Fourth of July by Sufjan Stevens(2015)楽曲解説

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1. 歌詞の概要

Sufjan Stevensの「Fourth of July」は、2015年にリリースされたアルバム『Carrie & Lowell』の終盤に収録されている楽曲であり、母キャリーの死と、それにまつわる個人的な感情を赤裸々に綴った極めて深い作品である。タイトルの「Fourth of July(7月4日)」はアメリカの独立記念日を指すが、この曲では祝祭ではなく、むしろ“死の記念日”としての象徴として用いられている。

歌詞は、母の死の床で交わされた(あるいは交わされたと想像される)会話のような構造を持ち、Sufjanが自らの痛み、後悔、そして死に向き合う姿が静かに描かれている。冒頭は囁くような声で母に語りかけ、やがて「We’re all gonna die(僕たちはみんな死ぬんだよ)」というフレーズが繰り返され、死の不可避性とその受容を淡々と、しかし痛切に歌い上げていく。

音楽的にはミニマルなシンセサイザーとピアノ、幽玄なヴォーカルで構成されており、その静けさがむしろ強烈な感情の余白を生み出している。喪失を受け入れようとする心の過程が、そのまま音と詞に反映された一曲である。

2. 歌詞のバックグラウンド

Carrie & Lowell』はSufjan Stevensが実母キャリーの死をきっかけに制作したアルバムであり、彼の作品の中でも最も私的で、深く内省的な一枚として知られている。キャリーは躁うつ病や薬物依存を抱えており、Sufjanが幼少期にほとんど母親の愛情を受けられなかったという事実が、彼の音楽的・精神的な原点に影を落としている。

「Fourth of July」は、キャリーが亡くなった病室での最期の瞬間にインスパイアされているとされており、その場にいたSufjanが経験した“死の時間”の感触が忠実に再現されている。インタビューで彼はこの曲について、「死は非現実的でありながら、時にとても親密なものになる」と語っており、その認識が歌詞とサウンドに色濃く表れている。

また、この曲には、母の死を通して初めて感じる“愛”の再確認というテーマも含まれており、単なる悲しみではなく、その先にある赦しや共感といった感情がにじみ出ている。

3. 歌詞の抜粋と和訳

以下に、「Fourth of July」の印象的な一節を抜粋し、英語と日本語訳を併記する。

引用元:Genius Lyrics

The evil it spread like a fever ahead
悪は熱のように前触れもなく広がった

It was night when you died, my firefly
君が死んだのは夜だったね、僕のホタルよ

What could I have said to raise you from the dead?
君を生き返らせるために、僕に何が言えただろう?

Oh, I know nothing at all
何も分からなかったんだ、僕には

“Did you get enough love, my little dove?”
「十分に愛された?」って聞いたんだ、僕の小さなハトよ

“Why do you cry?”
「どうして泣いてるの?」

“I’m sorry I left, but it was for the best”
「ごめんね、離れてしまって。でも、それが一番だったの」

“Though it never felt right”
「でも、ずっと心が痛かったわ」

We’re all gonna die
僕たちはみんな、いつか死ぬんだよ

この“火のような愛称”を交えた優しい語り口と、冷静な死の受容が対比的に描かれている。

4. 歌詞の考察

「Fourth of July」の最大の特徴は、“死”という重く冷徹なテーマを、極限まで優しく、美しく、しかし正直に描いている点にある。ここで歌われる“母との会話”は、実際の対話というよりも、Sufjanが自身の心の中で交わしている想像上の対話であり、そのぶん、痛みや赦しが色濃く反映されている。

注目すべきは、“firefly(ホタル)”“little dove(小さなハト)”“dragonfly(トンボ)”“shark(サメ)”など、母に対する愛称として動物や自然物を使っている点である。これらの愛称は、母の死をロマンティックに装飾するのではなく、彼女が不完全であったことも含めて、“愛すべき存在”であったことをそっと認める詩的な装置となっている。

そして、「We’re all gonna die」というフレーズの反復は、悲壮感よりもむしろ死を受け入れるための“マントラ”のように響く。繰り返されることで、リスナーにも死の現実を徐々に馴染ませ、恐怖ではなく静かな共感を呼び起こす。この構造は、まるで子守唄のようでもあり、死を包み込むような優しさがそこにある。

また、“Did you get enough love?”という問いは、彼自身への問いでもある。母に愛されたかったが、それは叶わなかった。その事実を責めるのではなく、母ができた範囲で愛してくれていたかもしれないという“赦し”へと感情が向かう過程が、楽曲の中でしっかりと描かれている。

5. この曲が好きな人におすすめの曲

  • Should Have Known Better by Sufjan Stevens
    同アルバムからの一曲で、母との関係と再生の兆しを描いた感情的な名作。

  • Holocene by Bon Iver
    孤独と広大な世界の中での自分のちっぽけさを詩的に描いたバラード。

  • Shadowboxing by Julien Baker
    精神的な葛藤と信仰、許しのテーマを持った内省的な楽曲。

  • No Shade in the Shadow of the Cross by Sufjan Stevens
    死と信仰、虚無をめぐるミニマルな楽曲。『Carrie & Lowell』の中でも特に深い作品。

  • Elephant by Jason Isbell
    癌にかかった恋人の死を描いたアコースティックな名曲。リアリズムと愛情の両立が胸を打つ。

6. 死をめぐる“静かな革命”

「Fourth of July」は、Sufjan Stevensが音楽を通して行った“死との対話”そのものである。そしてこの対話は、決して泣き叫ぶものではなく、むしろ目を閉じて、静かにうなずくようなものである。その静けさこそが、かえって死の現実と感情を最も正確に伝えている。

Sufjanはこの曲を通して、死にまつわる恐怖、後悔、赦し、そして愛の記憶を、美しいメロディと静かな語り口で綴ることで、「死は悲しみだけではない。人生の中に残る、最後の対話でありうる」という視点を提示した。

「Fourth of July」は、個人的な喪失の記録であると同時に、誰にでも訪れる“その日”への備えとして機能する普遍的な作品でもある。聴くたびに胸を打たれ、涙が浮かび、しかしどこかで「これでいいんだ」と思わせてくれる。それがこの曲の持つ、静かなる革命のような力である。

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