
発売日:1968年10月25日
ジャンル:ブルース・ロック、ジャズ・ロック、ブリティッシュ・ブルース、プログレッシヴ・ロック前夜、フォーク・ロック
概要
Jethro Tullのデビュー・アルバム『This Was』は、後にプログレッシヴ・ロックを代表する存在となる彼らが、まだブリティッシュ・ブルースとジャズ・ロックの文脈に強く根ざしていた時期の作品である。1971年の『Aqualung』や1972年の『Thick as a Brick』で知られる壮大な構成美、文学的な歌詞、フォークとハード・ロックの融合を期待して聴くと、本作はかなり異なる印象を与える。ここにあるのは、ブルース・クラブの熱気、ジャズ的な即興性、若いバンドの荒削りな演奏、そしてIan Andersonのフルートがまだ独自の武器として形を探っている瞬間である。
1960年代後半の英国ロック・シーンでは、アメリカのブルースを出発点としたバンドが数多く登場していた。John Mayall & the Bluesbreakers、Cream、Fleetwood Mac、Ten Years After、Chicken Shackなどが、シカゴ・ブルースやR&Bを英国的な感性で再構築していた時代である。Jethro Tullもその流れの中に登場したが、彼らは最初から少し異質だった。ギター中心のブルース・ロックが主流だった中で、Ian Andersonのフルートが前面に出ることにより、バンドの音はジャズ、フォーク、クラシック的な響きへ自然に広がっていった。
『This Was』において重要なのは、当時のJethro TullがIan Andersonだけのバンドではなかった点である。ギタリストのMick Abrahamsは、ブルースへの強い志向を持ち、本作のサウンド形成に大きく貢献している。彼のギターは、後のMartin Barre時代のJethro Tullに比べると、よりストレートなブルース・ロックの感触を持つ。一方、Andersonはすでにフルート、ヴォーカル、作詞の面で強い個性を見せ始めていた。つまり『This Was』は、Abrahamsのブルース志向と、Andersonのより広い音楽的野心が共存しているアルバムである。
アルバム・タイトルの『This Was』は、非常に示唆的である。直訳すれば「これがそうだった」「これがかつての姿だった」という意味になる。結果的にこのタイトルは、Jethro Tullの初期形態を記録した言葉として機能している。Mick Abrahamsは本作後に脱退し、バンドはよりIan Anderson主導の方向へ進む。つまり『This Was』は、Jethro Tullがブルース・バンドとして存在していた短い時期の記録であり、同時に、その枠をすでにはみ出し始めていた瞬間のドキュメントでもある。
音楽的には、ブルース・ロックを基盤にしながらも、ジャズ的なフレーズ、管楽器的な即興、フォーク的な旋律、ユーモラスな小品が混ざり合っている。後のJethro Tull作品に見られるコンセプト性や物語性はまだ明確ではないが、ジャンルを一つに固定しない姿勢はすでに表れている。特に「Serenade to a Cuckoo」や「Dharma for One」では、フルートとリズムの組み合わせが、通常のブルース・ロックとは異なる空間を作り出している。
歌詞の面では、後年のIan Andersonに見られる宗教批判、社会風刺、田園的な寓話、複雑な人物描写はまだ前面には出ていない。しかし、「My Sunday Feeling」や「Beggar’s Farm」には、都市生活の疲労、日常への違和感、若者の不満がすでに含まれている。ブルースの形式を借りながらも、単なるアメリカ音楽の模倣ではなく、英国の若者が自分たちの倦怠や皮肉を表現するための道具として使っている点が重要である。
『This Was』は、Jethro Tullの完成形ではない。しかし、完成形へ向かう前の可能性が最も生々しく詰まった作品である。ブルース・ロック・バンドとしての勢い、ジャズ的な即興、Ian Andersonの特異なフルート、Mick Abrahamsのギター、そして英国ロックがプログレッシヴな方向へ変化していく直前の空気が、この一枚には刻まれている。
全曲レビュー
1. My Sunday Feeling
アルバム冒頭の「My Sunday Feeling」は、『This Was』の性格を端的に示す楽曲である。ブルース・ロックを基盤にしながら、フルートがギターと並ぶ主役として機能しており、Jethro Tullが当時の英国ブルース・バンドの中でも異彩を放っていたことがすぐに分かる。リズムは軽快だが、曲全体にはどこか酔い覚めのような疲労感が漂う。
タイトルの「Sunday Feeling」は、日曜日特有の気分を示している。休息の日でありながら、翌週への憂鬱や、週末の終わりを意識させる時間でもある。歌詞には、肉体的なだるさ、精神的な倦怠、何かから抜け出せない感覚が表れている。これはブルースの伝統的な憂鬱を、英国的な週末の気分へ置き換えたものといえる。
Ian Andersonのヴォーカルは、後年ほど演劇的ではないが、すでに皮肉っぽい節回しを持っている。フルートは単なる装飾ではなく、歌と対話するように動き、楽曲の個性を決定づけている。Mick Abrahamsのギターもブルース・ロックらしい骨太さを与え、バンドの演奏にはクラブで鍛えられた生々しさがある。
この曲は、Jethro Tullがブルースを出発点にしながら、すでにその形式を変形させ始めていたことを示す。アルバムの入口として、非常に力強く、かつバンドの将来を予感させる一曲である。
2. Some Day the Sun Won’t Shine for You
「Some Day the Sun Won’t Shine for You」は、より伝統的なブルース色の強い楽曲である。タイトルは「いつか太陽は君のために輝かなくなる」という意味を持ち、ブルースに典型的な不運、別れ、人生の暗転を連想させる。曲調もシンプルで、アコースティックなブルースの語法にかなり近い。
音楽的には、派手なバンド・アンサンブルよりも、ブルースの基本的なリズムと歌の表情が重視されている。Ian Andersonのハーモニカ的な感覚を思わせるフルートやヴォーカル、Abrahamsのブルース・ギターが、素朴ながら味わい深い雰囲気を作る。後のJethro Tullに比べると非常に小規模な曲だが、彼らのルーツを理解するうえでは重要である。
歌詞のテーマは、相手に対する警告や諦念である。今はうまくいっていても、いつか状況は変わる。太陽が輝かなくなるというイメージは、愛情や運命の変化を分かりやすく示している。ブルースの定型的な表現を使いながらも、Andersonの声にはどこか英国的な乾いたユーモアがあり、単なる模倣にはなっていない。
この曲は、Jethro Tullが初期にどれほどブルースに根差していたかを示す一方で、アルバム全体の中では素朴な休息点として機能する。大きな実験性よりも、音楽的な出発点を確認するための一曲である。
3. Beggar’s Farm
「Beggar’s Farm」は、『This Was』の中でも特にJethro Tullらしさが強く表れた楽曲である。ブルース・ロックを基盤にしながら、フルート、ギター、リズムの絡み方に独特の緊張感があり、後のバンドの方向性を予感させる。タイトルの「Beggar’s Farm」は、直訳すれば「乞食の農場」となり、貧困、疎外、社会の端に追いやられた場所を連想させる。
サウンドは、重心のあるリズムと不穏なフルートが印象的である。ブルースの形式を残しつつも、単純な12小節ブルースには収まらず、曲の展開にジャズ・ロック的な自由さがある。Mick Abrahamsのギターは硬質で、Andersonのフルートと対立するように鳴る。二人の音楽的志向の違いが、むしろ曲に緊張を与えている。
歌詞は、社会的な周縁や、現実に対する皮肉を含んでいる。後年のIan Andersonは、社会や宗教、階級を寓話的に描くようになるが、この曲にはその原型がある。特定の物語を明確に語るというより、不穏な場所のイメージを提示し、聴き手に違和感を残す。
「Beggar’s Farm」は、単なるブルース・ロックを超えたJethro Tullの個性が見える重要曲である。後のプログレッシヴ・ロック的な複雑さにはまだ届いていないが、既存ジャンルをずらしていく感覚は明確に存在している。
4. Move on Alone
「Move on Alone」は、Mick Abrahamsが作曲し、リード・ヴォーカルも担当した楽曲である。この点だけでも、本作がまだIan Anderson単独主導のバンドではなかったことが分かる。曲の雰囲気は、アルバムの中でもややジャズ・ポップ、ブラス・ロック的であり、軽やかなホーン・アレンジが特徴となっている。
音楽的には、ブルース一辺倒ではなく、1960年代英国ポップやジャズの要素が感じられる。短い曲ながら、メロディは洒落ており、アルバムの中で軽快なアクセントになっている。AbrahamsのヴォーカルはAndersonとは異なり、よりストレートでブルース/ポップ寄りの表情を持つ。
歌詞のテーマは、ひとりで進んでいくこと、関係や状況から離れて自分の道を選ぶことにある。タイトルの「Move on Alone」は、別れや自立のニュアンスを含む。重い悲劇というより、少し乾いた決意として表現されている点が曲調と合っている。
この曲は、Jethro Tullの後のイメージから見るとやや異色だが、『This Was』というアルバムの多様性を示すうえで重要である。Mick Abrahamsの存在感を確認できる曲であり、彼の脱退後にバンドがどの方向へ進んだのかを考えるうえでも興味深い。
5. Serenade to a Cuckoo
「Serenade to a Cuckoo」は、ジャズ・フルート奏者Roland Kirkの楽曲を取り上げたインストゥルメンタルであり、『This Was』の中でも特に重要な一曲である。Ian Andersonがフルートを自身の象徴的な楽器として確立していくうえで、この曲は大きな意味を持つ。Jethro Tullが単なるブルース・ロック・バンドではなく、ジャズや即興の語法にも開かれていたことを示している。
サウンドは、ゆったりとしたジャズ・ブルースのムードを持ち、フルートが主旋律を担う。ギターやリズム隊は控えめに支え、フルートの音色が前面に出る。Andersonの演奏は、後年のような激しい跳躍や演劇的なフレージングとはやや異なり、ここでは比較的柔らかく、ジャズ的な歌心を重視している。
タイトルの「Cuckoo」はカッコウを意味し、鳥の鳴き声や自然のイメージを連想させる。フルートという楽器の音色は、もともと鳥や風の音と結びつきやすく、この曲ではその特性がよく活かされている。後のJethro Tullが自然、田園、民俗的なイメージを多用することを考えると、この曲はその遠い前触れとしても聴ける。
「Serenade to a Cuckoo」は、Jethro Tullのフルート・ロックという独自性を確立するうえで欠かせない曲である。カヴァーでありながら、バンドの未来を示す役割を果たしている。
6. Dharma for One
「Dharma for One」は、アルバムの中でも最も実験的で、リズムと即興性が強く出た楽曲である。タイトルに含まれる「Dharma」は、インド思想や仏教における法、道、真理を連想させる言葉であり、1960年代後半のロックにおける東洋思想への関心とも響き合う。ただし、この曲は瞑想的なサイケデリアというより、ドラムとフルートを中心にした躍動的なジャズ・ロックとして展開する。
Clive Bunkerのドラムが大きな役割を果たしており、曲には打楽器的なエネルギーがある。後のライヴでも重要な見せ場となる楽曲であり、スタジオ版でもバンドの演奏力がよく伝わる。フルートはメロディ楽器であると同時に、リズムや叫びに近い表現として使われており、Ian Andersonの個性が強く出ている。
歌詞の内容は、タイトルほど思想的に整理されたものではなく、むしろ当時のサイケデリックな雰囲気や、個人の精神的な探求を断片的に反映している。1960年代末のロックでは、東洋思想、ドラッグ体験、自己探求がしばしば混ざり合っていたが、この曲もその空気の中にある。
「Dharma for One」は、Jethro Tullが後にライヴ・バンドとして発揮する即興性や、プログレッシヴな展開力の原型を示している。ブルースの枠を越え、リズム、ジャズ、精神性を混ぜ合わせる姿勢が明確な重要曲である。
7. It’s Breaking Me Up
「It’s Breaking Me Up」は、再びブルース色の濃い楽曲であり、恋愛の破綻や精神的な消耗をテーマにしている。タイトルは「それが自分を壊している」「心が引き裂かれる」という意味を持ち、ブルースの伝統的な失恋表現に近い。
音楽的には、ハーモニカ的なフレーズ、ギター、フルートが絡み合い、渋いブルース・ロックとして展開する。派手な実験は少ないが、演奏にはしっかりとしたグルーヴがある。Ian Andersonの声は、後年ほど劇的ではないが、少ししゃがれた質感と皮肉なニュアンスによって、単純な嘆き以上の表情を作っている。
歌詞では、恋愛や関係性による苦痛が扱われる。相手との関係が自分を壊していくという感覚は、ブルースにおける典型的な主題である。しかし、Jethro Tullの場合、その表現にはどこか客観的な距離がある。感情に完全に飲み込まれるのではなく、自分の状態を少し斜めから見ているような冷静さがある。
この曲は、アルバムの中でブルース・バンドとしてのJethro Tullを再確認させる役割を持つ。後年の壮大な楽曲群とは異なるが、彼らの出発点としてのブルース理解がよく表れている。
8. Cat’s Squirrel
「Cat’s Squirrel」は、伝統的なブルース/インストゥルメンタル曲をJethro Tull流に演奏した楽曲である。Creamも取り上げたことで知られる曲であり、1960年代英国ブルース・ロック・シーンの中で共有されていたレパートリーのひとつといえる。Jethro Tull版では、ギターとフルート、リズム隊の演奏が前面に出る。
音楽的には、ブルース・ロックのジャム的な側面が強い。Mick Abrahamsのギターは生々しく、バンドの演奏にはライヴ感がある。Ian Andersonのフルートは、ギター中心になりがちなブルース・ロックに別の音色を加え、曲に独自の風味を与えている。Clive Bunkerのドラムも力強く、曲全体を荒々しく前へ押し出す。
歌詞というより演奏そのものが中心であり、バンドが当時のブルース・クラブ・シーンでどのような音を鳴らしていたかを伝える曲である。後のJethro Tullの緻密な構成美とは異なり、ここでは即興的な熱気が重要である。
「Cat’s Squirrel」は、『This Was』の中でも特に時代の空気を感じさせる曲である。1968年の英国ブルース・ロックの熱気を背景に、Jethro Tullがそこへフルートという異物を持ち込んだことがよく分かる。
9. A Song for Jeffrey
「A Song for Jeffrey」は、Jethro Tull初期の代表曲のひとつであり、シングルとしても知られる重要曲である。タイトルのJeffreyは、Ian Andersonの友人であり、後に「Jeffrey」関連の曲が複数登場することから、初期Jethro Tullの個人的な神話の一部となっている。
サウンドは、ブルース・ロックを基盤にしながら、フルート、ハーモニカ風のフレーズ、うねるリズムが組み合わさり、非常に個性的である。ヴォーカルはやや歪んだような質感を持ち、曲全体に奇妙なユーモアと不安定さが漂う。ストレートなブルースとは違い、どこかねじれた感覚があり、ここにJethro Tullの独自性が強く出ている。
歌詞では、Jeffreyという人物に向けた呼びかけのような形を取りながら、具体的な物語は曖昧である。友情、奇妙な人物像、若者文化の断片が混ざり合い、聴き手には半ば私的なジョークのようにも響く。この曖昧さが、後のIan Andersonの寓話的な歌詞へつながっていく。
「A Song for Jeffrey」は、Jethro Tullがブルースを素材にしながら、自分たちだけの奇妙なキャラクター性を作り出し始めた曲である。初期の代表曲として、本作の中でも特に重要な位置を占める。
10. Round
アルバム最後の「Round」は、非常に短い小品であり、作品を軽く締めくくる役割を持つ。長大なフィナーレではなく、むしろ一瞬のユーモラスな断片として置かれている点が興味深い。後のJethro Tullにも、こうした小品や間奏的な曲はしばしば登場するが、その感覚の初期形態といえる。
音楽的には、短いながらも、バンドの遊び心が感じられる。大きなテーマを展開する曲ではないが、アルバム全体のブルースやジャズの緊張を少し緩め、余韻を残して終わる。タイトルの「Round」は、円、循環、あるいは短い輪唱的な感覚を連想させる。
歌詞や構成に深い物語性があるわけではないが、この曲は『This Was』というアルバムの性格をよく表している。若いバンドが、ブルース・ロックを土台にしながら、真面目になりすぎず、時に洒落や小さな実験を挟む。その柔軟さこそが、後のJethro Tullの多彩さにつながっていく。
「Round」は大曲ではない。しかし、アルバムを過剰に重く閉じないことで、『This Was』のクラブ的な軽さ、即興性、若さを最後に残す重要な小品である。
総評
『This Was』は、Jethro Tullの長いキャリアの中で、最もブルース・ロック色の強いアルバムである。後の『Aqualung』や『Thick as a Brick』に見られる緻密な構成、社会風刺、フォーク的な叙情、ハード・ロック的な厚みを期待すると、本作はまだ素朴で荒削りに聴こえる。しかし、その荒削りさこそが最大の魅力である。ここには、1968年の英国ブルース・シーンから出発しながら、すでにその外へ向かおうとするバンドの姿がある。
本作の中心には、Ian AndersonとMick Abrahamsの緊張関係がある。Abrahamsはブルースへの強い愛着を持ち、ギターを通じてバンドに土臭いロック感を与えている。一方、Andersonはフルート、奇妙な歌詞、ジャズやフォークへの関心を通じて、より広い音楽的可能性を開いている。この二つの方向性は、時に見事に噛み合い、時に微妙な違和感を生む。しかし、その違和感が『This Was』を単なるブルース・ロック作品ではなく、変化の予兆を含むアルバムにしている。
音楽的には、「My Sunday Feeling」「It’s Breaking Me Up」「Cat’s Squirrel」などで英国ブルース・ロックの熱気が感じられる。一方、「Serenade to a Cuckoo」や「Dharma for One」では、ジャズ的な即興やフルートを中心にした独自の音響が前面に出る。「Beggar’s Farm」や「A Song for Jeffrey」には、後のJethro Tullに通じる風変わりな人物描写や社会的な違和感も見え始めている。つまり本作は、過去のブルースへの敬意と、未来のプログレッシヴな展開の間に立つ作品である。
Ian Andersonのフルートは、本作においてすでに決定的な個性となっている。ロックにフルートを持ち込むこと自体は完全に前例がないわけではないが、Jethro Tullほどそれをバンドの中心的な音として機能させた例は多くない。フルートは、ギター・ロックの硬さを和らげるだけでなく、時に攻撃的で、時にジャズ的で、時に鳥の声のように自然的な響きを持つ。この楽器の存在によって、Jethro Tullは最初から他のブルース・バンドとは異なる輪郭を持っていた。
歌詞の面では、後年のような複雑なコンセプト性はまだない。しかし、日常の倦怠、貧困や社会の端にいる人物への視線、奇妙な友人への歌、精神的な探求といった要素がすでに現れている。Ian Andersonは、ブルースの形式を借りながらも、アメリカ南部の生活を模倣するのではなく、英国の若者の不満や皮肉をそこに流し込んでいる。この点が、本作を単なるブルース・コピーにしない重要な要素である。
歴史的に見ると、『This Was』は、ブリティッシュ・ブルースからプログレッシヴ・ロックへ向かう過渡期の記録として非常に興味深い。1968年の時点では、ロックはまだブルース、ジャズ、フォーク、クラシック、サイケデリアをどのように融合するかを模索していた。Jethro Tullは、その模索の中で、フルートを前面に出すという独自の選択をした。本作には、完成された様式ではなく、様式が形成される前の柔らかさと危うさがある。
日本のリスナーにとって『This Was』は、Jethro Tullをプログレッシヴ・ロックの代表格としてのみ捉えている場合、非常に新鮮に響く可能性がある。ここには、複雑なコンセプト・アルバムのJethro Tullではなく、ブルース・クラブで演奏する若いバンドとしてのJethro Tullがいる。しかし、その中にはすでに、後の独自性の種が数多く含まれている。フルートの使い方、ジャンル横断的な発想、皮肉な歌詞、リズムへの関心、そしてロックの枠を少しずつ広げようとする姿勢である。
『This Was』は、Jethro Tullの最高傑作として語られることは少ないかもしれない。しかし、彼らがどこから来て、どのように変化していったのかを理解するためには欠かせない一枚である。ブルース・ロックとしても、ジャズ・ロックの萌芽としても、プログレッシヴ・ロック前夜の記録としても価値がある。タイトル通り、これは“かつてこうだった”Jethro Tullの姿であり、その短い瞬間が音として鮮やかに残された重要なデビュー作である。
おすすめアルバム
1. Jethro Tull – Stand Up(1969年)
『This Was』の次作であり、Mick Abrahams脱退後、Ian Anderson主導の方向性が明確になった重要作。ブルース色は残しつつ、フォーク、クラシック、ジャズ、ロックをより自由に組み合わせている。Jethro Tullが独自のバンドへ変化していく過程を知るために不可欠な一枚である。
2. Jethro Tull – Benefit(1970年)
『Stand Up』からさらに重厚なロック・サウンドへ進んだ作品。Martin Barreのギターがバンドの中心的な力となり、Ian Andersonの歌詞もより内省的でシニカルになっている。『Aqualung』直前のJethro Tullを理解するうえで重要なアルバムである。
3. John Mayall & the Bluesbreakers – Blues Breakers with Eric Clapton(1966年)
1960年代英国ブルース・ロックの基本文献ともいえる作品。Jethro Tullが出発したブリティッシュ・ブルースの文脈を理解するために重要である。『This Was』に含まれるブルース志向やギター・サウンドの背景を知るうえで有効な一枚である。
4. Cream – Fresh Cream(1966年)
ブルース、ジャズ的即興、ロックの強い演奏力を結びつけた初期ハード・ロック/ブルース・ロックの代表作。『This Was』のジャム的な側面や「Cat’s Squirrel」の背景を理解するうえで関連性が高い。Jethro Tullよりもギター・トリオ的だが、同時代の英国ロックの熱量を知ることができる。
5. Roland Kirk – I Talk with the Spirits(1964年)
「Serenade to a Cuckoo」の作曲者であるRoland Kirkによる、フルートを中心にしたジャズ作品。Ian Andersonが影響を受けたフルート表現の背景を理解するうえで重要である。Jethro Tullのフルートが単なるロックの装飾ではなく、ジャズ的な表現力と結びついていたことを知るための関連作である。

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