アルバムレビュー:Back of My Mind by H.E.R.

※本記事は生成AIを活用して作成されています。

発売日:2021年6月18日

ジャンル:R&B、ネオ・ソウル、コンテンポラリーR&B、ヒップホップ・ソウル、ポップ・ソウル

概要

H.E.R.の『Back of My Mind』は、2021年に発表された実質的なデビュー・スタジオ・アルバムであり、彼女が2010年代後半から築いてきた“匿名性のあるR&Bアーティスト”というイメージを、より大きなポップ/ソウルの文脈へ拡張した作品である。H.E.R.は、2016年以降のEPシリーズやコンピレーション的な作品『H.E.R.』によって注目を集め、ミステリアスなビジュアル、内省的な歌詞、ギターを弾くシンガーソングライターとしての姿勢、そしてクラシックなR&Bと現代的なプロダクションを結びつける感覚によって評価を高めてきた。

本作『Back of My Mind』は、そうした初期の美学を引き継ぎつつ、より多彩なゲスト、広いサウンド、長大な構成によって、H.E.R.の音楽的な全体像を示そうとするアルバムである。全体は21曲に及び、R&Bバラード、ネオ・ソウル、ヒップホップ寄りのトラック、アコースティックな内省、ゴスペル的な高揚、ポップ寄りのメロディ、さらにはゲストとのデュエットまでが並ぶ。作品としては非常に大きく、時に散漫に感じられるほどだが、それはH.E.R.が一つのスタイルに閉じ込められず、自身のR&B観を広く提示しようとしていることの表れでもある。

タイトルの『Back of My Mind』は、「心の奥」「頭の片隅」という意味を持つ。これは本作の歌詞世界をよく表している。H.E.R.の楽曲では、愛や関係性についての感情が、常に表面にあるわけではない。言葉にできない不安、まだ消えていない未練、相手への疑念、自分自身でも整理しきれていない欲望や怒りが、心の奥で静かに鳴り続けている。本作は、そうした“はっきり言えないが消えない感情”をR&Bの柔らかな音像の中で描いたアルバムである。

H.E.R.の音楽的な特徴は、1990年代から2000年代のR&Bの伝統を深く受け継ぎながら、それを現代のストリーミング時代の感覚へ適応させている点にある。Aaliyah、Mary J. Blige、Brandy、Lauryn Hill、Alicia Keys、Musiq Soulchild、Jill Scott、D’Angeloといった系譜を思わせる一方で、音の質感は現代的で、ビートは控えめに沈み、ヴォーカルは親密な距離で録音される。クラシックなソウルの感情表現と、現代R&Bのミニマルな空間処理が共存している。

また、本作ではH.E.R.のギタリストとしての側面も重要である。彼女は単なるヴォーカリストではなく、楽器を通じてR&Bの質感を作るアーティストである。ギターは、ロック的な派手さよりも、ネオ・ソウル的な温度や、ブルース的な哀感、あるいは親密な弾き語りの感覚を加える。H.E.R.の音楽では、ギターのフレーズがしばしば声と同じように感情を語る。

歌詞面では、恋愛における曖昧さ、自己防衛、信頼の揺らぎ、身体的な親密さ、別れの後の余韻が中心となる。H.E.R.は愛を単純に美しいものとして描かない。相手を求めながらも傷つくことを恐れ、関係を続けたいが自分を失いたくない。そのような現代的な親密さの緊張が、本作全体に流れている。声は穏やかだが、歌われる内容には疑念や痛みが多く含まれている。

『Back of My Mind』は、H.E.R.がグラミー受賞アーティストとしての地位を確立した後に発表された作品でもある。彼女はすでに「Best Part」Focus」「Hard Place」「Damage」などで高い評価を得ており、さらに映画『Judas and the Black Messiah』の楽曲「Fight for You」で社会的・政治的なメッセージを扱うアーティストとしても存在感を示していた。本作は、その多面的な才能を一枚に集約しようとしたアルバムであり、R&Bアーティストとしての総合力を示す作品である。

全曲レビュー

1. We Made It

オープニング曲「We Made It」は、アルバムの幕開けとして、H.E.R.の成功と到達点を確認するような楽曲である。タイトルは「私たちはたどり着いた」という意味を持ち、キャリアの達成感、困難を越えてきた感覚、そして自分自身の位置を見つめる姿勢が込められている。

音楽的には、ゆったりとしたR&Bグルーヴに、広がりのあるプロダクションが重なる。派手な祝祭ではなく、落ち着いた勝利宣言のような空気がある。H.E.R.のヴォーカルは力みすぎず、成功を誇示するというより、静かに実感しているように響く。

歌詞では、ここまで来るまでの道のり、支えてきた関係、そして現在の自分の状態が描かれる。本作の始まりにこの曲が置かれることで、H.E.R.は単なる恋愛の語り手ではなく、キャリアを重ねたアーティストとして自分の歩みを振り返る。アルバム全体が親密な感情を扱う一方で、最初に「到達」の感覚を置く構成は重要である。

「We Made It」は、H.E.R.がR&Bシーンの中心に立つ存在になったことを穏やかに宣言する楽曲であり、アルバムの広がりを予感させる導入である。

2. Back of My Mind feat. Ty Dolla $ign

表題曲「Back of My Mind」は、Ty Dolla $ignを迎えた楽曲であり、アルバム全体のテーマを最も直接的に示す。心の奥に残り続ける感情、言葉にされない思い、関係の中で見過ごされている不安が、この曲の中心にある。

音楽的には、スムースな現代R&Bの質感が強く、ビートは控えめで、声とムードが前面に出ている。Ty Dolla $ignの参加によって、男女の視点が交差し、関係性の曖昧さがより立体的になる。H.E.R.の声は柔らかく内省的で、Ty Dolla $ignの声は少しラフな温度を加える。

歌詞では、相手への思いが完全には消えず、心の奥で残り続けている状態が描かれる。表面上は平静を装っていても、頭の片隅ではまだ相手のことを考えている。この感覚は、現代R&Bにおける重要なテーマである。関係は終わったのか、続いているのか、ただ曖昧に残っているのか。その不確かさが曲の魅力になっている。

表題曲として、「Back of My Mind」はアルバムの核を形成している。H.E.R.の歌う愛は、はっきりした結論よりも、残り続ける感情の揺れに焦点を当てている。

3. Trauma feat. Cordae

「Trauma」は、Cordaeを迎えた楽曲であり、恋愛や人生における傷が人の関係性にどう影響するかを扱っている。タイトルの通り、ここでは過去の痛みが現在の親密さを妨げるものとして描かれる。

音楽的には、ヒップホップ・ソウル寄りのトラックで、CordaeのラップがH.E.R.のメロディと対話する構成になっている。ビートは重すぎず、しかし内省的な空気を保っている。H.E.R.のヴォーカルは、傷を抱えた相手へ語りかけるようであり、自分自身の傷にも触れているように響く。

歌詞では、愛したいのに過去の経験が邪魔をすること、相手を信じたいのに防御的になってしまうことが描かれる。トラウマは個人の内面だけに閉じたものではなく、関係性の中で再び現れる。H.E.R.はその現実を、過度に劇的にせず、静かなR&Bの文脈で描く。

「Trauma」は、本作の中でも特に心理的な深みを持つ曲である。恋愛の失敗を単なる相性の問題ではなく、過去から持ち越された傷の問題として捉えている点が重要である。

4. Damage

「Damage」は、本作の代表曲のひとつであり、H.E.R.の現代R&Bにおける魅力が凝縮された楽曲である。Herb Alpertの「Making Love in the Rain」をサンプリングした滑らかな音像が印象的で、1990年代R&Bへの敬意と現代的な質感が自然に融合している。

歌詞では、相手に対して「私を傷つけないで」という警告と願いが歌われる。恋愛に入っていく時の甘さと同時に、傷つくことへの恐れがある。H.E.R.は相手を求めているが、自分が壊されることには敏感である。この自己防衛の感覚が、曲の中心にある。

音楽的には、温かいシンセ、深いベース、控えめなリズムが、非常に親密な空間を作る。H.E.R.のヴォーカルは滑らかで、感情を大きく爆発させるのではなく、低い温度でじわじわと伝える。サビのメロディは強く、アルバムの中でも特に記憶に残りやすい。

「Damage」は、H.E.R.のソングライティングの核心を示す曲である。愛に向かいながら、同時に自分を守ろうとする。その矛盾が、現代的なR&Bのムードと見事に結びついている。

5. Find a Way feat. Lil Baby

「Find a Way」は、Lil Babyを迎えた楽曲であり、R&Bとヒップホップの境界を自然に横断している。タイトルは「道を見つける」という意味で、関係や人生の問題の中で、どうにか前に進もうとする意志が感じられる。

音楽的には、トラップ以降のビート感覚を取り入れつつ、H.E.R.のヴォーカルが曲にR&Bの滑らかさを与えている。Lil Babyのラップは、楽曲にストリート的な現実感とリズムの変化を加える。H.E.R.の柔らかな声と、Lil Babyの切迫したフロウの対比が効果的である。

歌詞では、関係を維持するため、あるいは人生を進めるために道を探す姿勢が描かれる。単純なラヴ・ソングではなく、困難や不確かさの中でも続けていこうとする実践的な感覚がある。

「Find a Way」は、本作がクラシックなR&Bだけでなく、現代のヒップホップ・シーンとも接続していることを示す楽曲である。H.E.R.の音楽が広いリスナー層に届く理由のひとつが、この柔軟なジャンル感覚にある。

6. Bloody Waters feat. Thundercat

「Bloody Waters」は、Thundercatを迎えた楽曲であり、本作の中でも特に音楽的に深い質感を持つ一曲である。タイトルの「血の水」は、不穏で象徴的なイメージを持ち、社会的な不安、精神的な疲労、関係の中にある痛みを連想させる。

Thundercatの参加によって、ベースの存在感とジャズ/フュージョン的な浮遊感が強まっている。音楽的には、ネオ・ソウル、ジャズ、R&Bが交差する豊かなサウンドであり、H.E.R.の声もより深い空間に置かれている。曲全体に夜のような暗さと流動性がある。

歌詞では、愛や世界が穏やかなものではなく、どこか濁り、痛みを含んでいることが示唆される。H.E.R.の声は冷静だが、曲には不安が漂う。Thundercatのベースは、その不安を音楽的に揺らし、単なるバラードとは異なる立体感を生む。

「Bloody Waters」は、アルバムの中でH.E.R.のアーティスト性が最も濃く表れる楽曲のひとつである。商業的なR&Bを越え、ジャズやネオ・ソウルの深い音楽性へ接続している。

7. Closer to Me

「Closer to Me」は、親密さを求める気持ちと、その親密さに伴う不安を描いた楽曲である。タイトルは「もっと私に近づいて」という意味を持ち、身体的・感情的な距離の縮まりがテーマになっている。

音楽的には、非常にスムースなR&Bで、ビートは控えめに沈み、H.E.R.の声が近くに配置される。曲全体に夜の部屋のような親密さがあり、リスナーは歌の中の関係性をすぐそばで見ているような感覚になる。

歌詞では、相手に近づいてほしいという願いがありながら、その関係が本当に安全なのかという緊張も感じられる。H.E.R.の歌では、親密さは常に幸福と不安を同時に含む。「Closer to Me」でも、近づくことは同時に傷つく可能性を開くことでもある。

この曲は、本作の中でH.E.R.の官能的で柔らかな側面を示す。派手な展開はないが、声の抑制と音の空間が、関係の微妙な温度を丁寧に描いている。

8. Come Through feat. Chris Brown

「Come Through」は、Chris Brownを迎えた楽曲であり、アルバムの中でも特に甘く、夜のR&Bらしい親密さを持つ一曲である。タイトルは「来て」という意味で、相手を自分のもとへ招く直接的な呼びかけになっている。

音楽的には、滑らかなビート、柔らかなコード、男女のヴォーカルの掛け合いが中心で、2000年代以降のR&Bデュエットの伝統を感じさせる。H.E.R.の声は落ち着いていて、Chris Brownの声はより流麗でポップな印象を加える。

歌詞では、深夜に相手を呼び寄せるような関係性が描かれる。これは必ずしも安定した恋愛ではなく、欲望、寂しさ、身体的な親密さが混ざった関係である。H.E.R.はその曖昧さを、過度に説明せず、ムードとして提示する。

「Come Through」は、シングルとしての分かりやすさを持つ楽曲であり、本作の中でも聴きやすい部類に入る。現代R&Bの甘さと親密さを代表するトラックである。

9. My Own

「My Own」は、自立と自己認識をテーマにした楽曲である。タイトルは「自分自身のもの」「自分だけのもの」という意味を持ち、他者との関係に揺れながらも、自分の場所や感情を取り戻そうとする姿勢が見える。

音楽的には、控えめで内省的なR&Bであり、H.E.R.の声が静かに前面に置かれている。派手なフックよりも、ムードと歌詞の余韻が重視されている。ギターや鍵盤の柔らかな響きが、個人的な告白のような空気を作る。

歌詞では、誰かに依存しすぎず、自分自身を保つことの大切さが描かれる。本作では愛や親密さが多く歌われるが、「My Own」はその中で、自分自身の境界を守る曲として重要である。

H.E.R.の音楽において、愛は相手に近づくことだけでなく、自分を失わないことでもある。「My Own」は、そのバランスを示す楽曲である。

10. Lucky

「Lucky」は、恋愛の中で感じる幸運や感謝を扱った楽曲である。タイトルは「幸運な」という意味で、相手と出会えたこと、愛されること、自分が関係の中にいることへの肯定的な感情が中心になる。

音楽的には、穏やかで温かいR&Bバラードで、H.E.R.の声は非常に柔らかく響く。ビートは強くなく、メロディと声の質感が前面に出ている。アルバム全体に多い疑念や痛みの中で、この曲は比較的明るい温度を持つ。

歌詞では、愛されることのありがたさが素直に表現される。ただし、H.E.R.の歌い方には完全な無邪気さよりも、少し慎重な感覚も残っている。幸運を感じているからこそ、それが失われることへの不安も背後にある。

「Lucky」は、アルバムの中で穏やかな休息のように機能する曲である。H.E.R.の恋愛表現が痛みだけでなく、感謝や温かさも含んでいることを示している。

11. Cheat Code

「Cheat Code」は、タイトルが示す通り、恋愛や人生をうまく進めるための“裏技”を連想させる楽曲である。現代的な言葉を用いながら、関係性の駆け引きや、相手を理解する難しさが歌われる。

音楽的には、やや軽快なR&Bで、ビートに現代的な跳ねがある。H.E.R.のヴォーカルは余裕を持っており、曲全体に少し遊び心がある。重いバラードが多い本作の中で、こうした曲はテンポの変化を与える。

歌詞では、相手を理解する方法、関係をうまく進める方法を探るような感覚がある。恋愛には説明書がなく、簡単な正解もない。それでも、まるでゲームのチートコードのように、うまくいく方法があればと思う。その発想が現代的である。

「Cheat Code」は、H.E.R.のシリアスな面だけでなく、軽やかな言葉遊びやリズム感を示す楽曲である。

12. Mean It

「Mean It」は、言葉の誠実さを問う楽曲である。タイトルは「本気で言って」という意味を持ち、相手の発する愛の言葉が本当に信じられるのかという疑問が中心にある。

音楽的には、ゆったりとしたR&Bバラードで、H.E.R.の声は低く親密に響く。ビートは控えめで、歌詞の問いかけがよく伝わる構成になっている。彼女のヴォーカルは、相手を責めるというより、確かめようとするように聴こえる。

歌詞では、愛している、必要だ、変わる、といった言葉が本当に行動を伴っているのかが問われる。H.E.R.の恋愛表現では、言葉と行動のズレがしばしば重要になる。甘い言葉はあるが、それだけでは信頼できない。その緊張が曲の核心である。

「Mean It」は、本作の中で信頼のテーマを明確に扱う曲であり、H.E.R.が関係性の中で求める誠実さを示している。

13. Paradise feat. Yung Bleu

「Paradise」は、Yung Bleuを迎えた楽曲であり、愛や親密さを楽園のイメージとして描いている。タイトルの「楽園」は、日常の不安から逃れる場所、相手といることで得られる理想的な空間を示す。

音楽的には、メロディックな現代R&Bで、Yung Bleuの参加によってメロディアスなヒップホップ・ソウルの質感が加わっている。H.E.R.の声は滑らかで、曲全体に甘いムードがある。

歌詞では、相手といることによって得られる逃避や快楽が描かれる。ただし、楽園は現実の問題を完全に消すものではなく、一時的な避難場所として響く。H.E.R.のアルバムでは、愛はしばしば現実から逃れる空間として機能するが、その空間は常に壊れやすい。

「Paradise」は、本作における甘いR&Bの側面を担う曲であり、ゲストとの相性も含めて、現代的なメロディ感覚が強い。

14. Process

「Process」は、タイトル通り、感情を処理する過程を扱った楽曲である。恋愛の終わりや心の傷は、一瞬で解決するものではない。怒り、悲しみ、未練、諦め、受容へ向かうプロセスがある。この曲はその時間を歌っている。

音楽的には、非常に内省的で、H.E.R.の声が静かに響く。派手な展開はなく、むしろ感情をゆっくり整理していくような構成である。音の余白が多く、歌詞の一つひとつが重みを持つ。

歌詞では、自分の感情を急いで片付けることはできないという認識がある。誰かに「もう大丈夫」と言う前に、自分の中で時間をかけて向き合わなければならない。これは本作のタイトルである「心の奥」とも深くつながる。

「Process」は、アルバムの中で非常に重要な内省の曲である。H.E.R.のR&Bは、単なる恋愛のムードだけでなく、感情を理解するための時間を描いている。

15. Hold On

「Hold On」は、関係を続けたい気持ちと、限界に近づいている感覚が交差する楽曲である。タイトルは「持ちこたえて」「待って」という意味を持ち、愛の中で踏みとどまろうとする切実さがある。

音楽的には、ギターとヴォーカルの親密さが際立つバラードで、H.E.R.のシンガーソングライター的な側面がよく表れている。声は静かに始まり、感情が少しずつ高まる。大きく叫ぶよりも、抑制された痛みが印象的である。

歌詞では、相手に対してまだ諦めきれない気持ちが描かれる。一方で、関係を保つことが自分を傷つけていることも感じられる。H.E.R.はこの矛盾を解決せず、そのまま歌う。

「Hold On」は、本作の中でも特にH.E.R.の感情表現が素直に出た曲であり、アコースティックな要素とR&Bの感覚が美しく結びついている。

16. Don’t

「Don’t」は、短いタイトルが示す通り、拒絶や警告を中心にした楽曲である。相手に対して「しないで」と言うことは、関係の中で境界を引く行為である。H.E.R.の作品では、愛することと自分を守ることが常に同時に存在している。

音楽的には、控えめで暗いトーンのR&Bで、ビートは沈み、声が近くにある。曲全体に緊張感があり、甘さよりも警戒心が強い。H.E.R.のヴォーカルは柔らかいが、言葉には明確な意思がある。

歌詞では、相手の行動や言葉に対して線を引く姿勢が描かれる。愛しているからといって何でも許すわけではない。むしろ、愛の中で自分の尊厳を守ることが必要になる。

「Don’t」は、本作における自己防衛のテーマを端的に示す楽曲である。H.E.R.は傷つきやすさを見せる一方で、決して受け身の存在ではない。

17. Exhausted

「Exhausted」は、タイトルの通り、疲弊をテーマにした楽曲である。恋愛、仕事、人間関係、自分自身の感情を抱え続けることによって、心身が疲れていく状態が描かれる。

音楽的には、ゆったりとしたテンポで、H.E.R.の声も疲れを帯びたように響く。サウンドは派手ではなく、むしろ感情の重さを静かに受け止める。アルバム後半に置かれることで、長い感情の旅の疲労が浮かび上がる。

歌詞では、もう十分だ、疲れた、これ以上抱えられないという感覚がある。H.E.R.の音楽はしばしば穏やかに聴こえるが、その内側には深い疲労がある。「Exhausted」は、その疲労を隠さず表に出す曲である。

この曲は、愛や成功や自己防衛のすべてが簡単ではないことを示している。本作の長大な構成の中で、感情的な消耗を象徴する重要な一曲である。

18. Hard to Love

「Hard to Love」は、自分が愛されにくい存在なのではないかという自己認識を扱った楽曲である。タイトルは「愛するのが難しい」という意味であり、自己防衛、過去の傷、不安定さが関係を難しくしていることを示す。

音楽的には、親密なR&Bバラードで、H.E.R.の声が非常に近い距離で響く。歌唱は抑制されているが、その中に深い自己疑念がある。派手な展開よりも、言葉の重みが中心になる。

歌詞では、自分が相手を遠ざけてしまうこと、愛されたいのに愛を受け取るのが難しいことが描かれる。これは「Trauma」ともつながるテーマであり、過去の傷が現在の親密さを妨げる構造がある。

「Hard to Love」は、本作の中でも特に脆い自己告白の曲である。H.E.R.は相手を責めるだけでなく、自分自身の難しさにも向き合っている。

19. For Anyone

「For Anyone」は、別れの後に、新しい誰かを愛せるのかという問いを扱った楽曲である。タイトルは「誰かのために」という意味を持つが、そこには過去の相手を忘れられないために、別の誰かへ心を開けない感覚がある。

音楽的には、静かで美しいバラードで、H.E.R.の声が切実に響く。ピアノや弦のような柔らかな音が、喪失感を支えている。曲全体に、過去の恋がまだ現在に影を落としている空気がある。

歌詞では、前の相手への思いが残っているため、誰かを新しく愛することができない状態が描かれる。これはアルバム・タイトルの「心の奥」にある感情と直結している。終わったはずの関係が、まだ心の奥で生きている。

「For Anyone」は、本作の中でも特に感傷的で、H.E.R.のバラード作家としての力が表れた曲である。過去の愛が現在の可能性を閉ざす感覚を丁寧に描いている。

20. I Can Have It All feat. DJ Khaled & Bryson Tiller

「I Can Have It All」は、DJ KhaledとBryson Tillerを迎えた楽曲であり、アルバム終盤において自己肯定と成功のテーマを強く打ち出す。タイトルは「私はすべてを手に入れられる」という意味で、恋愛の痛みを越えた野心や自信が表れる。

音楽的には、壮大なヒップホップ・ソウルの雰囲気があり、DJ Khaled的な大きなスケール感が加わっている。Bryson Tillerのメロディックな歌唱も、現代R&Bの文脈を強める。H.E.R.の声は、ここでは傷ついた語り手というより、到達を目指すアーティストとして響く。

歌詞では、愛だけでなく、成功、自己実現、人生の可能性がテーマになる。本作の多くが恋愛の複雑さを扱う中で、この曲は視野を広げる役割を持つ。H.E.R.は愛に揺れる存在であると同時に、キャリアを築く主体でもある。

「I Can Have It All」は、アルバムの終盤にポジティブなエネルギーを加える曲であり、H.E.R.の野心と現代R&Bの商業的なスケールを示している。

21. Slide feat. YG

アルバムを締めくくる「Slide」は、YGを迎えた楽曲であり、もともとシングルとしても広く知られた一曲である。西海岸的な軽さとR&Bの滑らかさが結びつき、本作の終盤に開放的なムードをもたらす。

音楽的には、G-funk以降の西海岸ヒップホップの空気を現代的に取り入れたトラックで、ベースとシンセの揺れが心地よい。H.E.R.のヴォーカルはリラックスしており、YGのラップが曲にストリート的なアクセントを加える。

歌詞では、ドライブ、夜、親密さ、余裕のある関係性が描かれる。アルバム全体に多い感情の重さに比べると、「Slide」はより軽く、身体的で、気分を重視する楽曲である。終曲として、重い内省から少し離れ、都市の夜へ抜け出すような感覚を作る。

「Slide」は、本作の中でH.E.R.のポップ/ヒップホップ寄りの魅力を示す楽曲であり、長大なアルバムを比較的軽やかに閉じる役割を果たしている。

総評

『Back of My Mind』は、H.E.R.の音楽的な幅広さと、現代R&Bにおける存在感を示す大作である。21曲という長さは明確な長所でもあり、弱点でもある。多彩な楽曲、豪華なゲスト、親密なバラードからヒップホップ寄りのトラックまでを収めることで、H.E.R.の多面的な才能が見える。一方で、アルバムとしての凝縮度という点では、やや散漫に感じられる瞬間もある。しかし、その広がり自体が、彼女が単なるムード系R&Bシンガーにとどまらないことを示している。

本作の中心にあるのは、親密さの不安である。「Damage」では、愛されたいが傷つけられたくないという緊張が歌われる。「Mean It」では言葉の誠実さが問われ、「Hard to Love」では自分自身の愛されにくさが見つめられる。「For Anyone」では過去の愛が現在の可能性を妨げる。H.E.R.は恋愛を甘い逃避としてだけではなく、自己認識と境界線の問題として描いている。

音楽的には、1990年代から2000年代のR&Bへの敬意が随所に感じられる。サンプリングの使い方、スムースなコード進行、低く沈むビート、親密なヴォーカル処理は、クラシックなR&Bの系譜にある。しかし、H.E.R.は単なる復古主義ではない。Lil Baby、Cordae、YG、Bryson Tiller、Ty Dolla $ignといったゲストを迎えることで、現代ヒップホップやメロディック・ラップとの接続も強めている。これにより、本作は過去のR&Bと現在のR&Bの橋渡しとして機能している。

H.E.R.の声は、本作の最も重要な要素である。彼女は圧倒的な声量で支配するタイプではなく、低い温度で感情を浸透させるシンガーである。声はしばしば近く、囁くようでありながら、強い芯を持つ。その抑制が、歌詞の不安や痛みをより現実的に響かせる。感情を大きく演劇化するのではなく、夜の部屋で一人考えているような距離感で歌う点に、H.E.R.の個性がある。

また、ギタリストとしてのH.E.R.の存在も重要である。本作では全曲でギターが前面に出るわけではないが、彼女の音楽的アイデンティティの中には、R&Bシンガーでありながら楽器を通じて感情を構築する姿勢がある。これはAlicia Keysのピアノ、Princeのギター、Lauryn Hillのシンガーソングライター性ともつながる。H.E.R.は、現代R&Bにおいて演奏者としての身体性を持つアーティストである。

歌詞面では、H.E.R.は非常に現代的な親密さを描いている。関係は明確に始まり、明確に終わるとは限らない。連絡を取り合い、距離を測り、言葉を疑い、身体的な親密さだけが先に進み、心の奥には過去の相手が残っている。『Back of My Mind』というタイトルは、その曖昧な感情の残留を象徴している。忘れたと思っていても、心の奥でまだ鳴っているもの。それが本作の主題である。

アルバムの長さゆえに、作品としてはもう少し削ぎ落とされていれば、より強い統一感を持った可能性もある。しかし、H.E.R.の目的が自身の全体像を提示することだったと考えるなら、この広がりは理解できる。バラード、ヒップホップ・ソウル、ネオ・ソウル、ポップ・R&B、ジャズ寄りの質感、ゲストとの対話。これらを通じて、彼女は現代R&Bの中心に立つアーティストとしての幅を示している。

日本のリスナーにとって『Back of My Mind』は、現代R&Bの入口として非常に有効な作品である。派手なポップ・ヒットだけではなく、ムード、声、ビート、歌詞の微妙な感情に耳を傾けることで、H.E.R.の魅力が見えてくる。「Damage」「Come Through」「Hold On」「For Anyone」などは特に聴きやすく、そこからアルバム全体へ入ることで、彼女の内省的な世界を理解しやすい。

『Back of My Mind』は、完璧に凝縮された名盤というより、H.E.R.というアーティストの広大な設計図である。心の奥に残る愛、傷、疑念、欲望、野心を、現代R&Bの滑らかな音像の中で描いた作品であり、彼女のキャリアにおける重要な到達点である。

おすすめアルバム

1. H.E.R. – H.E.R.

初期EP群をまとめた作品で、H.E.R.の匿名性、親密なR&B、内省的な歌詞が確立された重要作。「Focus」「Best Part」などを収録し、『Back of My Mind』の前提となる美学を理解できる。

2. H.E.R. – I Used to Know Her

H.E.R.のシンガーソングライター性、ギター、ネオ・ソウル、ヒップホップ的な語りがより明確に出た作品。『Back of My Mind』よりもコンパクトに、彼女の音楽的ルーツや演奏者としての側面を確認できる。

3. SZA – Ctrl

現代R&Bにおける親密さ、不安、自己防衛、恋愛の曖昧さを描いた重要作。H.E.R.よりも語り口は生々しく、オルタナティヴ寄りだが、現代女性R&Bにおける感情の複雑さという点で深く関連する。

4. Jazmine Sullivan – Heaux Tales

女性の欲望、身体、恋愛、自己価値を率直に描いたR&B作品。H.E.R.よりもドラマティックで声の表現が強いが、現代R&Bにおける女性の主体性を理解する上で重要である。

5. Alicia Keys – The Diary of Alicia Keys

ピアノを中心にしたR&B、ソウル、シンガーソングライター性を高い完成度で結びつけた作品。H.E.R.の演奏者としての姿勢や、クラシックなR&Bへの敬意を理解する上で関連性が高い。

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