
発売日:1978年1月20日
ジャンル:ニューウェイヴ、ポストパンク、パンク・ロック、アート・ポップ、パワーポップ
概要
XTCのデビュー・アルバム『White Music』は、1978年に発表された、英国ニューウェイヴ初期の混沌とした空気を強く反映する作品である。後年のXTCは、『Drums and Wires』『Black Sea』『English Settlement』『Skylarking』などで、緻密なソングライティング、屈折したポップ感覚、英国的な皮肉、スタジオワークの美学を発展させていくが、本作ではまだその完成された姿には到達していない。むしろ『White Music』には、パンク以後の速度、神経質なリズム、硬質なギター、奇妙な言葉遊び、過剰なエネルギーがむき出しのまま記録されている。
XTCは、Andy Partridge、Colin Moulding、Barry Andrews、Terry Chambersを中心に、英国スウィンドンで結成されたバンドである。ロンドンのパンク・シーンの中心から少し距離を置いた地方都市出身であることは、彼らの音楽に独特のひねりを与えた。Sex PistolsやThe Clashのような政治的・社会的な怒りを直接的に表現するバンドではなく、XTCはパンクの勢いを借りながらも、より神経質で、知的で、奇妙なポップへ向かっていた。
『White Music』というタイトルは、非常に挑発的でありながら、同時に多義的である。白人による音楽という意味にも、白紙のように新しい音楽という意味にも、あるいは皮肉としても読める。XTCはこの時点で、ロック、パンク、ポップ、レゲエ、ダブ、電子音、アート・ロック、ビートルズ的メロディの断片を、整理されないまま高速で衝突させている。その結果、本作は非常に落ち着きのないアルバムになっているが、その落ち着きのなさこそが魅力である。
1978年という時代背景も重要である。英国ではパンクの衝撃が一段落し、そこからポストパンク、ニューウェイヴ、シンセポップ、2トーン、パワーポップなど、さまざまな方向へ音楽が分岐していく時期だった。XTCはその分岐点にいた。彼らはパンクの単純な三コード衝動には収まりきらず、複雑なリズムや変則的なコード進行、言葉のねじれ、スタジオ的なアイデアを早くから取り入れていた。その意味で『White Music』は、パンク直後の英国ロックがどのように知性とポップ性を回復していったかを示す初期の重要作である。
本作のサウンドは、後年のXTCに比べると荒く、鋭い。Andy Partridgeのヴォーカルは神経質に跳ね、ギターは細かく刻まれ、Barry Andrewsのキーボードは奇妙な電子音や不安定なフレーズで楽曲を引っかき回す。Colin Mouldingのベースはメロディックで、Terry Chambersのドラムは非常にタイトで直線的である。この4人の演奏は、洗練よりも速度と緊張を重視しており、バンド全体が常に過剰に反応しているように聴こえる。
歌詞の面では、ラジオ、都市生活、テクノロジー、性的な不安、若者文化、社会の管理、身体感覚、神経症的な自己認識が、断片的かつユーモラスに描かれている。XTCの歌詞は後年さらに洗練され、英国社会や人間心理を鋭く観察するものになっていくが、本作ではまだその観察が爆発的で、やや支離滅裂な形で噴き出している。だが、その未整理さがニューウェイヴ初期のリアルな魅力になっている。
日本のリスナーにとって『White Music』は、後年の『Skylarking』や『Oranges & Lemons』のような完成度の高いポップ作品から入ると、かなり荒々しく感じられるかもしれない。しかし、XTCが最初から単なるパンク・バンドではなく、ポップを解体し、再構築するバンドだったことは本作から明確に分かる。短く、速く、奇妙で、時に滑稽で、時に鋭い。『White Music』は、XTCの長い創作史における原石であり、彼らの屈折したポップ感覚が最初に爆発したアルバムである。
全曲レビュー
1. Radios in Motion
オープニング曲「Radios in Motion」は、『White Music』の性格を一気に提示する楽曲である。タイトルは「動き出すラジオ」とでも訳せるが、ここでのラジオは単なる受信機ではなく、現代社会に流れ続ける情報、ノイズ、流行、広告、音楽の象徴として機能している。曲は非常にスピーディーで、パンクの瞬発力を持ちながらも、構造は単純な怒りの発散にとどまらない。
ギターは細かく刻まれ、リズムは前のめりに進み、Andy Partridgeのヴォーカルは神経質に跳ねる。XTCの初期サウンドの特徴である、硬く乾いたリズムと、過剰に反応するような歌唱がここでよく表れている。楽曲は短く、勢いはパンク的だが、メロディの動きや言葉の詰め込み方には、すでにXTCらしいひねくれたポップ感覚がある。
歌詞では、ラジオから流れる音楽や情報が、人間の身体や意識を動かす様子が描かれる。ラジオは自由なメディアである一方、流行や消費を植えつける装置でもある。XTCはその両面を、理屈ではなく、慌ただしい音楽の運動そのもので表現している。曲の落ち着きのなさは、メディアに取り囲まれた現代人の神経のざわつきと重なる。
アルバムの冒頭にこの曲が置かれていることは非常に重要である。XTCはここで、自分たちがパンク以後のバンドであることを示しつつ、同時にパンクの直線性だけでは満足しないことも明らかにしている。情報、速度、皮肉、ポップなフックが一体になった、初期XTCを象徴する幕開けである。
2. X Wires
「X Wires」は、通信、神経、接続、混線を連想させる楽曲である。タイトルの「ワイヤー」は、電話線や電気配線であると同時に、人間の神経回路の比喩としても機能する。初期XTCの音楽には、常に何かが過剰に接続され、過剰に反応しているような感覚があるが、この曲はまさにその神経質な状態を音にしたような作品である。
サウンドはタイトで、ギターとキーボードが鋭く絡み合う。Barry Andrewsのキーボードは、ロック・バンドにおける装飾ではなく、楽曲を不安定にする異物として働いている。通常のポップ・ソングであれば滑らかに整えられる部分に、彼のキーボードは奇妙な角を作る。その結果、曲全体がどこか機械的で、しかし同時に人間的な焦りを帯びる。
歌詞では、通信の混乱や誤解、情報の行き違いがテーマとして読み取れる。人と人は言葉でつながっているように見えて、実際にはしばしば混線している。意図した意味は相手に届かず、別のノイズとして受け取られる。これは後年のXTCが繰り返し扱う、コミュニケーションの不全というテーマの初期形でもある。
「X Wires」は、本作の中でもニューウェイヴ的な硬質さが強い楽曲である。パンクの荒さと、ポストパンク的な不安定な知性が交差している。身体を動かすリズムを持ちながら、どこか落ち着かない。初期XTCの魅力は、この「踊れるが、安心できない」感覚にある。
3. This Is Pop
「This Is Pop」は、XTCの初期を代表する楽曲のひとつであり、バンドの美学を非常に明確に示すタイトルを持っている。「これがポップだ」という宣言は、一見すると自信に満ちたシンプルな言葉だが、XTCの場合、それは同時に問いでもあり、皮肉でもある。ポップとは何か。誰がそれを決めるのか。パンク以後にポップはどう変わるのか。この曲は、その問いを軽快なロック・ソングとして投げかけている。
サウンドは、短く、鋭く、フックが強い。ギターの刻みは軽快で、リズムは直線的だが、曲の構造には独特のひねりがある。Andy Partridgeのヴォーカルは、まるでポップの定義を早口でまくし立てるように進む。ここにはThe Beatles以降の英国ポップへの愛情と、それをそのまま受け継ぐことへの抵抗が同居している。
歌詞では、ポップ・ミュージックの形式そのものがテーマになっている。XTCはポップを否定していない。むしろ彼らはポップを深く愛している。しかし、その愛は素直なものではない。ポップは甘く、分かりやすく、親しみやすいものであると同時に、操作され、消費され、形式化されるものでもある。「This Is Pop」は、その矛盾を自覚したうえで、なおポップを鳴らす曲である。
この曲は、後年のXTCの方向性を予告している。彼らはパンクの後に登場したが、最終的にはパンクよりもポップの革新者になった。『White Music』の時点ではまだ荒削りだが、「This Is Pop」には、ポップを解体しながら再びポップとして成立させるXTCの核心がすでに含まれている。
4. Do What You Do
「Do What You Do」は、タイトル通り「自分がすることをしろ」という、行動や衝動を促すような楽曲である。だが、XTCの曲らしく、それは単純な自己肯定のメッセージには聞こえない。むしろ、反復されるフレーズや神経質な演奏によって、行動の自由よりも、何かに駆り立てられて同じことを繰り返してしまう感覚が強調される。
サウンドはコンパクトで、リズムの推進力が前面に出ている。ギターは鋭く刻まれ、ベースは曲を前へ押し出す。Terry Chambersのドラムは非常に直線的で、XTCの初期作品に強い運動性を与えている。後年のXTCがスタジオで複雑な音響を作り込むバンドへ変化することを考えると、この時期の演奏は非常に肉体的である。
歌詞のテーマとしては、自己表現、反復、社会的な役割の固定が考えられる。「君は君のすることをする」という言葉は、自由を肯定するようにも聞こえるが、同時に人が習慣や性格から逃れられないことも示している。XTCの歌詞には、こうした言葉の二重性が早くから存在している。
この曲は、アルバム全体の中では比較的ストレートな部類に入るが、それでも単なるパンク・ナンバーではない。リズムの硬さ、歌の落ち着きのなさ、言葉の反復が、曲に奇妙な不安を与えている。初期XTCの「シンプルに見えて、実はどこか変」という性格をよく示す一曲である。
5. Statue of Liberty
「Statue of Liberty」は、本作の中でも特に有名な楽曲であり、初期XTCのユーモア、性的な不安、政治的な象徴の茶化し方が一体になった曲である。タイトルはもちろんアメリカの自由の女神像を指しているが、歌詞ではその巨大な女性像に対する欲望や倒錯的な感情が描かれる。公共的で高尚な象徴を、個人的で性的な妄想へ変換するところに、XTCらしい皮肉がある。
サウンドは軽快で、ギターとキーボードが勢いよく絡む。曲はポップなフックを持ちながら、歌詞の内容はかなり奇妙である。Andy Partridgeのヴォーカルは、真剣さと冗談の境界を行き来するように響く。このバランスがXTCの初期作品の大きな魅力である。笑えるが、単なるコミック・ソングではない。奇妙だが、ポップとして成立している。
歌詞では、自由の女神という国家的・理想的な象徴が、個人の欲望の対象として描かれる。ここには、権威あるイメージを日常的な欲望へ引きずり下ろすパンク以後の感覚がある。同時に、巨大な女性像への憧れや畏怖は、男性的な不安や未熟さの表現としても読める。XTCはこのようなテーマを深刻な心理分析としてではなく、ユーモラスなポップ・ソングとして提示する。
「Statue of Liberty」は、放送上の問題を引き起こしたことでも知られるが、それはXTCが単に過激な言葉を使ったからではなく、ポップな形式の中に不敬で倒錯的な視点を持ち込んだからである。初期XTCの攻撃性は、暴力的な怒りよりも、常識や象徴をずらす知的ないたずらにある。この曲はその代表例である。
6. All Along the Watchtower
「All Along the Watchtower」は、Bob Dylanの名曲のカバーであり、Jimi Hendrixによる有名な解釈でも知られる楽曲である。XTCはこの曲を、原曲のフォーク的な緊張感やHendrix版のロック的な壮大さとは異なる形で再構成している。彼らのヴァージョンは、初期ニューウェイヴらしい硬質なリズムと奇妙な音色によって、曲を不安定で神経質なものに変えている。
サウンドは、レゲエやダブの影響を感じさせるリズム処理を含みながら、XTC特有の角ばった演奏で進む。ギターやキーボードは、滑らかなグルーヴを作るよりも、曲に引っかかりを与える。Dylanの歌詞が持つ黙示録的なイメージは、XTCの手にかかることで、より冷たく、都市的で、ポストパンク的な不穏さを帯びる。
歌詞そのものは、見張り塔、道化師、盗賊、混乱する世界といった象徴的なイメージに満ちている。XTCのアルバムの中にこの曲が置かれると、それは単なるカバーではなく、情報と不安に満ちた現代社会の寓話のように響く。『White Music』全体が、通信、ラジオ、都市、テクノロジー、神経症的な身体を扱っていることを考えると、このカバーは意外に自然に収まっている。
重要なのは、XTCが名曲を敬意深く再現するのではなく、自分たちの不安定な音楽言語へ引き込んでいる点である。彼らは原曲の権威に従わない。むしろ、すでに有名な楽曲をニューウェイヴ的に解体し、別の角度から鳴らしている。これは、初期XTCの反権威的な姿勢を示す曲でもある。
7. Atom Age
「Atom Age」は、タイトルが示す通り、原子力時代、科学技術、近未来的な不安を扱った楽曲である。1970年代後半のニューウェイヴには、未来やテクノロジーへの関心が強く現れるが、それは単純な楽観ではなく、しばしば冷戦、核、機械化、都市生活への不安と結びついていた。XTCはこの曲で、その時代感覚を皮肉っぽく表現している。
サウンドは性急で、どこかコミカルな未来感がある。キーボードの使い方は、ロックというよりも安っぽいSF映画やテレビ番組の効果音を連想させる場面があり、そこにXTCらしいユーモアがある。未来は壮大で美しいものとしてではなく、どこか滑稽で、危険で、人工的なものとして描かれる。
歌詞では、原子の時代に生きる人間の不安や、科学技術に対する過剰な信頼への皮肉が読み取れる。核エネルギーや近代技術は、進歩の象徴である一方、人類を破滅へ導く可能性も持っている。XTCはその矛盾を、重々しいプロテスト・ソングではなく、素早く、奇妙で、皮肉なポップ・ソングとして表現する。
「Atom Age」は、XTCが社会的テーマを扱う際の特徴をよく示している。彼らは直接的な政治スローガンを掲げるのではなく、日常の言葉、ポップなメロディ、奇妙な音色を通じて、時代の不安を風刺する。後年の彼らが英国社会や人間の愚かさを巧みに描いていく、その初期段階がこの曲に見える。
8. Set Myself on Fire
「Set Myself on Fire」は、タイトルからして強烈な自己破壊のイメージを持つ楽曲である。「自分自身に火をつける」という言葉は、情熱、怒り、抗議、破滅、注目されたい欲望を同時に連想させる。初期XTCの神経質なエネルギーが、ここでは非常に直接的な形で噴き出している。
サウンドは速く、鋭く、攻撃的である。ギターとドラムが前へ突き進み、ヴォーカルは切迫した調子で歌われる。曲はパンク的な勢いを持っているが、単なる怒りの放出ではなく、どこか芝居がかった誇張がある。XTCの過激さは、常にユーモアや自己演出と隣り合わせにある。
歌詞では、自分を燃やすことで何かを示そうとする人物像が浮かぶ。これは政治的な自己犠牲の比喩とも、恋愛や社会への過剰反応とも、注目を求める若者の極端な身振りとも読める。重要なのは、自己破壊がここで一種のパフォーマンスとして描かれている点である。自分を燃やすことは、苦痛であると同時に、他者に見せる行為でもある。
この曲は、初期XTCが持っていたパンク的な危うさを強く示している。しかし、彼らは本質的には直情的なパンク・バンドではない。過剰な身振りそのものを笑い、観察し、ポップの中に変換する。その距離感があるからこそ、「Set Myself on Fire」は単なる破壊衝動ではなく、自己破壊をめぐる皮肉な楽曲として機能している。
9. I’m Bugged
「I’m Bugged」は、初期XTCの神経症的な魅力が最も分かりやすく表れた楽曲のひとつである。タイトルの「bugged」は、盗聴されている、不快にさせられている、虫に悩まされている、神経を逆なでされている、といった複数の意味を持つ。つまりこの曲は、外部からの干渉と内面の不安が混ざり合った状態を描いている。
サウンドは短く、速く、落ち着きがない。ギターやキーボードは細かく動き、リズムはせわしなく進む。Andy Partridgeのヴォーカルは、まさに「bugged」な状態を体現している。彼の歌は滑らかではなく、引っかかり、跳ね、時に神経がむき出しになっているように響く。
歌詞では、何かに監視されているような感覚、あるいは小さな不快感が頭から離れない状態が描かれる。現代社会において、人は常に情報や音、視線、制度に囲まれている。XTCはそれを被害妄想的に、しかしユーモラスに表現している。この曲の面白さは、深刻な不安を非常に短く、コミカルなニューウェイヴ・ソングとして処理している点にある。
「I’m Bugged」は、後年のAndy Partridgeが持つ神経質な作家性の初期形としても重要である。彼はしばしば、身体感覚や心理的な違和感をポップ・ソングに変える。ここではその手法がまだ荒削りだが、非常に生々しい。XTCというバンドが、外界への過剰反応から音楽を生み出していたことをよく示す一曲である。
10. New Town Animal in a Furnished Cage
「New Town Animal in a Furnished Cage」は、本作の中でも特にタイトルが強烈な楽曲である。「家具付きの檻の中のニュータウンの動物」という言葉は、戦後英国の都市開発、郊外生活、管理された住環境、そこで暮らす人間の動物的な閉塞感を連想させる。XTCの社会観察が早くも鋭く現れた曲と言える。
サウンドは、これまでの曲に比べるとやや陰影があり、単純な疾走感だけではない。リズムは硬く、ギターやキーボードは都市的な不安を作る。曲全体に、快適に整えられた生活空間の中で、かえって自由を失っていく感覚がある。タイトルの比喩が非常に音楽的に反映されている。
歌詞では、ニュータウンで暮らす人間が、便利で清潔な環境の中にいながら、実際には飼育されている動物のようになっているという視点が読み取れる。家具付きの部屋は快適であるはずだが、それが檻であるならば、快適さは管理の別名になる。XTCはこのような英国的な郊外の閉塞感を、後年さらに深く掘り下げていくが、この曲はその初期の重要な例である。
この曲が示しているのは、XTCが単なる若いニューウェイヴ・バンドではなく、社会を観察する視点を持っていたということである。彼らは都市や郊外、メディア、家庭、制度を、風刺的な目で見ていた。後年の『English Settlement』や『The Big Express』につながる社会批評的な感覚が、この荒削りな曲にもすでに刻まれている。
11. Spinning Top
「Spinning Top」は、タイトル通り「こま」のように回転する感覚を持つ楽曲である。初期XTCの音楽には、まっすぐ進むというより、同じ場所で高速回転しているような落ち着きのなさがあるが、この曲はその感覚を直接的に表している。回転は遊びであると同時に、めまい、制御不能、反復の象徴でもある。
サウンドは軽快でありながら、どこか不安定である。リズムは転がるように進み、ギターやキーボードは曲に独特の揺れを与える。XTCはここでも、シンプルなポップ・ソングをそのまま提示するのではなく、少し角度をずらしている。曲は親しみやすいが、完全には安心できない。
歌詞では、回り続ける身体や意識のイメージが中心になる。人は勢いよく動いていると、自分が前進しているように感じる。しかし実際には、同じ場所で回り続けているだけかもしれない。この感覚は、若者文化や現代生活の忙しなさへの比喩としても読める。動いているのに進んでいない。楽しそうでありながら、どこか空虚である。
「Spinning Top」は、アルバム後半において、XTCの遊び心と不安定さを示す楽曲である。子どもの玩具のようなイメージを使いながら、その中に制御不能な現代的感覚を忍ばせるところがXTCらしい。後年のより洗練された作品では、こうした比喩がさらに精密になるが、本作ではそれが勢いのまま投げ出されている。
12. Neon Shuffle
ラスト曲「Neon Shuffle」は、アルバムの締めくくりにふさわしい、都市的で、けばけばしく、リズミカルな楽曲である。タイトルの「ネオン」は夜の街、広告、人工的な光、消費文化を連想させ、「シャッフル」は音楽的なリズムであると同時に、人々が都市の中でせわしなく動く様子も思わせる。『White Music』全体を貫くメディア、都市、速度、人工性のテーマが、ここで再び浮かび上がる。
サウンドは軽快で、リズムの跳ねが強い。曲にはダンス的な要素もあるが、XTCらしく滑らかなダンス・ミュージックではない。ギターやキーボードの角ばった音が、都市のネオンのちらつきのように曲を照らす。バンド全体が最後まで落ち着くことなく、ざわざわしたエネルギーを保っている。
歌詞では、夜の街の人工的な光と、その中で踊る人々、消費される若者文化のイメージが重なる。ネオンの光は魅力的だが、それは自然の光ではなく、商業的に作られた光である。XTCはその人工的な魅力を拒絶するのではなく、むしろその中で踊りながら、同時に皮肉な視線を向けている。
アルバムの終曲として、「Neon Shuffle」は非常に効果的である。『White Music』は、自然や内面の静けさではなく、ラジオ、ワイヤー、原子、都市、機械、ネオンの中で鳴る音楽である。最後にこの曲が置かれることで、アルバムは人工的な光と神経質なリズムの中で終わる。XTCのデビュー作は、ここで静かな結論に向かうのではなく、なお落ち着かないまま、都市のノイズの中へ消えていく。
総評
『White Music』は、XTCの長いキャリアの中では荒削りなデビュー作であり、後年の完成度の高い作品群と比べると、未整理で過剰な部分が目立つ。しかし、その未整理さこそが本作の価値である。ここには、パンク以後の英国で、若いバンドがポップ・ミュージックをもう一度壊し、作り直そうとしている瞬間が記録されている。
本作の中心にあるのは、速度と神経である。曲は短く、演奏は鋭く、ヴォーカルは落ち着かず、キーボードは奇妙な音で飛び出してくる。XTCはこの時点ではまだ、後年のような緻密なスタジオ・ポップを完成させていない。だが、ポップを普通に鳴らすことへの違和感はすでに明確である。彼らはポップを愛しているが、同時にその形式を疑い、ねじり、引っかき回す。その姿勢が「This Is Pop」に象徴されている。
音楽的には、パンク、ニューウェイヴ、ポストパンク、パワーポップ、アート・ロックが入り混じっている。ギターはパンク的に鋭いが、リズムや構成にはより知的な不安定さがある。Barry Andrewsのキーボードは、バンドに独特の異物感を与えており、この時期のXTCを後年とは少し異なる存在にしている。Terry Chambersのドラムは非常に強靭で、曲の神経質な動きを肉体的なロックへつなぎ止めている。Colin Mouldingのベースは、初期からメロディックな感覚を持ち、バンドの混乱を支える重要な役割を果たしている。
歌詞の面では、XTCの観察眼がすでに現れている。ラジオやワイヤーのようなメディアと通信のイメージ、原子力時代への皮肉、自由の女神への倒錯した視線、ニュータウン生活の閉塞感、都市のネオン、身体の神経症的な不快感。これらはすべて、後年のXTCがさらに洗練させていくテーマの原型である。初期の歌詞はまだ荒く、時に冗談のように響くが、その背後には社会や人間心理への鋭い違和感がある。
『White Music』は、XTCを単なるパンク・バンドと見ることの限界を示すアルバムでもある。確かに本作にはパンクの速さと攻撃性がある。しかし、彼らの関心は怒りの直接表現よりも、ポップの構造、言葉のズレ、社会の奇妙さ、神経の過敏さに向かっている。The Clashが社会の外部へ怒りを向けたとすれば、XTCは自分たちの身体と日常、メディアと都市の中にある奇妙さへ反応していた。
日本のリスナーにとって本作は、XTCの代表作として最初に聴くにはやや癖が強いかもしれない。『Drums and Wires』や『Black Sea』以降の方が、楽曲の完成度やサウンドのまとまりは高い。しかし、XTCというバンドの出発点を知るうえでは『White Music』は欠かせない。ここには、後年の洗練の前にあった粗さ、若さ、焦り、悪ふざけ、そしてポップへの異常な執着がある。
総じて『White Music』は、完成された名盤というより、爆発的な初期衝動の記録である。だが、その初期衝動はただの未熟さではない。XTCはこの時点ですでに、ポップ・ミュージックを普通に鳴らすことができないバンドだった。すべてを少しずらし、速くし、神経質にし、笑いと不安の間に置く。その特異な感覚が、後の英国ポップ史におけるXTCの重要性へつながっていく。『White Music』は、彼らの屈折したポップ精神が最初に白い火花を散らしたアルバムである。
おすすめアルバム
1. XTC『Drums and Wires』
XTCが初期の神経質なニューウェイヴから、より完成度の高いポップ・バンドへ進化した重要作。Barry Andrews脱退後、Dave Gregoryが加入し、ギター・アンサンブルがより整理された。「Making Plans for Nigel」を含み、XTCの知的でひねくれたポップ感覚を理解するうえで欠かせない。
2. XTC『Black Sea』
初期XTCの勢いとソングライティングの成熟が高いレベルで結びついた作品。『White Music』の荒々しさを保ちながら、楽曲構成やアレンジは格段に洗練されている。ポストパンク的な硬質さと英国ポップのメロディが両立した、バンド初期の代表作である。
3. Devo『Q: Are We Not Men? A: We Are Devo!』
ニューウェイヴ初期の神経質で機械的な感覚、社会風刺、身体のぎこちなさという点で『White Music』と関連性が高い作品。XTCが英国的なポップのひねりを持つのに対し、Devoはよりアメリカ的でコンセプチュアルな奇怪さを持つ。パンク以後のロックがどのように変形したかを知るうえで重要である。
4. Talking Heads『More Songs About Buildings and Food』
ポストパンクの知性、神経質なリズム、都市生活への観察眼という点でXTCと響き合う作品。Talking Headsはよりファンクやアートスクール的な方向へ進むが、日常を奇妙に見せる視点や、ロックをぎこちなく再構築する姿勢には共通点がある。
5. The Stranglers『Rattus Norvegicus』
パンク以後の英国ロックにおいて、キーボードを含む硬質で不穏なサウンドを作った重要作。XTCほどポップで軽妙ではないが、初期ニューウェイヴの暗さ、攻撃性、ひねりのあるバンド・サウンドを理解するうえで関連性がある。Barry Andrews在籍期のXTCにあるキーボードの異物感を比較する対象としても興味深い。

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