1. 歌詞の概要
「Good Ones」は、Charli XCXが2021年にリリースしたシングルであり、翌年発表されたアルバム『CRASH』の先行曲として、多くのリスナーに衝撃と高揚を与えた1曲である。この楽曲は、エレクトロ・ポップのフォーマットを借りながら、彼女の抱える自己破壊的な恋愛傾向と、それに伴う欲望と痛みをダンサブルに、そして切実に描いている。
タイトルの「Good Ones」とは、“良い人たち”すなわち健全な恋愛相手たちのことを指すが、Charliはその“良い人たち”からどうしても離れてしまう自分を告白する。「近くにいるべき人とはうまくいかず、惹かれてはいけない相手にばかり燃えてしまう」――その矛盾が本曲の核であり、まさに“欲望と理性の衝突”という人間的で普遍的なテーマをポップのフォーマットで見事に描ききっている。
2. 歌詞のバックグラウンド
「Good Ones」は、Charli XCXにとって“メジャー・ポップへの回帰”を明示する1曲でもある。2020年にリリースされた『how i’m feeling now』では、ロックダウン下で制作されたDIY精神あふれるハイパーポップ的なサウンドが前面に出ていたが、この「Good Ones」では80年代ニューウェーブや90年代後期のエレクトロ・ポップを彷彿とさせる、より洗練されたスタイルに転じている。
プロデューサーにはOscar Holter(The Weekndの「Blinding Lights」などを手がけたヒットメイカー)を迎え、冷たさと熱を同時に感じさせるようなシンセ・サウンドと硬質なドラムが、楽曲全体に緊張感を与えている。
Charliはこの曲を、いわば「自分がなぜ良い恋愛を継続できないのか」という痛烈なセルフレビューとして書いたと明言しており、その自己分析と、ポップとしての構造美が完全に一致した作品となっている。
3. 歌詞の抜粋と和訳
I let the good ones go
私は良い人たちを、いつも手放してしまう
I want the bad ones ‘cause they’re all I know
悪い人に惹かれるの、私の知ってるのはそういう愛だけ
I always let the good ones go
いつも、私が離れてしまうのは ちゃんと私を愛してくれる人たち
引用元:Genius Lyrics – Charli XCX “Good Ones”
4. 歌詞の考察
「Good Ones」の歌詞は、シンプルながら非常に多層的である。表面的には、「良い人と一緒にいられない自分」への諦めのようにも聞こえるが、実際にはそこに自己理解の深さと感情の混乱が折り重なっている。
語り手は、「悪い人」――たとえば情緒的に不安定だったり、恋愛を軽んじたりする相手――に強く惹かれてしまう自分を、理解しながらも止められない。その相反する気持ちが、繰り返される“let the good ones go(良い人たちを手放してしまう)”というラインに込められている。これは言い換えれば、「幸せになる方法を知っているのに、それを選べない自分」の告白である。
興味深いのは、この楽曲がどこか“クラブミュージック”の構造を持っていることだ。ビートは無機質で、シンセはひたすらに冷たい。けれども、その冷たさの中にあるメロディと声は、まるで心の奥で渦巻く感情を、抑制しながらも露出していくように響く。つまりこれは、“踊りながら泣く”ような楽曲であり、現代におけるポップの極致を示しているとも言えるだろう。
Charliのボーカルは、機械的な処理を施されながらも、その奥にある“人間の痛み”を確かに感じさせる。感情をコントロールしきれないまま、それでも前に進む姿は、どこか現代のアイコンとしての彼女自身と重なる。
5. この曲が好きな人におすすめの曲
- Dancing On My Own by Robyn
クラブのフロアで失恋を歌う名曲。「踊る」と「泣く」の二重構造が「Good Ones」と重なる。 - Don’t Start Now by Dua Lipa
失恋後の自己再生をテーマにしたディスコポップ。感情とリズムの交差が魅力。 - Style by Taylor Swift
「悪い恋」への誘惑をテーマにした楽曲。危険と美しさが混在するムードが共通している。 - After Hours by The Weeknd
愛を失った後の孤独と反省をシンセウェーブで描いた楽曲。Oscar Holterのプロダクションが響き合う。
6. 失うことから始まるポップ・アンセム
「Good Ones」は、ただの恋愛ソングではない。それは、現代を生きる私たちの中にある「選べない悲しさ」や「惹かれてしまう矛盾」といった、理性と感情の複雑なジレンマを、3分間という短さの中で完璧に封じ込めたポップ・ソングである。
この曲を聴いたときに湧き上がるのは、「なんで私はあんな人を選んでしまうの?」という自己反省でありながら、同時に「それでも仕方ない」というどこか優しい諦めでもある。Charli XCXは、その矛盾を声と音で受け止め、私たちの“傷の居場所”をそっと照らしてくれるのだ。
この楽曲が放つ冷たい煌めきと内側の熱量は、ポップというジャンルが持ちうる可能性を新たに示したと言える。そして“良い人を手放してしまう”という一見小さな告白が、これほど多くの人の心を揺らすという事実こそ、Charli XCXが現代のポップミュージックの核心を握っている証なのかもしれない。
彼女の声が響くたび、私たちは、自分でも知らなかった“傷つくパターン”と対面する。そしてそのたびに、音楽の力を再確認させられるのだ。
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