
1. 歌詞の概要
「I’m Not Part of Me」は、アメリカのインディーロック・バンドCloud Nothings(クラウド・ナッシングス)が2014年にリリースしたアルバム『Here and Nowhere Else』のラストトラックであり、バンドにとっては転機となった作品の中でも特に光と影の境界を切り取ったような美しくも強靭な一曲である。
この曲では、過去の自分との訣別、そして新たな自己の受容というテーマが軸に据えられている。
タイトルの「I’m Not Part of Me(自分の一部ではない)」という言葉は、一見すると自己否定的に響くが、実際はむしろ自己の更新や“もう要らなくなった過去の自分を捨てること”の肯定として描かれている。
「I’m learning how to be here and nowhere else(ここにしかいないことを学んでいる)」という象徴的な一節が示すように、この曲は“いま・ここ”を生きることへの覚悟と、それに至るまでの痛みの記録であり、Cloud Nothingsというバンドの成熟の瞬間を刻んだ名曲である。
2. 歌詞のバックグラウンド
「I’m Not Part of Me」が収録された『Here and Nowhere Else』は、前作『Attack on Memory』(2012)の攻撃的なローファイ・パンク路線からさらに進化を遂げた作品であり、よりダイナミックかつメロディアスなサウンドが特徴である。
バンドの中心人物ディラン・バルディ(Dylan Baldi)は、この時期に個人的な変化を経験しており、
「バンドとしても、個人としても“その場限りではなく、持続する強度”を手に入れたかった」と語っている。
「I’m Not Part of Me」は、まさにその意思が音楽として形になったものと言える。
また、この曲は過去への執着を断ち切るためのラストソングとしてアルバムの終盤に配置されており、
激しいエネルギーを持ちながらも、どこか清々しく、カタルシスに満ちている点が大きな魅力である。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“It’s over now / There’s no room to think things through”
もう終わったんだ 考える余地なんてどこにもない“I’m learning how to be here and nowhere else”
いま ここにしかいないということを 学んでいるところなんだ“I’m not, I’m not, I’m not / What you want me to be”
僕は 君が望むような人間じゃない“I’m not part of me”
僕は もはや“自分”の一部じゃない“Forget everything / No memory”
すべてを忘れろ 記憶なんていらない
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
この曲の冒頭で語られる「It’s over now(もう終わった)」という宣言は、恋愛の終わりや友情の崩壊のようにも聞こえるが、より深く捉えると**“自分の中のある部分”との決別であるように思える。
「I’m not part of me」というタイトルも、まるで皮膚を脱ぎ捨てるかのような自己変容の表現であり、
それは若さ特有のアイデンティティの変化と再編**を描いたものでもある。
「I’m learning how to be here and nowhere else」という一節には、過去や未来の幻想から解き放たれて、
“現在”だけに存在しようとする強い意志が込められている。
これは、Cloud Nothingsが常に向き合ってきた**“虚無感”や“焦燥”といった感情に対する一つの応答**でもある。
さらに、「Forget everything / No memory」というフレーズには、単なる忘却ではなく、
“記憶から自由になること”への渇望と希望が感じられる。
この曲は、痛みの記憶に囚われていた自分を断ち切り、再出発するための心の整地作業のようなものなのだ。
音楽的にも、前のめりなドラム、スピード感あるギター、そして叫びにも似たヴォーカルが、
この“自己解体と再生”の物語にふさわしい緊張感と解放感を与えている。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Archie, Marry Me by Alvvays
若者特有の結婚観やアイロニーを、夢見るようなメロディで描いたインディーポップの名曲。 - New Brigade by Iceage
暴力的なまでに若さが炸裂する、ポストパンクの燃焼点。 - Map Change by Every Time I Die
自己の解体と再構築をテーマにした、激情と哲学が共存するハードコアの異色作。 -
Cut Me and I’ll Bleed by The Amazing Snakeheads
壊れそうな魂を吐き出すようなボーカルが心を掴む、ロウで官能的な一曲。 -
The Glow Pt. 2 by The Microphones
存在と不在、愛と孤独の間を揺れ動く“自己探求”のフォーク実験作品。
6. 「自分ではない自分」との決別——それでも、生きていくために
「I’m Not Part of Me」は、Cloud Nothingsにとっての**“終わり”と“始まり”を繋ぐ橋のような楽曲**である。
その橋を渡るのは、自分の一部を失ってしまった語り手——しかし、それは敗北ではない。
むしろこの曲が描いているのは、
痛みと過去を引きずることではなく、それを置き去りにしてでも歩き続けるという選択の尊さなのだ。
“記憶”が足かせとなるとき、人はそこから自由になる必要がある。
この曲の語り手は、そうすることで初めて「いま、ここ」に立ち、自分をやり直す権利を手にした。
「I’m Not Part of Me」は、自己否定の先にある“希望としての空白”を描いた、静かで強い脱皮の歌である。
それは、自分のどこかを置いてきてしまった誰かのために、そっと鳴り続けるエンドロールなのかもしれない。
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