アルバムレビュー：In the End by The Cranberries

アルバムレビュー

2025.05.10

発売日: 2019年4月26日
ジャンル: オルタナティブ・ロック、ドリームポップ、フォーク・ロック、エレクトロ・アコースティック

『In the End』は、The Cranberriesの8作目にして、最終作として位置づけられる特別なアルバムである。
2018年1月、ヴォーカリストでありバンドの象徴だったドロレス・オリオーダンの突然の死により、音楽界に深い衝撃が走った。
このアルバムは、彼女が生前に残していたボーカル・デモをもとに、残されたメンバーたち——ノエル・ホーガン（ギター）、マイク・ホーガン（ベース）、フェルガル・ローラー（ドラム）——が心を込めて完成させた作品である。

アルバム・タイトル「In the End」は、まさにこのバンドの物語に“静かで誠実な幕を下ろす”ために選ばれた言葉であり、
その響きには、別れ、回想、赦し、そして希望の光が重なる。
彼女の不在を感じながらも、音楽は彼女の声と共に今も“生きている”という想いが貫かれている。

全曲レビュー
総評
おすすめアルバム
- 関連記事:

全曲レビュー

1. All Over Now
シングル曲として公開された、開幕にふさわしい強度を持つロック・ナンバー。
“同じことの繰り返し”という歌詞は、トラウマと再出発の狭間にある女性の心象を描き出す。
ドロレスのボーカルには、亡くなる直前の声とは思えぬ力強さがある。

2. Lost
ピアノ主体のバラードで、失われたものの痛みに向き合う。
「自分を見失った」と歌うドロレスの声が、時間を越えてリスナーに寄り添ってくる。

3. Wake Me When It’s Over
アコースティックとドリームポップが融合した中テンポ曲。
現実の苦しみから一時的に目を閉じたいという“静かな逃避”の歌。

4. A Place I Know
暖かく、優しいアコースティックのアレンジ。
「私が知っている場所へ戻りたい」という言葉が、過去の記憶と郷愁を誘う。

5. Catch Me If You Can
少しだけ初期Cranberriesのエネルギーを思わせるアップテンポの楽曲。
“追いかけてきて、でも本当に掴める？”というフレーズに、愛と自立の両面が現れる。

6. Got It
ギターリフが効いたロック色強めの1曲。
“もうすべて理解した”という歌詞には、達観と断絶が重なり、言葉の少なさが逆に重く響く。

7. Illusion
夢と現実の狭間を漂う、静かな美しさをたたえた曲。
ストリングスと囁くようなヴォーカルが、アルバム中でもとくに幻想的。

8. Crazy Heart
傷つきやすく、それでも愛を求める“狂った心”について歌ったナンバー。
カントリー的要素もあり、日記のように私的なトーンが印象的。

9. Summer Song
柔らかなギターと陽光を思わせるメロディが、穏やかな時間の記憶を描き出す。
ドロレスの声に、過去の夏が“音”として蘇るような心地よさがある。

10. The Pressure
不安と重圧に押しつぶされそうな心理を、抑制された演奏とともに表現したスロー・チューン。
言葉の“間”が感情を語る構成で、非常に深く沁みる1曲。

11. In the End
タイトル・トラックにして、最終曲。
「最後に、私たちはどうなるの？」という問いかけが、すべてのCranberriesファンの心に静かに届く。
フォーク調の穏やかなアレンジと、語りかけるようなドロレスの声が、まるで永遠の別れを優しく受け入れているようである。

総評

『In the End』は、バンドとしてのThe Cranberriesの“美しいラストページ”であると同時に、
ドロレス・オリオーダンという稀代のシンガーに捧げる“音による追悼詩”である。
未完成のまま残された素材を、愛情と敬意によって見事に結晶化させたこの作品は、
悲しみだけでなく、再生、回想、そして“存在の永続性”をリスナーに感じさせてくれる。

特筆すべきは、彼女の声がアルバム全体を通じて“今この瞬間に語りかけてくる”ように響いていること。
時間的には過去に録音されたものでありながら、その表情には一切の“遺作感”がない。
それどころか、まるで彼女は今も歌い続けているかのように、そこに“いる”のである。

アルバムの構成も巧みで、哀しみから始まり、希望と回想を経て、
最後に静かに問いかける“in the end”というタイトルが、聴く者の心に深い余韻を残す。