発売日: 1981年3月16日
ジャンル: ニューウェーブ、アートロック、ハードロック、ポストパンク
概要
『Face Dances』は、The Whoが1981年に発表した9作目のスタジオ・アルバムであり、ドラマーのキース・ムーンの死後、初めて新メンバーとしてケニー・ジョーンズを迎えた作品である。
このアルバムは、バンドにとって大きな過渡期を象徴するものであり、1970年代的ロックの終焉と1980年代的サウンドへの適応が同時に試みられた記録でもある。
プロデューサーにビル・シムジク（イーグルスなどを手がけた名匠）を迎え、よりモダンかつ洗練された音像を模索。
その結果、従来の荒々しく爆発的なサウンドから一転し、ポストパンクやニューウェーブを意識したアレンジが目立つようになった。
ジャケットには16人の現代アーティストが描いたバンドメンバーの肖像が並べられており、まさに“顔”と“個性”のモザイクとしてアルバム全体のテーマを体現している。
タイトルの「Face Dances」には、「他人に見せる顔の変化＝人間の仮面性」というタウンゼント的なアイロニーも込められている。
全曲レビュー
1. You Better You Bet
本作を代表するキャッチーなロック・アンセム。
シンセとギターが織りなす軽快なリズムに乗せて、年を重ねた愛と信頼の複雑さを歌う。
MTV初期に頻繁にオンエアされたことで、世代を超えて知られる曲となった。
2. Don’t Let Go the Coat
精神的依存と師弟関係（タウンゼントが信奉していたMeher Babaとの関係）をテーマにした内省的な楽曲。
優しいメロディと穏やかなアレンジが印象的で、新たな音楽的フェーズを感じさせる。
3. Cache Cache
ジャングルに逃亡した男を描いた奇抜なストーリーの楽曲。
ジョン・エントウィッスルの奔放なベースと、コミカルな展開が魅力。
4. The Quiet One
エントウィッスルによる、自己の静かなる反骨をテーマにした楽曲。
ライブでは彼のヴォーカル曲として定番となり、静と動のコントラストが際立つ。
5. Did You Steal My Money?
恋人との疑心暗鬼を語る一風変わった楽曲。
シンセとリズムの実験が光り、80年代的なニューウェーブの空気を感じさせる。
6. How Can You Do It Alone?
孤独と自己満足をテーマにした挑発的な楽曲。
途中で曲調が変化し、まるで一つの短編映画のようなドラマ性を備えている。
7. Daily Records
ロックミュージシャンとしての日常と退屈、そして記録される人生の皮肉を描く。
“レコード”＝“日誌”と“音源”の二重の意味が含まれたタウンゼントらしい楽曲。
8. You
エントウィッスル作のハードなロックナンバー。
性と怒りがぶつかるような鋭いリフとボーカルが特徴的で、アルバム中最もアグレッシブな一曲。
9. Another Tricky Day
アルバムの締めくくりにふさわしい、希望と諦観の混在した名曲。
「今日は難しい日だけど、明日はもっと厄介かもしれない」というシニカルな楽観が、現実を柔らかく受け入れるように響く。
総評
『Face Dances』は、The Whoが“ロックの巨人”から“時代の中にいる一個人”へと変化していく過程を克明に記録した作品である。
かつての爆発的エネルギーやドラマ性はやや抑えられているものの、その代わりに見られるのは成熟、試行錯誤、そして誠実な楽曲構築である。
新ドラマーであるケニー・ジョーンズは、キース・ムーンのようなカオスを持ち込む存在ではなかったが、その安定感はアルバム全体に落ち着きを与えており、新しい時代におけるThe Whoの“地に足のついたサウンド”を象徴している。
タウンゼントの歌詞は一貫して知的かつ自己分析的で、愛、信仰、孤独、社会といった普遍的テーマを、80年代初頭の文脈に落とし込んでいる。
だからこそ、この作品は単なる“過去のバンドの延命”ではなく、自己変容を続けるアーティストの“今”を記録した価値ある一章なのである。
おすすめアルバム（5枚）
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Empty Glass / Pete Townshend
同時期に発表されたタウンゼントのソロ作。『Face Dances』とテーマ性も音楽性も地続き。 -
All the Best Cowboys Have Chinese Eyes / Pete Townshend
より内省的な視点と文学的表現に溢れたソロ作。『Daily Records』のような曲が好きなら必聴。 -
Tattoo You / The Rolling Stones
同年リリースの名作。老練なロックバンドの“80年代的変容”を比較できる好例。 -
Scary Monsters / David Bowie
ニューウェーブとロックの融合、そして自己表現の深化というテーマで共鳴する1980年の傑作。 -
Synchronicity / The Police
知的な歌詞と洗練されたアレンジで、ロックをアップデートした代表作。The Whoの“知的変化”とも呼応する。
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