
1. 歌詞の概要
「Is This It(イズ・ディス・イット)」は、The Strokes(ザ・ストロークス)のデビューアルバム『Is This It』の表題曲であり、そのタイトル通り、2000年代ロックの幕開けにおける「時代の問いかけ」を象徴する名曲である。
この曲の語り手は、ある種の期待外れを感じている。人間関係、仕事、社会、人生──どこをとってもどこか物足りない。「これが“それ”なのか?」「これで全部なのか?」というシンプルな問いが、淡々とした言葉とサウンドで繰り返される。その問いは、怒りでも嘆きでもなく、**都市に生きる若者の“諦めに似た醒めた視線”**から発せられるものだ。
この楽曲の魅力は、その“熱を抑えた不満”にある。テンションを爆発させるわけでもなく、静かに反抗し、静かに問いかける──The Strokesというバンドの核心にある「クールな断絶感」が、ここには集約されている。
2. 歌詞のバックグラウンド
『Is This It』は2001年にリリースされ、インディー・ロック、ガレージ・ロック・リバイバルの潮流を牽引したエポックメイキングな作品となった。このアルバムの1曲目であり、同時にタイトル曲でもある「Is This It」は、バンドの自己紹介であると同時に、その時代のムード──**“過剰に騒がれては裏切られる社会のなかで、何が本当なのか分からなくなった若者たちの静かな叫び”**を提示していた。
この曲が象徴的なのは、ジュリアン・カサブランカスがあえてローファイなボーカルエフェクトを使い、まるで電話越しに話すような距離感を演出していること。それは“感情の希釈”でもあり、“都市の無関心さ”の象徴でもある。
また、この楽曲の制作当初、もっとアグレッシブな展開も考えられていたが、最終的にはこの脱力したテンポと曖昧なコード感でまとめられ、逆にそれが新鮮なインパクトを持つことになった。
3. 歌詞の抜粋と和訳
以下に、「Is This It」の印象的なフレーズを抜粋し、和訳とともに紹介する。
Can’t you see I’m trying?
見てわからない? 俺はちゃんとやってるんだI don’t even like it
でも、正直言うと──こんなこと好きじゃないI just lied to get to your apartment
君の部屋に行きたいがために、嘘をついたNow I’m staying there just for a while
で、今はとりあえずそこで時間をつぶしてるIs this it?
これが“それ”なのか?
出典:Genius – The Strokes “Is This It”
4. 歌詞の考察
「Is This It」は、一見するとただの恋愛における失望や自己矛盾を描いているようにも思える。しかしその背後には、現代社会に対する構造的な違和感が潜んでいる。
たとえば、「好きじゃないのにやっている」「嘘をついてでも何かを得ようとしている」──そうした行動の積み重ねが、いつのまにか自分自身をすり減らしている。それでも、やるしかない。
「これは、俺が求めていた“それ”だったのか?」という問いは、キャリアの選択、人間関係、社会的立場といったあらゆる場面に置き換え可能であり、リスナーにとっても極めて“自分の話”になり得る。
また、音数を抑えた演奏、特にベースラインの反復が、リリックの“堂々巡り感”を強調している。繰り返される問いに対し、答えは出ない。だからこそそのまま次の曲へと進んでいく構成は、アルバムの幕開けとしてこれ以上ないほど象徴的だ。
ジュリアンのボーカルは、吐き捨てるようでいてどこか切実だ。冷たさと諦めが交じった語り口には、愛を諦めたくない人間の小さな誠実さが滲んでいる。
※歌詞引用元:Genius
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Hard to Explain by The Strokes
都市的な無関心と感情のすれ違いを描いた、代表的な抽象ロック。 - Under Control by The Strokes
諦めと希望が同居する、ミッドテンポの心のスケッチのような一曲。 - Alone, Together by The Strokes
一緒にいても孤独──そんな感情の矛盾を鋭利に描いた名曲。 - Neighborhood #1 (Tunnels) by Arcade Fire
自分の居場所と時代への違和感を、幻想的な比喩で包み込んだ詩的なロック。 - Losing My Edge by LCD Soundsystem
時代に取り残される恐怖と誇りを同時に歌う、もうひとつの“Is This It”。
6. 若さの終わりに立つ問い──これは“それ”だったのか?
「Is This It」は、バンドのデビューにして、ある意味“終わり”を思わせる問いかけから始まる。
何かを得るたびに、何かを失っていくこと。
誰かに近づこうとするたびに、自分の輪郭が曖昧になること。
それでも人は、“これが全部なのか?”と問い続けながら前に進んでいくしかない。
この曲は、特定の解決を提示しない。むしろその曖昧さと不確かさこそが、現代を生きるリアルなのだと教えてくれる。
そして、それこそがThe Strokesというバンドが2000年代の若者の“感情の余白”に寄り添ってきた理由であり、
今なおこの曲が鳴り続けている理由でもある。
問いは終わらない──だからこそ音楽は、鳴り続ける。
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