
発売日:1990年9月17日 / ジャンル:ドリーム・ポップ、エーテリアル・ウェイヴ、アンビエント・ポップ、ポストパンク、オルタナティヴ・ロック
- 概要
- 全曲レビュー
- 1. Cherry-Coloured Funk
- 2. Pitch the Baby
- 3. Iceblink Luck
- 4. Fifty-Fifty Clown
- 5. Heaven or Las Vegas
- 6. I Wear Your Ring
- 7. Fotzepolitic
- 8. Wolf in the Breast
- 9. Road, River and Rail
- 10. Frou-Frou Foxes in Midsummer Fires
- 総評
- おすすめアルバム
- 1. Cocteau Twins – Treasure
- 2. Cocteau Twins – Blue Bell Knoll
- 3. Lush – Spooky
- 4. Slowdive – Souvlaki
- 5. Beach House – Bloom
- 関連レビュー
概要
Cocteau Twinsの6作目『Heaven or Las Vegas』は、ドリーム・ポップというジャンルの到達点のひとつであり、1980年代から1990年代へ移行する英国オルタナティヴ・ミュージックの中で、幻想性、官能性、ポップ性が最も美しく結びついたアルバムである。1984年の『Treasure』で、彼らはゴシック・ロック以後の暗さを、霧のようなギターとElizabeth Fraserの言語を超えたヴォーカルによって、神話的でエーテリアルな音響へ変換した。その後『Victorialand』や『Blue Bell Knoll』を経て、サウンドはより柔らかく、より光を帯びるようになった。『Heaven or Las Vegas』は、その変化が最も豊かな形で結実した作品である。
本作は、Cocteau Twinsのキャリアにおいて非常に特別な位置にある。初期の彼らは、4ADレーベルの耽美的で暗い美学を象徴する存在だった。Robin Guthrieの深いリバーブとディレイに包まれたギター、Simon Raymondeの陰影あるベースと鍵盤的な音作り、Elizabeth Fraserの意味を解体する歌唱が、現実から遠く離れた夢のような空間を作っていた。しかし『Heaven or Las Vegas』では、その夢幻性に加えて、これまで以上に明確な温かさ、色彩、メロディの親しみやすさがある。幻想的でありながら、ポップ・アルバムとしての完成度も非常に高い。
アルバム・タイトル『Heaven or Las Vegas』は、非常に象徴的である。「天国かラスベガスか」という対比には、聖なるものと俗なるもの、精神性と消費文化、純粋な幸福と人工的な快楽、夢と欲望が並置されている。ラスベガスは、光、賭博、ショー、人工の楽園、砂漠の中の幻影を連想させる場所である。一方、天国は究極の救済や永遠の美を意味する。この二つが「or」で結ばれることで、本作全体にある曖昧さが浮かび上がる。ここにある美しさは天上的なのか、それとも人工的なネオンの輝きなのか。Cocteau Twinsはその答えを決めず、両方を同時に鳴らしている。
本作の音楽は、初期の冷たいゴシック的質感から大きく離れ、より明るく、より流麗で、より身体的な喜びを持っている。ギターは依然として厚い残響をまとっているが、『Treasure』のような冷たい霧ではなく、光の粒子のようにきらめく。リズムもより柔らかく、曲によってはダンス・ミュージック的な浮遊感すら感じられる。ベースは重く沈むのではなく、メロディの流れを支えるように動き、全体の音像は深い海ではなく、光の満ちた空中へ向かっている。
Elizabeth Fraserのヴォーカルも、本作では特に重要である。彼女の歌詞は依然として意味を完全には固定しない。造語、断片的な言葉、聞き取りにくい発音、音としての言語が多く、聴き手は歌詞の意味を明確に追うことよりも、声の動きと響きを受け取ることになる。しかし『Heaven or Las Vegas』では、過去作よりも感情の輪郭が近く感じられる。喜び、愛、母性、官能、喪失、不安、幸福の眩しさが、言葉の意味を超えて伝わる。特に、本作の制作時期にFraserが母となったことは、アルバム全体に新しい生命感をもたらしている。
『Treasure』が古い肖像画や神話の中にある宝石のような作品だとすれば、『Heaven or Las Vegas』は、光を浴びて発光する宝石である。暗く秘められた美ではなく、より開かれ、より色鮮やかで、より肉体的である。ただし、その明るさは単純な幸福ではない。Cocteau Twinsの音楽には、どれほど美しくても、常にどこか届かないもの、壊れやすいものがある。本作の明るさもまた、永遠ではなく、一瞬の眩しさとして響く。
1990年という時代背景も重要である。英国ではマッドチェスター、シューゲイザー、インディー・ダンス、アシッド・ハウス以後のクラブ文化が拡大し、ギター・ロックと電子的な音響の関係が変わりつつあった。My Bloody Valentine、Ride、Lush、Slowdiveなどのシューゲイザー勢が登場し始める中で、Cocteau Twinsはその先駆として、ギターを意味やリフのためではなく、音の雲や光の層として使う方法をすでに確立していた。『Heaven or Las Vegas』は、シューゲイザーやドリーム・ポップの後続世代にとって、決定的な参照点となった。
本作の魅力は、抽象性とポップ性が矛盾せずに同居している点にある。歌詞は明確ではない。曲の構造も、通常のロックやポップの文法から少しずれている。しかし、メロディは非常に強く、声は耳に残り、ギターの輝きは即座に聴き手を包み込む。難解でありながら直感的であり、幻想的でありながら身体的である。この両義性こそが、Cocteau Twinsの中でも本作を特別なものにしている。
全曲レビュー
1. Cherry-Coloured Funk
オープニング曲「Cherry-Coloured Funk」は、『Heaven or Las Vegas』の色彩感覚を最初に提示する楽曲である。タイトルにある「Cherry-Coloured」は、チェリー色、すなわち赤、甘さ、果実、官能、鮮やかな生命感を連想させる。一方で「Funk」という言葉は、リズム、身体性、グルーヴを示す。Cocteau Twinsの音楽はしばしば浮遊感や幻想性で語られるが、この曲はその中に身体的な快楽もあることを示している。
サウンドは、冒頭から非常に美しい。ギターは厚いリバーブをまといながらも、重く沈むのではなく、光の中で揺れるように響く。ベースとリズムは柔らかく、曲全体をゆるやかに前へ進める。音は非常に立体的で、聴き手は一瞬でアルバムの夢幻的な空間へ導かれる。
Elizabeth Fraserのヴォーカルは、この曲で非常に流麗である。歌詞の意味は明確ではないが、声の動きには強い喜びと官能性がある。彼女の声は楽器であり、メロディであり、色彩そのものでもある。言葉の意味を追うより、声が描く曲線に身を委ねることで、この曲の魅力はより深く伝わる。
「Cherry-Coloured Funk」は、本作の入口として完璧である。暗いゴシック的な世界ではなく、光と色に満ちたドリーム・ポップがここで始まる。Cocteau Twinsが、幻想性を保ちながら、より豊かで官能的なポップへ進んだことを強く示す名曲である。
2. Pitch the Baby
「Pitch the Baby」は、タイトルからして奇妙で、Cocteau Twinsらしい曖昧さを持つ楽曲である。「赤ん坊を投げる」と読めるような不穏さもありながら、実際には言葉の響きやリズムが重要で、明確な物語として理解するよりも、音の感覚として受け取るべき曲である。本作における母性や生命感を考えると、赤ん坊というイメージは特に興味深い。
サウンドは、リズムが比較的強く、軽やかな躍動感を持つ。ギターはきらめきながら広がり、ベースはしなやかに動く。曲全体には、前曲よりも少し跳ねる感覚があり、アルバムの序盤に活気を与えている。Cocteau Twinsのサウンドが、単なる浮遊だけではなく、細かな運動を持っていることがよくわかる。
Fraserのヴォーカルは、ここで非常に遊び心に満ちている。声は言葉の意味を越え、リズムの一部として跳ねる。赤ん坊の発声や子守歌のような柔らかさと、どこか奇妙な緊張が同時にある。彼女の歌唱は、意味を説明するのではなく、身体と感情の動きを直接伝える。
「Pitch the Baby」は、『Heaven or Las Vegas』の中で、生命の揺れや遊戯性を感じさせる楽曲である。タイトルの不可解さも含めて、Cocteau Twinsの音楽が、言葉を固定された意味から解放する力を持っていることを示している。
3. Iceblink Luck
「Iceblink Luck」は、本作の中でも特にポップで、明るく、Cocteau Twinsの代表曲のひとつとして知られる楽曲である。タイトルの「Iceblink」は、北極圏などで氷原に反射した光が空に映る現象を指す言葉であり、冷たさと光、遠い輝きが同時に含まれている。「Luck」と組み合わされることで、偶然の幸福、冷たい光の中に訪れる幸運のようなイメージが生まれる。
サウンドは非常に開放的で、アルバムの中でも特に明るい。ギターは透明に輝き、リズムは軽快で、メロディは非常に親しみやすい。初期Cocteau Twinsの暗く濃密な音像と比べると、この曲には驚くほどの風通しの良さがある。だが、明るいと言っても単純なポップ・ロックではない。音の輪郭は曖昧で、声は言葉を越え、現実から少し浮いた場所にある。
Fraserの歌唱は、幸福感と眩しさに満ちている。彼女の声は高く舞い上がり、聴き手に強い解放感を与える。ここでは、言葉が理解できなくても、喜びの感情がはっきり伝わる。Cocteau Twinsの不思議な点は、歌詞の意味が不透明であるにもかかわらず、感情の質感は非常に直接的に届くことである。
「Iceblink Luck」は、本作のポップ性を象徴する曲である。ドリーム・ポップが、難解な幻想音楽に留まらず、明るく広く開かれた形でも成立することを示している。Cocteau Twinsの音楽が持つ祝福の感覚が最も美しく表れた一曲である。
4. Fifty-Fifty Clown
「Fifty-Fifty Clown」は、タイトルからして、喜劇性と不安定さが同居する楽曲である。「五分五分の道化師」とでも訳せるこの言葉には、半分だけ滑稽で、半分だけ悲しい存在というイメージがある。道化師は笑わせる存在でありながら、しばしば内側に孤独や哀しみを抱える。この二面性は、Cocteau Twinsの音楽にも通じる。
サウンドは、やや陰影が濃く、前曲「Iceblink Luck」の明るさから少し内側へ戻る。ギターは美しく響くが、そこには薄い影がある。リズムはゆったりとし、曲全体には揺れるような感覚がある。アルバムの中で、光と影のバランスを調整する役割を持つ曲である。
Fraserの声は、ここで少し不安定に、しかし非常に美しく響く。言葉の意味は明確ではないが、声の表情には、幸福と不安、柔らかさと緊張が混ざっている。タイトルの道化師のイメージを考えると、この声は笑顔の裏にある複雑な感情を思わせる。
「Fifty-Fifty Clown」は、本作の中で目立つシングル的な曲ではないが、アルバムの深みを支える重要な楽曲である。『Heaven or Las Vegas』は単に明るい作品ではなく、光の中に影を含んでいる。その影の美しさが、この曲にはよく表れている。
5. Heaven or Las Vegas
タイトル曲「Heaven or Las Vegas」は、本作の中心的な楽曲であり、Cocteau Twinsのキャリアの中でも特に象徴的な名曲である。タイトルの対比は、聖なる天国と人工的な快楽の都市ラスベガスを並べることで、美と俗、救済と欲望、真実と幻影の境界を曖昧にしている。これはアルバム全体のテーマそのものでもある。
サウンドは、非常に華やかでありながら、どこか現実感が薄い。ギターはネオンのように輝き、リズムはしなやかに揺れ、ベースは曲を柔らかく支える。音像はきらびやかだが、過剰に派手ではない。ラスベガス的な人工の光を想起させながら、同時に天上的な浮遊感もある。この二重性が曲の魅力である。
Fraserのヴォーカルは、ここで特に官能的で、喜びに満ちている。歌詞の意味は部分的にしか把握できないが、声のトーンからは強い幸福感、愛、眩しさが伝わる。これは地上の愛なのか、宗教的な歓喜なのか、人工の夢なのか。その区別は重要ではない。むしろ、そのすべてが混ざっていることが曲の核心である。
「Heaven or Las Vegas」は、Cocteau Twinsが作り出したドリーム・ポップの理想形のひとつである。抽象的でありながら、非常にポップで、官能的で、忘れがたい。アルバム全体のタイトル曲として、本作の美学を最も明確に示す楽曲である。
6. I Wear Your Ring
「I Wear Your Ring」は、タイトルからして愛、誓い、結婚、所有、つながりを連想させる楽曲である。「あなたの指輪を身につける」という言葉には、相手との関係を身体に刻む感覚がある。指輪は約束の象徴であり、同時に束縛の象徴でもある。この曲には、その両義性が漂っている。
サウンドは、柔らかく、流れるようである。ギターは水のように広がり、リズムは軽く、曲全体に滑らかな浮遊感がある。タイトルにある指輪の円環的なイメージのように、音は循環し、回り続ける。Cocteau Twinsの音楽では、こうした反復が、夢のような時間感覚を作る。
Fraserのヴォーカルは、親密でありながら遠い。彼女は愛の歌を歌っているように聞こえるが、それは明確なラブソングの言葉ではない。むしろ、指輪という象徴を中心に、愛の感覚そのものが音となって広がる。意味は曖昧でも、愛の手触りはある。
「I Wear Your Ring」は、本作の中で、親密さと誓いの感覚を担う楽曲である。幸福な曲にも聞こえるが、指輪が持つ束縛や永続への不安も感じられる。Cocteau Twinsらしく、美しいものの中にわずかな緊張が含まれている。
7. Fotzepolitic
「Fotzepolitic」は、タイトルからして意味をつかみにくく、Cocteau Twinsの言語感覚が強く表れた楽曲である。造語のような響きを持ち、明確な意味よりも音の感触が重要である。こうしたタイトルは、聴き手に意味を探させるというより、言葉を音や質感として受け取るよう促す。
サウンドは、アルバムの中でも特に軽やかで、躍動感がある。ギターはきらめき、リズムは柔らかく跳ね、曲全体には開放感がある。『Heaven or Las Vegas』の特徴である、明るい色彩と流れるような音響がよく表れている。初期の冷たい闇ではなく、ここには空気が動き、光が差している。
Fraserの声は、タイトル同様、言葉の意味よりも音の快楽として響く。彼女の発声は曲のリズムと絡み合い、声そのものがギターやシンセと同じように音の一部となる。歌詞を理解できなくても、声の表情から、喜びや浮遊感が伝わる。
「Fotzepolitic」は、本作の中で、Cocteau Twinsの言語解体とポップな高揚がよく結びついた楽曲である。意味の不明瞭さが障害ではなく、むしろ音楽の自由を広げている。彼らの美学を理解するうえで重要な一曲である。
8. Wolf in the Breast
「Wolf in the Breast」は、アルバム後半において、より内面的で不穏な響きを持つ楽曲である。タイトルは「胸の中の狼」と訳せる。これは非常に強いイメージであり、身体の内側に潜む野性、欲望、不安、攻撃性、母性と本能の混ざり合いを連想させる。『Heaven or Las Vegas』の中でも、特に暗い象徴性を持つタイトルである。
サウンドは、柔らかさを保ちながらも、どこか緊張している。ギターは美しく広がるが、曲全体には薄い影がある。リズムも激しくはないが、内側で何かが動いているような感覚を与える。タイトルの「胸の中の狼」というイメージが、そのまま音の奥に潜んでいる。
Fraserのヴォーカルは、ここで特に感情の揺れを感じさせる。声は美しいが、完全に穏やかではない。何かを抑えているようでもあり、内側から力が立ち上がるようでもある。Cocteau Twinsの音楽には、天上的な美しさだけでなく、身体的で本能的なものもある。この曲はその側面をよく示している。
「Wolf in the Breast」は、本作の明るい表面の下にある不安や野性を浮かび上がらせる曲である。アルバムは後半に向かって、幸福の光だけではなく、その内側にある複雑な感情へ入っていく。この曲はその重要な転換点である。
9. Road, River and Rail
「Road, River and Rail」は、道、川、鉄道という移動のイメージをタイトルに持つ楽曲である。これらはいずれも、どこかへ向かうための経路であり、時間、距離、旅、別れ、流れを連想させる。アルバムの中で、物理的な移動と感情の移動が重なるような曲である。
サウンドは、流れるようなギターと、ゆったりとしたリズムによって構成される。曲全体には、水や風のような動きがある。道は進み、川は流れ、鉄道は遠くへ運ぶ。そのイメージが、音楽の構造にも反映されているように感じられる。Cocteau Twinsの音は、静止した夢ではなく、ゆっくり移動する夢でもある。
Fraserの声は、ここで遠くへ伸びるように響く。彼女の歌唱は、旅の中で見える風景のように、断片的でありながら強い印象を残す。歌詞の意味は明確ではないが、移動、記憶、離れていくものへの感覚が声の中に宿っている。
「Road, River and Rail」は、本作の終盤に奥行きを与える楽曲である。『Heaven or Las Vegas』の光の世界は、ここで少し遠くへ移動し、別れや流れの感覚を帯びる。派手な曲ではないが、アルバムの余韻を深める重要な一曲である。
10. Frou-Frou Foxes in Midsummer Fires
ラストを飾る「Frou-Frou Foxes in Midsummer Fires」は、Cocteau Twinsらしい幻想的で謎めいたタイトルを持つ楽曲である。Frou-Frouは装飾的で軽やかな響きを持ち、Foxesは狐たち、Midsummer Firesは真夏の火を意味する。狐、真夏、火、装飾的な音。これらのイメージは、妖精譚や異教的な儀式、夜の森の炎を連想させる。アルバムの終曲として、非常に豊かで神秘的なイメージを持つ。
サウンドは、終曲にふさわしく、壮大で、深い広がりを持つ。ギターは厚く、声は何層にも重なり、曲全体が光と炎の中で揺れるように響く。前半のポップな開放感とは異なり、ここでは再び神話的な空気が強くなる。『Treasure』にも通じる儀式的な美しさが、より温かい色彩で戻ってくる。
Fraserのヴォーカルは、ここで非常にドラマティックである。彼女の声は高く舞い上がり、何かを祝福するようでもあり、別れを告げるようでもある。意味は明確ではないが、終曲としての高揚と余韻は非常に強い。曲は解決というより、夢の中で火が燃え続けるような終わり方をする。
「Frou-Frou Foxes in Midsummer Fires」は、『Heaven or Las Vegas』を幻想的な余韻で閉じる楽曲である。本作の明るさ、官能性、神秘性、不安定な美しさが、この曲で再び一つになる。アルバムの最後にふさわしい、壮麗で忘れがたい終曲である。
総評
『Heaven or Las Vegas』は、Cocteau Twinsの最高傑作のひとつであり、ドリーム・ポップというジャンルを語るうえで欠かせないアルバムである。初期のゴシック的な暗さと、後期のより明るいポップ性の間で、本作は奇跡的なバランスを保っている。暗くはないが、軽くもない。美しいが、単純な癒しではない。抽象的だが、感情は非常に強く伝わる。その矛盾した要素が、本作を長く聴かれる作品にしている。
本作の中心には、Elizabeth Fraserの声がある。彼女のヴォーカルは、通常の歌詞理解を超えた場所にある。言葉は断片化され、意味は曖昧になり、声は楽器のように曲の中へ溶けていく。しかし、その声は決して無意味ではない。むしろ、意味が固定されないからこそ、喜び、官能、母性、不安、喪失、祝福が、聴き手に直接届く。Fraserの声は、言葉の前にある感情を歌っている。
Robin Guthrieのギターも、本作の美しさを決定づけている。『Treasure』では冷たい霧のようだったギターが、『Heaven or Las Vegas』ではより光を帯び、色彩豊かな音の層として広がる。ディレイとリバーブに包まれたギターは、現実の楽器というより、空気、光、水、ネオンのように機能する。後のシューゲイザーやドリーム・ポップにおけるギター音響の発展を考えるうえでも、本作の影響は非常に大きい。
Simon Raymondeの役割も重要である。彼のベースと鍵盤的な感覚は、ギターと声の浮遊を支える地面となり、同時に曲にメロディックな動きを与える。Cocteau Twinsの音楽はしばしばFraserとGuthrieに注目されるが、本作の豊かな立体感はRaymondeの貢献なしには成立しない。低音が柔らかく動くことで、音楽は単なる雲ではなく、身体を持った夢になる。
『Heaven or Las Vegas』の大きな魅力は、ポップ・アルバムとしての強度である。Cocteau Twinsは非常に抽象的なバンドでありながら、本作では「Iceblink Luck」「Heaven or Las Vegas」「Cherry-Coloured Funk」など、強いメロディと明確なフックを持つ曲を生み出している。言葉の意味が曖昧でも、曲はしっかりと耳に残る。この抽象性とポップ性の両立は、非常に稀有である。
アルバム全体のテーマとしては、天上的な美しさと地上的な官能の混在が挙げられる。タイトルが示すように、ここにはHeavenとLas Vegasが同時に存在している。純粋な光と人工のネオン、母性と欲望、祈りと消費、夢と現実。Cocteau Twinsはこれらを対立させるのではなく、ひとつの音響の中で溶かし合わせる。そのため、本作の美しさは清らかであると同時に、どこか俗っぽく、官能的でもある。
本作は、Fraserが母になった時期の作品としても重要である。歌詞の明確な内容を追うことは難しいが、声やメロディには、生命の誕生、母性、身体的な変化、喜びと不安がにじんでいる。『Heaven or Las Vegas』が過去作よりも温かく、生命力を持って響く理由のひとつはそこにある。初期のCocteau Twinsが遠い夢や神話の音楽だったとすれば、本作には現実の身体と生活の光が差し込んでいる。
一方で、本作は完全に明るいアルバムではない。「Fifty-Fifty Clown」「Wolf in the Breast」「Road, River and Rail」などには、影や不安、移動、内側の獣のような感覚がある。幸福はここで固定された状態ではなく、揺れ続ける光として描かれる。だからこそ、本作は甘すぎない。美しさの中に、常に壊れやすさがある。
歴史的には、『Heaven or Las Vegas』はシューゲイザー、ドリーム・ポップ、エーテリアル・ポップ、アンビエント・ポップの後続世代に大きな影響を与えた。Slowdive、Lush、Beach House、M83、Sigur Rós、Weyes Blood、さらには現代のオルタナティヴR&Bやベッドルーム・ポップの一部にも、Cocteau Twinsの残響は感じられる。特に、声を意味よりも質感として扱う方法、ギターを空間として使う方法は、後の音楽に深く受け継がれている。
日本のリスナーにとって本作は、ドリーム・ポップ入門としても非常に聴きやすい作品である。『Treasure』の神秘的で暗い美しさよりも、こちらは明るく、メロディが親しみやすい。それでいて、Cocteau Twinsならではの言語を超えた声、深いリバーブ、幻想的な音響は十分に味わえる。歌詞の意味を追うより、音の色、声の動き、ギターの光に身を任せることで、本作の魅力は最も深く伝わる。
『Heaven or Las Vegas』は、天国のようにも、人工の楽園のようにも響くアルバムである。そこには本物の幸福と、幻のような光が同時にある。Cocteau Twinsはこの作品で、抽象的な音楽をこれほどまでにポップで、官能的で、感情豊かなものにできることを示した。本作は、1990年代ドリーム・ポップの始まりを告げるだけでなく、音楽が言葉を超えて人の感情へ届くことを証明した、永遠の名盤である。
おすすめアルバム
1. Cocteau Twins – Treasure
Cocteau Twinsの神秘的でゴシック的な美学を決定づけた代表作。『Heaven or Las Vegas』よりも暗く、冷たく、神話的な雰囲気が強い。Elizabeth Fraserの言語を超えたヴォーカルとRobin Guthrieの霧のようなギターが、エーテリアル・ウェイヴの原型を作っている。
2. Cocteau Twins – Blue Bell Knoll
『Heaven or Las Vegas』の直前に発表された作品で、初期の暗さからより明るく流麗なドリーム・ポップへ移行する過程を示している。音像は柔らかく、メロディも洗練されており、本作へ至る重要な橋渡しとなるアルバムである。
3. Lush – Spooky
Cocteau Twinsの影響を強く受けたシューゲイザー/ドリーム・ポップの名盤。Robin Guthrieがプロデュースを手がけており、ギターの残響、浮遊するヴォーカル、甘さと陰影のバランスに『Heaven or Las Vegas』との強い親和性がある。
4. Slowdive – Souvlaki
1990年代シューゲイザーを代表する作品。ギターの層、浮遊感、淡いメランコリーが特徴で、Cocteau Twinsが開いた音響美学をより沈み込むような方向へ発展させている。ドリーム・ポップの深い余韻を味わいたい場合に重要なアルバムである。
5. Beach House – Bloom
Cocteau Twins以後のドリーム・ポップを現代的に受け継いだ作品。シンセ、ギター、浮遊するヴォーカルが大きな空間を作り、明るさとメランコリーが同居している。『Heaven or Las Vegas』の光と夢の感覚を、21世紀的な形で聴くことができる。

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