1. 歌詞の概要
「Juicebox（ジュースボックス）」は、The Strokes（ザ・ストロークス）が2005年に発表した3rdアルバム『First Impressions of Earth』からの先行シングルであり、それまでの作品とは明確に異なる、攻撃的で衝動的なサウンドとエモーションを放つ楽曲である。
この曲の中心にあるのは、欲望と不安、承認欲求と孤独感。
語り手は、“自分は好かれていない”という確信にも似た不信感を抱えつつ、皮肉と自嘲を織り交ぜながら、その感情を爆発寸前のエネルギーで吐き出していく。
「君は僕のことなんか好きじゃない」──この一言が、曲全体の核心であり、あらゆる展開の根源になっている。
その感情は恋愛関係に限定されるものではなく、都市生活のなかでの疎外感や、現代人が抱える“自分の価値への不安”を含んでいるようにも思える。
自己顕示と拒絶が同時に語られ、ロックンロールの形を借りて、ほとんど獣のように叫ばれるこの楽曲は、The Strokesが最も生々しく、暴力的だった瞬間を記録したものである。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Juicebox」は、The Strokesが2001年〜2003年の“クールで洗練された”スタイルを脱し、よりダークで複雑な音楽性を追求しはじめた時期の代表作である。
『First Impressions of Earth』はその転換点であり、この曲はバンド史上初のUKトップ10入りを果たした商業的にも成功したシングルとなった。
制作においては、ギタリストのニック・ヴァレンシが中心となって書いたベースリフから発展したと言われており、そのベースラインはヘヴィで緊張感に満ち、どこかゴス・ロックやポスト・ハードコアの影響すら感じさせる異質な響きを放っている。
ボーカルのジュリアン・カサブランカスも、本作では明らかにトーンを変えている。過去作で見られたフィルター越しのぼやけた歌声ではなく、よりはっきりとした“怒りと不満を剥き出しにしたシャウト”が特徴的で、彼のパフォーマンスにおける転機とも言える。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Juicebox」の印象的な一節を抜粋し、和訳とともに紹介する。
I said I can’t take it any more
もうこれ以上は耐えられないって言っただろYeah, I really like it
それなのに──本当はけっこう気に入ってるんだYou’re so cold
君は本当に冷たいよなYou’re so cold
そう、まるで氷のようだYou don’t know me
君は僕のことなんて、何も分かっちゃいないYou’re so cold
それでも、君は何も変わらない
出典：Genius – The Strokes “Juicebox”
4. 歌詞の考察
この曲の語り手は、明らかに追い詰められている。
恋愛関係にあるようでいて、実際には相手との間に深い隔たりがあり、それを認めたくないまま衝動的な言葉が吐き出されていく。
「耐えられない」と言いながら「でも気に入ってる」と矛盾を口にするように、愛と嫌悪、承認欲求と劣等感が、同時に存在しているのだ。
そして繰り返される「You’re so cold（君は冷たい）」というラインは、感情を持たないように見える相手への苛立ちであると同時に、自分自身が“感情的になりすぎている”ことへの自己嫌悪の裏返しでもある。
つまりこれは、通じ合えないことを知りながら、それでも執着してしまう人間の弱さを剥き出しにした楽曲なのだ。
音楽的にも、リズムが激しく揺れ、ギターが切り裂くように絡む中、ジュリアンのヴォーカルは痛々しいほど情熱的でありながら、どこか感情を持て余しているように聴こえる。
それはまさに“好きなのに伝えられない”“嫌いになりたいのに好き”という歪んだ愛情の体現である。
※歌詞引用元：Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Heart in a Cage by The Strokes
同アルバム収録の緊迫感溢れるナンバー。自我の葛藤と都市の孤独が交錯する一曲。 - Reptilia by The Strokes
関係性の苛立ちを爆発的に表現した、バンドを代表するエネルギッシュな曲。 - U.R.A. Fever by The Kills
セクシャルで冷たい空気感が漂う、男女の不可解な距離を描いた現代的ダーク・ロック。 - Evil by Interpol
洗練されたギターと深い心理描写が絡み合う、NY発の孤独と欲望の歌。 - Little Monster by Royal Blood
ヘヴィなリフとシャウトの応酬によって、欲望と破壊衝動を音に変換した傑作。
6. 傷だらけの承認欲求──ジュースの中にある苦さ
「Juicebox」は、The Strokesが“クールで都会的な皮肉屋”だったイメージを脱ぎ捨て、不安定で情けないほど人間臭いバンドであることをあらわにした、重要な転換点の楽曲である。
それは、他者に“愛されたい”というシンプルな欲望と、それが叶わないことで生まれる怒り、そしてその怒りに自分でも呆れてしまうような複雑な情動を、真正面からロックとして鳴らした歌なのだ。
「君は僕を好かない」と知っていながら、それでも何かを言わずにはいられない。
それは決して美しくない感情だが、だからこそリアルで、聴く者の心を暴く力を持っている。
そして何より、この曲が鳴り響くその瞬間、私たちは誰よりも“人間”であることを思い出させられる。
甘くないジュースの味が、妙に忘れられないように。
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