1. 歌詞の概要
「I Want to Touch You」は、イギリスのオルタナティヴ・ロック/シューゲイザー・バンド、Catherine Wheelが1992年にリリースしたデビュー・アルバム『Ferment』に収録された楽曲であり、同年にシングルとしても発表された。タイトルが示すように、楽曲のテーマは触れることへの欲望、つまり物理的な接触によって誰かとつながりたいという根源的な感情である。
しかしそれは単に性的な意味合いにとどまらず、**「存在を確かめたい」「距離を縮めたい」「心の奥に触れたい」**といった、より深いレベルでの“触れること”への渇望として描かれている。ぼんやりとした現実のなかで確かな何かに触れたいという衝動。それがこの楽曲の中心にある。
2. 歌詞のバックグラウンド
Catherine Wheelは1990年代初頭のUKシューゲイザー・シーンに現れたバンドであり、同時代のMy Bloody ValentineやRide、Lushといったバンドと並び、轟音と叙情のあいだを漂うサウンドスケープを生み出していた。「I Want to Touch You」は、彼らのデビュー作『Ferment』の中でもとりわけダイナミックな構成とエモーショナルな歌唱で際立っており、のちのグランジ的要素へと繋がる“骨太なギター・ロック”の原点とも言える一曲である。
プロデューサーはティム・フリーズ=グリーン(Tim Friese-Greene)。彼はTalk Talkのサウンド・アーキテクトとして知られており、空間的かつ実験的な音作りを持ち込みつつ、Catherine Wheelの持つロック的エネルギーをうまく封じ込めている。
「I Want to Touch You」は、アメリカのモダン・ロック・ラジオでも一定の支持を得ており、バンドの国際的認知を押し上げた初期の代表曲のひとつとなっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
“I want to touch you / But I can’t break through”
君に触れたい けれど、どうしても壁を越えられない“You don’t want to feel that way too”
君はそんなふうに感じたくないんだよね“I want to reach you / I can’t explain”
君に手を伸ばしたい でもどう説明すればいいかわからない“I’m drowning in your everything”
君のすべてに、僕は溺れているんだ“And I can’t find the shore”
岸辺がどこかもわからなくなってしまった
引用元:Genius
4. 歌詞の考察
「I Want to Touch You」の歌詞は、表面的には“触れたい”という非常にシンプルな願いを語っている。しかし、その語り口はどこか切実で、危うく、そして詩的である。「触れられない」「伝わらない」「届かない」という断絶感が、楽曲全体に漂っている。
特に「But I can’t break through(どうしても壁を越えられない)」という一節は、物理的・精神的な距離の両方を感じさせる。この曲における“触れる”という行為は、ただ手を差し伸べることではなく、心の壁を越えて、相手の存在そのものに接近しようとする行為なのだ。
また「I’m drowning in your everything(君のすべてに溺れている)」というフレーズには、相手に対する圧倒的な憧れや、感情の制御不能な状態が描かれている。シューゲイザーという音楽ジャンルの特徴である“音の洪水”と見事にリンクし、歌詞とサウンドが完全にシンクロした瞬間を生み出している。
この楽曲は、一見するとラブソングに思えるが、その実、コミュニケーションの不可能性や愛という衝動の苦しさがテーマになっているとも解釈できる。触れたいのに触れられない。言葉にしたいのにできない。そんな葛藤が、分厚いギターとロブ・ディッキンソンのやや乾いた声によって、より切実に響いてくるのだ。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Alison by Slowdive
儚さと憧れが交差するドリーム・ポップの名曲。触れたいけれど届かない感覚が共鳴。 - Leave Them All Behind by Ride
壮大なギターの海に沈みこむような感覚が、「I Want to Touch You」と同質。 - Disarm by The Smashing Pumpkins
愛と傷、触れたくても壊れてしまうような関係性を美しく描いた一曲。 - For Love by Lush
愛をめぐる戸惑いや痛みが、シューゲイザー的な感覚で綴られた楽曲。 -
Talk Show Host by Radiohead
相手に触れたくても拒絶されるような、孤独でねじれた視点が印象的。
6. 指先の距離――触れたいという衝動とその不可能性
「I Want to Touch You」は、愛や欲望といった感情の“表出”ではなく、その手前にある“衝動”や“もどかしさ”を描いた楽曲である。それは「愛してる」という叫びよりも、「愛したいのに、できない」といった心の震えに近い。この曲は、“触れる”ことを夢見ながら、“触れられない”ことに苦しむ歌なのだ。
シューゲイザーというジャンルは、明確な言語ではなく、音の層によって感情を伝える音楽である。「I Want to Touch You」はその本質を体現した一曲であり、言葉の背後にある“言葉にできない感情”を、轟音と沈黙のあいだで描いてみせる。
この楽曲を聴くことは、誰かに届きたいと願った夜の記憶を呼び起こすような体験である。距離があっても、触れられなくても、それでも手を伸ばしてしまう――その不器用な優しさと痛みが、「I Want to Touch You」には静かに、そして確かに宿っている。
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