発売日: 1992年7月28日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、アコースティック・ポップ、カレッジロック、フォークロック
笑いと涙のファースト・ショウケース——カナダ発、“親しみやすさ”の革命
カナダのバンドBarenaked Ladiesが1992年に発表したデビュー・アルバムGordonは、後の彼らの人気を決定づける“キャラクター”の原型がすでに完成していた、驚くほど完成度の高い一作である。
フォーク/ポップ/オルタナティヴを横断する幅広い音楽性に、風刺やユーモア、時に切実さも入り混じったリリック。
カレッジロック隆盛期において、知的で温かく、どこかオタクっぽい彼らのキャラは唯一無二だった。
特筆すべきは、Ed RobertsonとSteven Pageのツインヴォーカル/ソングライティング体制。
演劇的な語りと繊細なメロディラインを自在に行き来するデュオスタイルは、デビュー作ながら異彩を放っていた。
“ポップに笑い、静かに泣ける”という、Barenaked Ladiesの核となる感性が、ここから始まったのだ。
全曲レビュー
1. Hello City
ジャジーなピアノと跳ねるようなグルーヴで始まる、意外性たっぷりのオープニング。
モントリオールへの皮肉を込めたラブレターのようでもあり、都市生活への違和感をユーモラスに描いている。
2. Enid
カナダ国内でのブレイクを決定づけた代表曲。
複雑な恋愛の記憶を、90年代的ポップセンスで軽やかに包み込む。
Pageの高音ヴォーカルと展開の妙が見事。
3. Grade 9
カナダの学校生活を題材にした半自伝的楽曲。
スラップスティックなユーモアと、少しのノスタルジーが混ざる、まさに“バネド流青春ソング”。
4. Brian Wilson
後年ライブでも定番となる、抒情性と文学性に富んだ名曲。
Beach Boysのブライアン・ウィルソンをモチーフに、孤独や内省を描きながら、自虐的な視点で見つめ直す。
5. Be My Yoko Ono
初期バネドの代名詞とも言える、ラブソングのふりをした風刺と尊敬のバランスが絶妙な一曲。
風変わりな愛のかたちを、笑いとともに肯定する。
6. Wrap Your Arms Around Me
Pageによる甘く切ないバラード。
“包んでほしい”という願いがシンプルながら深く刺さる。
初期の彼らにしては珍しく感情をストレートに表現した楽曲。
7. What a Good Boy
本作中もっとも感情的なナンバーのひとつ。
「良い子であろうとするプレッシャー」への葛藤を、痛みと優しさを込めて歌う。
アコースティックの音像が歌詞の重さと見事に調和している。
8. The King of Bedside Manor
コミカルでリズミカルな語り口が際立つ短編小説のような一曲。
恋愛下手な男の情けなさを笑い飛ばしつつ、どこか共感してしまうのは、彼らの魔法である。
9. Box Set
“架空のベストアルバム”という設定で展開されるメタ視点の楽曲。
アーティストとファンの距離、売れることの意味を、軽やかに、でも鋭く描いている。
10. I Love You
ストレートなタイトルとは裏腹に、風変わりな愛の形を描く。
リズミカルなパーカッションとウクレレ調の伴奏が印象的で、アルバム中でも実験色が強い。
11. New Kid (On the Block)
少年時代の“転校生”体験を綴った楽曲。
アイドルグループ“New Kids on the Block”への言及を交えつつ、孤独と居場所探しをコミカルに描く。
12. Blame It on Me
繊細なギターと静かな語り口が心を打つバラード。
誰かの責任を背負うこと、あるいは逃げることの複雑さが浮かび上がる。
13. The Flag
重たいテーマを扱った、彼らには珍しいシリアスな楽曲。
抑制された演奏の中に、不安と祈りのような静かな力が漂う。
14. If I Had ,000,000
ライブでは“観客参加型”の定番曲。
「100万ドルあったら何をする?」という妄想を延々と繰り広げる、脱力系ウィットに満ちた楽曲。
それでいて、真の豊かさとは何かを問うような奥深さもある。
15. Crazy
ボーナストラック的な立ち位置ながら、シュールな語り口と遊び心が際立つ。
ラストにふさわしい、ちょっと奇妙な余韻を残す一曲。
総評
Gordonは、Barenaked Ladiesというバンドの“人間味”が詰まった、笑えて泣けるデビュー作である。
エンタメとしての完成度と、内省的で文学的な視点の両立。
その二面性こそが彼らの魅力であり、単なるコミック・バンドでは終わらない深みを感じさせる。
あらゆるジャンルを受け入れ、偏愛的に再構築するその姿勢は、まさにカナダのポップ・カルチャーらしさの結晶でもある。
ひとことで言えば、「親しみやすさ」の革命。
この一作があったからこそ、バネドは時代を超えて愛され続ける存在になったのだ。
おすすめアルバム
- Violent Femmes – Violent Femmes
アコースティックとパンクを融合させた、青春の不安と反抗の記録。 - Ben Folds Five – Ben Folds Five
ピアノを基軸にしたポップロックと、ユーモアとセンチメントの交錯が共通する。 - They Might Be Giants – Lincoln
言葉遊びとポップセンス、風変わりな視点の宝庫。 - Flight of the Conchords – Flight of the Conchords
音楽とコメディの境界を遊ぶカルト的人気デュオ。BNL的なユーモア好きに最適。 - Jonathan Richman & The Modern Lovers – Jonathan Sings!
子どもっぽさと純粋さをロックに落とし込んだ、もうひとつの“親しみ系”名盤。
コメント