アルバムレビュー:How Dare You! by 10cc

Spotifyジャケット画像

発売日: 1976年1月23日
ジャンル: アートロック、ポップロック、ソフトロック


コミュニケーションの滑稽と不可能性——10cc、皮肉と感情の臨界点へ

『How Dare You!』は、10ccが1976年に発表した4作目のアルバムであり、ゴドレイ&クレーム脱退前のオリジナル・ラインナップによる最後の作品である。
本作では、前作『The Original Soundtrack』で見せたシネマティックな構成を継承しつつも、より現実的で私的なテーマへと視点を移し、感情とアイロニーがせめぎ合う緊張感を生み出している。

ジャケットはヒプノシスによるもので、電話やラジオなど「断絶された会話」を示唆するビジュアルとリンクするように、アルバム全体を通してコミュニケーション不全、誤解、孤立といった現代的テーマが浮かび上がる。
音楽的にはこれまでと同様、ポップの形式を用いながら、複雑な構成・皮肉な詞・実験的な音作りが絶妙に折り重なる。


全曲レビュー

1. How Dare You

インストゥルメンタルながら、スリリングなモチーフの展開がドラマを予感させるオープニング。
断片的な会話やノイズが交錯し、まるでラジオのダイアルを回しているかのよう。

2. Lazy Ways

日常への倦怠感を軽妙に描いたポップソング。
甘く洗練されたサウンドの裏に、やるせなさと皮肉が潜む10ccらしい一曲。

3. I’m Mandy Fly Me

飛行機事故にインスパイアされた幻想的な物語。
冒頭には「Clockwork Creep」の一節が引用され、夢と現実、記憶と想像が入り混じる構成が鮮やか。10cc随一の名バラッドとも評される。

4. Iceberg

恋愛関係におけるすれ違いと葛藤を、コミカルで演劇的な語り口で表現。
歌詞のセリフまじりの構成は、まるで一幕の芝居のようである。

5. Art for Art’s Sake

「芸術のための芸術」=「金のための芸術」という批判を含んだ曲。
ポップなフックと、哲学的問いかけのバランスが見事で、後期10ccの代表作とも言える。

6. Rock ’n’ Roll Lullaby

過去のロックンロールへのノスタルジーと、その虚構性を描く。
優しいメロディの中に、文化への距離感と再解釈の意志が漂う。

7. Head Room

性愛をテーマにした、10cc流「エロティック・ポップ」。
ファンク的なグルーヴと、露骨さと抽象性を同時に含んだ歌詞が交錯する、挑戦的なトラック。

8. Don’t Hang Up

別れ話を電話越しに語る、アルバム中もっとも感情的で演劇的なトラック
ケヴィン・ゴドレイの情感あるヴォーカルと、緻密に展開されるアレンジが聴き応え抜群。ラストに向かって崩壊するような展開が、関係の終焉を象徴している。


総評

『How Dare You!』は、10ccが「感情」へと深く踏み込んだ唯一のアルバムである。
それまでの知的なユーモアや風刺は、ここでは人間関係のズレや心の不安定さというより私的で普遍的なテーマに向けられている。

この作品は、10ccの二面性——冷静な観察者としての顔と、感情を内に抱える創作者としての顔——が見事に共存した作品であり、リスナーに複雑な余韻を残す。
また、これを最後にゴドレイ&クレームが脱退することになるが、それだけに10ccという集団の緻密なバランスが極限まで磨き上げられた瞬間とも言えるだろう。

切なさと皮肉、構築美と崩壊の予兆。『How Dare You!』は、聴けば聴くほど言葉にならない感情が波のように押し寄せる一枚である。


おすすめアルバム

  • Steely Dan『The Royal Scam』
     知的で洗練されたサウンドと皮肉なリリックが共鳴する。
  • Todd Rundgren『Something/Anything?』
     ポップの中に感情と実験性が同居する名作。
  • Split Enz『Mental Notes』
     演劇的で心理的なテーマを扱うアートポップの好例。
  • The BeatlesAbbey Road
     ポップの集大成としての構築美と内省性が通じ合う。
  • Godley & Creme『Freeze Frame』
     脱退後に展開した前衛的ポップ路線。10ccとの比較に最適。

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