になりたいのか分からない。
でも、何かになりたい。
夢だけはたくさんある。
その状態は、不安定だが、決して空っぽではない。
Kid は、その不安定な豊かさを教えてくれる。
また、「I want a place for me and you」という言葉があることで、この曲はただの自己実現ソングにはならない。
語り手は、自分だけの成功を望んでいるわけではない。
誰かと一緒にいられる場所を欲しがっている。
ここがとても重要だ。
子どもの夢は、個人的な野心だけではできていない。
認められたい。
有名になりたい。
才能を持ちたい。
でも同時に、誰かと一緒にいたい。
愛されたい。
自分と相手のための小さな場所がほしい。
Kid は、その両方を抱えている。
スターになりたいという大きな夢と、君と僕の場所がほしいという小さな夢。
どちらも同じくらい大切なのだ。
このスケールの差が、曲をかわいらしく、同時に切なくしている。
The WannadiesのBe a Girlというアルバムの最後にこの曲が置かれていることも、意味深い。
アルバム全体には、恋愛、憧れ、ポップな高揚、少しひねくれたギターサウンドが詰まっている。
その最後に、Kid が来る。
まるで、アルバムのすべての感情を「でも、僕らはまだ子どもなんだ」と言って締めくくるようである。
それは逃げではない。
むしろ、正直な認識だ。
自分たちはまだ未完成だ。
でも、だからこそ歌える。
だからこそ、こんなに大きな夢を歌える。
The Wannadiesのポップソングには、いつもこの未完成さの輝きがある。
完璧に大人びていない。
洗練されすぎていない。
少し青く、少し雑で、でもメロディはとびきり甘い。
Kid は、その魅力がよく出た曲だ。
大人がこの曲を聴くと、少し胸が痛むかもしれない。
「すべてになりたい」と思っていた頃の自分を思い出すからだ。
百万個の夢が、いつの間にか数個に減り、そのうちいくつかは諦め、いくつかは形を変えた。
それは自然なことだ。
でも、この曲は、その過去の自分を笑わない。
むしろ、その夢見がちな自分を抱きしめる。
フットボールスターになりたい。
左利きのギターを弾きたい。
君と僕の場所がほしい。
そんな無邪気な願いを、馬鹿にせず、きらきらしたギターポップにしている。
それが Kid の優しさである。
この曲は、若さを美化しているかもしれない。
でも、その美化は悪くない。
なぜなら、若さには本当にそういう光があるからだ。
まだ何者でもないこと。
まだ世界の大きさを知らないこと。
まだ夢を減らさなくていいこと。
その状態は、あとから振り返ると、少し眩しすぎるくらい美しい。
Kid は、その眩しさを、短い言葉と明るいメロディで保存している。
The Wannadiesの Kid は、子どもであることの歌であり、夢を持ちすぎていることの歌であり、まだ何者でもないことを恐れながらも楽しむ歌である。
百万個の夢を抱えたまま、世界の前に立っている。
その姿が、少し頼りなく、でもとても美しい。

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