H.E.R.: 現代R&Bのソウルフルなミューズ

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イントロダクション

H.E.R.(ハー)は、現代R&Bを代表するシンガーソングライター、ギタリスト、プロデューサーである。本名はGabriella Sarmiento Wilson(ガブリエラ・サルミエント・ウィルソン)。カリフォルニア州ヴァレーホ出身で、R&B、ソウル、ネオソウル、ヒップホップ、ポップ、ブルース、ゴスペル、ロックの感覚を横断しながら、2010年代後半以降のR&Bシーンに深い存在感を刻んできた。

H.E.R.という名は、Having Everything Revealedの略とされる。直訳すれば「すべてが明かされる」という意味だ。しかし皮肉なことに、彼女はデビュー初期、顔や素性をあえて前面に出さず、サングラスをかけた匿名的なイメージで登場した。見た目やゴシップではなく、声、ギター、歌詞、感情そのものに耳を向けさせるためである。この匿名性は、現代のポップスター像への静かな反抗でもあった。

彼女の音楽は、夜の部屋に灯る小さなランプのようだ。派手な爆発よりも、内側からじわじわ熱を持つ。恋愛の不安、すれ違い、自己防衛、社会への怒り、黒人女性としての視点、愛されたい気持ちと傷つきたくない気持ち。そのすべてを、H.E.R.はしなやかな歌声と、時に鋭く泣くようなギターで表現する。

H.E.R.はすでに、グラミー賞、アカデミー賞、エミー賞を受賞しているアーティストとして知られる。グラミー公式プロフィールでは、彼女が第61回グラミー賞で初ノミネートを受け、H.E.R.でBest R&B Albumを受賞したことが紹介されている。Grammy+1 また、映画Judas and the Black Messiahのための楽曲「Fight For You」で2021年のアカデミー賞Best Original Songを受賞した。

H.E.R.は、単なるR&Bシンガーではない。彼女は、クラシックなソウルの魂を持ち、現代R&Bのミニマルな空気をまとい、ブルースギターを武器にし、社会的メッセージも歌える総合的なミュージシャンである。彼女の音楽には、過去のブラックミュージックへの敬意と、現代を生きる若い女性のリアルな孤独が同時に息づいている。

アーティストの背景と歴史

H.E.R.ことGabriella Wilsonは、幼い頃から音楽的才能を見せていた。子どもの頃からテレビ番組に出演し、ギターや歌で注目を集め、もともとは本名に近いGabi Wilson名義でも活動していた。その後、2016年にH.E.R.名義でH.E.R. Volume 1をリリースし、本格的に現代R&Bシーンへ姿を現す。彼女はRCA RecordsとMBK Entertainmentから作品を発表し、匿名性をまとったミステリアスな新星として注目された。ウィキペディア

初期のH.E.R.は、顔を見せないことによって逆に強い印象を残した。現代の音楽産業では、アーティストの見た目、私生活、SNS上のキャラクターが音楽以上に消費されることがある。H.E.R.はそこから距離を取り、まず声だけで聴き手と向き合った。この姿勢は、R&Bが本来持っていた親密さを取り戻す試みでもあった。

2017年にはコンピレーション形式のプロジェクトH.E.R.を発表。この作品には、「Focus」、「Every Kind of Way」、Daniel Caesarとの「Best Part」などが収録され、彼女の名を一気に広めた。H.E.R.は第61回グラミー賞でBest R&B Albumを受賞し、H.E.R.はR&Bの新たな中心人物として認識されるようになる。Grammy

2019年にはI Used to Know Herを発表。これはEPシリーズをまとめた作品であり、よりヒップホップ、ファンク、ブルース、ゴスペル寄りの要素も強まった。2020年には、ジョージ・フロイド殺害事件後の社会的怒りを背景にした「I Can’t Breathe」を発表し、この曲は第63回グラミー賞でSong of the Yearを受賞した。2021年には、映画Judas and the Black Messiahの楽曲「Fight For You」でアカデミー賞Best Original Songを受賞し、音楽と社会的メッセージを結びつけるアーティストとしての評価をさらに高めた。

2021年には初のフルレングス・スタジオアルバムBack of My Mindをリリース。Sony Music Canadaのリリース情報では、同作が2021年6月18日に発表され、Chris Brown、Ty Dolla $ign、Cordae、Lil Baby、Thundercat、Yung Bleu、DJ Khaled、Bryson Tiller、YGらが参加した作品として紹介されている。Sony Music Canada 同作は、彼女のR&Bアーティストとしての幅広さを示す大作であり、現代R&Bの洗練とクラシックなソウルの情感が結びついている。

音楽スタイルと影響

H.E.R.の音楽は、R&B、ネオソウル、ソウル、ブルース、ヒップホップ、ゴスペル、ポップ、ファンク、ロックを横断している。だが、彼女の音楽を特別にしているのは、ジャンルの多さではなく、そのすべてを声とギターの親密さに集約できる点である。

彼女の歌声は、過剰に飾らない。高音を見せつけるだけでも、技巧で押し切るだけでもない。息を含んだ低い声、滑らかなメロディ、少し切ないフェイク、言葉の端に残る疲れやためらい。そこにH.E.R.のR&Bがある。彼女の歌は、相手に向かって大声で叫ぶというより、夜中に送れなかったメッセージを読み返すような距離感を持つ。

もう一つの重要な要素がギターである。H.E.R.は、現代R&Bシンガーでありながら、ギタリストとしての存在感も非常に大きい。PrinceJimi Hendrix、B.B. King、Lenny Kravitz、Alicia Keys、Lauryn Hill、D’Angelo、Erykah Badu、Musiq Soulchild、Brandy、Aaliyahなどの系譜を感じさせつつ、彼女はR&Bの中にブルースやロックのギターを自然に組み込む。

H.E.R.のギターは、単なる装飾ではない。感情を言葉にする前に、弦が泣く。「Hard Place」やライブでのパフォーマンスでは、ギターソロが歌と同じくらい強い表現力を持つ。R&Bがビートとボーカル中心に語られがちな時代に、彼女は「弾くR&B」の魅力を現代的に蘇らせた。

代表曲の解説

「Focus」

「Focus」は、H.E.R.初期の代表曲である。ゆったりしたテンポ、淡いシンセ、控えめなビート、そして相手に「私を見て」と訴えるような歌声が印象的だ。

この曲のテーマは、恋愛の中で感じる孤独である。相手は近くにいるのに、自分を見ていない。スマートフォン、仕事、日常の雑音に気を取られ、目の前の愛が置き去りにされている。H.E.R.はこの感覚を、怒鳴るのではなく、静かな痛みとして歌う。

「Focus」の魅力は、派手なサビではなく、声の湿度にある。聴き手は、彼女の声の近さによって、まるで自分がその部屋にいるように感じる。この親密さこそ、H.E.R.の初期R&Bの核心である。

「Every Kind of Way」

「Every Kind of Way」は、H.E.R.のロマンティックな側面を代表する楽曲である。温かいコード進行、柔らかい歌声、愛する人へ向かうまっすぐな気持ち。現代R&Bのミニマルな空気を持ちながら、クラシックなラブソングとしての普遍性もある。

この曲では、愛が大げさなドラマではなく、身体の近さや日常の安心感として描かれる。H.E.R.の歌声は、強く求めるというより、相手の存在にゆっくり溶けていく。そこにネオソウル的な柔らかさがある。

「Best Part」

Daniel Caesarとの「Best Part」は、H.E.R.の代表曲の一つであり、現代R&Bのデュエット名曲である。アコースティックギターを基調にしたシンプルな伴奏、二人の声の自然な重なり、愛する人を人生の最良の部分として歌う歌詞。極めてシンプルだが、それゆえに強い。

この曲の美しさは、過剰な装飾を排したところにある。Daniel Caesarの柔らかい声とH.E.R.の深みのある声が、互いを邪魔せずに支え合う。恋愛を大きな運命としてではなく、朝の光やコーヒーの湯気のような日常の幸福として描いている。

「Best Part」は、H.E.R.が現代R&Bの中で「静かな名曲」を作れるアーティストであることを示した楽曲である。

「Hard Place」

「Hard Place」は、H.E.R.の歌唱力とソングライティングが強く表れた楽曲である。愛することと自分を守ることの間で揺れる心を歌っている。タイトルの通り、逃げ場のない状況、どちらを選んでも傷つくような関係がテーマだ。

この曲では、H.E.R.の声が少しずつ熱を帯びていく。最初は抑えている感情が、サビに向かうにつれて広がり、最後には胸の奥の叫びに近づく。ギターと歌が一体になり、R&Bでありながらロックバラードのような力も持つ。

「Hard Place」は、彼女が単なるムーディーなR&Bシンガーではなく、痛みを大きな歌へ変えられるソウルシンガーであることを証明した。

「Could’ve Been」

Bryson Tillerを迎えた「Could’ve Been」は、関係が「そうなっていたかもしれない」可能性を歌う楽曲である。H.E.R.の得意とする、未練、曖昧さ、言えなかった言葉の領域にある曲だ。

この曲の感情は、はっきりした失恋とは少し違う。終わった関係というより、始まりきらなかった関係、もっと深くなれたかもしれない関係への後悔である。H.E.R.の声は、その未確定の感情を丁寧にすくい上げる。

現代R&Bには、明確な結論を避ける曲が多い。恋人なのか、友人なのか、終わったのか、まだ続いているのか。「Could’ve Been」は、その曖昧な関係性を非常に美しく描いた曲である。

「I Can’t Breathe」

「I Can’t Breathe」は、H.E.R.の社会的メッセージを代表する楽曲である。ジョージ・フロイド殺害事件後の抗議運動の中で発表され、黒人に対する暴力、警察権力、人種差別への怒りと悲しみを歌った。Pitchforkは、H.E.R.がこの曲で第63回グラミー賞Song of the Yearを受賞したことを報じている。Pitchfork

この曲は、単なるプロテストソングではない。声の中に、深い疲労と怒りがある。タイトルの「I Can’t Breathe」は、ジョージ・フロイドの言葉であり、同時に黒人社会全体の息苦しさを象徴する言葉でもある。

H.E.R.はここで、R&Bの情感を社会的な痛みへ接続する。愛の歌で培った繊細な表現力が、抗議の歌にも生きている。彼女の声は、怒りを叫ぶだけでなく、悲しみを抱えながら立ち上がる。

「Damage」

「Damage」は、2021年のBack of My Mind期を代表する楽曲である。Herb Alpert、Lisa Keith、Janet Jacksonによる「Making Love in the Rain」をサンプリングしており、80年代から90年代のR&Bの香りを現代的に再構築している。ウィキペディア

タイトル通り、この曲は恋愛が持つ「傷つける力」を歌う。あなたは私にダメージを与えることができる。だから慎重に扱ってほしい。これは弱さの告白であると同時に、自分の価値を知る人の警告でもある。

H.E.R.の歌声は、誘惑的でありながら、どこか警戒している。恋に落ちたい。しかし、壊されたくない。「Damage」は、現代R&Bが得意とする親密さと防衛本能のバランスを見事に表現した曲である。

「Slide」

YGを迎えた「Slide」は、H.E.R.の西海岸的なグルーヴがよく出た楽曲である。彼女の作品の中では比較的軽やかで、ドライブ感があり、夜の街を流すような空気を持つ。

Back of My Mindには、こうしたヒップホップ寄りの曲も収録されている。Pitchforkのアルバム発表記事でも、「Slide」がYGをフィーチャーした収録曲として紹介されている。Pitchfork

「Slide」では、H.E.R.の声がビートに柔らかく乗る。深刻すぎず、しかし薄くもならない。彼女は内省的なバラードだけでなく、こうした余裕あるグルーヴも自然に歌える。

「Come Through」

Chris Brownを迎えた「Come Through」は、夜の親密さを描いたR&Bである。会いたい、来てほしい、でもそれを直接的に言いすぎない。現代R&Bらしい曖昧な誘いと、濃密な空気がある。

この曲では、H.E.R.の声が非常に滑らかに響く。相手を呼び寄せるような温度がありつつ、自分のペースも崩さない。彼女のR&Bは、依存と自立、欲望と自己防衛の間で揺れる。その揺れが魅力である。

「Fight For You」

「Fight For You」は、映画Judas and the Black Messiahのために制作された楽曲であり、H.E.R.にアカデミー賞Best Original Songをもたらした曲である。グラミー公式は、彼女が2021年のオスカーで同曲を披露したことを紹介している。Grammy

この曲は、1970年代ソウルやファンクへのオマージュを感じさせる。Curtis MayfieldやMarvin Gayeの社会派ソウルを思わせるグルーヴと、現代的なプロダクションが結びついている。映画のテーマであるブラック・パンサー党、権力、抵抗、裏切りとも深く響き合う。

「Fight For You」は、H.E.R.がラブソングだけでなく、ブラックミュージックの政治的伝統を継承できるアーティストであることを示した。彼女は、甘く歌うだけではない。闘うためにも歌う。

「We Made It」

「We Made It」は、Back of My Mindのオープニングを飾る楽曲である。Apple Musicのアルバム解説では、H.E.R.がこの曲で、不安を抱えた夜からグラミー賞のステージ、そしてその先へ向かった成功の瞬間を味わっていると紹介されている。Apple Music – Web Player

この曲には、成功した者の勝利宣言がある。しかし、単純な自慢ではない。H.E.R.の歌には、そこへ至るまでの不安、孤独、努力が残っている。だからこそ「たどり着いた」という感覚が重い。

「Hold On」

「Hold On」は、H.E.R.のブルース的な側面が強く出た楽曲である。Pitchforkのアルバム発表記事では、彼女がChris StapletonとCMT Music Awardsでこの曲を披露したことも紹介されている。Pitchfork

この曲では、ギターと声の関係が非常に重要だ。R&Bでありながら、カントリーやブルースの土臭さも感じさせる。H.E.R.は、ジャンルを越えるときに無理な融合をしない。自分の声とギターを中心に置くことで、異なる音楽を自然につなげる。

アルバムごとの進化

H.E.R. Volume 1

2016年のH.E.R. Volume 1は、彼女の匿名性と音楽的な世界観を提示した出発点である。暗い照明の部屋、深夜の感情、終わりきらない恋、言葉にできない孤独。ここには、のちのH.E.R.の核がすでにある。

この作品では、音数は抑えられ、声が中心に置かれている。匿名性によって、リスナーは彼女の顔ではなく、感情に向き合うことになる。H.E.R.というプロジェクトの美学は、ここで形づくられた。

H.E.R.

2017年のH.E.R.は、彼女の初期EPをまとめたコンピレーション的作品であり、彼女を一気にR&Bシーンの重要人物へ押し上げた作品である。「Focus」、「Every Kind of Way」、「Best Part」などを収録し、現代R&Bの親密さとクラシックなソウル感覚を結びつけた。

この作品は第61回グラミー賞でBest R&B Albumを受賞した。グラミー公式は、H.E.R.が同作でこの賞を獲得したことを報じている。Grammy

H.E.R.は、声の近さ、ギターの温度、歌詞の曖昧な痛みを武器にした作品である。大きなポップアルバムというより、秘密の部屋で聴く日記のようなR&Bである。

I Used to Know Her

2019年のI Used to Know Herは、H.E.R.の表現を広げた作品である。R&Bだけでなく、ヒップホップ、ファンク、ゴスペル、ブルースの感覚がより強くなり、彼女が単なるムーディーなR&Bシンガーではないことを示した。

タイトルの「私は彼女を知っていた」は、自分自身への問いにも聞こえる。過去の自分、見失った自分、社会に見せる自分、音楽の中で明かされる自分。H.E.R.という名前の「すべてが明かされる」という意味とも響き合う。

この作品では、彼女のギタリストとしての個性もより前に出ている。R&Bの中に、ブルースやロックの血が流れていることがはっきり分かる。

Back of My Mind

2021年のBack of My Mindは、H.E.R.の初フルレングス・スタジオアルバムである。Sony Music Canadaは、同作が2021年6月18日にリリースされ、Chris Brown、Ty Dolla $ign、Cordae、Lil Baby、Thundercat、Yung Bleu、DJ Khaled、Bryson Tiller、YGらが参加した作品として紹介している。Sony Music Canada

このアルバムは、非常に長く、ゲストも多い。だが、その中心には一貫してH.E.R.の声がある。「Damage」、「Slide」、「Come Through」、「We Made It」、「Hold On」などを通じて、恋愛、成功、不安、自立、誘惑、回復が描かれる。

Apple Musicの解説では、H.E.R.が同作について「弱さを受け入れたアルバム」と語っていることが紹介されている。Apple Music – Web Player まさにこのアルバムは、強く見える人の内側にある小さな声を聴く作品である。成功した後も、心の奥にはまだ言えないことが残っている。その「心の奥の声」を音にしたのがBack of My Mindである。

H.E.R.とギター:現代R&Bにおけるブルースの継承

H.E.R.を特別にしているのは、歌だけではない。彼女はギターを持つR&Bアーティストとして、非常に重要な存在である。現代R&Bでは、トラックメイカー、ビート、ボーカルプロダクションが中心になりがちだが、H.E.R.はそこへ生身の弦の表情を持ち込む。

ギターは、彼女の音楽にブルースの影を与える。恋愛の痛み、社会的な怒り、孤独、自己発見。これらは、R&Bだけでなくブルースの伝統にも深く関わる感情である。H.E.R.は、その伝統を現代の音色で鳴らしている。

彼女のギターソロは、派手に弾きまくるためのものではない。声では言い切れない感情を、弦で補うためのものだ。だから、H.E.R.のギターは歌の延長に聞こえる。声が少し沈黙した瞬間、ギターが代わりに泣く。

社会的メッセージとブラックミュージックの伝統

H.E.R.の音楽には、ラブソングだけでなく社会的なメッセージもある。「I Can’t Breathe」や「Fight For You」は、その代表例である。これらの曲は、Marvin GayeCurtis Mayfield、Nina Simone、Billie Holiday、Stevie Wonder、Public Enemy以降のブラックミュージックの政治的伝統とつながっている。

H.E.R.は、社会的テーマを扱うときも、説教ではなく歌として届ける。メッセージは明確だが、音楽としての豊かさも失わない。「Fight For You」では、1970年代ソウルの響きを現代映画の文脈に再接続し、「I Can’t Breathe」では、個人の呼吸と社会全体の息苦しさを重ねた。

この点でH.E.R.は、現代R&Bの中でも非常に重要な位置にいる。彼女は、愛を歌う声と、抵抗を歌う声を分けない。同じ声で、恋人にも社会にも向き合う。

映画・舞台・テレビへの広がり

H.E.R.の活動は音楽だけにとどまらない。彼女は映画、テレビ、舞台にも活動領域を広げている。特に「Fight For You」でのアカデミー賞受賞は、彼女が映像作品の文脈でも強い表現力を持つことを示した。Grammy

また、ディズニーのBeauty and the Beast: A 30th CelebrationではBelle役を務め、ABCの公式発表でも、グラミー賞とアカデミー賞を受賞したH.E.R.が同作に出演することが紹介されている。ABC これは、彼女がR&Bシーンだけでなく、より広いエンターテインメントの世界で存在感を持つアーティストになっていることを示す。

H.E.R.の強みは、こうした活動の広がりの中でも、音楽的な核を失わないことだ。彼女はポップスターでありながら、常にミュージシャンとして立っている。声とギターが、どの舞台でも彼女の中心である。

影響を受けたアーティストと音楽

H.E.R.の音楽には、Prince、Alicia Keys、Lauryn Hill、D’Angelo、Erykah Badu、Brandy、Aaliyah、Stevie Wonder、Marvin Gaye、Curtis Mayfield、Jimi Hendrix、B.B. Kingなどの影響が感じられる。

Alicia Keysからは、ピアノ、ソウル、女性シンガーソングライターとしての自立した姿勢を受け継いでいる。Lauryn Hillからは、歌、ラップ、社会性、内省を結びつける感覚が見える。Princeからは、ギター、官能性、ジャンルを越える自由を感じる。D’AngeloやErykah Baduからは、ネオソウルの深いグルーヴと空気感を受け取っている。

H.E.R.は、これらの影響を単に懐古的に再現するのではなく、現代のR&Bの中で再構築している。だから彼女の音楽は、クラシックでありながら古臭くない。

影響を与えたアーティストと音楽シーン

H.E.R.は、2010年代後半以降のR&Bにおいて、若いシンガーソングライターたちに大きな影響を与えている。彼女の成功は、匿名性、楽器演奏、ミニマルなR&B、社会的メッセージを組み合わせても、広く支持され得ることを示した。

特に、女性R&Bアーティストが自ら楽器を持ち、作曲に深く関わり、プロデュース面でも存在感を示す流れにおいて、H.E.R.は重要な存在である。彼女は、単に「歌う人」ではなく、音楽全体を設計する人として評価されている。

また、彼女のギター中心のパフォーマンスは、R&Bとロック/ブルースを再び接続する役割も果たしている。現代R&Bが電子的な方向へ進む中で、H.E.R.は生々しい演奏の魅力を再提示した。

同時代アーティストとの比較

H.E.R.は、SZA、Summer Walker、Jhené Aiko、Kehlani、Ari Lennox、Daniel Caesar、Giveon、Victoria Monét、Jazmine Sullivanなどと同時代的に比較できる。

SZAが不安定な感情と自己矛盾をオルタナティブR&Bとして表現するなら、H.E.R.はよりクラシックなソウルとミュージシャンシップに寄っている。Summer Walkerが現代恋愛の疲れや親密さを生々しく描くのに対し、H.E.R.はより広い音楽的文脈、ギター、ブルース、社会的テーマまで含めて表現する。

Jazmine Sullivanと比べると、H.E.R.は歌唱の爆発力よりも、抑制と演奏性で聴かせる。Ari Lennoxがネオソウルの温かさとキャラクター性を持つなら、H.E.R.はよりミステリアスで内向的だ。

彼女の独自性は、R&Bシンガー、ギタリスト、ソングライター、社会的な声、ポップカルチャー上の存在感を、バランスよく併せ持つことにある。

ファンや批評家からの評価

H.E.R.は、デビュー初期から批評家とファンの両方に高く評価されてきた。グラミー賞では、H.E.R.でBest R&B Albumを受賞し、「I Can’t Breathe」でSong of the Yearを受賞、「Fight For You」ではアカデミー賞Best Original Songを獲得した。

この評価の背景には、彼女の音楽的な信頼感がある。H.E.R.は、流行のサウンドを取り入れながらも、常に演奏と歌の基礎が強い。ライブでも、テレビ出演でも、授賞式でも、彼女は「本当に弾けて歌える」アーティストとして存在感を示してきた。

一方で、Back of My Mindのような大作では、長さやゲストの多さが議論されることもある。しかし、それも彼女の野心の表れである。H.E.R.は、静かなR&Bだけに閉じこもるのではなく、ポップ、ヒップホップ、ソウル、ブルース、社会派ソングまで、自分の音楽的領域を広げようとしている。

H.E.R.のユニークさ

H.E.R.のユニークさは、匿名性から出発しながら、最終的には非常に強い個性を明らかにしたことにある。

最初、彼女は顔を隠した。だが、それは自分を消すためではなかった。音楽そのものを前に出すためだった。そして作品を重ねるにつれ、声、ギター、歌詞、社会的メッセージ、ライブパフォーマンスによって、H.E.R.というアーティストの輪郭はますますはっきりしていった。

彼女の音楽は、静かだが弱くない。優しいが、甘いだけではない。恋を歌うが、自分を失わない。社会を歌うが、説教にしない。ギターを弾くが、技巧を見せびらかさない。この抑制された強さこそが、H.E.R.の魅力である。

まとめ

H.E.R.は、現代R&Bのソウルフルなミューズである。Gabriella Wilsonとして幼い頃から音楽に親しみ、H.E.R.名義で匿名性をまとって登場し、声とギターだけで聴き手を引き込むアーティストへ成長した。H.E.R.でR&Bの新星として評価され、I Used to Know Herで表現の幅を広げ、Back of My Mindでフルアルバムとしての大きな世界を提示した。

「Focus」は見つめられない孤独を、「Every Kind of Way」は愛の温かさを、「Best Part」は日常の幸福を、「Hard Place」は愛と自己防衛の葛藤を歌った。「Damage」は傷つきやすさと警告を同時に鳴らし、「Slide」は西海岸的なグルーヴを見せ、「I Can’t Breathe」と「Fight For You」ではブラックミュージックの社会的伝統を現代へつないだ。

H.E.R.の音楽には、夜の静けさがある。だが、その静けさの奥には、ブルースの痛み、ソウルの祈り、R&Bの官能、ロックギターの炎、そして社会に向けられた強いまなざしがある。

彼女は、すべてを大声で明かすアーティストではない。むしろ、小さな声で、少しずつ、心の奥に隠れていたものを照らしていく。その光があるから、H.E.R.の音楽は現代R&Bの中で深く響き続けている。

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