アルバムレビュー:Javelin by Sufjan Stevens

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発売日: 2023年10月6日
ジャンル: インディーフォーク、アートポップ、バロックフォーク


「投げ矛」の先にあったもの——愛と喪失、そして赦しを歌う“告白のアルバム”

Sufjan Stevensの10作目となるスタジオ・アルバムJavelinは、
過去のフォーク作品とエレクトロニック作品の両面を内包しながら、
最も個人的で、最も普遍的な“愛”の記録として立ち上がっている。

タイトルの“Javelin(投げ矛)”は、まるで心の奥深くに突き刺さる感情や、
突然に終わりを迎えた関係性そのものの象徴のようだ。

本作は、2023年10月にSufjanがInstagramで恋人の死を明かしたという出来事と強く結びついており、
その背景を知るとき、これらの楽曲群はただの内省ではなく、深い喪失と愛の祈りとして響いてくる。


全曲レビュー:

1. Goodbye Evergreen

不穏なピアノの導入から始まり、エレクトロニックな爆発へと変化する構成。
「You know I love you」
この一言が、永遠への別れを告げる呪文のように響く。

2. A Running Start

初期のSufjanに通じるアコースティックな質感。
“走り始める”というタイトルは、前向きなようで、逃避や喪失の予感もはらむ。

3. Will Anybody Ever Love Me?

「私はもう一度誰かに愛されるのか?」
直球の問いが、優しい旋律とハーモニーに乗って宙を漂う
救いを求めるようで、同時に自ら赦しを乞うような一曲。

4. Everything That Rises

神学者ピエール・テイヤール・ド・シャルダンの言葉を想起させるタイトル。
すべてのものは“昇華する”——が、それは容易ではない。
重ねられるコーラスに、崇高と破滅が同居する

5. Genuflecting Ghost

“跪く亡霊”という宗教的かつ詩的なタイトル。
死者への祈り、あるいは生き残った者の贖罪。
バロック的な美しさと、Sufjan特有の内省が交差する。

6. My Red Little Fox

赤い狐=失われた恋人か、あるいは幻想か。
童話的なメタファーの中に、抑えきれない愛情と悔恨が込められている。

7. So You Are Tired

「君はもう疲れたんだね」——別れの瞬間の静かな受容。
ギターとヴォーカルだけの構成が、私的すぎる痛みをそのまま差し出す。

8. Javelin (To Have and To Hold)

タイトル曲。
結婚式の誓いの言葉“持ちつ持たれつ”が皮肉に響く。
投げられた矛=壊れてしまった約束。
でも、それでも愛はまだそこにあると信じているような諦念と優しさ。

9. Shit Talk

“クソみたいな言葉”のやり取り、争い、後悔。
9分近い長尺の中で、破れた関係の全てがスローモーションで描かれる
最後の「I don’t want to fight anymore」——その言葉だけが祈りのように響く。

10. There’s a World

Neil Youngの楽曲をカバー。
「そこには世界がある、君が知らないだけで」
アルバムの最後に訪れる希望、あるいは死後の世界への静かな挨拶


総評:

Javelinは、Sufjan Stevensが喪失と赦し、そして愛そのものを真正面から見つめたアルバムである。

音楽的には、Carrie & Lowellの内省的フォークと、
The Ascensionの構築的エレクトロニクスを統合するような構成となっており、
彼のキャリアの集大成的な一面も見せている。

だがそれ以上に本作が胸を打つのは、
その言葉のひとつひとつ、音の隙間のすべてに、喪失の生々しさと、赦しの祈りが宿っているからだ。

誰かを失ったすべての人に、
そして自分自身を赦そうとしているすべての人に——
Javelinは、その矛先の奥にある優しさを差し出してくれる。


おすすめアルバム:

  • Nick Cave & The Bad Seeds / Skeleton Tree
    喪失と死の中で言葉を失いながらも、愛を歌い続けた名作。
  • Mount Eerie / A Crow Looked at Me
    亡き妻への手紙として綴られた、痛みと誠実さの極致。
  • Sufjan Stevens / Carrie & Lowell
    家族の死を経て生まれた、Sufjanのもうひとつの“喪失のフォーク”。
  • Angelo De Augustine / Toil and Trouble
    Sufjanとの共作を経た彼の最新作。魔術と精神世界が交差するフォーク作品。
  • Joanna Newsom / Divers
    死と時間をテーマにした詩的かつ哲学的アートフォークの傑作。

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