イギリスから多くのプログレッシブ・ロックバンドが誕生した1960年代末期、その中でも異色の存在感を放ち、フルートをフィーチャーしたロックサウンドで大きな成功を収めたのがJethro Tullである。
リーダーである**イアン・アンダーソン(Ian Anderson)**は、怪しくも華麗にフルートを演奏しながら、ステージ上では片足立ちの独特なポーズで注目を集めた。
彼らの音楽はフォークやクラシック、ジャズ、ブルースなど多彩な要素を取り込み、プログレの枠組みを超えた風刺的な歌詞やコンセプチュアルな作風で、世界中のリスナーの心を掴んできた。
アーティストの背景と歴史
Jethro Tullの結成は1967年頃。
イアン・アンダーソン(ボーカル、フルート、ギター)を中心に、初期メンバーにはギタリストのミック・エイブラハムズが在籍し、デビュー作『This Was』ではブルース色の強いロックを展開していた。
しかし早々にエイブラハムズは脱退し、その後のラインナップ変更を経て、アンダーソンがバンドの圧倒的リーダーとして指揮をとることに。
ロックバンドでありながらフルートをメイン楽器に据え、ブルース/フォーク/クラシックの要素を積極的に取り入れるという独特の方向性は、すぐにコアファンの注目を集めることとなった。
1969年のセカンドアルバム『Stand Up』でイギリスのチャート1位を獲得すると、ヨーロッパやアメリカへとファン層を拡大。
1970年代前半には『Aqualung』(1971年)や『Thick as a Brick』(1972年)など、プログレ史に輝く名盤を次々とリリースし、コンセプトアルバムや長尺組曲のスタイルを積極的に試みる。
特に『Thick as a Brick』ではアルバム1枚を丸々一曲の組曲で埋めるという大胆な構成で話題を呼んだ。
その後もメンバーチェンジを繰り返しながら活動を継続し、ジャンルを限定しない多彩な音楽性とイアン・アンダーソンのカリスマ性で、プログレッシブ・ロックの一翼を担う存在となった。
音楽スタイルと特徴
フルート&フォークの要素を導入したロック
最大の特徴は、イアン・アンダーソンが奏でるフルートが主旋律を担うロックバンドという点である。
ロック界にとって異端の楽器ともいえるフルートを活かし、時にはハードなリフの裏で、時にはメロウなイントロやソロパートで、その存在感を存分に発揮。
さらにトラディショナルなブリティッシュ・フォークの香りを漂わせるメロディラインや、アコースティックギターを効果的に用いることで、単なる“フルート入りのロック”にとどまらない多面的な音楽性を生み出している。
サウンドの変遷とアンダーソンの歌詞世界
初期はブルースロック寄りだったサウンドが、徐々にフォークやクラシック、ジャズへと傾斜し、プログレッシブ・ロックの舞台で独自の地位を築いていった。
アルバムごとに趣向を変えつつも、イアン・アンダーソンが紡ぐシニカルで風刺的、あるいは文学的な歌詞が作品を貫く。
“宗教批判”や“イギリスの田園風景をベースにした人間模様”など、多彩なテーマを扱いつつも、どこか皮肉っぽい視線が感じられるのが彼のスタイルである。
ライブ・パフォーマンスの演劇的演出
ステージ上でのイアン・アンダーソンは、片足立ちでフルートを吹くというスタイルをはじめ、奇妙な衣装やコミカルな動きなどで観客を魅了。
演劇的ともいえるパフォーマンスは、楽曲の持つファンタジーや風刺の世界観をより鮮明に伝え、Jethro Tullのライブを観ること自体が一つの大きなエンターテインメントとなっていた。
代表曲の解説
「Aqualung」(アルバム『Aqualung』、1971年)
バンドを代表する名曲であり、社会的テーマを織り交ぜたアンダーソンの歌詞と、重厚なギターリフ、フルートソロがバランスよく絡み合う。
“神と人間の関係”に対するシニカルな視線が曲全体を支配し、プログレファンだけでなくハードロック寄りのリスナーにもアピールする一曲。
「Locomotive Breath」(アルバム『Aqualung』、1971年)
同じく『Aqualung』収録の定番曲で、列車のスピード感を連想させる印象的なリフと共に、疾走感のあるロックアレンジが施されている。
アンダーソンのフルートとマーティン・バーのギターが絡むソロパートはライブでの盛り上がりにも貢献し、しばしばアンコールで演奏されることも多い。
「Thick as a Brick」(アルバム『Thick as a Brick』、1972年)
アルバム全編を一曲の組曲として構成した意欲作で、アコースティックパート、アップテンポのロックパート、フォーク調、クラシック調などがめまぐるしく変化する。
架空の少年詩人“ジェラルド・ボストック”が書いた詩という設定でアルバムが作られており、ジャケットも新聞のような形状をするなど、コンセプトアルバムとして当時大きな話題を呼んだ。
Jethro Tullのプログレ路線を決定づけた作品としても評価が高い。
「Too Old to Rock ‘n’ Roll: Too Young to Die!」(1976年)
同名アルバムのタイトル曲で、老いてもなおロックを捨てきれない人物を描く一種のロックアンセム。
親しみやすいメロディとコミカルなアレンジで、ややコンセプチュアルな内容をポップにまとめ上げている。
バンドのアプローチが多様化した中期を代表するナンバーとして知られる。
アルバムごとの進化
『This Was』
(1968)
ブルースロック寄りのサウンドが色濃く、ミック・エイブラハムズのギターが重要な位置を占めるデビュー作。
アンダーソンのフルートがすでに存在感を示しつつも、フォーク/ブルースの範疇からはまだ大きく逸脱していない印象。
しかし後のプログレ路線への兆しが随所に感じられる作品である。
『Stand Up』
(1969)
エイブラハムズ脱退後、アンダーソンが主導権を握り始めた2作目。
インド音楽風の楽曲やアコースティックのフィンガーピッキングを取り入れるなど実験性を強め、イギリスのアルバムチャートで1位を獲得。
フルートをメインとするスタイルが確立し、バンドの方向性が明確化したアルバムと言える。
『Aqualung』
(1971)
Jethro Tullを世界的に有名にした大ヒット作。
宗教批判を含む社会的テーマや、緻密に構成されたロックサウンドが融合し、プログレの名盤のひとつとして数えられる。
「Aqualung」「Locomotive Breath」などの代表曲が収録されており、セールス的にも成功を収めた。
『Thick as a Brick』
(1972)
アルバム全体を一曲で構成したコンセプト作品で、プログレッシブ・ロックの歴史を語る上で欠かせない名盤。
複雑な曲展開と長尺の組曲スタイル、新聞風のジャケットなど、アンダーソンの遊び心と芸術性が全開。
チャートのトップを獲得するなど商業的にも成功し、Jethro Tullの人気を不動のものにした。
『Songs from the Wood』
(1977)
後期の代表的なアルバムで、イギリスのフォークや神話的なイメージを強調した“フォーク・プログレ”路線の頂点とも呼ばれる。
コーラスワークが美しく、アコースティック楽器を多用したサウンドがアルバム全体を統一し、幻想的な世界観を作り上げている。
影響を与えたアーティストと音楽
Jethro Tullがロック界に及ぼした最大のインパクトは、フルートとフォーク要素をロックバンドの中心に据えた画期性にある。
この手法は、以降のプログレ勢やフォーク・ロック系バンドにとって大きなインスピレーションとなった。
例えばクリムゾン系やジェネシス系のプログレバンドだけでなく、少人数のフォークロックグループまでもが“アコースティックと電気楽器のミックス”“バロックやルネサンス音楽の風味”“変拍子と組曲構成”など、Jethro Tullのエッセンスを取り入れた例は多い。
また、イアン・アンダーソンのステージ・キャラクターは、演劇的要素やショーマンシップをロックライブに持ち込み、他のプログレ・バンドやロックバンドにも“音楽以外のパフォーマンス要素”を重視する流れを促したともいえる。
結果として、“ただ演奏するだけではない”“ビジュアルやテーマ性も重視する”というプログレの特徴をさらに推し進めることとなった。
まとめ
Jethro Tullは、リーダーのイアン・アンダーソンによる“フルートを中心に据えたロック”というユニークなスタイルで、プログレッシブ・ロックの世界に新風を吹き込んだバンドである。
彼らの音楽はブルースロック的な要素を土台としつつ、イギリスのフォークやクラシックの響きを取り入れることで、当時のロックシーンでも異彩を放った。
また、社会的・文学的なテーマを取り入れた歌詞や、長尺の組曲形式といったプログレの特性を大衆的ヒットへと結びつけ、「Aqualung」や「Thick as a Brick」などの名盤を生み出し、大きな商業成功を収めている。
ステージでのアンダーソンの奇妙な動きや片足フルート奏法は、ロックのライブ演出における伝説の一面として語り継がれる。
一方で、バンドはメンバーチェンジや時代の流れに合わせてサウンドを変化させ続け、フォークからハードロック、シンセを取り入れた時期まで多彩な音楽性を展開。
長年にわたって活動を続けながら、プログレ~フォークロック界の独自路線を突き進む姿勢は高く評価され、現代でも世界中のファンに愛されている。
もしJethro Tullを初めて聴くなら、「Aqualung」や「Thick as a Brick」のような代表作を手に取れば、その多面的な魅力やプログレの醍醐味を存分に味わえるだろう。
イアン・アンダーソンが創り出す世界観と、ロックバンドとしてのエネルギーが結びついた音の冒険は、初めての人にも衝撃と感動を与えるに違いないのだ。
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