発売日: 2014年4月1日
ジャンル: ノイズ・ロック、エモ、ポストハードコア、インディー・ロック
概要
『Here and Nowhere Else』は、Cloud Nothingsが2014年にリリースした3作目のスタジオ・アルバムであり、前作『Attack on Memory』に続いてバンドの“生身の暴力性”をさらに研ぎ澄ました作品である。
プロデューサーにJohn Congleton(St. Vincent、Swans、The Paper Chaseなど)を迎え、バンドはよりタイトで焦点の定まったサウンドを手に入れる。
その一方で、即興性やラフさも残されており、**混沌としたエネルギーが凝縮された“30分の爆発”**のようなアルバムになっている。
『Attack on Memory』で“記憶への攻撃”を試みたバンドは、本作で“今ここ”という極限的な自己意識へと焦点を移す。
タイトルの『Here and Nowhere Else(ここでしかない)』が示す通り、Cloud Nothingsは過去や未来ではなく、現実と不確かな現在という瞬間に賭けることを選んだのだ。
Dylan Baldiのヴォーカルはより荒れ狂い、ギターは歪みの奥で切実なメロディを放ち、リズムセクションは暴走しながらも正確に“今”を刻む。
この作品は、ポストハードコアの語法を継承しつつ、インディー・ロックの美学と焦燥を極限まで突き詰めた名作である。
全曲レビュー
1. Now Hear In
即座に耳をつんざくようなギターと、鬼気迫るドラムが炸裂するオープニング。
「I can’t believe what I’ve done / I’ve got nothing left to say」と繰り返すボーカルが、後悔と怒りの渦を巻き起こす。
すべてが削ぎ落とされ、今この瞬間の衝動だけが鳴っている。
2. Quieter Today
ノイジーながらもメロディアス。
「今日のほうが静かだ」と語る歌詞が示すのは、混乱が日常化した“静かな破壊”なのかもしれない。
怒鳴るようでいて、どこか冷静な視点も感じさせるバランス感覚が印象的。
3. Psychic Trauma
本作の中核を担う楽曲。
前半は淡々と進行するが、後半でまさに“精神的トラウマ”が爆発するようなブラストビートへと転じる構成は圧巻。
「I can’t believe what I’ve seen」というリフレインがリスナーの中でこだまする。
4. Just See Fear
ややメロウで、グランジの影響も感じさせる一曲。
歌詞には距離や不安、知覚のゆらぎが描かれており、音像もやや曇っている。
それでも曲の最後には怒りが顔を出し、抑え込んだ感情が噴き出す。
5. Giving Into Seeing
暴力的なリフと容赦ないビートが突き進むトラック。
“見てしまうこと”に抗えない衝動、見えてしまった世界への怒りと受容が交錯している。
ライブでは圧倒的な熱量を持って演奏されるナンバー。
6. No Thoughts
スピーディーな展開と鋭利なギターが絡み合う、短くも印象的な曲。
タイトル通り「思考を捨て、身体で叫ぶ」ような衝動的な感覚が支配しており、演奏はほぼ本能的に聴こえる。
7. Pattern Walks
アルバム中最長(7分超)の曲。
リフの反復が続く中で、少しずつ展開が変化していき、終盤ではスクリームに近いヴォーカルが炸裂する。
本作における“彷徨する思考”と“呪いのような構造”を象徴する重厚な一曲。
8. I’m Not Part of Me
アルバムのラストにして、最もキャッチーで、歌詞も開放的な印象を与えるナンバー。
「I’m not you / You’re a part of me」と歌うその声には、苦しみの先にある“新しい自己”への気づきがある。
悲しみと決別、そして再生が鳴っている。
総評
『Here and Nowhere Else』は、Cloud Nothingsが**“記憶”から“現在”へと対象を移したうえで、その“今”を全力で焼きつけようとしたアルバム**である。
それは録音方法にも反映されており、ほぼライヴ一発録りに近い形で制作されているという。
前作『Attack on Memory』が自我との対決であったのに対し、本作は現実の不安定さや、状況に翻弄される感覚そのものを音にしている。
全体を通して30分強と短いが、そこに刻まれた音は**“瞬間”の濃度**において圧倒的であり、聴き手に息をつかせない。
ギターのノイズ、ドラムの爆発、そしてバルディの吐き捨てるような声。
それらがひとつになって生まれる音像は、決して“完璧な美”ではないが、今という時間にしか存在し得ない美しさに満ちている。
本作は、ポストハードコアのエネルギーをインディー・ロック的なフォーマットに見事に落とし込んだ傑作であり、2010年代のロックを代表する1枚として記憶されるべき作品である。
おすすめアルバム(5枚)
- Cloud Nothings – Attack on Memory (2012)
前作にして変化の出発点。怒りと脱構築の衝動が詰まった一枚。 - METZ – II (2015)
ノイズ・ロックとハードコアの交差点。Cloud Nothingsのラウドな側面と共鳴。 - Drive Like Jehu – Yank Crime (1994)
構造的でスリリングなギターと爆発力が魅力。『Pattern Walks』と似た空気感。 - Fugazi – Red Medicine (1995)
衝動と理性がせめぎ合う知的ハードコア。Cloud Nothingsの倫理性に近い。 - Pity Sex – Feast of Love (2013)
メロディック・ノイズとエモの融合。『I’m Not Part of Me』に通じるメランコリー。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Here and Nowhere Else』は、**ジョン・コングルトン(John Congleton)**のプロデュースのもと、リハーサル段階でほぼ全曲を完成させてからスタジオ入りしたという。
録音はわずか数日で行われ、ライブ感とスピード感を保つため、ほとんどのトラックが一発録りで収録された。
また、本作制作時にバンドはツアーを重ね、ライブ・バンドとしての結束力を最大限に高めていた。
その結果、演奏のキレと即興的な熱量が絶妙に同居する、“制御された混沌”とも言えるサウンドが完成している。
Cloud Nothingsはこのアルバムで、自分たちの現在地を“今この場所”にしっかりと刻みつけた。
その証明として、本作の余白のなさと、異様なテンションは、2020年代に至ってもなお、リスナーの耳を焼きつづけている。
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