
発売日:2014年11月17日
ジャンル:ポップ、ポップ・ロック、フォーク・ポップ、ソフト・ロック、アリーナ・ポップ
概要
One Directionの4作目のスタジオ・アルバム『Four』は、2014年に発表された作品であり、グループのキャリアにおいて重要な成熟期を示すアルバムである。デビュー作『Up All Night』、続く『Take Me Home』では、明るく即効性の高いティーン・ポップを中心に、若さ、恋愛、友情、パーティー感覚を前面に押し出していた。一方、2013年の『Midnight Memories』では、ロック寄りのギター・サウンドやアリーナ向けのスケール感を導入し、ボーイ・バンドとしての枠を広げた。『Four』はその流れをさらに洗練させ、ポップ・ロック、フォーク・ポップ、1980年代的なソフト・ロック、シンガーソングライター的なメロディ感覚を取り入れた作品として位置づけられる。
本作は、Zayn Malikが在籍した最後のOne Directionのアルバムでもある。そのため、後から振り返ると、5人体制の集大成という意味も持つ。もちろん、発売当時にそのことが明確に意識されていたわけではないが、アルバム全体には、初期の無邪気なポップ・グループ像から一歩進み、より大人びた音楽性へ向かおうとする気配がある。ヴォーカルの役割分担も以前より自然になり、Harry Styles、Liam Payne、Louis Tomlinson、Niall Horan、Zayn Malikそれぞれの声質が、曲ごとの感情や質感に応じて配置されている。
『Four』の大きな特徴は、派手なEDMや強いヒップホップ・ビートに頼らず、メロディとハーモニー、ギター、ドラム、空間的なプロダクションによってアルバムを構築している点である。2014年当時のメインストリーム・ポップでは、EDM以降の大きなビートやシンセ・サウンドが広く使われていたが、One Directionは本作でむしろクラシックなポップ・ロックの方向へ進んだ。Fleetwood Mac、The Police、Journey、Bruce Springsteen的なアリーナ感覚、さらには1980年代のラジオ・ロックやフォーク・ポップの影響を思わせる楽曲が並び、ボーイ・バンドとしての親しみやすさと、バンド志向の音楽性が結びついている。
歌詞の面では、恋愛を中心にしながらも、単純な告白や高揚だけでなく、距離、すれ違い、過去への未練、相手を支える意思、関係の不安定さなどが描かれる。初期のOne Directionが「恋に落ちる瞬間」や「楽しい時間」を多く歌っていたのに対し、『Four』では、恋愛が続いていく中での葛藤や、相手との関係を維持しようとする姿勢が目立つ。これはグループの成長、メンバーの年齢、そしてリスナー層の変化とも連動している。
また、本作ではメンバー自身がソングライティングに深く関わっている点も重要である。特にLouis TomlinsonやLiam Payneは、多くの楽曲制作に参加し、One Directionの音楽が外部ライターによって完全に作られる商品ではなく、メンバーの表現を含むものへと変化していったことを示している。もちろん、メインストリーム・ポップとして多くのプロデューサーやソングライターの手が入っているが、それでも『Four』には、グループの声や好みが以前より強く反映されている。
日本のリスナーにとって『Four』は、One Directionのアルバムの中でも特に聴きやすく、なおかつ音楽的な広がりを感じやすい作品である。大ヒット曲の即効性だけでなく、アルバム全体としての統一感があり、爽やかなギター・ポップ、切ないバラード、アリーナ向けの大きなコーラスがバランスよく配置されている。アイドル的な人気を超えて、2010年代の英米ポップ・ロックの一つの完成形として聴くことができるアルバムである。
全曲レビュー
1. Steal My Girl
「Steal My Girl」は、アルバムのオープニングを飾る楽曲であり、『Four』の方向性を象徴するリード・シングルである。ピアノの力強いイントロは、80年代のアリーナ・ロックや大規模なポップ・バラードを連想させる。そこにOne Directionらしい明快なメロディとコーラスが重なり、親しみやすさとスケールの大きさが同居している。
歌詞では、語り手が恋人との関係を強く肯定し、誰にも奪わせないという気持ちを歌う。タイトルだけを見ると所有的なニュアンスもあるが、曲全体では長く続く関係への確信や、相手への誇りが中心にある。One Directionの初期曲に多かった一目惚れや高揚感ではなく、すでに築かれた関係を守ろうとする姿勢が描かれている点が、本作の成熟を示している。
音楽的には、太いドラム、広がりのあるピアノ、コーラスの重なりが印象的で、アリーナで観客と一緒に歌われることを想定した構成になっている。ヴォーカルの割り振りも自然で、各メンバーの声が楽曲の展開に合わせて配置される。特にサビでは、グループ全体の声がひとつの大きなポップ・フックとして機能している。
「Steal My Girl」は革新的な曲ではないが、One Directionがティーン向けポップからより広いロック・ポップへ向かう上で重要な楽曲である。大衆性を保ちながら、音楽的にはよりクラシックなポップ・ロックへ接近している。
2. Ready to Run
「Ready to Run」は、フォーク・ポップの要素を取り入れた爽快な楽曲である。アコースティック・ギターを基調としたイントロと、徐々に広がっていくアレンジが特徴で、Mumford & Sons以降のフォーク・ロック的な感覚や、2010年代前半のアコースティック志向のポップと接続している。
歌詞では、愛する相手と共に逃げ出す、あるいは新しい場所へ向かうというテーマが描かれる。これはロマンティックな逃避の物語であると同時に、自由への欲望を示すものでもある。One Directionのように巨大なポップ・グループとして常に注目されていた存在にとって、「走り出す」「逃げる」「自由になる」という言葉は、恋愛の文脈を超えた響きも持つ。
音楽的には、軽やかなギター・ストローク、力強いリズム、コーラスの広がりが曲を前へ押し出す。サビは大きく開け、ライブでの一体感を生む構造になっている。派手なシンセや強いビートではなく、アコースティックな質感を用いながらも、十分に大規模なポップ・ソングとして成立している点が本作らしい。
この曲は、『Four』が単なるボーイ・バンドのポップ作品ではなく、ギターを中心とした現代的なポップ・ロック・アルバムであることを示す。若さの勢いを残しながら、音楽的にはより有機的な方向へ進んでいる。
3. Where Do Broken Hearts Go
「Where Do Broken Hearts Go」は、本作の中でも特に80年代ロックの影響が強い楽曲である。タイトルからも分かるように、失恋や心の傷をテーマにしているが、曲調は沈み込むのではなく、むしろ力強いアリーナ・ロックとして展開する。大きなドラム、輝きのあるギター、広がるコーラスが、感情の痛みを前向きなエネルギーへ変換している。
歌詞では、壊れた心はどこへ行くのか、失った愛を取り戻せるのかという問いが繰り返される。これは非常に古典的なポップ・ソングのテーマであるが、One Directionはそれを若々しい切実さと大きなメロディで表現している。傷ついた感情を内側に閉じ込めるのではなく、声を張り上げて外へ放つ構成が、この曲の魅力である。
ヴォーカル面では、メンバーそれぞれの声の強さが生かされている。特にサビでは、個々の声が集まり、グループとしての一体感が強調される。One Directionの魅力は、個人のスター性とグループとしてのハーモニーが両立している点にあるが、この曲はその特性をよく示している。
「Where Do Broken Hearts Go」は、アルバムの中で最もストレートなロック・ポップ曲のひとつであり、『Four』が持つアリーナ志向を象徴している。
4. 18
「18」は、Ed Sheeranがソングライティングに関わったバラードであり、本作の中でも特に感情的な深みを持つ楽曲である。Ed Sheeranらしい素朴でメロディアスな作風が反映され、派手なプロダクションよりも、言葉と旋律の親密さが重視されている。
歌詞では、18歳の頃の恋、若い日の記憶、時間が経っても変わらない愛情が描かれる。単なる青春の回想ではなく、若さの中にあった純粋な感情を、大人になりつつある視点から振り返る内容である。One Direction自身もデビューから数年を経て、急速に大人になっていく時期にあったため、この曲はグループの状況とも重なる。
音楽的には、アコースティックな質感と穏やかなコード進行が中心で、ヴォーカルの表情がよく伝わる。大きなサビで感情を爆発させるというより、徐々に温度を上げていく構成になっている。各メンバーの声は柔らかく配置され、恋愛の記憶を壊さないように丁寧に歌われる。
「18」は、One Directionが単に明るいポップ・ソングを歌うグループではなく、ノスタルジーや繊細な感情を表現できる存在であることを示している。日本のリスナーにとっても、メロディの分かりやすさと歌詞の情景が結びつきやすい曲である。
5. Girl Almighty
「Girl Almighty」は、明るく弾むようなポップ・ロック曲であり、アルバムの中でも軽快なエネルギーを持つ。タイトルの「Almighty」は「全能」を意味し、ここでは相手の女性をほとんど崇拝するような形で称える言葉として使われている。恋愛対象を大きく理想化する点では、初期のOne Directionにも通じるが、音楽的にはよりバンド感のある仕上がりになっている。
サウンドは、跳ねるリズムとギターの明るい響きが中心で、ライブでの盛り上がりを意識した作りである。曲のテンポ感は軽く、重く考え込むよりも、瞬間的な高揚を重視している。アルバム内で続く内省的な曲や大きなロック曲の間に、ポップな解放感を与える役割を果たしている。
歌詞は、相手の魅力に圧倒される語り手の視点で進む。ここでの女性像は、単なる可愛らしさではなく、力を持ち、周囲を動かす存在として描かれる。One Directionの楽曲には、相手を称賛するタイプのラブソングが多いが、「Girl Almighty」ではその表現がより大げさで、祝祭的である。
この曲は深い内省を持つ作品ではないが、アルバム全体に必要な明るさと勢いを与えている。『Four』の成熟した側面だけでなく、One Direction本来の快活なポップ性を確認できる楽曲である。
6. Fool’s Gold
「Fool’s Gold」は、本作の中でも特に静かで繊細な楽曲である。タイトルの「Fool’s Gold」は黄鉄鉱、つまり本物の金に見えるが実際には金ではないものを指す。歌詞では、相手の愛が本物ではない、あるいは自分が幻想に惹かれていることを分かっていながら、それでも離れられない心理が描かれる。
この比喩は非常に効果的である。恋愛において、人は相手の気持ちが確かではないと分かっていても、希望や錯覚にすがることがある。「Fool’s Gold」は、その弱さを大げさな悲劇としてではなく、穏やかなメロディの中で描く。One Directionの楽曲の中でも、特に感情の陰影が細かい曲である。
音楽的には、アコースティック・ギターを中心にした柔らかなアレンジが特徴で、派手なリズムや大きなサウンドは控えられている。余白が多いため、ヴォーカルのニュアンスが際立つ。特に、複数の声が重なったときの温度感が美しく、グループのハーモニーの魅力がよく出ている。
「Fool’s Gold」は、One Directionがポップ・グループとしてだけでなく、切ないフォーク・ポップを説得力を持って歌えることを示す重要曲である。アルバムの中でも、聴き込むほどに深みが増す楽曲といえる。
7. Night Changes
「Night Changes」は、『Four』を代表するバラードであり、One Directionのキャリアの中でも特に完成度の高い楽曲のひとつである。穏やかなピアノとギター、柔らかなリズム、流れるようなメロディが組み合わさり、青春の儚さと時間の変化を静かに描き出している。
歌詞では、夜の外出や恋愛の場面が描かれる一方で、時間が過ぎ、状況が変わっていくことへの意識が中心にある。「すべては変わっていくが、自分たちの関係の本質は変わらない」という感覚が、曲全体に通っている。これはティーン・ポップ的な恋愛ソングでありながら、成長や別れの予感も含んでいる点で、非常に成熟したテーマである。
サウンド面では、過剰な盛り上げを避け、メロディの美しさを最大限に生かしている。ヴォーカルは丁寧に配置され、各メンバーの声が曲の物語を少しずつ進める。特にサビの穏やかな広がりは、アルバム全体の中でも印象的である。
「Night Changes」は、One Directionがアイドル的な熱狂だけでなく、普遍的なポップ・バラードを残せるグループであることを証明した楽曲である。日本のリスナーにも受け入れられやすい旋律と感情表現を持ち、グループの成熟を象徴している。
8. No Control
「No Control」は、アルバムの中でも特にエネルギッシュで、ファンからの支持も高い楽曲である。タイトルが示す通り、抑えられない欲望や衝動がテーマになっており、One Directionの中では比較的大胆な内容を持つ。初期の清潔なティーン・ポップから、大人びた恋愛表現へ移行していることが明確に分かる。
音楽的には、疾走感のあるポップ・ロックで、ギターとドラムが強く前に出る。サビは非常に開放的で、ライブ向けの即効性がある。リズムの勢いとメロディの明快さが合わさり、アルバム後半に強い推進力を与えている。
歌詞では、朝を迎えてもなお残る感情や身体的な記憶、相手に対する強い欲望が描かれる。ただし、表現は過度に露骨になりすぎず、ポップ・ソングとしての軽快さを保っている。One Directionが幅広い年齢層のリスナーに向けたグループであることを考えると、このバランスは重要である。
「No Control」は、メンバーの成長、音楽的なロック志向、ファンとの関係性が交差した楽曲である。特にLouis Tomlinsonの存在感が強く感じられる曲としても語られ、グループ内の個性がより明確になっていく過程を示している。
9. Fireproof
「Fireproof」は、アルバム発表前に公開され、本作の音楽的方向性を予告した楽曲である。柔らかなギター、滑らかなリズム、落ち着いたメロディによって構成され、派手なシングル曲とは異なる大人びた雰囲気を持つ。Fleetwood Mac的なソフト・ロックの影響を感じさせる曲であり、『Four』の中でも特に洗練された一曲である。
歌詞では、どんな困難にも燃え尽きない、壊れない関係が描かれる。「Fireproof」という言葉は、火に耐える、つまり試練に耐える強さを象徴している。恋愛を一時的な高揚としてではなく、持続する関係として捉える視点がここにもある。
サウンド面では、音数を詰め込みすぎず、リズムの柔らかな揺れとギターの温かい響きが中心にある。One Directionの声も非常に自然で、力強く押し出すのではなく、曲の流れに溶け込むように歌われる。この控えめな質感が、逆にアルバム内での存在感を強めている。
「Fireproof」は、One Directionが大人のポップ・バンド的な音像へ接近したことを示す曲である。初期の明るいポップとは異なり、肩の力を抜いた魅力があり、アルバムの成熟度を高めている。
10. Spaces
「Spaces」は、関係の中に生まれる距離をテーマにした楽曲である。タイトルの「Spaces」は、物理的な距離だけでなく、心の隙間、会話の間、相手との関係に生じる空白を意味している。『Four』の中でも特に歌詞のテーマが切実で、恋愛の終わりが近づく感覚を描いている。
音楽的には、穏やかな始まりからサビで大きく広がる構成になっている。アリーナ・ポップ的なスケールを持ちながら、テーマは内省的である。この対比が曲の効果を高めている。静かな不安が、サビで大きな感情として開かれる。
歌詞では、二人の間に空白が増えていくこと、以前のようには戻れないかもしれないという不安が描かれる。One Directionの楽曲では、相手への愛や称賛が多く歌われてきたが、「Spaces」は関係が崩れていく過程に目を向けている点で重要である。恋愛を明るく理想化するだけでなく、その終わりや不安を扱うことで、アルバム全体に深みを与えている。
ヴォーカル面では、各メンバーの声が少しずつ異なる感情を担っている。ひとつの関係に対する複数の視点が重なっているようにも聞こえ、グループで歌うことの意味がよく表れている。
11. Stockholm Syndrome
「Stockholm Syndrome」は、本作の中でも特にスタイリッシュで、少しダークな質感を持つ楽曲である。タイトルは、誘拐や監禁の被害者が加害者に心理的な結びつきを感じる現象を指す言葉だが、ここでは恋愛における逃れられない依存や魅了を比喩的に表している。
音楽的には、80年代ニューウェイヴやポップ・ロックの影響を感じさせるリズムとシンセの質感が特徴である。ギター・ポップを中心としたアルバムの中で、この曲はやや都会的で、緊張感のある雰囲気を持つ。リズムはタイトで、メロディも鋭く、One Directionの別の側面を引き出している。
歌詞では、自分が相手に捕らわれていることを理解しながら、その状況から抜け出したくないという心理が描かれる。これはラブソングとしては危うい比喩だが、ポップ・ソングにおいては恋愛の中毒性や支配力を表現するために用いられている。重要なのは、この曲が甘い恋愛ではなく、少し不安定で危険な魅力を扱っている点である。
「Stockholm Syndrome」は、One Directionがより複雑な感情や暗い色合いを扱えるようになったことを示す。アルバム全体の中でも音楽的なアクセントになっており、『Four』の幅を広げている。
12. Clouds
通常盤のラストを飾る「Clouds」は、アルバムを力強く締めくくるアリーナ・ロック調の楽曲である。大きなドラム、広がりのあるギター、空へ向かって上昇していくようなメロディが特徴で、タイトル通り雲の上へ抜けていくような開放感を持つ。
歌詞では、変化、上昇、前進といったイメージが中心にある。恋愛の文脈を含みながらも、それ以上に、現状を越えていく感覚が強い。アルバム全体が、成熟、距離、記憶、関係の不安を扱ってきた後に、この曲はそれらを振り切るようなエネルギーを提示する。
音楽的には、ライブの終盤で大きな盛り上がりを作るタイプの曲である。One Directionのコーラスは力強く、個々の声がひとつにまとまることで、グループとしてのスケールが最大化されている。『Four』の通常盤を締めるにふさわしい、前向きで大きな楽曲である。
「Clouds」は、アルバムの成熟した側面と、One Direction本来の明るい高揚感を結びつける役割を果たしている。終わりの曲でありながら、閉じるのではなく、さらに先へ進んでいく印象を残す。
デラックス版収録曲レビュー
13. Change Your Ticket
「Change Your Ticket」は、デラックス版収録曲の中でも特にバンド感の強い楽曲である。ギターの反復、抑えたグルーヴ、ややセクシーな雰囲気が特徴で、The 1975周辺のインディー・ポップ/ニューウェイヴ的な質感にも近い。One Directionの楽曲としては、比較的クールで都会的な印象を持つ。
歌詞では、相手に予定を変えてもっと一緒にいてほしいと求める内容が描かれる。タイトルの「チケットを変えて」という表現は、恋人に帰る予定を延期してほしいという直接的な願いであると同時に、関係をもう少し続けたいという感情の比喩にもなっている。
音楽的には、派手なサビで爆発するというより、リズムと雰囲気で聴かせる曲である。ヴォーカルも過度に感情を込めすぎず、余裕のあるトーンで歌われる。『Four』の本編がアリーナ・ポップやフォーク・ポップを中心にしている中で、この曲はよりモダンなインディー・ポップ寄りの色を加えている。
14. Illusion
「Illusion」は、恋愛における幻想や期待をテーマにした楽曲である。タイトルの通り、相手との関係が本物なのか、それとも自分が作り出した幻想なのかという問いが含まれている。ただし、曲調は重く沈むのではなく、明るく広がりのあるポップ・ソングとして構成されている。
歌詞では、自分を騙さないでほしい、あるいはこの関係が単なる幻ではないと信じたいという感情が描かれる。『Four』には「Fool’s Gold」のように、幻想と現実の境界を扱う曲があるが、「Illusion」はそれをより明快でポップな形にした楽曲といえる。
サウンド面では、メロディの親しみやすさと、軽やかなリズムが中心にある。デラックス版収録曲ではあるが、アルバム本編に入っていても違和感のない完成度を持つ。One Directionの強みである、切なさを明るいポップ・メロディに変換する能力がよく表れている。
15. Once in a Lifetime
「Once in a Lifetime」は、デラックス版の中でも特に穏やかで、内省的なバラードである。タイトルは「一生に一度」を意味し、かけがえのない出会いや関係をテーマにしている。『Four』の中で繰り返し描かれる、時間、記憶、関係の持続というテーマと深く結びついている。
音楽的には、非常に抑制されたアレンジが特徴である。大きなビートや派手なサウンドはなく、ヴォーカルとメロディを中心に構成されている。そのため、メンバーの声の質感が前面に出る。One Directionはしばしば巨大なコーラスやポップなフックで語られるが、この曲ではより静かなハーモニーの魅力が際立つ。
歌詞では、日常の中ではなかなか得られない特別な瞬間や、相手との関係の希少性が描かれる。愛を大げさな言葉で飾るのではなく、静かに確認するような曲であり、アルバムの感情的な余韻を深める役割を持つ。
16. Act My Age
「Act My Age」は、デラックス版のラストを飾る楽曲であり、アルバムの中でも異色の明るさを持つ。アイリッシュ・フォークを思わせるリズムとメロディが取り入れられ、Niall Horanの出自を連想させるような祝祭感がある。シリアスなバラードやロック・ポップが多い『Four』の中で、この曲は遊び心のある締めくくりとして機能する。
歌詞では、年齢を重ねても子どものように振る舞う、あるいは大切な人の前では素の自分でいられるというテーマが描かれる。成熟を示すアルバムの最後に、あえて「年相応に振る舞わない」という曲を置くことは興味深い。これは、One Directionが大人びた音楽性へ進みながらも、グループ本来の無邪気さや楽しさを失っていないことを示している。
音楽的には、手拍子や合唱を誘うような構成で、ライブやファンとの一体感を強く意識している。深い内省ではなく、祝祭的な解放感が中心にあり、デラックス版の最後に明るい余韻を残す。『Four』というアルバムが成熟と楽しさの両方を持っていることを象徴する楽曲である。
総評
『Four』は、One Directionのディスコグラフィーの中でも特に完成度の高いアルバムであり、グループがティーン・ポップの枠から、より成熟したポップ・ロックへと移行したことを示す作品である。デビュー当初のOne Directionは、若さと親しみやすさ、明るい恋愛ソングによって世界的な人気を獲得した。しかし『Four』では、その魅力を保ちながら、より広い音楽的背景を取り入れている。
本作の音楽的な核は、ギターを中心としたポップ・ロックである。EDM的な派手さや現代的なビートの強さに頼るのではなく、メロディ、ハーモニー、アコースティックな質感、アリーナ・ロック的な広がりによって曲を成立させている。これは、2010年代のメインストリーム・ポップの中ではややクラシックな方向性であり、同時にOne Directionの声の魅力を最大限に生かす選択でもあった。
歌詞の面でも、本作は初期作品より深みを増している。「Steal My Girl」では関係を守る意思が歌われ、「18」や「Night Changes」では時間の流れと青春の儚さが描かれる。「Fool’s Gold」や「Spaces」では、恋愛の不安定さや幻想が扱われ、「Stockholm Syndrome」では依存的な感情が比喩的に表現される。これらの曲は、恋愛を単なる幸福としてではなく、記憶、距離、欲望、不安、変化を含むものとして描いている。
ヴォーカル面でも、『Four』は5人体制のOne Directionの魅力をよく示している。Harry Stylesの少し荒さを含んだ表現力、Zayn Malikの滑らかで高い歌唱、Liam Payneの安定感、Louis Tomlinsonの個性的な声、Niall Horanの明るく柔らかな響きが、曲ごとに異なる役割を果たしている。グループとしてのハーモニーはもちろん、個々の声の違いがアルバムの表情を豊かにしている。
また、本作はOne Directionが単なるアイドル・グループではなく、2010年代のポップ・ロックを代表する存在であったことを示している。ボーイ・バンドという形式は、しばしば音楽的評価よりもファン文化やイメージで語られがちだが、『Four』にはポップ・アルバムとしての構成力がある。シングル向けの強い曲だけでなく、アルバム曲にも個性があり、全体として流れを持っている。
特に「Night Changes」「Fool’s Gold」「Fireproof」などは、One Directionの成熟した側面を象徴する楽曲であり、長く聴き継がれるだけの普遍性を持つ。一方で、「No Control」「Girl Almighty」「Clouds」「Act My Age」のような曲は、グループ本来の明るさやライブ感を支えている。このバランスが『Four』の大きな魅力である。
日本のリスナーにとって『Four』は、洋楽ポップの入口としても、2010年代のポップ・ロックを理解する作品としても聴きやすい。英語の歌詞が分からなくても、メロディの明快さ、声の重なり、ギター・サウンドの爽やかさは直感的に伝わる。一方で、歌詞を読み込むと、若者向けのラブソングにとどまらない、時間や関係性への視点が見えてくる。
後の展開を考えると、『Four』はOne Directionにとって一つの頂点である。翌年の『Made in the A.M.』ではZayn Malik不在の4人体制となり、グループはさらに別の成熟を見せることになるが、『Four』は5人体制の最後期における完成形として特別な意味を持つ。明るさと切なさ、若さと成熟、ポップ性とロック志向が高い水準で結びついたアルバムであり、One Directionの代表作のひとつとして位置づけられる。
おすすめアルバム
1. One Direction『Midnight Memories』
2013年発表の3作目で、『Four』へとつながるロック志向を強く打ち出した作品である。「Story of My Life」や「Midnight Memories」など、フォーク・ポップやアリーナ・ロックの要素が導入され、初期のティーン・ポップからの脱却が始まっている。『Four』の前段階として重要なアルバムである。
2. One Direction『Made in the A.M.』
2015年発表の5作目で、Zayn Malik脱退後の4人体制による作品である。『Four』で見せた成熟したポップ・ロック路線を引き継ぎつつ、より落ち着いたソングライティングやクラシック・ポップ的な質感が強まっている。One Directionの後期的な完成度を知る上で欠かせない作品である。
3. 5 Seconds of Summer『5 Seconds of Summer』
2014年発表のデビュー・アルバム。One Directionと同時代に人気を獲得したポップ・ロック・バンドであり、よりポップ・パンクやギター・ロック寄りのサウンドを持つ。『Four』のロック志向に興味があるリスナーにとって、2010年代前半の若年層向けギター・ポップの流れを理解しやすい作品である。
4. Ed Sheeran『x』
2014年発表のアルバムで、フォーク・ポップ、R&B、バラードを横断するシンガーソングライター作品である。『Four』収録の「18」にEd Sheeranが関わっていることからも関連性が高い。アコースティックなメロディとメインストリーム・ポップの融合という点で、本作と共通する感覚を持つ。
5. Harry Styles『Harry Styles』
2017年発表のソロ・デビュー作。One Direction解散後のHarry Stylesが、クラシック・ロック、フォーク、ソフト・ロックの影響をより明確に打ち出した作品である。『Four』で見られた70年代、80年代的なポップ・ロック志向が、ソロ作品でどのように発展したかを確認できる重要なアルバムである。

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