
発売日:1978年10月6日
ジャンル:ニューウェイヴ、ポストパンク、アート・ポップ、パンク・ロック、パワーポップ
概要
XTCのセカンド・アルバム『Go 2』は、1978年に発表された、初期XTCの神経質でひねくれたニューウェイヴ感覚をさらに推し進めた作品である。デビュー作『White Music』からわずか数か月後に登場した本作は、バンドがまだパンク以後の混乱、アート・ロック的な実験性、ポップ・ソングへの愛着を同時に抱えていた時期の記録であり、後年の『Drums and Wires』『Black Sea』『English Settlement』『Skylarking』へ至る完成されたポップ職人としてのXTCとは異なる、粗く、鋭く、落ち着きのない魅力を持っている。
XTCは、Andy Partridge、Colin Moulding、Barry Andrews、Terry Chambersを中心に、英国スウィンドンで形成されたバンドである。ロンドンのパンク・シーンの中心から距離のある地方都市出身であったことは、彼らの音楽に独特のズレを与えた。怒りを直接的に叫ぶパンク・バンドというより、彼らはパンクの速度と反権威の態度を取り込みながら、そこに変則的なリズム、奇妙なキーボード、言葉遊び、社会観察、ポップへの異常な執着を加えていった。
『Go 2』は、その過渡期のXTCを象徴するアルバムである。前作『White Music』がパンクのスピードとニューウェイヴの神経症的な感覚を勢いのまま放出した作品だったとすれば、『Go 2』はそこにさらにアートスクール的な皮肉、構造への意識、そして音そのものをひねる感覚が強まっている。楽曲は前作以上に奇妙で、ポップでありながら真っ直ぐには進まない。サビに向かって気持ちよく展開するというより、途中で角を曲がり、余計な装飾が入り、リズムが引っかかり、歌が神経質に跳ねる。
アルバム・カバーも本作の性格をよく示している。一般的なアルバム・ジャケットの魅力を逆手に取るように、デザインや宣伝文句そのものを皮肉るテキスト主体のカバーは、ポップ商品としてのレコードのあり方を冷笑している。これは単なる悪ふざけではなく、XTCが音楽だけでなく、音楽が売られ、包装され、消費される仕組みそのものに敏感だったことを示す。『Go 2』というタイトルも、前作の次であることをあまりにも簡潔に示す一方で、商品番号や機械的な続編のような冷たさを持っている。
音楽的には、Barry Andrewsのキーボードが非常に大きな存在感を持っている。後にDave Gregory加入後のXTCは、よりギター・ポップとして整理されていくが、本作の時点ではAndrewsのキーボードが楽曲を意図的に不安定にしている。彼の音は、曲に彩りを加える装飾ではなく、むしろ曲の表面を引っかき、歪ませ、時に邪魔をするように鳴る。これにAndy Partridgeの切迫したヴォーカル、Colin Mouldingのよりメロディアスでポップな作曲感覚、Terry Chambersの直線的で強靭なドラムがぶつかり、アルバム全体に緊張感を生んでいる。
1978年という時代背景を考えると、本作は英国ニューウェイヴがパンクから多方向へ分岐していく瞬間の作品である。パンクの単純な三コード衝動はすでに限界を見せ始め、そこからポストパンク、シンセポップ、2トーン、パワーポップ、アート・ロック的ニューウェイヴが生まれていた。XTCはその中で、ポップ・ソングの構造を理解しながら、それをあえて歪ませる方向へ進んでいた。『Go 2』は、完成された名盤というより、バンドが複数の方向へ同時に伸びようとしている、非常に不安定で刺激的な作品である。
日本のリスナーにとって『Go 2』は、後年のXTCの緻密で美しいポップ作品から入った場合、かなり取っつきにくく感じられるかもしれない。しかし、本作にはXTCの根にある「普通のポップ・ソングを普通に鳴らせない」性質がむき出しになっている。『Drums and Wires』以降の洗練に向かう直前の、ざらついた実験と神経質な衝動が詰まっている。つまり『Go 2』は、XTCの完成形ではなく、完成に向かう途中のひび割れた地図として重要なアルバムである。
全曲レビュー
1. Meccanik Dancing (Oh We Go!)
オープニング曲「Meccanik Dancing (Oh We Go!)」は、『Go 2』の神経質で機械的なエネルギーをいきなり提示する楽曲である。タイトルに含まれる「Meccanik」という綴りは、正規の「mechanic」からずれており、機械、身体、ダンス、人工性が奇妙に混ざった印象を与える。XTCはこの曲で、ダンス・ミュージックを人間的な解放ではなく、どこかぎこちなく、機械に操られるような運動として描いている。
サウンドはタイトで、リズムは前へ進むが、滑らかではない。ギターとキーボードは角ばっており、Andy Partridgeのヴォーカルは落ち着きなく跳ねる。Terry Chambersのドラムは強い推進力を持つが、その上に乗る音は常に少し不自然である。この「動けるが気持ちよく踊れない」感覚が、初期XTCらしいニューウェイヴ性である。
歌詞では、機械的なダンスや集団的な動きが、消費社会や若者文化への皮肉として響く。踊ることは自由の表現である一方、同じリズムに乗せられ、同じように振る舞うことでもある。XTCはその矛盾を、理屈ではなく音のぎこちなさによって表現している。曲の中で身体は動いているが、その動きにはどこか不安がある。
アルバム冒頭にこの曲が置かれることで、『Go 2』は人間と機械、ポップと皮肉、ダンスと不安の入り混じる作品として始まる。明るい幕開けというより、人工的な照明の下で無理やり身体を動かされるような感覚があり、本作の落ち着きのなさを象徴している。
2. Battery Brides (Andy Paints Brian)
「Battery Brides (Andy Paints Brian)」は、本作の中でも特に奇妙で、初期XTCのアート・ポップ的な側面が強く出た楽曲である。タイトルの「Battery Brides」は、電池で動く花嫁、あるいは人工的な結婚や関係性を連想させる。副題の「Andy Paints Brian」は、何か私的なジョークや美術的な場面を思わせ、曲全体に不透明で不思議な印象を与えている。
サウンドは、パンク的な直線性から離れ、より不安定で実験的である。テンポやアレンジにはどこか奇妙な浮遊感があり、Barry Andrewsのキーボードが曲に異物感を与える。XTCはここで、単純なロックンロールではなく、音の配置そのものを使って不気味な人工性を作っている。
歌詞のテーマとしては、人間関係の機械化、愛や結婚の制度化、あるいは個人が社会的な役割に組み込まれていくことへの皮肉が読み取れる。花嫁というロマンティックな象徴に「Battery」という無機質な言葉が結びつくことで、愛情の自然さが疑われる。愛しているのか、プログラムされているのか。自分で選んだのか、社会に動かされているのか。XTCはこうした問いを、直接的なメッセージではなく、奇妙なイメージの連鎖として提示している。
「Battery Brides」は、一般的なポップ・ソングとしての分かりやすさからは遠いが、XTCの初期の実験精神をよく示している。後年の彼らはより洗練された形で社会風刺や人間観察を行うが、本作ではその感覚がまだ荒く、不穏な音として噴き出している。
3. Buzzcity Talking
「Buzzcity Talking」は、都市の騒音、会話、情報の過剰をテーマにしたような楽曲である。タイトルの「Buzzcity」は、ざわめく都市、ノイズに満ちた街を連想させる造語的な響きを持つ。XTCの初期作品には、ラジオ、通信、ワイヤー、都市、機械といったモチーフが頻繁に登場するが、この曲もその流れの中にある。
サウンドはせわしなく、落ち着きがない。ギターとキーボードが細かく動き、リズムは曲を前へ押し出すが、そこには快適なグルーヴよりも情報過多の圧迫感がある。Andy Partridgeのヴォーカルは、まるで周囲の雑音に負けないように言葉を吐き出しているように響く。
歌詞では、都市の中で交わされる言葉や噂、広告、会話が、人間の意識を埋め尽くしていく様子が描かれていると考えられる。都市は人々をつなぐ場所であると同時に、意味のない言葉やノイズで人を疲弊させる場所でもある。XTCはその状態を、整った批評ではなく、音のざわめきとして表現する。
「Buzzcity Talking」は、『Go 2』のニューウェイヴ的な都市感覚を代表する曲である。XTCにとって現代都市は、ロマンティックな舞台ではなく、神経を刺激し続ける騒音装置である。その中で人は話し、聞き、反応し続けるが、本当に伝わっているのかは分からない。この不安が曲全体に漂っている。
4. Crowded Room
「Crowded Room」は、Colin Moulding作の楽曲であり、彼のよりポップでメロディアスな感覚が表れた一曲である。タイトルは「混み合った部屋」を意味し、人が多くいる場所での孤独や、社会的な場面における息苦しさを連想させる。XTCの歌詞世界では、周囲に人がいることが必ずしも安心を意味しない。むしろ、人の多さが個人の不安を際立たせることがある。
サウンドは比較的分かりやすく、Mouldingらしいメロディの親しみやすさがある。ただし、完全なポップ・ソングにはならず、演奏には初期XTCらしい角ばりが残っている。Partridge作の神経質な曲に比べると、Mouldingの曲はやや丸みがあり、聴き手に入りやすい。しかし、歌詞の内側にはやはり閉塞感がある。
歌詞では、人が集まる部屋の中で、語り手が圧迫感や疎外感を抱いているように感じられる。社交の場にいるのに、心は孤立している。これは現代的な孤独の典型である。人に囲まれているからこそ、自分が誰とも本当にはつながっていないことが分かってしまう。
「Crowded Room」は、アルバムの中でMouldingの作曲家としての役割を示す重要曲である。彼はXTCに、Partridgeの過剰な神経質さとは異なる、より日常的でメロディアスな視点をもたらしている。このバランスが後年のXTCを豊かにしていくが、本作ではその萌芽がまだ荒削りな形で現れている。
5. The Rhythm
「The Rhythm」は、タイトル通りリズムそのものを題材にした楽曲である。XTCはリズムを単なる伴奏として扱うのではなく、しばしば人間の行動、社会の反復、身体の衝動を表すものとして使う。この曲では、リズムが人を動かす力として描かれる一方、その力にはどこか強迫的な響きもある。
サウンドは鋭く、リズム隊の直線性が強い。Terry Chambersのドラムは、この時期のXTCにおける重要な推進力であり、曲を強引に前へ押し出す。その上でギターやキーボードが落ち着きなく動き、曲全体に緊張感を与える。リズムは快楽的であると同時に、逃げ場のない反復としても機能している。
歌詞では、リズムに乗ること、リズムに支配されること、あるいは社会の中で一定のテンポに従わされることがテーマとして読み取れる。人は自分の意思で動いているつもりでも、実際には外部のリズムに合わせているだけかもしれない。XTCはそうした疑念を、ニューウェイヴ的な硬いビートに乗せて表現している。
「The Rhythm」は、初期XTCの身体性を理解するうえで重要な楽曲である。彼らの音楽は知的で神経質だが、同時に非常に肉体的でもある。ただし、その肉体性はリラックスしたダンスではなく、少しぎこちなく、過剰に反応する身体の動きである。この曲はその特徴をよく示している。
6. Red
「Red」は、色をタイトルにした短く鋭い楽曲である。赤は、怒り、危険、血、情熱、警告、政治的な象徴など、多くの意味を持つ色である。XTCはこの曲で、赤という色の強いイメージを、神経質なニューウェイヴ・サウンドの中に放り込んでいる。
サウンドは性急で、パンク的な勢いが強い。ギターは鋭く、ヴォーカルは短く切り込むように響く。曲の構造はコンパクトで、長く展開するというより、色のイメージが一瞬強烈に点滅するような印象を残す。初期XTCらしい短距離走的な曲である。
歌詞では、赤が持つ不穏さや興奮が断片的に示される。赤は愛の色でもあり、暴力の色でもある。信号の停止、危険表示、血の色、顔が紅潮する感情。これらが重なり、曲には落ち着かない熱がある。XTCは具体的な物語を語るより、色の持つ心理的な刺激を音に変えているように聴こえる。
「Red」は、アルバムの中で短く強いアクセントになっている。後年のXTCはより複雑なメロディと構成で曲を作るが、この時期の彼らには、断片的なアイデアをそのまま鋭く投げ出す魅力がある。この曲はその象徴的な一例である。
7. Beatown
「Beatown」は、本作の中でも比較的代表的な楽曲であり、初期XTCの都市批評とポップ感覚が結びついた一曲である。タイトルは「ビートの町」「拍動する町」といった意味を持ち、都市そのものがリズムを持ち、人々を動かしているような印象を与える。デビュー作『White Music』の「Radios in Motion」や「Neon Shuffle」とも連続する、都市とメディアへの関心がここにある。
サウンドは比較的キャッチーで、リズムの推進力が強い。ギターとキーボードは忙しく動くが、曲としての輪郭ははっきりしている。XTCの初期作品の中では、ポップとしてのまとまりと奇妙さのバランスが良い楽曲と言える。Mouldingのベースも曲をしっかり支え、Chambersのドラムが都市の機械的な鼓動のように鳴る。
歌詞では、町がビートに支配されているような状況が描かれる。これは音楽の街という意味にも取れるが、同時に人々が消費や労働、流行、メディアのリズムに合わせて動く社会の比喩としても読める。町は生きているが、その生命は自然なものではなく、人工的な拍動に近い。
「Beatown」は、『Go 2』の中で最もニューウェイヴらしい都市感覚を持った曲のひとつである。XTCはここで、ポップ・ソングの形を使いながら、都市生活の反復と不自然さを描いている。聴きやすさと皮肉が同時に存在する、初期XTCらしい楽曲である。
8. Life Is Good in the Greenhouse
「Life Is Good in the Greenhouse」は、タイトルだけを見ると牧歌的で穏やかな曲のように思える。しかしXTCの場合、「温室での生活は良い」という言葉には強い皮肉が含まれている。温室は植物を守る場所であると同時に、外の世界から隔離された人工的な環境でもある。安全で快適だが、本当の自然ではない。この二重性が曲の中心にある。
サウンドは、レゲエやダブの影響を感じさせるゆるやかなリズムを持ちながら、XTCらしい奇妙な角ばりが残っている。1970年代後半の英国ニューウェイヴでは、レゲエの影響が多くのバンドに取り入れられたが、XTCはそれを滑らかに模倣するのではなく、自分たちの神経質な音楽へ変形している。
歌詞では、温室の中で快適に暮らすことへの違和感が描かれている。外の世界の危険や複雑さから隔離され、管理された環境で生きることは楽かもしれない。しかし、それは本当に生きていることなのか。温室は安全であると同時に、成長を人工的に制御する場所でもある。この比喩は、郊外生活、消費社会、管理された現代生活への批評としても機能する。
「Life Is Good in the Greenhouse」は、本作の中でもXTCの社会風刺が比較的明確に表れた曲である。後年の彼らが英国社会や田園幻想を皮肉る作品へ向かうことを考えると、この曲にはその初期形が見える。快適さの裏にある不自然さを見つめる視線が、すでにここにある。
9. Jumping in Gomorrah
「Jumping in Gomorrah」は、聖書に登場する堕落した都市ゴモラをタイトルに含む楽曲であり、宗教的なイメージとニューウェイヴ的な身体性が衝突している。ゴモラは道徳的堕落や破滅の象徴であり、そこへ「jumping」、つまり跳ねる、踊る、飛び込むという動作が結びつくことで、退廃的な祝祭のイメージが生まれる。
サウンドは落ち着きなく、リズムの跳ねが強い。曲は短く鋭く、身体を動かす力を持っているが、その動きは明るいダンスではなく、破滅へ向かう騒ぎのようでもある。XTCはここでも、ダンスや祝祭を単純な快楽としては描かない。そこには必ず皮肉や不安が混ざる。
歌詞では、道徳的な規範が崩れた場所で、人々が跳ね、騒ぎ、堕落していく様子が暗示される。これは宗教的な説教ではなく、むしろ現代都市や若者文化をゴモラになぞらえた風刺として読める。楽しさと破滅は表裏一体であり、踊っている人々は自分たちが何に向かっているのか分かっていないのかもしれない。
「Jumping in Gomorrah」は、『Go 2』の中でもXTCの言葉遊びと社会的な皮肉が強く出た楽曲である。聖書的な重いイメージを、パンク以後の軽快で奇妙なロックに乗せることで、真面目さと馬鹿馬鹿しさが同時に生まれている。このバランスは初期XTCならではである。
10. My Weapon
「My Weapon」は、Barry Andrews作の楽曲であり、本作の中でも特に不穏で攻撃的な響きを持つ。タイトルは「私の武器」を意味し、性的、心理的、社会的な力の誇示を連想させる。XTCのディスコグラフィの中でも、かなり尖った印象を残す曲である。
サウンドは暗く、キーボードの異物感が強い。Andrewsの作曲らしく、曲の構造はPartridgeやMouldingの楽曲とは異なり、より演劇的で、ねじれた雰囲気を持っている。ヴォーカルもどこか挑発的で、聴き手に不快感を与えるぎりぎりのところを進む。
歌詞では、自分の「武器」を誇示する人物の視点が描かれる。この武器は文字通りの暴力かもしれないし、性的な力、言葉、支配欲、あるいは男性的な自己誇示の比喩かもしれない。現代の感覚からすると、その表現には危うさや不快さもある。しかし、その不快さ自体が、曲の攻撃性を形作っている。
「My Weapon」は、XTCのポップな側面だけを期待すると非常に異質に響く。しかし、初期XTCが持っていたアート・パンク的な挑発性を理解するうえでは重要である。後年の洗練されたXTCからは徐々に後景へ退いていく、Barry Andrews在籍期ならではの毒が強く表れた曲である。
11. Super-Tuff
「Super-Tuff」は、Colin Moulding作の楽曲であり、タイトルの通り、タフさや強がりをテーマにしているように響く。だが、XTCの場合、その「タフさ」は素直な男らしさの賛美ではなく、むしろ強がりの滑稽さや空虚さを含んでいる。Mouldingの曲らしく、メロディは比較的親しみやすいが、歌詞には皮肉がある。
サウンドは軽快で、リズムには前進感がある。Partridgeの曲に比べると、曲の輪郭は分かりやすく、ポップ・ソングとしてのまとまりがある。しかし、Barry Andrewsのキーボードや初期XTC特有の硬い演奏によって、完全に滑らかなポップにはならない。少し角が残っている。
歌詞では、タフであることを演じる人物、あるいは社会が求める強さに対する皮肉が読み取れる。人は自分を強く見せようとするが、その強がりはしばしば不安の裏返しである。「Super-Tuff」という過剰な言葉には、むしろその不自然さが滲んでいる。XTCはここでも、社会的な役割や自己演出に対して斜めから視線を向けている。
「Super-Tuff」は、アルバム後半においてMouldingのポップなバランス感覚を示す楽曲である。初期XTCの中で、彼の曲はしばしば作品に聴きやすさをもたらすが、同時に皮肉や観察も含んでいる。この曲は、その両面がよく出ている。
12. I Am the Audience
アルバム本編を締めくくる「I Am the Audience」は、非常にXTCらしい自己言及的な楽曲である。タイトルは「私は観客である」という意味を持ち、表現する側と見る側、演奏者と消費者、主体と客体の関係を揺さぶる。アルバム・カバーがレコード商品としての見られ方を皮肉っていたことを考えると、この曲は作品全体のメタ的な終着点として機能している。
サウンドはニューウェイヴ的に鋭く、曲はコンパクトに進む。ヴォーカルは、語り手が自分の立場を宣言するように響く。だが、その宣言は単純ではない。観客であるということは、受け身の立場である一方、作品を評価し、消費し、意味を決める権力を持つことでもある。
歌詞では、観客という立場の奇妙さが描かれる。音楽は演奏者だけで成立するものではなく、聴き手によって受け取られて初めて意味を持つ。しかし、その観客はしばしば無責任で、気まぐれで、商品として音楽を消費する存在でもある。XTCはその関係を、皮肉と自己認識を込めて歌っている。
「I Am the Audience」は、『Go 2』の最後に置かれることで、アルバム全体のコンセプト性を強めている。これは単に曲を並べた作品ではなく、ポップ・ミュージックが作られ、売られ、聴かれ、評価される構造への意識を持ったアルバムである。初期XTCのアート・ポップ的な知性が凝縮された終曲である。
総評
『Go 2』は、XTCのディスコグラフィの中ではしばしば過渡期の作品として扱われる。実際、本作は後年の代表作に比べると、ソングライティングの完成度やアルバムとしての統一感に粗さがある。しかし、その粗さこそが本作の本質である。ここには、パンク以後の混乱の中で、XTCが自分たちの音楽言語を探し、ポップ、アート、皮肉、都市感覚、機械的なリズムを同時に試している様子が刻まれている。
前作『White Music』が初期衝動の爆発だったとすれば、『Go 2』はその衝動をさらに意識的にひねった作品である。曲はより奇妙になり、歌詞はより自己言及的になり、サウンドにはBarry Andrewsのキーボードによる不穏な異物感がさらに強く入り込んでいる。結果として、本作は聴きやすいポップ・アルバムではないが、XTCが単なるニューウェイヴ・バンドではなく、ポップの形式そのものを疑い、変形しようとしていたことを示す重要作になっている。
アルバム全体を通じて重要なのは、人工性への関心である。「Meccanik Dancing」では身体が機械的に動き、「Battery Brides」では愛や結婚が電池で動くもののように描かれ、「Buzzcity Talking」や「Beatown」では都市がノイズとリズムの装置として表現される。「Life Is Good in the Greenhouse」では、快適で管理された環境への皮肉が示され、「I Am the Audience」では音楽を聴く行為そのものが対象化される。XTCはこの時点ですでに、現代生活の自然でない部分、作られた快適さ、情報と商品に囲まれた人間の不安に敏感だった。
音楽的には、Andy Partridge、Colin Moulding、Barry Andrewsの個性がまだ完全には統合されていない。Partridgeの曲は神経質で鋭く、Mouldingの曲はよりメロディアスで親しみやすく、Andrewsの曲は不穏で演劇的である。この三者の方向性が時にぶつかり、アルバム全体に落ち着きのなさを生んでいる。しかし、その落ち着きのなさが『Go 2』を面白くしている。後年のXTCのように洗練された統一感はないが、バンドが複数の可能性に引き裂かれている生々しさがある。
Barry Andrewsの存在は、本作を語るうえで欠かせない。彼のキーボードは、XTCのサウンドを単なるギター・ニューウェイヴにしない決定的な要素である。時に耳障りで、時にコミカルで、時に不気味な音が、楽曲を常に不安定にする。彼が脱退し、Dave Gregoryが加入した後のXTCは、よりギター・ポップとして成熟していくが、その前にあったこの異物感は、『Go 2』ならではの魅力である。
歌詞の面では、後年のXTCほど洗練された風刺や物語性には達していない。しかし、テーマの種はすでに明確に存在している。都市、機械、メディア、消費、社会的役割、管理された生活、聴き手と商品としての音楽。これらは後のXTCがより精密に扱うことになる重要なテーマである。本作ではそれらが、まだ断片的で、時に雑で、時に過剰な形で現れている。
日本のリスナーにとって『Go 2』は、XTC入門として最適な作品とは言いにくい。『Drums and Wires』や『Black Sea』、『English Settlement』、『Skylarking』の方が、メロディや構成の魅力は分かりやすい。しかし、XTCというバンドがどのようにして洗練へ向かったのか、その前段階の混沌を知るためには、本作は非常に興味深い。後年の完成されたポップの裏側にあった、ざらつき、悪意、実験、未整理なエネルギーを感じ取ることができる。
総じて『Go 2』は、完成された名盤というより、XTCが自分たちの方向を見つける前の、鋭く不安定な実験作である。しかし、その不安定さは単なる未熟さではない。パンク以後の英国で、ポップ・ソングをもう一度疑い、都市と機械と商品に囲まれた人間の奇妙さを音にしようとした、非常に刺激的な記録である。『Go 2』は、XTCの長い進化の中で、最も角ばった、最も扱いにくい、しかし決して無視できない初期作品である。
おすすめアルバム
1. XTC『White Music』
XTCのデビュー・アルバムであり、『Go 2』の直接的な前作。パンクの速度、ニューウェイヴの神経質さ、ポップへの皮肉が勢いよく詰め込まれている。『Go 2』よりも初期衝動が強く、XTCがどのように奇妙なポップ・バンドとして出発したかを知るうえで重要である。
2. XTC『Drums and Wires』
Barry Andrews脱退後、Dave Gregoryが加入して制作された重要作。『Go 2』の混沌から一歩進み、ギター・ポップとしての輪郭が明確になる。「Making Plans for Nigel」を含み、XTCが初期の奇妙さを保ちながら、より完成度の高い楽曲へ向かった転換点である。
3. XTC『Black Sea』
初期XTCの勢いと、ソングライティングの成熟が高いレベルで結びついた作品。『Go 2』の角ばったニューウェイヴ感覚を引き継ぎつつ、楽曲の強度とアレンジの完成度が大きく向上している。XTCのバンド期を理解するうえで欠かせない一枚である。
4. Devo『Q: Are We Not Men? A: We Are Devo!』
機械的なリズム、ニューウェイヴ的な神経症、社会風刺という点で『Go 2』と強く関連する作品。Devoはよりコンセプチュアルでアメリカ的な奇怪さを持つが、人間が機械や消費社会に変形される感覚はXTC初期作品と響き合う。
5. Talking Heads『More Songs About Buildings and Food』
ポストパンク初期の知性、都市生活への観察、ぎこちないリズム感覚を持つ重要作。XTCよりもファンクやアートスクール的な方向へ向かうが、ロックを不自然に再構築し、現代生活の違和感を音にする姿勢には共通点がある。

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