
発売日:2019年9月13日 ジャンル:エクスペリメンタル・ポップ/エレクトロポップ/ハイパーポップ/アート・ポップ/ダンス・ポップ
概要
Charli XCXの3作目のスタジオ・アルバム『Charli』は、2010年代後半のポップ・ミュージックが、メインストリームとアンダーグラウンド、クラブ・ミュージックとシンガーソングライター的な内省、デジタルな人工性と生々しい感情をどのように接続できるかを示した重要作である。
Charli XCXは、初期にはダークなシンセポップやゴシックなエレクトロニック・ポップを志向し、その後「Boom Clap」やIggy Azaleaとの「Fancy」などを通じて大規模なポップ市場へ進出した。しかし彼女のキャリアにおいて決定的だったのは、単にヒットメーカーとして成功することではなく、より前衛的な電子音楽とポップ・ソングの融合へ踏み込んだことだった。
その方向性を大きく推し進めたのが、SOPHIE、A. G. CookをはじめとするPC Music周辺のクリエイターとの協働である。
2016年のEP『Vroom Vroom』、2017年のミックステープ『Number 1 Angel』『Pop 2』では、従来のポップスにおける自然な音響や人間的な温かさを意図的に崩し、金属的なシンセサイザー、極端に加工されたヴォーカル、巨大な低音、過剰なデジタル処理を前面に出した。
『Charli』は、その実験性をフル・アルバムのスケールへ拡張した作品である。
ただし、本作を単なる「ハイパーポップの実験作」と捉えると、その本質を見落とす。
『Charli』には非常に多くのゲストが参加している。
Christine and the Queens。
Sky Ferreira。
Troye Sivan。
HAIM。
Big Freedia。
CupcakKe。
Brooke Candy。
Pabllo Vittar。
Yaeji。
Tommy Cash。
そのため一見するとコラボレーション集のように見える。
しかしアルバム全体の中心にあるのは、むしろCharli XCX自身の孤独である。
多くの人間とつながっている。
多くの声が同じ作品に存在する。
それでも本人は孤独を感じる。
その矛盾が『Charli』の大きなテーマになっている。
デジタル時代の人間関係は、常につながっているように見える。
メッセージを送る。
SNSを見る。
写真を共有する。
誰かの生活を知る。
しかし、そのつながりが必ずしも親密さを意味しない。
Charli XCXは本作で、その2010年代的な孤独を、人工的で未来的なポップ・サウンドのなかに置く。
この組み合わせが非常に重要である。
音は冷たい。
しかし感情は熱い。
ヴォーカルは加工されている。
しかし歌詞は極めて個人的。
ビートは機械的。
しかし内容は恋愛、嫉妬、友情、不安、自己嫌悪である。
『Charli』は、デジタル化されたポップ・ミュージックにおいて「人工的であること」と「感情的であること」は矛盾しないと示した作品である。
全曲レビュー
1. Next Level Charli
アルバムは「Next Level Charli」という明確な自己宣言から始まる。
タイトルは「次のレベルのCharli」。
通常なら、アーティストが自分自身の進化を誇示するような言葉である。
しかしこの曲で重要なのは、単なる自己賛美ではなく、Charli XCXという存在そのものを「更新可能なポップ・アイコン」として扱っている点だ。
ヴォーカルは反復され、ビートは上昇し続け、楽曲全体が巨大なイントロのように機能する。
従来のポップ・アルバムでは、1曲目が作品世界への入口になる。
「Next Level Charli」では、入口というより加速装置に近い。
止まらない。
展開し続ける。
もっと速く。
もっと大きく。
その姿勢がタイトルに表れている。
音楽的にはトランスやクラブ・ミュージックの高揚感を持ちながら、ポップ・ソングとしての明確なサビ構造は意図的に曖昧にされる。
Charli自身の名前を楽曲タイトルへ入れることで、本作が単なる曲集ではなく「Charli XCXという人物そのものを再設計する作品」であることを最初に示している。
2. Gone feat. Christine and the Queens
「Gone」は、『Charli』のなかでも特に重要な楽曲であり、Christine and the Queensとの共演によって、社会的不安と孤独をダンス・ポップへ変換している。
中心にあるのは、人が大勢いる場所で感じる孤立である。
パーティー。
イベント。
社交の場。
そこには多くの人がいる。
しかし自分は「ここに属していない」と感じる。
この感覚は現代的である。
外部から見れば社交的。
実際には強い疎外感。
Charli XCXとChristine and the Queensのヴォーカルは、互いに反射するように配置される。
二人は会話しているようであり、同時にそれぞれが別の孤独を歌っている。
サウンドはA. G. Cook周辺のデジタルな質感を持ちながら、非常に身体的なビートがある。
後半ではリズムがさらに強まり、感情的な不安がクラブ的な高揚へ変化する。
ここに『Charli』の核心がある。
苦しみを静かに内省するのではなく、踊れる形へ変換する。
「Gone」はその方法論を最も完成された形で示した一曲である。
3. Cross You Out feat. Sky Ferreira
「Cross You Out」はSky Ferreiraを迎えた、暗く重いシンセポップ曲である。
タイトルは「あなたを消す」。
人間関係を終わらせる。
記憶から相手を削除する。
SNS時代なら、連絡先を消す、フォローを外す、写真を消すといった行為も連想できる。
しかし人間の記憶は、デジタル・データのように完全には消せない。
ここに曲の痛みがある。
相手を忘れたい。
しかし、忘れようとすること自体がまだ相手を意識している証拠でもある。
Sky Ferreiraの少し低く、疲れを含んだヴォーカルと、Charliの明るさを残した声が対照的に響く。
サウンドは重いシンセサイザーと巨大な低音を中心にしながら、空間を広く取っている。
そのため、関係が終わった後に残る「空白」が音響として表現される。
4. 1999 feat. Troye Sivan
「1999」はTroye Sivanとの共演による、90年代末へのノスタルジーをテーマにしたポップ・ソングである。
タイトル通り1999年という時代を回想する。
MTV。
ポップ・スター。
ティーン・カルチャー。
CD。
映画。
ファッション。
その時代の大衆文化が、現在から見た「失われた単純さ」として描かれる。
重要なのは、1999年そのものを歴史的に正確に再現することではない。
むしろ「過去は今より簡単だった」という感覚を歌う。
現代では常にオンラインである。
情報が多い。
他者と比較する機会が多い。
自分自身を発信し続ける。
その疲労に対して、1999年が幻想的な避難場所になる。
音楽も本作のなかでは比較的オーソドックスなポップ・ソングであり、サビの即効性が非常に高い。
Charli XCXの実験性だけでなく、彼女が依然として強力なメインストリーム・ポップの作家であることを示す一曲である。
5. Click feat. Kim Petras and Tommy Cash
「Click」はKim Petras、Tommy Cashを迎えた、極端にデジタルで攻撃的な楽曲である。
タイトルの“click”は、仲間内の集団を意味する“clique”との音の近さも連想させる。
曲では、自分たちの仲間やスタイルへの自信が前面に出る。
しかしサウンドは単なる自慢の曲にはならない。
後半になるほど音が崩れ、シンセサイザーが歪み、ほとんど機械が故障するような状態へ進む。
この音響破壊が重要である。
ポップ・ソングは通常、最後まで聴きやすく整理される。
「Click」はその期待を裏切り、楽曲そのものを崩壊させる。
そのため「私たちは最高」という自己肯定が、最終的にはノイズへ飲み込まれる。
ここにCharli XCXのポップ観がある。
美しいものだけがポップではない。
耳障りな音。
歪み。
過剰。
それらもフックになり得る。
6. Warm feat. HAIM
「Warm」はHAIMを迎えた、比較的柔らかな楽曲である。
タイトルは「温かい」。
本作のサウンドが全体的に人工的で金属的であることを考えると、この言葉は非常に象徴的だ。
歌詞では、人間関係のなかで相手から本当の温かさを得られているのかという疑問が扱われる。
相手は近くにいる。
しかし感情的には遠い。
その距離が、淡いシンセサイザーと抑制されたヴォーカルによって表現される。
HAIMの参加も効果的である。
彼女たちの声には人間的なコーラス感があり、Charliの加工されたヴォーカルと重なることで、デジタルとオーガニックの中間的な音像が生まれる。
7. Thoughts
「Thoughts」は、本作のなかでも特に内省的な楽曲である。
タイトルは「思考」。
頭のなかから離れない考え。
人間関係。
失敗。
過去。
自分自身。
それらが繰り返される。
曲は大きなビートより、浮遊するようなシンセサイザーとヴォーカルを中心に進む。
Charli XCXの歌詞には、表面的な自信と内側の不安が同時に存在することが多い。
「Next Level Charli」では大胆に自己を宣言する。
しかし「Thoughts」では、自分自身の思考に振り回される。
この落差が非常に人間的である。
成功している。
多くの人と仕事をしている。
それでも自分の頭のなかからは逃げられない。
『Charli』というアルバムが単なる未来的ポップの展示ではなく、自己認識についての作品であることを示す重要曲である。
8. Blame It on Your Love feat. Lizzo
「Blame It on Your Love」はLizzoを迎えた、非常に明るいポップ・ナンバーである。
曲の原型は以前から存在していた「Track 10」と関連が深く、『Charli』ではより明確なポップ・ソングとして再構成されている。
歌詞では、関係がうまくいかない原因を「あなたの愛のせい」にする。
しかし実際には、主人公自身にも問題がある。
相手を求める。
しかし近づきすぎると逃げる。
愛されたい。
しかし親密さが怖い。
この矛盾が曲の中心にある。
Lizzoの登場によって、曲に明るさと自己肯定感が加わる。
サウンドはカリブ系ポップやダンスホールを思わせる軽快なリズムを持ち、本作のなかでは特にラジオ・フレンドリーである。
しかし歌詞の心理は単純ではない。
ポップな表面の下に、親密さへの恐怖がある。
9. White Mercedes
「White Mercedes」は、『Charli』のなかでも最も伝統的なバラードに近い楽曲である。
タイトルに登場する白いMercedesは、成功、速度、都会的な生活の象徴として機能する。
しかし歌詞の中心にあるのは、成功ではなく罪悪感である。
自分を愛してくれる相手がいる。
しかし自分はその愛に十分応えられていない。
傷つけてしまう。
それでも相手は離れない。
この関係の不均衡が歌われる。
Charli XCXはしばしば強い人物として見られるが、「White Mercedes」では自分自身を加害側として認識する。
これは重要である。
相手に傷つけられたと歌うだけではない。
自分が他者を傷つける可能性も認める。
サウンドは大きく広がりながらも比較的シンプルで、ヴォーカルの感情を前面に出す。
本作のなかでも特にソングライターとしてのCharli XCXを確認できる曲である。
10. Silver Cross
「Silver Cross」は、誰かを支えたいという感情を扱う楽曲である。
タイトルの「銀の十字架」は宗教的な救済や守護を連想させる。
ここでは、苦しんでいる相手に寄り添い、自分が支えになりたいという意志が中心にある。
『Charli』では自分自身の孤独が多く歌われる。
しかし「Silver Cross」では視点が他者へ向かう。
自分が救われたいだけではない。
誰かを救いたい。
その変化が重要である。
音楽はダンス・ポップの推進力を持ち、感情的なテーマをバラードではなくクラブ的な高揚へ変換する。
この「ケアすること」と「踊ること」の接続は、本作のなかでも特に美しい。
11. I Don’t Wanna Know
「I Don’t Wanna Know」は、タイトル通り「知りたくない」という拒絶を扱う。
相手に関する真実。
裏切り。
感情の変化。
それを知れば傷つく。
だから知らないままでいたい。
ここには恋愛における自己防衛がある。
通常、真実を知ることは正しいこととされる。
しかし実際には、人間はすべての真実に耐えられるわけではない。
知らない方が関係を続けられる場合もある。
この曲はその弱さを認める。
サウンドは抑制され、アルバム後半の感情的な重さを強める。
Charli XCXの声も、派手な加工より内面的な響きが前面に出る。
12. Official
「Official」は、恋愛関係を「公式」にすることへの願いを歌う。
デジタル時代の恋愛では、“official”という言葉が特別な意味を持つ。
関係を公表する。
SNSに載せる。
周囲に認められる。
曖昧な関係から明確な関係へ移る。
しかし本当に重要なのは、外部からの認証ではなく、二人の間に確かな親密さがあるかどうかである。
曲は比較的穏やかで、Charli XCXの作品としては驚くほど素直なラヴ・ソングに近い。
この素直さが、アルバム中盤以降の感情的な深さを支えている。
13. Shake It feat. Big Freedia, CupcakKe, Brooke Candy & Pabllo Vittar
「Shake It」は、本作最大級の集団的クラブ・トラックである。
Big Freedia、CupcakKe、Brooke Candy、Pabllo Vittarという個性の強いゲストが次々と登場し、曲全体が巨大なクィア・クラブ空間のように構成される。
タイトル通り身体を動かすことが中心にある。
しかし、ここでのダンスは単なる娯楽ではない。
自己表現。
ジェンダー。
セクシュアリティー。
身体の自由。
それらを肯定する行為として機能する。
各ゲストの声は均質化されない。
それぞれの個性が残る。
この点が重要である。
通常のポップ・コラボでは、ゲストは主役を補強する役割になりやすい。
「Shake It」では複数の主役が同時に存在する。
その構造自体が、Charli XCXのコラボレーション観を象徴している。
14. February 2017 feat. Clairo & Yaeji
「February 2017」は、ClairoとYaejiを迎えた非常に短く、断片的な楽曲である。
タイトルが具体的な年月になっている点が重要である。
これは抽象的な恋愛ではなく、ある特定の時期の記憶である。
2017年2月。
その時に何があったのか。
誰といたのか。
何を失ったのか。
曲は完全な物語を説明しない。
むしろ日記の一頁のように、感情の断片だけを残す。
Clairoの柔らかな声、Yaejiのミニマルな感覚、Charliのデジタルなヴォーカルが重なり、個人の記憶が複数の声へ拡散する。
この曲には、デジタル時代の記憶の感覚がある。
写真。
メッセージ履歴。
日付。
過去の投稿。
人間は記憶を「年月」で検索できるようになった。
「February 2017」というタイトルは、その現代的な記憶形式を非常に簡潔に表している。
15. 2099 feat. Troye Sivan
アルバムはTroye Sivanとの「2099」で終わる。
「1999」が過去へのノスタルジーだったのに対し、「2099」は100年後の未来へ視線を向ける。
この対比がアルバムの構造として非常に美しい。
1999。
2019。
2099。
Charli XCXは現在にいながら、過去と未来の両方を見る。
「2099」は「1999」のような親しみやすいポップではない。
むしろ音は不穏で、断片的で、未来が快適な場所とは限らないことを示す。
これは重要である。
ポップ・ミュージックでは未来はしばしば輝かしく描かれる。
しかし『Charli』の未来は人工的で、巨大で、少し怖い。
その一方で、Charli XCXはそこへ進もうとする。
過去を懐かしむ。
しかし過去へ戻ることはできない。
ならば未来へ行くしかない。
「2099」はその決意を、明確な解決ではなく不安定な音響のなかで提示する。
総評
『Charli』は、Charli XCXが「未来的なポップ・スター」という立場を決定的に確立した作品である。
しかし、本作の本当の価値は「未来っぽい音」を使ったことではない。
より重要なのは、ポップ・ミュージックの中心にある感情を、人工的なサウンドによってむしろ強くしたことにある。
ポップの歴史では、自然な声や生楽器が「本物の感情」と結びつけられることが多かった。
アコースティック・ギター。
ピアノ。
加工されていないヴォーカル。
これらは「誠実」と見なされやすい。
一方、Auto-Tune、シンセサイザー、サンプル、極端な編集は「人工的」とされてきた。
Charli XCXはその区別を拒否する。
声を加工しても感情は本物である。
ビートが機械的でも孤独は本物である。
シンセサイザーが金属的でも恋愛の痛みは本物である。
むしろ現代人の生活自体がデジタル機器を通して行われる以上、「人工的な音」の方が現在の感情に近い場合さえある。
この発想が『Charli』の核心にある。
A. G. Cookを中心とする制作陣の役割も非常に重要である。
PC Music周辺の音楽は、ポップの記号を極端に誇張することで知られていた。
明るすぎるシンセ。
高すぎるヴォーカル。
硬すぎるドラム。
甘すぎるメロディー。
普通のポップが使う要素を、限界まで拡大する。
Charli XCXはその美学を、自分自身のソングライティングと結びつけた。
その結果、実験音楽がポップへ近づいたというより、ポップそのものを過剰化することで実験音楽へ変えるという逆転が起きる。
この方法論は、その後「ハイパーポップ」と呼ばれる潮流の中心的な考え方になる。
もちろん『Charli』だけがハイパーポップを作ったわけではない。
SOPHIE。
A. G. Cook。
GFOTY。
Hannah Diamond。
100 gecs。
その他多くのアーティストが、同時期に異なる形でポップの極端化を進めていた。
しかしCharli XCXの重要性は、その美学をメインストリーム級の知名度を持つポップ・スターの作品へ持ち込んだことである。
つまりアンダーグラウンドと大衆ポップの境界を薄くした。
これは『Charli』の歴史的意義として非常に大きい。
また、本作にはコラボレーションが異常に多い。
通常、アルバムにゲストが多すぎると、アーティスト本人の個性が薄くなる危険がある。
『Charli』では逆である。
多くのゲストがいるからこそ、Charli XCXの個性が明確になる。
彼女は一人で完結するスターではない。
他者との接続によって自分を作り変えるスターである。
Christine and the Queens。
Troye Sivan。
Sky Ferreira。
HAIM。
Clairo。
Yaeji。
Pabllo Vittar。
それぞれ別の音楽文化を持つ人物と接触することで、「Charli XCX」という存在が少しずつ変化する。
これはインターネット時代のポップ・スター像と非常に相性が良い。
以前のポップ・スターは、強固なブランドを維持することが重視された。
Charli XCXはむしろ変化する。
他者を取り込む。
ジャンルを移動する。
自分自身を固定しない。
この柔軟性が、2010年代後半以降のポップ・カルチャーを先取りしている。
歌詞面では、孤独と親密さがアルバムを貫く。
「Gone」では人の多い場所で孤独になる。
「Cross You Out」では関係を記憶から消そうとする。
「Warm」では相手の感情的な距離を感じる。
「Thoughts」では自分の頭のなかから逃げられない。
「White Mercedes」では自分が相手を傷つけていることを認める。
「Official」では関係を確かなものにしたい。
これらはすべて「他者とどうつながるか」という問いである。
そのため、多数のゲストが登場する構成は歌詞のテーマとも一致する。
多くの人と一緒に歌っている。
それでも孤独。
この矛盾が『Charli』を単なるパーティー・アルバムから遠ざけている。
また、本作は時間についてのアルバムでもある。
「1999」。
「February 2017」。
「2099」。
過去。
具体的な記憶。
未来。
Charli XCXは現在という一点に留まらない。
過去を懐かしみながら未来へ向かう。
ここにも現代的な感覚がある。
インターネットでは過去の文化がいつでもアクセス可能である。
1990年代の映像。
2000年代のファッション。
古い曲。
すべてが現在に存在する。
一方でテクノロジーは未来へ進み続ける。
そのため現代人は、複数の時代を同時に生きている。
『Charli』はその時間感覚を非常によく捉えている。
音楽的には、メロディーの強さも見逃せない。
実験的な音響が目立つため、Charli XCXのソングライターとしての能力が軽視されることがある。
しかし「Gone」「1999」「White Mercedes」「Official」などは、極端なプロダクションを取り除いても強いメロディーを持つ。
ここが本作を単なる音響実験からポップ・アルバムへ引き上げている。
SOPHIEやA. G. Cookのような前衛的なプロデューサーと組んでも、中心に「歌」が残る。
だからこそ実験性が大衆性を破壊しない。
むしろ強化する。
『Charli』が後世へ与えた影響は非常に大きい。
2020年代には、極端なヴォーカル処理、歪んだ低音、ゲーム音楽的なシンセ、トランス、ユーロダンス、ポップ・パンク、クラブ・ミュージックを混在させることが一般化した。
TikTok世代のポップでも、ジャンルの急激な切り替えや短いフック、過剰な音圧は珍しくない。
その背景には、PC Music周辺とCharli XCXが2010年代に押し進めた価値観がある。
もちろん『Charli』の音そのものがそのままコピーされたわけではない。
より重要なのは、「ポップは美しく整っている必要がない」「歪みやノイズもキャッチーになり得る」という発想が広がったことである。
さらに、本作はクィア・ポップ文化との関係でも重要である。
参加アーティストの多様性。
クラブ・カルチャー。
ジェンダーやセクシュアリティーを固定しない表現。
「Shake It」に象徴される身体の自由。
これらは、2010年代後半のクィアなポップ/クラブ文化と強く結びついている。
Charli XCX自身の音楽がLGBTQ+コミュニティから強く支持されるようになった背景には、単にダンサブルだからという以上に、「自己を固定せず、別の形へ変化してよい」という作品の思想がある。
『Charli』は、その価値観を最も明確にした作品のひとつである。
アルバムとして見ると、15曲という長さと大量のゲストによって、やや散漫に感じられる部分もある。
しかし、その散漫さは欠点であると同時にコンセプトでもある。
『Charli』は一枚岩の世界を作ろうとしていない。
複数の人物。
複数のジャンル。
複数の時代。
複数の感情。
それらが同時に存在する。
つまりこれは、インターネットのフィードのようなアルバムである。
一つの画面に違う文化が並ぶ。
過去と未来が混ざる。
友人と知らない人が隣にいる。
明るい投稿の直後に悲しい投稿が来る。
その断片的な世界が、『Charli』の構造そのものになっている。
最後に「2099」を置くことで、アルバムは過去ではなく未来へ終わる。
「1999」を懐かしむことはできる。
しかしCharli XCXはそこへ留まらない。
未来が不安でも進む。
音が壊れていても進む。
自分自身が変化しても進む。
この姿勢が、『Charli』というアルバムの最終的なメッセージである。
未来のポップとは、完全に新しい音を作ることではない。
過去の断片。
現在の感情。
新しい技術。
複数の文化。
それらを一つの場所へ接続し、別の形にすること。
『Charli』は、その考え方を2019年の時点で極めて鮮明に提示した作品である。
おすすめアルバム
1. Charli XCX – Pop 2(2017)
『Charli』へ直接つながる最重要作品。A. G. Cookを中心とする前衛的な電子プロダクション、多数のゲスト、Auto-Tuneを積極的に使ったヴォーカルなど、本作の方法論がすでに完成している。『Charli』よりさらにミックステープ的で自由度が高い。
2. SOPHIE – OIL OF EVERY PEARL’S UN-INSIDES(2018)
金属的な電子音、極端な音響処理、身体性、ジェンダー、自己変容を扱った実験的ポップの重要作。Charli XCXが進めた「人工的な音ほど強い感情を持ち得る」という思想を理解するうえで欠かせない。
3. A. G. Cook – 7G(2020)
PC Musicの中心人物A. G. Cookによる巨大な作品集。ポップ、トランス、ギター、アンビエント、ノイズなどを自由に横断し、『Charli』のプロダクションを支えた思想をさらに広い形で確認できる。
4. 100 gecs – 1000 gecs(2019)
『Charli』と同じ2019年に登場した、ハイパーポップの急進性を象徴する作品。ユーロダンス、スカ、ポップ・パンク、トラップ、ノイズを極端に短い楽曲へ詰め込み、ジャンル崩壊そのものをポップな快楽へ変えている。
5. Robyn – Body Talk(2010)
電子的なダンス・ポップと失恋、孤独、自己認識を高い水準で融合した作品。音響面では『Charli』ほど過激ではないが、「クラブで踊れる曲のなかに深い孤独を置く」という方法論において重要な先行作であり、Charli XCXの感情的なダンス・ポップを理解するうえで関連性が高い。

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