発売日: 2013年10月14日
ジャンル: エレクトロポップ、トリップホップ、オルタナティヴR&B、ダウンテンポ
概要
『Head Up High』は、Morcheebaが2013年に発表した8作目のスタジオ・アルバムであり、
“スカイ・エドワーズ復帰後の新章”として、ポジティブなメッセージ性とダンサブルな進化を遂げた作品である。
2010年の『Blood Like Lemonade』では、静謐で内省的なチルアウト感覚が際立っていたが、
本作ではその流れを継ぎつつも、よりリズムとテンションを強調したプロダクションが施されており、
ポップスとしての洗練、エレクトロニカとしての現代性、ソウルとしての感情の深みが高次元で融合している。
また本作では、Chali 2na（Jurassic 5）やNature Boy Jim Kellyらのラップ／ヴォーカルゲストも迎えられ、
音楽的レンジの拡大と“異文化的なコラボレーション”による新たな風が吹き込まれている。
タイトルの「Head Up High（頭を高く上げて）」が象徴するように、
本作は失敗や痛みを経た先にある“再起”と“肯定”を歌う、明快で感情的なアルバムとなっている。
全曲レビュー
1. Gimme Your Love
ダンサブルなグルーヴと煌びやかなエレクトロが交錯するオープニング。
ストレートなラブコールが、アルバム全体の高揚感を予感させる。
2. Face of Danger (feat. Chali 2na)
重たいベースとChali 2naの低音ラップが印象的なコラボ曲。
“危険の顔”というメタファーで、不安定な現代社会と向き合う姿勢を描く。
3. Call It Love
ドリーミーなシンセとスカイの儚げなヴォーカルが溶け合う、ミッドテンポのラブソング。
“愛と呼ぼう”というタイトルが示すように、曖昧な感情の名づけと受容をめぐる一曲。
4. Under the Ice
凍てつくようなビートと内省的な歌詞が印象的な楽曲。
“氷の下”という表現が、感情の凍結とそこに宿る美しさを象徴する。
5. I’ll Fall Apart
アコースティック・ギターとストリングスによるしっとりとしたバラード。
「私は壊れるだろう」というフレーズに、壊れることでしか得られない自由がにじむ。
6. Make Believer
レトロなディスコ感覚と現代的ビートの融合。
“信じるふりをして”という言葉に込められた、希望と欺瞞のはざま。
7. Release Me Now
スカイの高音が映える、緊張感あるスローバーナー。
束縛からの解放をテーマに、感情の解き放ちを丁寧に描写する。
8. To Be (feat. Rizzle Kicks)
英ラップ・デュオRizzle Kicksとの異色のコラボ。
哲学的な“存在”をめぐる詩と、青春的なエネルギーの交差がユニーク。
9. Hypnotized
エスニックな旋律とダブ調のベースが融合した、催眠的グルーヴ。
その名の通り、“音に酔う”感覚が全面に出た一曲。
10. To the Grave
メランコリックでクラシカルなバラード。
“墓場まで”というタイトルが暗示するように、不変の誓いや後悔を歌う深遠なトラック。
11. Do You Good
アップテンポで軽快なエレクトロ・ポップ。
“あなたに良くしてあげたい”というフレーズが、他者への奉仕と共感のリズムとして響く。
12. Finally Found You
温かなアコースティックサウンドで締めくくられる、穏やかなエピローグ。
“ついにあなたを見つけた”――旅の終わりと愛の発見を告げる一曲。
総評
『Head Up High』は、内省的な過去作から一歩踏み出し、“明るさと強さ”を全面に押し出したMorcheebaのモダンなポップ・アルバムである。
スカイ・エドワーズの声は、変わらぬ包容力と静かな情熱を持ちながら、
エレクトロニカやヒップホップ要素との親和性も高く、“Morcheebaの声”としての普遍性と進化の両立を果たしている。
全体のサウンドは洗練され、ポップさと内面性がバランス良く融合されており、
過去のトリップホップ期を懐かしみながらも、“過去に戻らず、前を向いている”意志のある構成となっている。
この作品は、失敗や孤独、沈黙を知った者だけが放てる“ポジティブの静かな強さ”に満ちており、
リスナーを鼓舞し、同時に寄り添うような、柔らかくも芯のある音楽的メッセージが詰まっている。
おすすめアルバム
- Little Dragon / Ritual Union
エレクトロニカとソウルの融合によるポップな進化形。 - Massive Attack / 100th Window
ヒップホップとエレクトロニカの交差点としての共通性。 - Róisín Murphy / Hairless Toys
洗練されたエレクトロポップと演劇性が際立つ。 - SBTRKT / SBTRKT
R&B的ボーカルと先鋭的なビートの組み合わせに注目。 - Lana Del Rey / Ultraviolence
メランコリーと官能が共存する、モダン・ポップの新定番。
歌詞の深読みと文化的背景
『Head Up High』のリリックは、過去の痛みを肯定しつつも、“その先へ進む意志”を持った歌詞が全体にわたって貫かれている。
「Face of Danger」や「I’ll Fall Apart」では、社会的緊張や感情の崩壊を扱いながらも、
“頭を高く上げて前を向く”という明確なポジティブな態度が提示される。
また、ゲストラッパーの参加により、言葉のリズムや視点が多様化し、
単なるエレガントなポップではなく、“声の多重性を持つ現代の寓話”としての機能も備える。
スカイの歌声は、希望を押し付けるのではなく、聴く者の中にある小さな希望を優しく呼び起こすような存在として作用しており、
Morcheebaの音楽はこのアルバムを通して、再び“生きることの肯定”へと向かう航路に舵を切ったのである。
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