発売日: 2015年7月10日
ジャンル: オルタナティヴ・ロック、パワー・ポップ、グランジ・リバイバル
概要
『Ghost Notes』は、Veruca Saltが2015年にリリースした再結成アルバムであり、オリジナルメンバー——Nina Gordon、Louise Post、Jim Shapiro、Steve Lack——が揃って制作した奇跡の復活作である。
1990年代のオルタナ・シーンを駆け抜け、『American Thighs』『Eight Arms to Hold You』で一時代を築いた彼女たちは、その後の分裂、別々の活動を経て、2013年に突如オリジナルラインナップで再集結。
『Ghost Notes』はその2年間の活動の集大成として、PledgeMusicを通じたクラウドファンディングと完全DIY精神によって制作された。
タイトルの“Ghost Notes(ゴーストノート)”とは、楽譜に書かれない、音の“余韻”や“かすかな揺らぎ”を意味する音楽用語であり、まさにバンド自身が抱えてきた記憶、未完の感情、過去の亡霊との対話を象徴している。
音楽的には初期のグランジ/パワーポップの感触を現代的なプロダクションで甦らせつつ、メロディとリリックには熟練の静けさと痛みが滲む。
これは単なる再結成作ではない——『Ghost Notes』は、Veruca Saltの“物語の続きを音で書いた”ような、深く誠実なロック・アルバムなのである。
全曲レビュー
1. The Gospel According to Saint Me
“私という聖人による福音書”という皮肉混じりのタイトル。
力強いギターと二人のボーカルが完璧に絡み合い、再結成の幕開けを高らかに告げる。
2. Black and Blonde
過去の人間関係(特にNinaとLouiseの確執)をメタ的に語った、リリック主導のパワーポップ。
キャッチーながら、どこか毒を感じさせる名曲。
3. Eyes on You
エネルギッシュなリフとルーズなビートが心地よい。
10代のような衝動と、大人の俯瞰が同居する秀逸なナンバー。
4. Prince of Wales
センチメンタルなメロディに乗せて、記憶の断片を紡ぐようなバラード。
コーラスが美しく重なり合い、バンドの成熟を感じさせる。
5. The Sound of Leaving
その名の通り、“去っていく音”をテーマにした叙情的なナンバー。
静と動のコントラストが見事に構成されており、涙を誘う名曲。
6. Love You Less
ストレートなロック・チューン。
“愛してた。でも今は違う”という断絶のテーマが、潔く鳴り響く。
7. Laughing in the Sugar Bowl
リードシングルであり、最も“90年代Veruca Saltらしい”一曲。
甘さと痛み、笑顔と叫びが交錯する、鮮烈なパワーポップ。
8. Empty Bottle
内省的な歌詞とメロウなギターが響く、心の空虚を描いたミッドテンポのバラード。
9. Come Clean, Dark Thing
暗い欲望や影をテーマにした、グルーヴィーかつサイケな楽曲。
中盤の転調がドラマティックで印象的。
10. Triage
“三者関係”や“優先順位”を象徴するタイトル。
メロディは穏やかだが、歌詞の内容は深く抉るようなもの。
再結成バンドならではの複雑な人間関係が暗示される。
11. Lost to Me
失われたもの、戻らない時間を静かに語る佳曲。
まさに「ゴーストノート」のように、はっきり聴こえない感情が残響する。
12. Alternica
Nina Gordonが書いたソロ的な一曲。
幻想的なメロディラインと、カリフォルニアの夢の終わりのような空気感。
13. The Museum of Broken Relationships
アルバムのラストを飾る壮大なバラード。
壊れた関係や未完成の物語を記録する“博物館”という比喩が美しい。

総評
『Ghost Notes』は、Veruca Saltが“和解と再出発”を果たした感動的なドキュメントであり、同時に、時代や年齢を超えて鳴り続ける“女性たちのロック”の力強い証でもある。
初期作品のような爆発力を維持しながらも、そこに成熟した感情と構成力が加わった本作は、決して懐古的ではなく、むしろ“現在の音”として誇れる仕上がりとなっている。
二人のツインボーカルは以前にも増して調和し、かつ互いの個性も明確に際立っており、かつての分裂は逆説的にバンドの表現の幅を広げることになった。
音楽的には90年代オルタナへの回帰と、現代的なポスト・グランジの文法が融合しており、“あの頃”を知るリスナーには懐かしさを、新しいリスナーには純粋な楽曲の強度を与える。
Veruca Saltはただ戻ってきたのではない。
彼女たちは“未完だった物語を、音楽で書き終える”ために帰ってきたのだ。
おすすめアルバム(5枚)
- The Breeders / All Nerve
同じく再結成を果たしたオルタナ女神たちによる傑作。感情の継続性と衝動の復活が重なる。 - Sleater-Kinney / No Cities to Love
時を経ても鋭さを失わない、ポスト・パンク/フェミニズム・ロックの復活作。 - Nina Gordon / Bleeding Heart Graffiti
Ninaのソロ作として、Veruca Salt的叙情性とポップさがよく出ている。 - Letters to Cleo / Aurora Gory Alice
90年代オルタナ・パワーポップの感触が共通。女性ボーカル×ギターサウンドの好例。 -
Liz Phair / Whip-Smart
シカゴ・シーンの仲間であり、告白的リリックとポップセンスが共鳴。
制作の裏側(Behind the Scenes)
『Ghost Notes』は、プロデューサーBrad Wood(初期Veruca Salt、Liz Phair、Sunny Day Real Estateなどを手掛けた)が起用され、カリフォルニアで録音された。
このプロジェクトは完全にインディペンデントで進められ、資金はクラウドファンディングを通して調達。ファンとの直接的なつながりの中で制作された。
再結成のきっかけは、NinaとLouiseの間に交わされた一通のメールだったと言われており、それから和解、再会、再練習、そして制作まで2年を費やした。
結果として、『Ghost Notes』は音楽的な完成度だけでなく、“バンドとしての修復”そのものが反映された非常にパーソナルな作品になっている。
それは、かつてバラバラになった4人が、時間を超えて、再び一つの音を鳴らしたという“奇跡の記録”でもあるのだ。
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