発売日: 1994年6月27日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、カナディアン・ロック、ポストグランジ
概要
『In the Trees』は、カナダのオルタナティヴ・ロックバンド The Watchmen が1994年にリリースした2作目のスタジオ・アルバムであり、
商業的にも批評的にも成功を収めた、彼らの代表作にしてカナディアン・ロック90年代前半の金字塔である。
デビュー作『McLaren Furnace Room』の荒削りさを引き継ぎつつ、
本作ではよりタイトに研ぎ澄まされたサウンド、明確に構築されたメロディ、そして成熟したリリックが融合。
プロデューサーには再びChris Wardmanを起用し、ライブのダイナミズムとスタジオ作品としての完成度を同居させることに成功している。
本作からは「Boneyard Tree」「All Uncovered」「Lusitana」などのシングルが生まれ、
カナダ国内でゴールド認定(後にプラチナ)を受けるなど、The Watchmenの名を決定づけた作品となった。
全曲レビュー
1. 34 Dead St.
淡々としたリズムに乗せて、カナダの町並みと記憶を描くオープニングナンバー。
「34 Dead Street」は実在しない住所だが、虚構と現実の狭間を揺れるような情景描写が特徴的。
静かな立ち上がりがアルバム全体のムードを整える。
2. Lusitana
本作中もっとも親しみやすく、かつエモーショナルな代表曲。
亡き人を想うかのようなバラードで、ダニエル・グリーヴスのヴォーカルが感情の奥底にまで届く。
ギターのフレーズはシンプルながら記憶に残る旋律美を放つ。
3. Boneyard Tree
重たいギターリフと迫力のあるドラムで構成された、骨太なロックナンバー。
「骨の墓場の木」というタイトルが象徴するように、死と記憶、再生への願望がテーマ。
ライブの定番曲でもあり、観客とのコール&レスポンスも熱い。
4. Laugher
前作からの再録曲。
本作ではより明瞭なミックスとスピード感が加わり、緊張感と鮮度が格段にアップしている。
ヴォーカルの切迫感が特に際立つ。
5. All Uncovered
バンド史上最も有名な曲のひとつ。
「全てをさらけ出してしまった」という一節に象徴されるように、感情の脆さと自己開示の痛みがテーマ。
静かなAメロと壮大なサビの対比が心を打つ、まさにカナダの90年代アンセム。
6. Wiser
こちらも1stからの再演。
原曲の良さを活かしつつ、音像に奥行きと温度感が加わっており、バンドの成長を象徴する再録となっている。
7. Middle East
やや異国情緒を感じさせるリズムとメロディライン。
政治的・地理的なモチーフを通して、“戦争ではなく共鳴”を求める姿勢が描かれる。
8. Sleep
再録3曲目。
このヴァージョンでは、特にサウンドの立体感とドラムのダイナミズムが増し、
内省的な曲調の中に、より深い没入感と情緒的インパクトが生まれている。
9. Zoom
タイトル通り、加速する映像的な音楽表現がなされたトラック。
ビートは跳ね、ギターは鋭く、バンドの演奏力が前面に出たスピードチューン。
10. All Resistance is Useless
アルバム終盤でのエッジーな反抗曲。
“抵抗は無意味だ”というフレーズに込められたアイロニーと怒りが痛烈に響く。
11. In My Mind
陰影のあるメロディと内省的なリリックが絡む、自己対話的なロックバラード。
ダニエルの歌声が持つ陰と光の表現力が存分に発揮されている。
12. The South
ラストトラックにふさわしい叙情的な構成。
地理的な“南”というよりも、**心の向かう場所としての“サウス”**を描くような、
静かなギターアルペジオが残響を引き伸ばしていく、穏やかで美しい終幕。
総評
『In the Trees』は、The Watchmenが**“カナダのオルタナティヴ・ロックバンド”という枠を超え、感情と技術の両面でひとつの完成を見せた作品**である。
特に「All Uncovered」「Lusitana」「Boneyard Tree」などの楽曲は、
自己開示、喪失、誠実な感情表現といった主題を骨太なサウンドで支える構成が秀逸であり、
リリースから30年近く経った今でも多くのリスナーに支持されている。
アルバム全体としての流れや統一感も優れており、
“木々の中に身を置いたときの静けさとざわめき”のような、有機的なアルバム体験が得られる。
おすすめアルバム
- The Tragically Hip『Fully Completely』
カナダ的抒情性と力強いロックが共鳴する不朽の名盤。 - Moist『Creature』
情緒的なヴォーカルと重厚なサウンドで共鳴する90年代カナダロックの代表作。 - Matthew Good Band『Beautiful Midnight』
ダークで詩的なオルタナ・ロック。歌詞と演奏の両面でWatchmenと相性が良い。 - I Mother Earth『Scenery and Fish』
グルーヴとメロディのバランスが心地よい。カナダ産オルタナの多様性を体感できる。 -
Big Wreck『In Loving Memory Of…』
骨太な演奏と情熱的なヴォーカルが魅力。『In the Trees』のロック面と共振。
ファンや評論家の反応
『In the Trees』は、カナダ国内で最も支持されたThe Watchmenの作品として認知されており、
「All Uncovered」は現在に至るまでライブでの定番曲であり続けている。
カナダの音楽誌やラジオ局ではたびたび“90年代ベスト・カナディアン・アルバム”のひとつに選ばれ、
“感情を信じて音にすることができるバンド”という評価を決定づけた作品でもある。
『In the Trees』は、森の中に響くような声——それは、決して消えることのない誠実なロックの音だった。
コメント